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第一章 015 回答編 ②

「乙羽!」



 僕は全身のあらゆる筋肉に力を込め、駆け出した。



――間に合え! 間に合え! 間に合え!



 僕は手を伸ばす。乙羽に一秒でも早く届くように。鉄骨に一秒でも早く触れるように。


 僕は落ちる鉄骨を体で感じながら、浄瑞乙羽を抱きしめた。




 次の瞬間、幾多もの鉄骨が、落雷のごとく、地面に駆け込んだ。




 轟音は空気を割き、鉄骨はコンクリートに突き刺さる。


 大地を大きく揺るがし、仰々(ぎょうぎょう)しい爪痕を刻む。


 鉄骨が僕の背中に達した後の世界は一瞬、物音一つない静寂な空間に姿を変えた。




 この空気を鉄骨の倒れる音が台なしにするのに一秒もかからなかった。





 それは生存者の音だった。





 伊陀夏織は涙を浮かべて僕と白咲を見つめてくる。




「信じられない。でも……本当によかった」




 伊陀夏織は腰が抜けたように、その場にぺシャリと座り込んだ。





「伊陀夏織、すまないが乙羽を保健室まで連れて行ってやってくれ。見ての通り、気絶している」

「うん、わかった」


 伊陀夏織はよろよろと立ち上がりながらも、乙羽をしっかり抱え、歩いて行く。


「椰戸部はどうするの」

「僕はもう少し、ここにいるよ」 


「……そう。椰戸部くんって意外と優しいのね。あたし勘違いしてた」


 校舎に向かう伊陀夏織の声は嬉し涙で震えている。


 乙羽は伊陀夏織を連れられて、今度こそ本当にゆっくりと、校舎の中へ消えていったのだった。





――僕は優しくなんてないさ。





 だって、中庭にいた二人の女の子がへろへろになっているのに、嬉し過ぎてたまらない。 真実の愛をこの目で見れたことを、女子運動部の組織票を得られたことを僕は心の底から喜んでいる。







 それでも、どこか虚しいような、酸っぱいような、そんな空気が、何も知らない僕の肺を満たしていた。 




――終わりがあるからこそ、恋は美しい。 




 僕は地面に生々しく刺さった鉄骨たちを眺めながら、真実の愛の余韻に浸っていた。







 青春の酸味を僕は今日、味わったのだった。


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