第一章 009 相談編 ①
クラス中の男子が僕の敵になった放課後。
僕と白咲は第三生徒会準備室にて、今後の選挙戦略について話し合っていた。
「一週間後の学級委員選挙に向けて、僕らがやることは山盛りだ」
クラスの男子全員が学級委員に名乗りでるという異例の事態に陥った僕のクラスでは、時間の都合もあり、改めて来週に、学級委員を選ぶ投票の時間が設けられることとなった。
「クラスでの人気が負にカウンターストップした人くんにとっては、この一週間での身の振り方が重要になってくるわけね」
今日も白咲は来客用のソファーに座り、貴婦人風に華々しく、紅茶をすすっている。
「誰のせいでこんな事態になったと思っているんだ。少しは責任を感じろ」
「あら、わたしのおかげで人くんの知名度はうなぎのぼりよ。それに、責任をとれと言われれば、わたしの全人生をもって、喜んでとらせてもらうわ」
「お前の人生などいらん。今は票だ。僕が学級委員、そして生徒名誉会長になるには票がいる」
白咲は詫びる様子もなく、戯言を口走った。
僕の青春楽々到達計画は白咲彩華という強大な存在によって粉砕されたのである。
――馬車馬のように働かせてやる。
僕は責任をとらせるため、白咲をボロ雑巾のようにこきつかうことを固く決心した。
「人くん。それでこれからどうするの」
「僕たちが来週の決戦に向けてやらなければならないことは三つある。一つは広報活動だ」
「人くんの名前はもう広く知れわたってしまったのだから、必要ないと思うのだけれど」
「僕についての情報は誰かさんのせいで悪い評判が大半を占めている。一応、汚名返上とまではいかなくても、印象改善のためにやる必要がある」
「なるほど。それならわたしに任せて。人くんのことはわたしが一番知っているもの」
今まで白咲の高すぎる知名度によって不利益を受けてきたわけだが、彼女の発信力が絶大であることは事実である。 僕が原稿を考えるなり、指導するなりでうまく白咲をコントロールできさえすれば、強力な武器になる。
「二つ目はロビー活動だ。これは主に担任。あと生徒会執行部を狙う。担任は白咲、生徒会執行部は僕が担当する」
「わたしは担任になにをすればいいの」
「ただ媚を売っていればそれでいい。ついでに、僕についての良い話でもしてくれれば十分だ。必要なのは僕らに対する担任の好感度だ」
「なかなかゲスな考え方をするわね。いいわ、それもわたしが引き受けましょう」
白咲はゲスな発想だと言ったが僕はそうは思わない。クラス担任がクラスをまとめているがゆえに、クラスへの影響力は大きい。そのような人間、いわば大物を囲い込もうとするのは選挙での常套手段である。
また、担任が人間である以上、白咲の美の前で、公平性をたもつことなど不可能なのである。
「最後の三つ目が僕らがやるべきことで最も重要だ。これが僕の命綱を握っていると言っても過言ではない」
「賄賂ね」
「違うわ!」
「うちわも配っちゃダメよ」
「やらんわ! 確かに学級委員選挙なんて、俺に票を入れてくれれば最新のゲームかしてやる とかいう品のないことをする奴もいるが、僕は正々堂々と戦って勝つつもりだ」
「ほんとうに?」
「ああ、本当だ」
本当のことを言うと、内心、白咲が捨てたゴミをクラスの男子に配って、票を入れてもらおうと考えたりはしたものの、先程から白咲が胡散臭そうな目で僕を見てくるので、この方法は控えることにした。
「では聞くけど、賄賂以外に人くんができることって他にあるの? もちろん、好感度を高める用の広報活動と大物囲い込み用のロビー活動はのぞいてよ」
「人助けだ」
「……?」
白咲は不思議そうな顔を浮かべて黙り込んでしまう。
「クラスの仲間、主に女子の手伝いをして票を稼ぐ」
「人くんの口から人助けなんて言葉がでてくるとは思わなかったわ」
白咲は素直に驚いているようで、僕は複雑な気持ちになった。
「でも、人くん。あなたの、女の子を適当に助けて、世間での好感度を上げよう。ついでにクラスの女の子たちの親愛度も上げて、ハーレムを作ろう。という底の見え透いた浅い考えはわかるけれど、実際問題として一週間で解決できる相談の数なんてほんの少しよ」
「よくて三件だとは思ってる」
話が進まないので僕は白咲の痴れ言を無視した。白咲の頬が少し膨らむ。
「三件、つまりたかだか三人のお悩みごとを解決してどうするつもり。票が三枚増えたぐらいではなにも変わらないわよ」
白咲は僕が彼女の妄言を無視したことを怒っているようで、口調が強くなっている。
「いや、三件で変わる。むしろ、はじめに言った広報活動とロビー活動の方が少ない票を取りこぼさないようにするための対策だ。僕はたった三件のお悩み相談で女子の大半の票をとってみせる」
「女の子をあなどるのもいい加減にした方がいいわよ。たった三回、異性に助けられた、または同性が助けられるところを見ただけで人くんの好感度が票につながるまで急上昇するわけないでしょ」
「好感度は関係ないんだ。いや、正しくは、好感度を上げるのは三人だけでいいんだよ。あとは僕らが何もしなくても得票数が勝手に伸びる」
「言っている意味がよくわからないのだけれど?」
白咲は本当に分からないようで、首を横に傾けた。
仕方がないので僕は白咲に答えを教えてやることにした。
「僕は人助けで組織票を狙う」
「組織票って、労働組合とか宗教団体がまとまって特定の政党とかに票を入れるやつよね」
「今回はある団体の票を狙うわけではない。だが、クラスの中に何個かのグループはあるだろう」
「ええ、女の子たちの中でも二、三個のグループに別れてはいるわ。特に運動部と文化部、そして無所属で結束しているみたいだけど、人くんが言うみたいに、そのグループの票をまるまるとれるとは思えないのだけれど?」
「グループっていうのは絶対と言っていいほどリーダーがいる。そいつに恩を売れば、僕はあながち不可能ではないと考えている」
そんなにうまくいくものかしら、再び白咲は首をかしげた。
「そもそも、そのリーダーがお悩みを持っているとも限らないのよ」
「高校生なら何かしらお悩みを持っているだろう。思春期だし」
僕は適当に答えた。白咲は「むうー」と不信そうな声を出す。
「いままでのすべて認めたとしもね、人くん。悩みというのは簡単に赤の他人に打ち明けられるものではないのよ。わたしたちに誰がどんな悩みを抱えているのかわからないのでは、動きようがないと思うわ」
「じゃあ、お前が調べてくればいいだろ。お前、クラスで人気あるみたいだし、悩みごとの一つや二つ、相談しにくる奴もいるだろう」
「それはもう、星の数ほどいるけれど、わたしはあなたの広報活動に加え、担任へのロビー活動も請け負っているのよ。オーバーワークではないかしら」
「僕がこんな窮地に立たされた責任をとってくれるんだろ。お前の人生をかけることはないから、この一週間ぐらいは頑張って働いてくれ」
白咲は白い頬に右手を添えながら、しばらくブツブツと僕への悪口。もしくは何かの呪文を唱えていたが、結局大きなため息を一つして、僕の作戦を承諾してくれた。
「わかったわ。わたしは当選確実で暇だから、当選がけっぷちの人くんを、全力でサポートさせてもらうわ」
「それは頼もしい」
この際だから、白咲から発せられる僕への皮肉は眼をつぶることにした、心の中はズタズタであ
る。
「ただし一つ条件があるわ」
「いいだろう。僕に出来ること。具体的には財力と労力を使うこと以外なら、大体のことはやってみせよう」
白咲は一瞬、嬉しそうな顔を見せたが、その後、顔を赤らめて、膝の上で手を組み、もじもじしだした。
――何だ、この感じ。
いつもと違う白咲の様子に僕はすぐさま臨戦態勢に入る。
「その、わっ、わたしと握手してほしいの」
気のせいか、いつもより白咲の声がうわずっているように聞こえる。
「手袋をつけてか?」
「生でよ!」
冷静ないつもの白咲とは違い、鼻息を荒らげて叫んできた。
いつもは雪のように白い白咲の顔も今はゆでだこのように赤い。
「別にそれぐらいなら構わない」
「しょ、小学校のときによくしてたやつみたいな、指と指の間を使って手を握るのがいいのだけど」
「好きにすればいい」
臨戦態勢を解きながら、白咲の条件を僕は難なく飲んだ。
小声で白咲が「やったわ」と言って喜ぶ声が聞こえる。
何がそんなに嬉しいのか、僕には全く分からなかった。
――まあ、白咲がおかしいのいつも通りのことだし、留意する点ではないか。
興奮冷めきらぬご様子の白咲ではあったが、相談を集めてくる、と言って第三生徒会準備室のドアを開けた。
「ねえ、人くん。最後に一つ聞いていい?」
「何だ?」
「どうして、女の子の票がそんなに欲しいの」
夢か幻か、僕の目には白咲が一瞬、何かの怪物に見えた。
「僕にはもう、男子の票は残ってないんだよ」
そう、白咲が僕の男子の票を全て駄目にしたのである。忘れたとは言わせない。
「なら、安心だわ」
何に安心したのか。
自分が僕の男子の票を粉々にしたのを分かっているのか。
不明な点は多いものの、白咲が廊下を駆けていく軽やかな音が第三生徒会準備室に響いたのだった。




