プロローグ● 謎・○○編
訂正版です。
後書きでお詫びしてます。
神に笑われ、母を泣かした新月の夜。
僕、椰戸部人は暗い旧体育館の中で一人。
大勢の人間に囲まれ、憎悪の視線に焼かれていた。
「やっと来たわね。話疲れちゃったわよ」
正面のステージに明かりが灯る。
「ほんとに音がしないのね」
僕は中央に進み、光に浮かぶ彼女を見上げた。
「随分遅いのね」
「大人の都合だよ」
「私たち、高校生でしょ」
「最近の女子高校生は深夜に冴えない男子を呼び出すか?」
「どう、ドキドキしたでしょ?」
「そりゃな」
「やだぁ、青春じゃない」
いまや誰も使っていないはずの旧体育館には、無数の影がうごめき、睨みを利かし、今かいまかと彼女の命令を待ちわびていた。
「みんなで待ってたのよ」
「盗人のすることかよ」
「そんなに大事なら、ずっと掴んで離さなければいいのに」
「右腕は?」
「焦らないでよ。ちゃんとリボンをかけて大事に飾ってあるわよ」
「ステージの右袖だな」
「うわっ、気持ち悪っ」
「ほんと、ゾッとするわ」
黒板を爪で引っ掻くような不快な音がする。
白い布を被った、子供一人ほどの大きさの、何かを載せた台車が現れる。
ゆっくり丁寧に、割れ物を扱うように、女生徒の元へと進んで行く。
「こんな姿になっても美しいだなんて、羨ましさを通り越して、正直、とてもとても恐ろしい」
その布を女生徒は、勢いよく引き剥がした。
そこには、黒い安楽椅子に座らされ、鉄の鎖でがんじがらめに押さえつけられた全校生徒の憧れ、終結の美少女、白咲彩華が、口と目をぼろ布で覆われ、人為的に、女生徒の元に、繋ぎ止められていた。
「本当に長くてキレイな髪。陶器のように白い肌。満開の花のように美しくて、綺麗で、華しかない」
女生徒は白咲の視界を遮る布を乱暴に引っ張り、細い鎖骨に叩きつける。
白咲はただ無抵抗に長く細い首を前に折り、小さな頭で無気力そうにうなだれた。
そんな彼女の前髪を女生徒が掴む。
暗い天井に引き上げられた白咲の頭蓋は、彼女の意志とは関係なく、高くそびえる鼻の先を上に向ける。
「何より、この瞳よ。誰もを引き込むこの眼差し」
湖のように透き通った虹彩が闇にこぼれる。
「それでいて、何も見ていないのだから、もう最悪よ」
スポットライトを白咲が吸う。
「本当にほんとうに、隣に並びたくない」
女生徒の顔には影が落ちた。
「全部あなたが悪いの、白咲彩華さん」
「貴女の大切な彼は、貴女のせいで今から殴られて、蹴られて、リンチされるのよ」
白咲の顔元にそっとナイフが添えられる。
白咲は怯えることも泣き叫ぶこともせず、虚ろに、無抵抗に、ただ成されるままに、その場に、漂っていた。
「何で怖がらないの。もっと恐怖しなさいよ。刃物が顔の近くに突きつけられてるのよ。貴女は身動きもとれず、ただ蹂躙されて、彼も傷つけられる。恐怖で怖くて仕方が無いはずでしょ!」
白咲は返答しない。
ただ真っ直ぐ、髪を引っ張られ、刃物を顔に近づけられても、顔色一つ変えずに、綺麗なままで、黙って、彼女を罵る女生徒や、旧体育館に満ちる男たちには目も暮れず、真っ直ぐに、僕だけを見つめていた。
「その眼よ。周りのことなんてお構いなし。いつもいつもいつもいつも自分の好きなものしか見ない」
「貴女を見る、貴女に憧れるものを、貴女の足下で努力する私達には構ってくれない」
「まるで夜の街頭に群がる虫から眼を背けるように」
「私達を無視するの」
「そんな貴女の傲慢な態度が」
「眼差しが」
「心底、心の底から、喉の奥から、肺の奥底から――――」
「大っ嫌い」
それが攻撃開始の合図だった。
旧体育館の二階。バルコニーから矢継ぎ早に僕へと放たれた数本の矢。
咄嗟に一歩後ろへ足を動かす。
瞬く間に、鏃が地面をえぐり、僕がさっきまで立っていた場所を突き刺した。
「おいおい、まじかよ」
背後からは黒帯を締めた巨漢が僕を掴もうと距離を詰めてくる。
「死なない程度に畳んであげなさい」
「それ、一番痛いやつじゃん」
僕はひらりと左に身をよじる。
太い指が空を切る。
組まれるギリギリのところで柔道着の男を回避した。
しかし、そこまでが僕の限界だった。
足がもつれ、体勢が横に倒れる。
暗闇から、バチンッ、という高い音が響く。
刹那。よろめく僕の眼前を、白と黒の幾何学模様が覆う。
手遅れだった。
固い豪球が僕の鼻先に触れる。
目の前が真っ暗になり、次の瞬間、僕は固い床に転がっていた。
「あーあ。貴女のせいなのよ、白咲さん。貴女のせいで彼はいじめられるの」
白咲は何も言わない。
もとい、何も言えない。
彼女は今も口を布で押さえつけられているから。
「彼はただ、順風満帆な高校生活を送りたかっただけなのよ」
白咲は喉から何も出そうとしなかった。
「全部ぜんぶ、貴女が綺麗すぎるからいけないの」
白咲はずっと黙ったままだ。
その毅然な態度を女生徒が恨めしそうに睨んでいた。
僕は息を吸う。声を振り絞る。
「ひとつだけ、聞いていいか」
「起き上がったらまた殴られるって分からないの?」
僕はよろよろと両肘を固い床に突き、上体を起こす。
「断末魔? それとも遺言かしら」
右手を地面につけ、左足で骨盤を持ち上げた。
「いや、お前じゃないんだよ」
僕はステージで固まったままの、スポットライトで照らされたままの、石膏像のような、作り物のような白咲に問いかけた。
「どうして、そこにいる?」
彼女は大きな黒目をチラつかせるだけだった。
「なんで、誰も彼も彼女も、みんなみんなみんな私を無視するのよぉおお!」
女生徒は刃物を掴む手に力を入れる。
「こんな世界崩れちまえぇええええ!」
刃が、白咲の何もない、真っ白な横顔に吸い込まれていく。
パラリと、布がはだける。
刃が頬を刺す。
身体が痙攣した。
赤い血が、巣をつつかれた蟻のように、蜘蛛の子を散らすように、無尽蔵に、止めどなく、吹き出していた。
「ねぇ、なんで?」
白い頬を涙が伝った。
更新頻度がカス過ぎる。
遅れてごめんなさい。自粛明けで忙殺されてました。
エタッてないよ。ゆるゆると続けていきます。
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