ロスト村2
私が住む教会には、正確にはオースティン神父と、猫がいる。
まだ子猫だろうか、小さくて真っ黒い、目の見えない猫だった。目の所が大きく傷になっていて、完全に見えなくなっている。
きっと私のようにオースティン神父に拾われたのだろうと思う。
オースティン神父はこの猫をロロと呼んでいたから、私もロロと呼んでいる。
ロロは目が見えないから、いつもだいたい神父様の部屋にいて、たまにふらっと出てくるのだった。
言葉を話さないロロは、すぐに私の癒やしになった。私は少々疲れていたのだろう。
私がおやつを鼻先に差し出すとふんふんと匂いを嗅いで、そしてパクッと食べるその様子だけでもなんだか嬉しかった。最初は警戒していたロロも、毎日私がしつこく構いに行くせいで、いつしか少しずつ慣れてくれたのだった。
「ロロ……お前、見えるようになりたい?」
まわりに誰もいないときに、私は何度かそうロロに聞いた。
もちろんロロはそんな言葉が理解は出来ないのだけれど、それでも私のそんな語りかけに、ロロはいつも甘えるようににゃーと鳴いて応えてくれた。
私が軽く「視た」ところ、傷は目だけのようだ。ただし完全に潰れている。
でも多分、私だったら治してあげられる。
ただしその変化は目に見えてしまう。何故治ったのか、誰もが疑問に思うだろう。
いつかは私の癒やしの魔術を使う日が来るとは思っている。いや使う予定だ。
ただ、この力は諸刃の剣だ。
使えば使うほど、私は聖女として有名になるか、または聖女を騙った詐欺師として追われるようになるだろう。どちらになるかは魅せ方次第だと思っている。
だけどそこで忘れてはいけないのは、どちらにせよ騒がれればそれだけヒメのいる王宮に私の存在を知られるリスクも高まるということだ。
もう捕まったり責められたり襲われたりなんてしたくない。
出来るだけ良い方法を考えなければ。
どうすればよいのか。
神父さまなら何か良い方法を知っているだろうか?
オースティン神父ならば、もしかしたら信じてくれるかもしれないと最近の私は感じていた。
「またロロを構っているのだね。しかしロロも珍しく懐いたねえ」
神父様がロロを抱えて座る私に声をかけてくださる。
「珍しいんですか?」
両手でわしわしとロロをなで回しながら聞く私。ロロは大人しくされるがままだ。
「その子はなかなか人には懐かなくてね。目が見えないから警戒心が強いんじゃよ。でも一緒に暮らしているからかな、ロロも君には触らせるようになったんだねえ」
「なるほど私の毎日の餌付けの成果ですね!」
「んにゃーん」
そんな穏やかな日々。
さすがに疲れた時なんかは、このまま何もかもを忘れてのんびり穏やかな暮らしをずっと続けるのもいいかと思う瞬間もあるけれど。
そうもいかないのが世の中というものです。はい。
だって私は未来を知っている。
ここは将来戦場になる。
そして目の前に、私だったら治せる人達があふれかえることになる。
今は『先読みの聖女』の助言を受けて休戦している期間なのだと思う。でもそれはきっとあのゲームのシナリオ通りに、敵国の将軍が死ぬ冬を待っているだけだ。きっと裏では戦力を溜めている。
冬が来たら、一斉にこの国は隣国に攻撃を仕掛けるだろう。
その冬の戦争で、この国は勝つ。
だけど、国土が軽傷だったわけではない。激しい戦いで国の疲弊はすさまじく、そのために『先読みの聖女』が人を癒やしてまわることになるのだから。まあ癒やしてまわるといっても中央だけだけれどね。
でもそれで国民の『先読みの聖女』への人気が爆発的にアップ、攻略対象の誰を選んで結婚しても国を挙げての祝福になるのだ。
もしも国の中央があれだけ負傷者で溢れるのだとしたら、国境に近いこの村なんてきっとひとたまりもないだろう。この村にはきっと、来年の春は来ない。
なーんて私が真面目に考えていたのに、なんとこの国の王太子と『先読みの聖女』が結婚するという話がある日突然聞こえてきたのだった。
結婚!?
はて、シナリオが違う。早すぎでは?
結婚って、たしかゲームのエンディングだったよね? そこがゴールだったもんね?
『先読み』と戦争を通してのゲームのメイン部分である対象人物の攻略はどこに行ったんだ? それに『先読みの聖女』として国中に名声が高まるのは終戦後だよ!?
…………。
えーと、つまりはいきなり王子ルートのエンディングですか? つまりは将来はこの国の王妃ということですね。
たしかに何でも欲しがりの彼女には、一番おいしい相手なのかもしれない。
なんでも一番がいいのだろう。一番が好きなら、そりゃあ王子さまか、なんなら独身だったら王様が一番好きなのだろう。
つまりは、余計な部分を全てすっ飛ばして、いきなりゴール目指して走ったんですね?
彼女の持てる技術とゲームの知識を総動員して、最速で攻略したということですか。
それにしても早いな。
村にお使いに来た時にそれを聞いた私は、心からびっくりしたのだった。