ゲーム?3
「まあ、それはありがとう。うん肩書き『だけ』ではさすがにねえ」
もちろん思わぬ彼のこの言葉は嬉しかった。とても、嬉しい。
しかし私は実はあの時、密かに納得をしてしまっていたのだった。
もしあのゲームにそういう設定があったというのなら、この偽装結婚への当初の彼の積極的な説得も説明ができるというものではないか。
設定ということは、きっとこの世界では彼の生まれながらの好みとして、「聖女」というものにどうしても惹かれてしまうということになっていたのだろう。きっと性癖のようなものとして。なるほど、好みでは仕方が無い。まさか「癒やし」の魔術がたまらなく好きとか、そんな設定になっていたりして?
そしてそこに、たまたま私が「聖女」として現れたと。
その結果、彼はシナリオ通りに「聖女」に惹かれた。
なぜかちょっと寂しい気がしないでもないけれど、まあそういうこともあるだろう。
どのみち彼は悪くない。そしてきっと、誰も悪くない。
「いやその顔、君今ちょっと違う方向で納得したよね? だからそうじゃなくて、僕は純粋に君が気に入ったから一緒に居たかったんだよ? って、聞いてる?」
「うん、聞いてる聞いてる。大丈夫よ? 理解した。むしろ納得」
にっこり。
ええ、「設定」なら仕方が無いね。
なるほどだからこの「逆」美女と野獣状態に違和感が無かったんだね、この人。
なんてうんうん頷いていたら。
「やっぱりちょっとわかっていない気がするんだが。どうも何か誤解を……ああでも白状すると、確かに昔から『聖女』のような人と結婚したいとは……実は思ってはいたんだよ」
何故かちょっと言いにくそうに、彼は告白を始めたのだった。
「あら、じゃあ、夢は叶った……? これが叶った状態と言えるならだけど」
夢のように美しく清らかな聖女が理想だったのなら、ちょっとごめんねとしか言いようがないのだけれどね?
「いやでもそれは、ただ『聖女』と結婚したかったのではなくてね? 昔から僕は人を見るとついいろいろ見えてしまうから、近寄って来る男も女もみんな下心があると自然に察知してしまうんだよ。そして女性は特に今までずっと僕の地位や財産に対して下心のある人ばかりを散々見てきたから、いいかげんうんざりしていて。だからもし結婚するならそんな下心なんて無いような、例えば『聖女』くらいの人じゃないと結婚なんてする気はないと、ずっと思っていたんだ」
「あらら……それは大変だったのねえ。なにしろ王子様だもんね。たしかに想像すると人間不信になりそう。でもごめん、私にも下心ならあるわよ? 私のこの国でのちゃんとした身分と身の安全、特にヒメから隠してもらうこと、そしてポーション屋さんの許可。あら並べると結構あるわね。でも私はとにかくこの世界でちゃんと身分を確立して安定した立場と生活を確保したい。そのために今いろいろ頑張っているのよ?」
ええ、むしろ下心が全ての始まりですよ。いやはやそんな話を聞いた後ではちょっと申し訳ないぞ。なんて思ったら。
「だから、そこだよ。僕は君のそういうところに惹かれたんだ。君は嘘で僕に『愛している』と言わない。君は僕の身分を知っても媚びないし、全く僕にたかろうともしない。宝石やドレスで贅沢がしたいとも言わないから僕はちょっとそこは寂しいくらいだよ。そして僕を救うことに対しても、いつも純粋に心配してくれているのがわかる。そういう君の堅実でいつも真面目に頑張っているところを見る度に僕はつい君が可愛くて……愛しいと思う」
珍しく顔を赤くして、目線もはずして恥ずかしそうに言う彼はとても珍しかった。いつもは自信満々なのに。
だからいつものチャラ男風の軽い感じではなくて、ものすごく言いにくそうに吐露したその言葉は、私にはとても彼からの、本心の告白らしい言葉に思えた。
なのでついうっかり、
「あ……はい、ありがとうゴザイマス……」
と、私も思わず赤くなってしまったのだった。柄にも無くもじもじしてしまう。
彼にそう言ってもらえて、とても嬉しい。ちょっとうっかり天まで昇ってしまいそうだ。
理由は何であれ、結果的に今、彼は私が好きなのだと、正直この時初めて私は実感を伴って思えたのだった。
今まで? いやチャラ男の台詞なんて、普通真に受けないよね?
だから、うれしい。私も好き。本当は好き。
ああ、ならばもう、このまま私も素直に彼の胸に飛びこんで、全てを忘れてこの先一生彼と共に生き…………られる?
本当に?
浮かれる私と現実を見つめる私が光のように、目まぐるしく交錯した瞬間だった。
もう私、形だけは結婚してしまっているからね? なんと正式に婚姻関係なんですよ。
だから今から恋人同士になってお試しなんて、そんなことは出来ないよ?
一度この白い結婚を本物にしてしまったら、きっと後悔してももう逃げられない。
春までか、一生か。今や私の選べる選択肢はこの二つだけである。
最近私の中で、ゲームの世界と現実の世界との線引きが曖昧になってきていた。
このレクトール将軍は、どうやらあのシナリオが紡ぐ世界では自分を救う「聖女」と恋に落ちることになっていた。そして結婚式を挙げたらエンディング、めでたしめでたし。それ以降の人生には、きっと何もシナリオはない。
あのゲームのシナリオと設定が、この世界でどこまで影響するのだろう?
どこまでが決まっていたことで、どこからが現実のオリジナルなんだろう。
彼の今のその気持ちが、私という個人にではなくてシナリオという名の作為的な運命によって、ただ単に「聖女」という記号に対して定められていた気持ちなのではないと、一体誰がわかるだろう?
なのに将来、新たな「聖女」が出現したら?
隣国で異世界から喚ばれたような私ではなくて、生粋の、正当な、彼にふさわしい、この国の「聖女」が見つかったとしたら?
その時彼は、正真正銘の「聖女」らしい「聖女」と既に結婚してしまっている私、どちらを選ぶのだろうか。
シナリオの無くなった世界では、その結末はハッピーエンドとは限らない。
他に好きな女性のいる王族のお飾りの妻、そんな立場に私はなりたくはなかった。
この夫を愛しいと思えば思うほど、きっとそれは茨の道で、だけれど「聖女」という立場上その婚姻は放棄もできなくて。
贅沢な望みなのかもしれないけれど、今でも私は、やはり私自身を愛してくれるような人と人生を歩みたいのだ。
たとえ私が「聖女」ではなくても、ただのつまらない、たいしたスキルしか持たない人間であっても、たとえば町の単なる普通のポーション屋さんであっても、それでもそんなつまらない私とでも一緒にいたいと思ってくれるような人と一緒に生きていきたい。
どうして私は「聖女」として、彼と出会ってしまったんだろう。
翌日、ヒメはオリグロウに向けてこの城を発った。
聞くところによるとレクトール様ともう一度だけお話がしたい、見送りをして欲しいと食い下がっていたらしいけれど、レクトールは会おうとはしなかった。
朝にジュバンス副将軍が形だけ挨拶に行ったきりで、あとは使用人と護衛に任せられたのだった。
「見送りをしても城の外に誘導されて魅了をかけてくるだけだろう。彼女の私への目的もだいたいわかったし、捕虜としての役目も十分果たして良い条件を引き出してくれた。もう彼女には用はない」
彼女の希望を聞いてもそれだけ言って、あとは普通に執務室で仕事をしているレクトールを見ていると、やっぱりヒメにはロワール王子のような人の方が幸せになれるのではないかとつい思ってしまう。
考えてしまうよね。
果たして目の前のこの人は、もし私を聖女ではないと思っていても、敵国へ行った私をその敵に懇願してまで取り戻そうとするのだろうか。
愛しているから返してくれと、はたしてこの人は言ってくれるのだろうか?
弱みとしての証拠が残るような手紙を書くということを、そのようなリスクを負ってまで、彼は私を取り返したいと思ってくれるのだろうか。
……ああ……でももし私が敵国への脱出を試みたとしても、この人の目をかいくぐって敵国に無事に抜けられるような気は全然しないわね。
どうやっても敵国にたどり着く前にあっさりと確保される未来しか見えてこないぞ。
あら? 今頃気がついたけれど私、詰んでないか?
ちょっと一瞬、レクトールの掌の上で無駄にじたばたしている自分が見えたような見たくないような……?
あれ……?




