ヒロインとは1
人と一口に言っても、いろいろな人がいるわけで。
見たことの無い隣国の「聖女」が、少々イメージ先行で噂されるようになるのに時間はかからなかった。
そう、元来「聖女」とは清らかで美しい心の持ち主。嘘なんて言わない。それはこの世界の常識。
そしてこの世界には、最高に清らかで純粋な「聖女」に憧れる人が多いらしい。
そしてヒメも、その気になればものすごく「良い人」として振る舞えるのだ。相手の喜ぶツボや感動するポイントを確実に見抜いて押さえにいくその技は、もうこの世界に来る前から見事としか言いようがなかった。
そしてここでもどうやらスキルとしての「魅了」は封じられていても、元来の愛想の良さと口の上手さをいかんなく発揮して、一見心優しい邪心の全く無い乙女になりきって直接お世話をする使用人たちの一部から早速慕われはじめたようだった。
真似? できないよ。
彼女のそれは多分天才級だ。本心では全く思っていないであろうことも、心から言っているようにみえる嘘。そんなものは私にはつけない。
いつもにこやかに私の友人として振舞っていた人が、異世界に来て権力を手に入れたとたんに私を殺そうとするなんて、普通は思わないだろう。少なくとも私は思っていなかった。
まさか彼女の本心が別にあるなんて、きっと当時の人達も全く想像ができなかったに違いない。彼女は私以外の誰にとっても、常に完璧な「優しい良い人」であり続けるのだから。
きっと私もこの立場、つまり彼女のターゲットにならなかったら、今でもきっと何も知らないままに彼女を素敵な良い人だと思っていただろう。
気がついた時には「誰であろうと捕虜は捕虜。主に従うのが務め」派と「隣国の聖女は実はいい人なのに虐げられていてかわいそう」派が出来上がり……。
うーん……私があまり「聖女」らしくないせいで問題が大きくなっている気がしないでもないところが何とも。
「うちの聖女様の方がずっと素敵」とでも思われていれば、こんなに問題にはならなかったかもしれないとは、ちらりと思う。「聖女らしい聖女」への憧れが、ヒメに向かっているのかもしれない。
毎日忙しくバタバタと走り回っていたのがいけなかったのかしら。
あ、実際には走ってはいないよ? ええ、アリス先生の教えを忠実に守る私ですから、もちろん澄ました顔で、でも内心は必死にできる限り早く歩くのだけれどね?
でもそんな日々の細かな努力の結果、最初の地味でガサツ過ぎるための偽物疑惑は払拭したはずなんだけれど、どうやら私にはレクトールが適宜放つようなカリスマ的な魅力は無いらしい。らしいというより、まあ無いよね。うん知っていたとも。
それでも最近はお城の中でもみんなと仲良く、穏やかに過ごしていたのだけれど。
だんだん打ち解けて「聖女さま~」なんて親し気に声をかけてくれる人も出てきていたのだが。
うーん、その親しみやすさが仇になったのだろうか。
最近は、特にヒメに心酔してしまったヒメ付きにした侍女たちが、
「あのお可哀想な聖女様はレクトール様やアニス様とお話がしたいとずっとおっしゃっているんですよ。少しだけでもいいのでお話してはいただけませんか」
と、どうやら何度も嘆願に来ているとのこと。
「全然悪い方ではないんですよ。とてもお優しくていい方なんです。ただ誤解があったようだからそれを解きたいとおっしゃっているだけなんです。それだけなんです。もう本当に素敵な方なんですよ! きっと一度でもお話すればアニス様もわかってくださいます。少しお話さえすれば、きっとアニス様もヒメ様が大好きになります。私たちが保証します!」
と、言われても……。
さすがに大好きには、ならないかな……。
それに、どんなに話し合おうともきっとわかり合えないだろうと思う。だけどそれを彼女たちに言ってもきっと信じてはもらえないだろう雰囲気だ。
薄ぼんやりと、そういえば小説や漫画のヒロインだったら、ヒメのような境遇でも今みたいに使用人を味方につけて、いつの間にかにみんながヒロインを応援するような展開になるよねーと思い出す。熱心な協力者が次々と現れては助けてくれるやつ。
さしずめ私は頭の固い、理解の無い冷たい悪役といったところか。
でもだからといって私には、ヒメに対抗する策が全然浮かばないのが困ったものだ。
私が何を語ろうとも、なにしろより説得力のある話し方ができるのはヒメの方なのだから。
私が何を語ろうとも、彼女が「それは誤解なの!」と悲しげに言えば、私でさえも「え? 誤解なの?」と一瞬思ってしまうほどの不思議な説得力。
そんな人に対抗出来る気なんて全くしない。下手に会話をしたら、私の方が気がついたら説得されている可能性すら感じる現状。
しょうがないから私はいつも、その嘆願の報告にはちょっと残念そうに微笑んで、
「レクトールから会うのを禁止されているので、彼の許可がないと会えないのよ」
と、言うしかなかった。ありがとうレクトール、私に大義名分を与えてくれて。
だけど、ヒメのヒロイン力はすごかった。
あっという間に信者と言っても良いくらいに熱心な侍女さんたちからの嘆願の頻度が高くなる。この前なんてとうとう直訴されてしまった。
いやまあ直訴はいいのよ。なにしろこの城というか砦は国境に近い辺境にあって、いわば荒野にある陸の孤島みたいな場所だから、自然に城の人たちは家族のように仲良くなってあまり堅苦しいものはない。だから女主人に話しかけてはいけないなんていう厳格なルールも明確な罰則もほぼ無くて、よく言えばアットホームだから私が誰とでも直接世間話をするなんてことも普段からよくあること。でも。
もう冬である。
いつレクトールが命の危機に瀕するかわからないタイミングなのだ。
今はヒメに振り回されるよりは、できたら私はレクトールを守ることに集中したい。
そう思っていたんだけれど。
この城の中であまり敵も作りたくない小心者の私もいるのだった。
「どう思う? ライザ」
私は困り果てて、とうとうある日この城を取り仕切る家政婦のライザに意見を聞いた。
彼女は私が女主人としての仕事が増えて忙しくなってきた時期に、レクトールが人選して呼び寄せてくれたこの城の家政婦だった。私が彼女から教わったことはとても多い。今私が女主人としてなんとか仕事をこなしているのも、ひとえに彼女の助力やアドバイスのお陰なのだ。
「本当に困りましたねえ。私から注意もしたのですが、どうも感情的になっているらしくて」
ライザも一緒にため息をついた。
とうとう「聖女ヒメ」に心酔している侍女たち約三名は、他にも仲間を誘って毎日私のところに直談判に来るようになった。
最近は「聖女ヒメ」の受けた誤解を解いて、聖女同士仲良くしてもらって、国際親善にも役に立とう! 仲良きことは美しきことかな! とスローガンまで掲げるようになってしまっている。妙にテンションが高くて正義に燃えている感じである。
「誤解って、一体何を誤解していることになっているのかしら」
まさか私が聖女だと思われているのが誤解っていうわけではないわよね? と思って聞くと。
「あの、どうやらアニス様がヒメ様にお会いにならないのは一方的にアニス様がヒメ様を嫌っているからで、それはきっと誤解に違いないと」
ライザが少し言いにくそうに言った。
「ええ……」




