見かけと真実1★
もう、相変わらず強権的だな。うんざりする。もちろん絶対に行きたくない。
いくらここでも若干居心地というか立場が微妙とはいえ、オリグロウに行くことに比べたらはるかにこっちがいい。命の危機より怖いものはないのだ。
だから私が「オリグロウによる『聖女』誘拐を防ぐため」として、さらに堂々と夫でもあるレクトール将軍、並びにその側近達の近くにくっついていられるようになったのは結果オーライではないか。
なにしろみなさん精鋭揃いですから心強い。
どうやらファーグロウの王宮からも「聖女」の保護を提案されたようだけれど、そこはレクトール将軍が内々に事情を説明して断ったそうだ。
そこは王族同士で早く話がつくのは助かるね。
かくして、今「聖女」を将軍から引き離すと戦争に負ける。そういう予言を「聖女」がしたというのはトップシークレットではあれどもファーグロウ王宮とも共有されたのだった。
しかし「聖女」の言葉の信用度合いがすごいな、そう思ったけれど、そういえば本来の「聖女」は善良過ぎてお人好しすぎる清らかな人らしいから、嘘をつかないとでも思われているのかな。
でも結果、私たち形式上の夫婦は事実上お互いを守り、その二人を影達が守り、そしてその周りを護衛と側近達で固めることになったのだった。
ここまでやった上でレクトール将軍が突然死するのだとしたら、本当にどうやって死ぬんだろうという布陣なのだけれど。
本当に、何があるんだろう……。
将軍の死亡フラグが今どうなっているのかは、春が来ないとわからない。
ただし、そんな事情はもちろん幹部だけの秘密なので、どうやら一部の使用人の方々の「実は聖女だと騙して将軍に取り入っているのではないか」という疑惑が「素性のわからない魔性の女がとうとう幹部をも取り込み始めて侍らせている」とグレードアップしてしまったようで……。
もう、そんな技術が私にあるわけないじゃないのよ……。
そりゃあ「どう見ても聖女らしくない一見普通の女」が常に幹部に取り囲まれていたら、そう思う人がいるのもわからなくはないけれど……。
見かけやハッタリ、そして威厳。そういうものがとても大切なのだと学んだこの砦での生活です。
ああ身分めんどくさい……。
でもそのせいか今まではまだ表だってはふんわりだった使用人さんたちからの風当たりが随分強くなってきて、さすがにちょっと落ち込んでいたある日、ちょっとしたきっかけで状況が変わったのでした。いやあ人生何があるのかわからないね。
それはあるとき城の中で、腕に大けがを負った人が発生したことが発端だった。
あまりに傷が大きいので治療師である医務室長がその腕を切断すると言い出したらしく、そのけが人がどうしても切りたくない! 嫌だ! と騒いでいるところに私とレクトールがちょうど通りかかったのだ。
もしかしたらレクトールにさりげなく連れて行かれたのかもしれないけれど。
なにしろ私は医務室には近寄らないようにしていたから。
なぜならここの医務室長は、反「聖女」派の筆頭なのだ。
私の顔を見る度に、何も言いはしないけれどもいかにも「嫌いな奴」を見たという顔をされてはねえ。嫌でもわかるというものですよ。
どうやら「あんな粗野な聖女なんているはずがない。明らかに偽物じゃあないか」と私のいないところでは大っぴらに言っているらしく、ここの看護師さんというか助手の治療師さんたちも一緒になってうんうんと同調しているのも伝え聞いていた。
だからたまにうっかり廊下なんかですれ違う時も、非常に胡散臭そうな目で見られながら大きく迂回されるという、わかりやすい嫌われ方をしていたのだ。
一度は私の侍女を介して「良かったらポーションを作りましょうか」と言ってみたのだけれど、やっぱり「そんな怪しげなものなどいらん! 迷惑だ!」とあっさり追い返されてしまった。
「あの人はね、昔『聖女』に助けられたらしくて、それが誇りでその時の聖女様を崇拝しているんですよ。どうやらそれはそれは美女だったそうですよ? そして優しかったと昔から自慢していますから。でもだからといって、将軍様が聖女だと言っているのをあんなに堂々と否定するのもどうかと思うんですよね! 偉そうに!」
そう言って侍女さんがプンプン怒っていたっけ。
だけれどレクトールが医務室に向かうというのなら、それは私のお仕事として着いていくのです。どうやら今日の訓練の時に事故があったらしい。
幸い睨まれて嫌がられるとはいえ危害を加えようとしてくるわけではない。
そしてちょっとびくびくしながらレクトールの後ろに隠れてついて行ったらば、その大けがの人が大騒ぎの真っ最中だったのだ。
「嫌だー! 切りたくない! なんとか治してくれよ! それが仕事だろう!? とにかく嫌だ!」
「そんなこと言っても傷が深すぎるんだよ! ほとんど腕が潰れているじゃないか! どうせ無理矢理つなげても元には戻らんよ。どうせ動かない。だったら義手の方がずっと便利じゃないか。貴重な痛み止めのポーション使っているんだから早く切らせろ」
「いやだ! 絶対に、いやだ!!」
ああはい、だいたい事情は察した。私はそうっとレクトールの後ろからその怪我をした男の人を見たのだった。
そんな私を見た医務室長が「なんでこんなところに来やがった!」という顔をしたけれど、そこは将軍の前なので口には出さず、だた私を睨むのみ。
そして知ってしまったからには私は治したいのだった。まだ若いのに切断なんてかわいそうじゃないか。
切らなくていいのなら、それで損する人なんていない。きっと。医務室長のプライド? なにそれ美味しいの?
それにレクトールが私を見てにっこりするからいいのかと思って、レクトールの後ろから、おずおずと、
「じゃあ私が治します」
と言ったのよ。
医務室長には即座に「なんだこいつ」という顔をされたのだけれど、その怪我している本人には必死の形相で「お願いします!」と言われたし、レクトールも反対しないどころか私をその怪我人の方に連れて行くから、じゃあいいよね、と私はその場でちゃちゃっと治すことにしたのだった。
さっさと治してここから退散しようそうしよう。
「はい、その腕出してー」
うーん、なかなか大変なことになっている。だけど。
傷を魔術で、握ってポイポイー。
即死級の傷を急いで修復するよりは、とっても簡単な作業です。
だけど潰れていた腕がみるみる綺麗な腕に戻っていくのを見て、レクトール以外のその場の誰もが口をあんぐりと開けて驚いていたということは、本当にここの誰もがそれまで私を「聖女」だとは信じていなかったんだな……。
いや信じ切れていなかったというか。
ああ私の威厳の無さの悲しさよ……。
でもその一件は驚きとともにすぐにこの城全体に伝わって、さすがにそれからは私の「癒やし」のスキルを大っぴらには疑われることはなくなったのだった。
うーん、やって見せるってこんなに大事だったのね。
ま、まあ「え、聖女だって言っていたのは本当だったの!? 全然そうは見えなかったのに! 本当に本当?」という反応が一番多かったあたり、やはり威厳か品格が足りないということですが。
もうそこらへんはどうにもこうにも。
しかしその目で見たのでさすがに「聖女」とは断定しないまでも「癒やし」の能力は認めることにしてくれたらしい医務室長からは、後からこっそり今までの態度を謝られたのだった。
いや、直接文句を言われていたわけではないのでね、大丈夫ですよ。
むしろ憧れだったらしい「聖女」のイメージをぶち壊してごめんね……。




