砦5
「ハロルド、あの使者を見張れ」
オリグロウの使者を応接室から追い返したレクトールが、前を向いたまま言った。
でも一見レクトールの言葉が空に消えるだけで何も起こらない。
だけど今なら知っている。今この瞬間に、ハロルドはこの場所から使者のところに移動したのだと。
そうと意識して魔力の動きを探っていなければ、そのわずかな痕跡もわからないけれど。
ジンとハロルド、この二人はレクトール将軍の影だった。
非常に優秀な、影であり護衛。
なんと私がレクトール将軍と知り合った最初から近くにいたらしいのに、全くわからなかった人達。
最上級の「隠密」スキルの持ち主が本気を出せば、よっぽど魔力の高い人間が頑張って探さない限り、人にその存在が探知されないものらしい。
全然知らなかったよ、そんな人達が周りをうろうろしていたなんて。
ちなみに今は私にも女性の影、アリスがついている。
レクトール将軍がつけてくれた。
ついでに私の家庭教師も兼ねているという、万能な女性だ。
彼女は影として私を守るだけでなく、貴族の女性としての細かなマナーと挙動について教えてくれるのだった。ええ一挙手一投足全てにダメだしされています。私は優雅とはほど遠いらしい。
耳元で彼女の声だけがする。
だけどどんなにお願いしても、なかなかその姿は拝ませてもらえない。
どうやら元々非常に、なんというか、引っ込み思案の、人見知りが激しい性格のようで。
どうしても自分の姿を人には見られたくないそうだ。
「隠密」スキルを持つ人は、だいたいみなさんそういう気質らしく。
だからジンもハロルドもアリスも、その姿をあのレクトールでさえもほとんど見たことがないらしい。
もちろん全員レクトールがスカウトしてきたそうなのだが、初めて聞いた時にはよく見つけたなと感心してしまった。
私の夫(仮)の周りには優秀な人がたくさん居る。
数日後、頭や肩に雀と鳩とカラスを乗せたガーウィンが報告をしにきた。
「オリグロウの使者は大人しく出国したようですね。今、ハロルドから連絡がありました」
この人はこれまた超一級のテイマーだそうで、いろいろな魔獣、特に鳥の魔獣を手なずけて使役できるそうだ。いつ見ても様々な鳥たちが頭や肩に乗っているけれど、全て彼の魔獣達らしい。そしてその魔獣達を駆使してありとあらゆる情報を集めるのが主な仕事で、情報の伝達もするそうな。
いつもいつも体に鳥たちを乗せているのは趣味なのではなくて、懐かれすぎて勝手に乗っかってくるらしい。
鳥、自由だな。
おかげで彼のまわりはいつも鳥のさえずりや鳴き声で賑やかだ。一見ね。
鳥たちのおしゃべりは微笑ましいものが多いとはいえ結構話が好きらしく、常にしゃべっている感じである。
『奥の庭は庭師がさぼっているから虫が取り放題!』
『だから、カラスの集めるガラスが邪魔だって言ってるの! 自分の巣から出さないで! はみ出てるでしょ!』
『うるさい! ガラスは綺麗じゃないか。風流を理解しないとは悲しいことだな』
『あのね、熟した柿が美味しいのよ? 今いっぱい落ちてるの! ぐずぐずなのよ? うふふふ~』
と、ずっとこんな感じで羨ましいような、そうでないような。
言葉まで聞こえてしまうと意外に煩いね……。
でも考えてみればロロも魔獣だし、もしかしてロロも彼の方がいいとか言い出すかも? とちょっと思ったけれど彼には、
「ロロさんは別格ですよ。テイムされるというレベルの魔獣ではありません。むしろどうやってこの魔獣を従えることができたんですか」
と言われてしまった。
え? 魔獣にもレベルがあるの? へえー。
まあ、私が凄いのではなくて、「目を癒やした人間に従う」と約束させたどこぞの魔術師様が凄かっただけなんだけどね……。
最近のロロはまた私の近くで寝てばかり、起きても「ごはんはー?」としか言わないからうっかりすると魔獣だということを忘れがちになるくらいには、普段は普通の猫とあまり変わらない。
だけれど最近は、私の行くところには何処にでもついてくるのがかわいいといったらないです。私が部屋を移る度に寝ていたのがむくりと起きて、てちてちついてくるその姿といったら。なんてかわいいんでしょう~。思わず抱き上げて頬擦りしようとして嫌がられるまでがセットです。でもいいの、かわいいから。
「アニス様……あなたのこの魔獣は、本気を出したら大変なことになるんですよ? かわいいとかそんな感情とは反対のはずなんですが」
ガーウィンは私がロロをかわいいと言うたびにそう言うけれど、そんなことを言われましても……。
しかしこの子猫がねえ……まあ、あのオリグロウの王宮での動きをみると確かに普通の猫ではないのだけれど、だからといって好戦的でもないみたいだし。
いつも私の足下に来ては丸まって寝ているロロを見る限り、とても平和で大人しそうな姿なのよ?
「しかしこんな物騒な凶器持ちの聖女をオリグロウに確保されなくて本当に良かったな! レック、よくやった。とりあえずはこの聖女をあっちに持っていかれないようにするには婚姻が一番だ。さすが王子、国のために素晴らしい働きだ」
がっはっは。そう笑うのは、副将軍のおじさんだ。どうやら私が想像していたような「将軍」としての仕事は、主に彼がやっているそうだ。もちろんレクトールがスカウトしたので実力はお墨付きである。
その副将軍の名前はジュバンス。筋肉の塊の中年で、私の当初想像していた将軍様そのものな見かけの人だ。とにかく兵士たちからの人望もある上に剣を握らせたら無敵らしい、そんな話がすんなりと信じられる風貌の人だった。
で、国のための婚姻……まあ、そうですね。そうとも見えますね。もちろん文句はありません。というか言えません。なにしろ一番説得力のある名目だ。
「国のためだけに結婚なんて、そんなことはしないよ」
そうレクトールは言うけれど。
この副将軍から見たら明らかに政略に見えるのだろう。
まさしく今私は、ファーグロウ王家に「保護」されているのだ。
国のためなんていう言葉を聞くと、もしかしたら私は「聖女」という地位についてまだまだ疎いというか、気軽に考えているのかもしれないと思う。なにしろ私の自意識は、今でも異世界から来た天涯孤独な人間だから。
だからまさかあのオリグロウ国が、こんなに簡単に掌を返して私を聖女として欲しがるとは全く思っていなかった。
私を使えない人間扱いして切り捨てたような人たちに、今度はしれっと様付けで呼ばれ大切にするからと言われても、私はただただ驚くばかり。
そんなに偉いのか、「聖女」って?
そう思ってレクトールに聞いてみたら、返ってきた答えは、
「まあ、君くらいの『聖女』レベルだと国に一人出るか出ないかという存在だからね。そして人を癒やせるというのはとても影響力があるんだよ」
と。つまりは単なる珍獣扱いのような気がしなくも無いが。
それでもその「影響力がある」というのが重要なのだろう。
なにしろ後から聞いたことを総合すると、この国でも「聖女と結婚したレクトール将軍」はおおかた歓迎されたらしいのだから。あらびっくり。
どうやらたとえ地味婚だろうと駆け落ち同然だろうと、とにかく「聖女」と婚姻関係を結んで「聖女」を王家が「保護」したことは、おおむね良いことと受け止められているらしかった。
なにしろ出会う人出会う人がレクトール将軍をよくやったと褒めるのだから。
ただしその「聖女」がどんなに地味で他にはたいした取り柄の無い女であるかという話は全く出ない。
ただ「聖女を娶った将軍」を人々が褒める。
なんだ、私は高価な景品か?
あ、珍獣か。
まあいいさ。ならば私も開き直って、その立場を最大限に生かして自分の人生をつかみ取るまで。
売れる恩はなんでも売り払って、明るい未来を手に入れる私の本来の目的にはなんら変わりは無い。
ただその珍獣ぶりに、その後もオリグロウからはしつこく返還要求が出されることになるのはちょっと意外だったけれど。なんだろう、その執着ぶり。もう「聖女」は一人いるでしょうが。ねえ?
あまりのオリグロウの執着ぶりに将軍の側近からは私の警護ももっと厳しくするべきだとの意見が出るほどだった。
どうやらそろそろオリグロウでは、いっそ強制的にでも私を連れて来てから説得しろという意見が出始めたらしい。
ってちょっと、それ、誘拐って言うんじゃないの?




