家紋付きの馬車1
そういえば、オースティン神父からは一人で国境を越えるのは命知らずな暴挙だと止められていたのに、この将軍と一緒だったからか私たちはすんなりと国境を越えられたのだった。
どうやらこっそり行き来するルートを確保してあったらしい。
まあそうだよね、なにしろ将軍様だもんね、それくらいの準備はしてから敵国に入るよね。
でもそう考えてみたら、お付きの人とか護衛とか、誰も連れずに今まで単身とか良かったのか?
この男こそ命知らず?
と思ったら、どうやら護衛はいたらしい。
なんだーいたのかー全然知らなかったよ。
「さすがにオリグロウの王宮の中では苦労したみたいだけれどね。ただし彼らが表に出てくるのは最悪のやむを得ない状況の時だけだ。だけど今も近くで待機しているよ。その彼らにこの馬車を持ってくるように言っておいたんだ。ああ、結婚したから妻である君もこれからは警護対象になった。もう言ってある」
どうやら私が馬車に乗ってぼーっとしている間にいろいろな事が動いていたらしい。
うーんこの将軍サマ、自国に入った途端にアグレッシブというか活動的だなおい。
「はあそうですか……」
「君はファーグロウの将軍夫人だからね。誰にも傷つけさせないよ。安心して僕の隣にいるといい」
「ああはい……」
ちょっと事態にはついていけていないが、一応彼の言葉は理解した。
夫人かあ……夫人ね。ええ……。
「ふぉっふぉっふぉ。初々しいのう。自分の新婚時代を思い出すのう、ああ甘酸っぱい」
「……オースティン殿、あなた専用の馬車を別に用意してもいいんですよ?」
「いやいやワシはこの馬車で十分じゃよ? いやさすがの高級馬車じゃのう。まあレクトール将軍殿は二人きりになりたいのかもしれないが、一応ワシがアニスを拾って面倒を見ていたからの、保護者として言っておくが、アニスの同意のないままに乱暴なことはするなよ?」
「もちろんですよ……ではこれからはあなたを舅殿と呼べばいいですかね?」
「そんなに嫌な顔をせんでも、好きに呼べばいいよ~。ふぉっふぉっふぉ」
「茶番だわ……」
……それにしてもクッションがふかふかで揺れも少ないこの馬車は素敵デスネ。
もう何も考えまい。
もうたいていのことはこのまま流れに任せて、私はただこの将軍様が死なないように常に見張ることだけを考えていようと思ったのだった。
うん、前向きに考えれば、当初考えていたような将軍に何かが起こった後にあのガーランド治療院から治療師として招集されて駆けつけるよりは、非常に良いポジションでこの人を監視できるのだ。
これ以上ない素晴らしい状況と言えるだろう、わーい。
結婚してまで張り付いて、しっかりこの男の死亡フラグを折ってしまえれば、この男には結構な恩が売れるというものだろう。
がんばるぞ。
「ところで、あのオリグロウの『先読みの聖女』だが、結局何者なんだね?」
突然オースティン神父が口を開いた。
え? ヒメのこと?
「ああ……私の鑑定では彼女は『聖女』ではないが、でも少々厄介そうではある。あの王宮の中を直接鑑定出来て本当によかったな。それもこれもアニスのお陰だよ。で、まああの王子はたいしたことはない。問題はあの自称『聖女』だろう」
レックが言った。
「厄介……?」
性格が厄介というのは知っているけれど、そういうことではないよねきっと。
「あの自称『聖女』は、メインスキルが『魅了』。そしてサブスキルが『鑑定』。サブスキルの方はそんなにレベルは高くない。だからアニスの正体を見破れなかったんだろう。表面の情報が読めるだけだ。だが『魅了』はなかなかのレベルで、そしてあの王宮の主要な人間にはみんな彼女の『魅了』がかかっていた」
魅了。鑑定。なるほど、そっちのスキルの人ということか。
「その『魅了』持ちの女に誘われたんではなかったんかね、きみ」
神父様がおもしろそうに言った。
ああ、そうそう。それは熱心に誘われていたよね。
「私は自分がサブスキルで『魅了』を持っていてもともと抵抗ができるし、魅了封じの石も持っているから私には効かないんですよ。でも他の『魅了』を持っていない普通の人間には簡単に効くでしょう。と、いうことは、オリグロウはあの自称『聖女』が私と同じようにスキルを活用し始めたら手強い相手になりそうです。これはと思った人間は基本全員引き込める。こちら側の人間も気を付けないと引き込まれるかもしれません」
「その上未来を知っていることになるのね。しかも多分私よりも詳しく」
私はあのゲームを一周しかしていないけれど、隠しルートを知っているという彼女はいったい何周したのだろうか。そして他の人を攻略する中で、私の知らない情報も出てきていると思った方が良いだろう。
たとえば詳しい戦争の戦況とか……彼の死因とか。
今はとても健康体で若い彼が、どうやったら死ぬのだろう?
病気ではないとすれば、事故、または暗殺……?
「私なら救えると言っていたからな、私の未来も何か避ける方法はあるんだろう」
「彼女、『攻略してやる』とも言っていたからね。死んじゃう人を攻略はしないよね。そしてオリグロウはどうでもいいとも言っていたか……でもあのせっかくの王太子であるロワール王子様を捨てるとも思えないんだけれどな。地位とかお金とか好きそうなのに。昔から結構ゴージャスな人だったし、この前も凄い高そうな服と宝石を身につけていたよ?」
戦場にいる将軍よりも、未来の王妃としてオリグロウにこのまま居座った方が好みなのかと思っていたのよねえ。タイプは違うけれど、どっちも美形よ?
と、私が首をひねっていたら、なぜかオースティン神父がそろそろと挙手をして言ったのだった。
「あのう……アニス、もう睨まれるのも嫌だから言うがの、多分知らなさそうだから一応確認しておこうかの? お前さんの夫となったこの男、王族じゃぞ?」
「はい? なんと?」
「えっと、これも有名な話なんじゃがな……やっぱり知らんかったのか……まあ、もう結婚しちゃったしのう? ……のう?」
そう言って神父様はすがるようにレックを見たのだった。
って、レック? なんでニヤニヤしているのかな?
「まさか知らない人間がいたとは驚くよね? でも本当に知らなかったんだね。まあそうだろうとは思ったけど。君のそういうところ、本当にいいよね。そういう素直で無欲なところが僕は好きだよ? ファーグロウって結構大国だし有名なんだけどな。じゃあ改めて自己紹介しようか。ファーグロウ王国第五王子でファーグロウ軍の前線部隊を預かっているレクトール・ラスナンだ。よろしく奥さん」




