遁走、いや移動?4
はあ? なんだ突然。
「はあ? 何を言っているんですか。冗談も休み休み言ってください。馬鹿らしい。天下の将軍さまにも迷惑ですよ」
「いやいやでも考えてごらん? 夫婦なら一緒に風呂に入ってもおかしくはないし、べったりそばにいても誰も文句は言えまいて。それにあの偽『聖女』の鼻も明かせるし、我ながらいいアイディアじゃあないかのう?」
何故か神父様がノリノリだ。我ながらいいアイディア、じゃあないんだよ。どこがいいんだレックに怒られるぞ?
「のう? じゃあないんですよ。全然よくない。なんで一緒にお風呂に入る前提なんですか。そんな理由で結婚とかないから。他にも秘書とか小姓とかいろんな近くに居られる立場があるでしょうが」
「でもコショウは知らんが秘書は寝室までは一緒にはなれんよ?」
「当たり前でしょう! 寝室とか……あ、レック、寝ているときも襲われないでくださいね?」
「そんな保証は出来ないな。なにしろ寝ているし?」
ちょっと! そこは空気を読んで! なにニヤニヤしているんだよ!
そんな事を言っているとこの詐欺師まがいの人に丸め込まれるよ!?
この爺さん、天下の将軍サマの素晴らしい経歴に傷をつけようとしているんですよ? わかってる?
「うーんでも君も私に死んで欲しくはないんだよね?」
レックがちょっと考えながらこっちを見て言う。
「もちろんです。あなたには私の将来の平穏な生活の命運がかかっているんです。あなたの死はすなわち私の将来の死。絶対に死なせるわけにはいきません」
耳にタコが出来ているかもしれないが、それでも念押しは忘れないぞ。私は私の平穏な未来のために、全力でこの人の死亡フラグを折るのだ。
めざせ心安らかで明るい未来。
「そして君の話では、私が死んだらファーグロウも死ぬ。それは一大事だ。どんなことをしても避けなければならない。ならば私も君も最善を尽くして出来ることはとにかく何でもやるほうがいい。だよね?」
「そうですね。なんでもやりますよ。出来ることならね」
「じゃあ結婚してしまうのはいい手かもしれない。オースティン殿が言っていることはふざけているように見えて正しいと思わない?」
レックが真面目な顔で…………何を言った?
「は?」
「ああもちろん、今は偽装でいい。君にはこれっぽっちも私にそんな気持ちがないだろう? 見え見えだ。残念だな。こんなスキルがあることが初めて心から残念だと思ったよ。君の私への気持ちにそんな色っぽいものが全然見えないのが本当に残念だ」
「何を言っているんですか。あなた権力者なんですから、秘書とか護衛とか何か上手く言ってくださいよ。天下の将軍様がそんな軽々しく結婚したらダメでしょうが」
たしか結婚って、そんな都合でほいほいするものじゃあないよね?
全然自分を好きでも無い人と、するものじゃあないよね!?
もうすこーし慎重に考えてするものだよね!?
「だから偽装だと言っているだろう。形だけだ。それでも今夫婦になっておけば、戦争が終わった時にまだ私が無事に生き延びていて、君が僕との結婚生活を本物にしたいと思ったらその時に改めて本物にすればいいし、君がもう嫌だと思っていたなら話し合って離婚することも出来る。その時は僕に付き合わせたのだから慰謝料も払おう。そしてもし私が死んでしまっても、君にはこの先ずっと『将軍の未亡人』としてのそれなりの身分と保護と年金が約束されるだろう。どうなったとしても君に損はないと思うよ?」
そんなすらすらと自分の生死での場合分けができるのはスゴイデスネ。
そしてさりげなく金をチラつかせるあたり、そろそろ私の性格を把握している感じがして怖いです。
でも生きていくのにお金は必要なのよ。
私が「うっ」と詰まって反論出来なくなったのを見て、さらにレックが続けた。
「そして私は堂々と君を身近に置いて、そうとはわからずに守ってもらうことができる。さすがに僕もまさか将軍ともあろうものが死にたくないから聖女を私物化して連れ回しているとは思われたくない。そして私に何かあったときには、君に真っ先に私の所に来てもらうことができる。私だって助かるものなら助かりたい。実はお互いに一番合理的だと思うな」
ん?
……………………んん?
たしかに?
そして全てが終わった暁には離婚して元通りにできるというのなら、しかもそれまでは偽装だというのなら、なるほど一番都合が良い?
たしかに何かあったときに一番駆けつけやすいというのはいいかもしれない。
夫の一大事に必死に駆けつける妻。
うん自然だ。
何のために私が必死なのかなんて、他の人にはわからないんだから。
「将軍と聖女なら、お似合いじゃあないかね。誰も反対はするまいて。ふぉっふぉっふぉ」
「それに私が君を聖女だと認めたから、ファーグロウの王宮から君の身柄を保護するために呼び出しがあるかもしれない。なにしろ貴重な聖女さまだから。もしそうなると僕の近くにいてもらうのが難しくなる」
ああーそういえば聖女ってそういう立場だったー。
まずい、私はこの人の死亡フラグを折らないといけないのに。そんな時にファーグロウの王宮になんて行って保護されている場合ではないのだ。
「ただし君が名目上でも私の妻になれば、一緒にいられる。それに僕はむしろ君なら秘書より妻になって欲しいな。君が僕を守ると言ってくれたとき、本当に僕は運命を感じたんだよ。でも残念ながら君には全くそんな感情はないようだから当面は偽装でもいい。そこは譲る。とりあえず君を確h、あ、いや忘れてくれ。とにかく君にもメリットはある。大切にするよ。後悔はさせない。だから結婚しよう? そういうことにしておこう?」
なぜだか熱心にたたみかけてくる目の前のチャラ男。しかしただ説得するためだけに運命とか大げさな。
あなた、なんでこんな話にそんなに乗り気なの……と思ったが、考えてみれば彼も生き延びるために必死なのかもしれない。
ちょっと混乱しているが、とにかく彼がこの話にとても乗り気なのはなんとなくわかった。しかもどうやら偽装ということにも異議はないらしい。
そして改めて言われてみれば、確かにそれは私にとってもいろいろ助かる話でも……ある?
気になるのはこの世界でのバツイチになることへの評価ではあるが、でもそんなものはそもそもこの目の前の男が死んでしまっては、どのみちそれどころじゃあ無くなるのだし。
そうか……。
「では……はい……ソウデスネ、じゃあそういうことでイイデス……」
――それは、私の理性が人生で一番仕事をした瞬間だった。
しょうがない。だって私には、たしかに合理的な案に見えてしまったのだから。
今はなにしろこの将軍と、ひいては自分の命を守るのに、なりふり構ってはいられないのだから。
でもそう私が返事をしたあとで、神父様が「おお、さすがスカウトのプロ……」と小声で呟いたのは……聞かなかったことにしようか……。




