遁走、いや移動?3
なるほど。私の元の世界のことまでは視えないのか。なんだかちょっとほっとしたような。あんなことやこんなことを知られたら恥ずかしくてこの先この人と普通に付き合っていけるかどうかわからなかったわー。はっはっは。ええ人には他人に知られたくない黒歴史の一つや二つ、あるよねー。
なんて冷や汗をかいていたら、どうやら彼にその気持ちを読まれたらしい。
「言っておくが来歴はぼんやりとしかわからないからな? 読みやすい最近の事でも君が最初にあの王宮にいて、その後一時的にどこかの教会にいて、その後ガーランド治療院に移ったくらいのことしかわからない。ただ、その人物がどのような人であるかは訓練もしたからかなり正確にわかる。まあ、君も嘘をついているわけじゃあない。そして私を騙す気もない。ただひたすら自分の目的を果たすことしか考えていない。スキルは聖女並みだが性格は聖女というよりは、一般的な普通の人間に近い。そういうことはわかる」
へええ、なるほど。
「じゃあスパイとか、暗殺者なんかがいたらすぐにわかってしまうのね」
「そう。だから今、私の部下の中に裏切るような人間はいないし、もしそんな気持ちが芽生えても視たらすぐにわかる」
「ほうほう。じゃあ”ファーグロウの盾”は身分や肩書きに関係なく人を重用するという噂は本当なんじゃな」
「そうです。その人のスキル構成や人柄を視て、これはという人物を引き上げて適所に配置する。それだけでたいていの戦は勝てます。実は今回オリグロウにいたのも、ガレオンをこちら側に引き込もうと説得するためでした。私は基本的にスカウトと配置を担当しているのです。戦術や武力といったことは、もっとそういうことが得意な副将軍がいますからね」
「へえー。スキルを最大限に生かしているんだね。適材適所か」
私は感心した。なるほど。だからこの若さで「将軍」が務まるのか。人事は大事だ。
「そして我が軍、いやファーグロウには今現在『聖女』がいなかった。だからもちろん最初に君を視た時も、これは全力でスカウトしようと思っていたんだ。しかもその『聖女』がこんなにも逞しくて頼りがいがある魅力的な女性で本当に僕は嬉しいな」
そう言ってこちらにウインクするところはいかにも頭の軽そうなチャラ男なんだけどなー。ああ残念。でもスキルは凄いんだねーへえー。
「レック、アニスに好かれたければそんな照れ隠しみたいなことをせんでも、もう少しその顔を生かしたやり方があると思うんじゃがの……女心がわかっておらんのう……って、おお怖っ、そんな睨まんでも……いやいやワシはなんにも言っておらんよ~。えーと、じゃあ裏切りは無いかの。ではあと考えられるのは病気か? 今のところ全く健康そうじゃが……アニス、ちょっと今のうちによく視ておくか?」
「ああ、そうですね。たしかに健康そうだから全く心配していなかったかも。てっきり事故でもあるんだろうと思っていました。じゃあちょっと視ますね」
そして私は目の前のレクトール将軍の全身をくまなく視ていったのだった。
と言っても、ざっと視たところは特に何も無い。
普段だったらきっとそこで止めただろう。
だけどこの人には何故か死亡フラグが立っているということを踏まえて、私は一応もっと、いや出来るだけ詳しく視ることにした。
なにしろこの人にまんまと死なれてしまっては、私の心安らかな未来が消えてしまう。念には念を入れることにする。ええもちろん必死です。
「んー……?」
すっごーく小さい黒い点。これは癌か何かの腫瘍の元かな? でもこれが死因とは考えられないな。多分感覚ではこれが死因になるとしても何十年も先になるのでは? まあ見つけたからには一応消すけど。でも自分の免疫でもそのうち消えるんじゃないかな。あとは……うーん、頭……? 若いのにまさかね? 血流よーし、異物よーし……んー、血管に小さな瘤があるのか。まあ誰にでもこういうのは結構あるらしいしそれほど危険度は……でもいちおう万が一ということもあるから塞いでおこう。ぷち。あとは……骨も筋肉も内臓もあとは特に無いみたいよ?
そうして私は視るのを終えて結果を伝えたのだった。
「では、あとは事故かのう……」
「そうですねえ……」
神父様と二人で死因を本人の前で探る会話。なかなかシュールだ。
「まあ事故ならもう、その場で私が治すしかないわよね。お願いだからトイレとお風呂では事故に遭わないでくださいね」
もう私に言えるのはそれくらいか。
頑張れ私の命綱。何が何でも生き残ってもらわなければ。
「風呂なら一緒に入ってもいいんだよ? 私は大歓迎だ」
おや? チャラ男が何やらニヤニヤ言い出したぞ。
「はあ? 何言ってんの? セクハラ?」
「なんじゃそのせくはらって。まあ本当に心配だったら一緒に入ってやればいいんではないかの? ワシだったら入っちゃうよ~、ふぉっふぉっふぉ」
おっと、思わぬところにもう一人敵がいたぞー。
「ちょっと。ふぉっふぉじゃないでしょうよ。何を言っているんですか。私も一応うら若き未婚の女性なんですよ。やめてください。へんな噂が立つようなことは遠慮します。私は将来ちょっと有能くらいのポーション屋さんになって、ファーグロウかどこかの国で地味につつましく平凡に暮らすのが目標なんですから、評判は大事なんですよ。安易に私の将来を潰さないでください」
そう、私はこの世界で安心して生きていきたいだけなのだよ。人生の残りを充実したものにしたい。そのために今こんなに必死になっているんじゃないか。
醜聞ダメ、ぜったい。
「へえ……?」
「なんですか将軍、その哀れみの目は」
「いや、そんなところだけ『聖女』らしい無欲な願いだなと思って」
「そんなところだけってなんですか、失礼な。私は最初から言っているではないですか。私はヒメに命を狙われたりしないで安心して暮らしたい。そこそこ普通に働いて、そこそこ普通の暮らしが出来て、出来れば少々の貯蓄、そんな生活が理想なんです。堅実かつ平凡万歳」
胸を張って主張してみた。ちゃんと自分の希望は言っておかないとね。戦争が終わった暁の対価は今からアピールしておいて損はないだろう。
「でもアニス、ただ安心して生活したいというだけなら、そしてどうせそのためにこの将軍に四六時中ずーっとくっついているつもりなのなら、もういっそのことこの将軍に嫁にもらってもらえばいいんでないかい? この男の嫁なら一生生活が安泰じゃよ?」
そこに神父様が爆弾を落としたのだった。




