謁見4
することもなく待つことしばし。
レックはノンビリ楽しそうに寛いでいるし、神父様も呑気に部屋に置かれていたお菓子などを物色している。
ねえ、そのお菓子、毒とか入っていないの? 大丈夫なの?
私だけが落ち着かないで部屋の中をうろうろしているのが何故か納得がいかない。
本来の私だけでなく、まるごと三人が敵認定されたのよ?
なのになんなのこの人たちの余裕な態度……。逃げる気はカケラもないらしい。
だけどそんな状態でそれぞれに時間を過ごしていたら、しばらくして部屋に来た使用人に何故かレックだけが呼ばれたのだった。
なんだろう?
私はとっさにロロに、心の中で「ついて行け」と伝えたのだった。
すると私の足下で寝ていたロロが、伸びをした後にするりと音も無く閉まりかけたドアをすり抜けて出て行った。
なぜ彼だけが呼ばれるのだろう?
あのレックばかりをひたすら熱い視線で見ていたヒメと何か関係がありそうな、そんな気がした。
私としては彼があのヒメにここに残るように説得されたり、もっと直接的に自分の取り巻きに誘われたりしたら困る。なにしろ彼は私の”ファーグロウの盾”将軍への大事な伝手なのだから。
なんとか彼には私を連れて、ファーグロウへ帰国してほしい。しかも出来るだけ穏便に。
だけどここは彼女の陣地みたいなものだ。久しぶりに訪れた王宮は、相変わらず『先読みの聖女』を崇拝している人たちばかりに私には見えた。
王宮の誰も彼もが私には冷たい興味の無い視線しかよこさないのに、あのヒメにはみんなそろって尊敬と親愛の視線を送る。さすがに全員が全員うっとりと聖女を見つめるのはどうなのかと思うような状態だ。
ここはヒメを主人公にした補正のかかった歪んだ世界、そんな感じがした。
もしレックがこの歪んだ世界に飲み込まれてヒメに色よい返事をしたならば、私は自力で即座に逃げださなければならない。彼は私の過去を知っている。
ロロを通して見たレックの招かれた先は、どうやらヒメの私室のようだった。
なんと。
私室だよ! プライベート!
なんだか高そうなキンキラした部屋だけど、なにしろ後ろに豪華なピンクとフリフリで統一されたベッドが見えるから明らかに私室だよね!?
へえ、ピンクとフリフリが趣味だったんだ? ……じゃなくて。
そしてそこにはさっきのキンキラした豪奢なドレスから、いかにも「聖女」らしい簡素な白いドレスを着たヒメがいたのだった。
目を潤ませてレックを見つめている。何やら思い詰めた表情だ。
もしやレックは彼女のお眼鏡にかなうどころか、どうやら好みだったということ?
でも婚約者の王子にとっては敵国の人間よ?
まだこの国の王子と婚約しているよね? なのにいいのそれ?
二人きりになるのもまずいだろうに、よりによって寝室になんてなんで引き入れちゃっているの?
……これ、まさか見たくもない状況を見ることには……ならない……よね…………?
私が密かに驚愕かつドキドキしていたら、部屋のドアが閉まるやいなやヒメが静かにレックに近づいて、そして彼の腕に手をかけつつキラキラも何割か増しののち、熱く熱くレックを見つめて言ったのだった。
「ようこそ、レクトール・ラスナン将軍。わたくしは、いつかあなたがわたくしに会いに来てくれると信じていたのです。やっとお会いできて嬉しいわ……わたくし、ずっとあなたを待っていたのよ。あなたを見たときにすぐにわかったの。あなたこそが、わたくしのずっと待っていたレクトール将軍、いえ、レクトール様だって」
そしてそう言われたレックは、ただにやりと笑ったのだった。
って。
はい?
え、今、将軍って……言った?
確かに「将軍」って言ったよね?
私は心底びっくりしながらも、今更ながらにこの世界に来た時のことを思い出していた。
今の彼女の台詞で思い出したのだ。
「人の上に名札が見える」
確かに最初に彼女はそう言っていた。
と、いうことは、彼女には私の知らない彼の詳しい肩書きや名前が最初から見えていたということ?
だからあんなにレックをガン見して驚いていたの?
そこには彼の本名と肩書きがあったということなのか?
「レクトール・ラスナン ファーグロウの将軍」
と?
そしてそう言う彼女に対して彼は反論しなかった。むしろそれを認めるように笑ったのだ。
と、いうことは。
はあああぁ!?
まさかの「あいつ」が将軍”ファーグロウの盾”?
あ れ が ?
あんなキラキラしい若造が?
わたしゃ将軍というからには、てっきりゴツくてむさ苦しい中年のおっさんだとばかり思っていたよ?
……ねえもしかしてファーグロウ軍って、よっぽどな人手不足なの……?




