特別室7
もし将軍がシナリオ通りに死んでしまったら、きっとあのゲームの通りにファーグロウは負けるだろう。
たとえ今どんなにファーグロウが強くても、きっとシナリオは変わらない。なにしろゲームの主人公はあちらなのだ。ゲームのご都合主義をなめちゃあいけない。不可能を可能にするのはいつだって主人公側なのだから。
そしてそのシナリオ通りに進んだら。
このオリグロウのヒメとあの頭の固い王宮の面々が高笑いをすることになる。
そして私はきっと追われ続け、この世界で一生隠れて生きなければならないのだ。
それは嫌だ。絶対に嫌だ。この先一生あいつらの幸せを眺めながら逃げ隠れる生活なんて考えたくもない。
だから。
私は私の使えるものを全て使ってでも、その運命にあらがうと決めたのだ。
ゲームのシナリオを変えてやる。
私にとってこの世界はゲームの中ではない。現実なのだから。
気になるのは若干ヒメによって既にシナリオが変わってきている気配があることだ。ゲームでは婚約発表は戦争終結後だった。一体何が本来のシナリオとずれてきているのだろう。
でも、少なくとも自分の牛耳る国が戦争に勝つシナリオをわざわざ壊すとは考えられないから冬になったら一気に攻撃が始まると思う。そこはきっと変わらない。
将軍が死んでしまったら、きっとシナリオが本来のエンディングに向かって走り出す。
もしかしたらヒメは、彼女以外に唯一そのことを知っている私がその情報をファーグロウに伝えられないように口封じをしようとしたのかもしれないと今になって思った。
死人に口なしって言うもんね。そうだとしたら、いや天晴れだな、その屑度合い。
だけどきっとこのレックの口ぶりでは、ファーグロウにまともに対応をされたらオリグロウに勝ち目がなくなるのだろう。将軍の突然の死で混乱するファーグロウでなければ、きっとオリグロウは勝てないのだ。
ならば、今ここで彼にそれを伝えて万全の対応をしてもらうか?
それも一瞬思ったけれど、たいした信頼関係も無いオリグロウの人間だと思われている私が今そんなことを言い出しても、この目の前のレックが信じてくれる気が私には全然しなかった。
今の私は彼からしたら、祖国を助けずに故郷も家族も捨てて喜んで亡命しようとしている人間だ。私が彼の立場だったらこんな人間をそう簡単には信用出来ないだろう。
それに人の死の予言なんて、下手をするといろいろな意味で私が頭のおかしい危ない人になってしまう。
しかもそれは彼にとっては自分の所属する組織のトップで、しかも多分今はピンピンしている人間の死の予言だ。
全く信じてもらえるとは思えない。
彼に信じてもらうなら、私は、まずは何を言い出してもそこそこ信じてもらえるくらいまでの信用を得ないといけないと思ったのだった。
そうでない状態でうっかり不穏な予言をして、危険人物認定されるのだけは避けたいところ。
それこそ将軍に謁見させてももらえなくなる。
それに対策をお願いしたとしても、必ず防げるとは限らないし。なにしろゲームの中でもしっかり警護されていただろう設定の人なのに、それでもシナリオの中では死ぬのだから。
それに非常に優秀だというその人が、ただのご都合主義のシナリオのせいであっさり早死にするのも可哀想だ。彼は何も悪くないのに。
もしも私に出来るものならば助けてみたい。
ええ売れる恩は売る主義です。恩は売れば売るほど明るい未来が待っている! きっと。
なんだか目の前のレックが非常にうさんくさげに私を見ているが、負けるもんか。
私の命とこれからの人生がかかっているのだから。
頑張れ私!
私が無言で決意を新たにしていたら、突然オースティン神父がのほほんとした声で言ったのだった。
「それじゃあワシも付いていこうかのう~もう老い先短いから楽しそうなことは今見ておかないとな~ふぉっふぉっふぉ」
って、なんで言い方が若干年寄り臭くなっているんですか。
それを聞いてレックが言った。
「あなたの噂も聞いていますよ、オースティン神父。この聖女を見つけ出した慧眼はすばらしい。もちろん来るのは構わないのですが、あなたにはあまり報酬は出せませんがよろしいですか?」
さすが雇用主、しっかりしている。
「ふぉっふぉっふぉ。別に報酬なんぞどうでもいいよ。付いていくだけじゃて。いやいやどうやら二人は良い感じじゃからのう? そういう若い人の近くにいると、自分も若返って青春なんじゃよ~、楽しいのう? ああ若い人は若い人たちで自由にやってくれればいいからの。ワシももう年で目もよく見えないし最近は耳も遠くなってのう、若い二人が何をしていてもわからんから安心じゃよ? 好きなだけいちゃいちゃするがよいぞ~」
って。は? そのための年寄り演技かい。何を考えているんだ。
ないわー。
良い感じとか、何処をどう見て言っているのだろうか。
どこからどう見ても「逆」美女と野獣じゃないか。神父様の目は節穴か?
こんなモテそうな美男子が、身寄りの無い地味な女を相手にするとお思いですか。
若い男女のいちゃいちゃを観察したいだけなら期待外れもいいところだ。何を期待しているんだか。いくら相手が素敵でも、私の方はそんな余裕は無いんだからなんにもないぞ?
私は生き延びるので精一杯。浮ついている場合ではないのだ!
ちょっと目が据わってしまった後にちらっとレックの方を見たら、彼も私と全く同じ目で神父様を見ていて理解したよね。
ああうん、だよねー思うよねー。
くそう。
うん、まあわかってはいるよ。イケメンは女なんて選び放題なんだから、いろいろとレベルの高い女性じゃないとね……はは。
どうせ生まれてこのかたモテたことなんてない私ですから身の程はわきまえておりますよ……。
正直な顔の彼に初めてちょっとの親近感と、そしてほろ苦い何かを覚えた瞬間だった。
まあ、彼もそれほど悪い奴ではないのかもしれない。正直は美徳だ。
そう、彼が悪いわけではない。
「なーおーん」
『和やかなところ悪いんだけど、どうやらお客さまみたいよー。すっごい偉そうー』




