特別室2
しかしいつもならばポーションを受け取って出て行ってくれるところで彼は、
「ああこの前の痛み止めのポーションはとてもよく効いているようだ。ありがとう。さすがだね。お陰で彼も最近はよく眠れるようになったようだ。だけどね」
そう言いながらその見目麗しい青年は、私の言葉なんぞ綺麗に無視して私の前まで歩いて来て言った。
いつもとは違って突然に、まるで内緒話をするように、他にはこの部屋には誰も人がいないのにわざわざ声を潜めて。
「そろそろ、治してくれても良いんじゃあないかな、と思って」
にっこり。
驚いて見つめ返す私に彼は満面のにっこり笑顔だ。
なに? 何を感づいた? それともはったり?
そんな私の様子を見て彼は続ける。
「なんでそんなに頑なにそのスキルを隠すんだ? 君のスキルはこんな程度ではないだろう? 理由があるのか? 仲良くなればその理由を教えてもらえるかと思っていたが、君は一向に仲良くする気はないようだし、それなのにそろそろ僕の友人の残り時間は少ないようだ。もうあまりのんびり待ってはいられない」
いつもの陽気で軽い感じとは一転して、真面目な顔の人がそこにはいたのだった。
「何故隠す? 理由があるのなら私が力になろう。話してくれないか」
彼が重病人だという男を連れて現れたのは、もう結構前のことだった。
こんな国境沿いで金額の高い特別室に入院するような金持ちの患者なんて普段はまず居ないので、その一行はこの治療院ですぐに話題になった。
事情も身元も伏せた金持ちの男と患者。
金持ちならば連れていそうな使用人とかが全然居なくて身なりも地味なまるでお忍び。
もう怪しさ以外に何も無い。
そんな怪しい奴に私の事情を話すなんてナンセンス。即刻お断りだ!
そうは一度は思ったのだけれど。
どうやら彼の連日のポーション室参りのせいで、まんまと私もほだされたらしかった。
まあ、ほら、かっこいい人にチヤホヤされて、私も嫌な気はしなかったのよ。
そしてチャラいだけで悪い人には見えなかったというのもある。彼が乱暴な行動とか物言いをしたなんていう噂は一切聞かなかったし、むしろ礼儀正しいという評判しかない。
それに最初の頃のダレコレ状態よりは、さすがにちょっとした知り合いくらいにはなってしまったんだよね、気がついたら。廊下ですれ違ったらつい挨拶してしまう程度には。
うん。情が移るって、あるんだね……。
だからちょっと話くらいならしてもいいかなと、うっかりその時思ってしまったのよ。
まあ、いわゆる「魔が差した」というやつ?
多分。
うんそう多分だけど、私はそれまでずっと緊張していて疲れていたのだと思う。常に王宮からの追っ手を警戒する生活は、一見安定しているようでもなんとなく気持ちが落ち着かないから。
だからちょっと、ほんのひとときこのイケメンと会話でもして癒やされたいと……つい……ついね……。
中身はどうでもその顔面に罪は無い。綺麗なお顔の異性とお話しするのは、正直ちょっとうれしいものじゃない?
だから、もちろん肝心のところは話せないけれど。
「なぜ私にその患者さんを治すことが出来ると思ったんですか?」
まずはそこだよね。でもレックはそれを聞いて目を丸くして、さも驚いたように言った。
「私の目は節穴ではないんだよ? このポーションを作る能力がある人間なら、人を直接診ればある程度の治療が出来るはずだ。もちろん中にはポーションを作る能力だけの人間もいるかもしれないが、それにしては君はいつも元気すぎる。人がスキルを大量に使うと疲労することくらいは知っているだろう? でも私がいつ来ても君はピンピンしていて、いつも元気に私を追い出すよね。君は明らかに本来の能力の余力でポーションを作っているだろう」
「……」
うーんバレてた。
なんなのこの男の観察眼……。
「その目を泳がせているのが証拠だね。しかしなぜそれを隠している? その能力を発揮すれば、金も待遇も地位ももっと思い通りになるだろうに」
いつもはヘラヘラと「一緒に休憩でもしませんか? え~だめ~? ちょっとならいいでしょ~? えっ、ほんとにダメ?」なんて言っていた人が、真剣な目でごりごり追求してくるとちょっと調子が狂うんですが。
この人あんなヘラヘラしながらそんな所を見ていたとは。
どうしよう。このまま何も話さなければ、ずっと追求されそうな雰囲気を感じる。それに嘘を吐くときには少しの真実を入れるといいという話も思い出す。
しばし悩んだあと、私は思い切って賭けに出ることにした。
ええいままよ。
「……実は私は亡命希望なんですよ。だからこの国で間違っても聖女なんて言われたりして、この国に居続けなければならない理由が出来るのは困ります」
そういうことにしておこう。
「亡命?」
それを聞いたレックはとてもびっくりしたようだった。
「そう。私は隣国に行きたいんです。でも今はその手段がないからここにいるだけ。だからここでたくさんの人を直接治して聖女だなんだと言われるわけにはいかないんですよ。目をつけられたくないんです。私はこっそり隣国に行きたい」
「なぜ隣国に行きたいんだ?」
「それは言えません」
「この国はいいのか? 前に聖女を探していたはずだが」
「もう聖女は他にいますから」
「確かに見つかったとは聞いているが」
そう言って、レックはしみじみと私の顔を見たのだった。
私はさらに言った。
「もしも私を亡命させてくれるなら、こっそり協力してもいいですよ。でもこの国で聖女じゃないかと騒がれるのだけはごめんです。だから他言無用にしてください」
私の目的は隣国の将軍『ファーグロウの盾』の近くに行くこと。
もちろんそろそろ何か深刻な病気にでもなれば、私が呼ばれるのではないかとは思っているけれど。
だけど私は彼の死因を知らない。
もしもその将軍が何かの事故で突然命を落とすとしたら、こんな距離のある国外にいては間に合わなくなるかもしれないとも思っていた。
私はそれが一番心配だった。
たとえ一般職員の私たちには明かさなくてもこの一行が特別室に入れているということは、最低限はこの治療院に対して身元を誰かが保証しているはずである。少なくとも盗賊や人さらいではないだろう。
そしてもしも王宮関係者だったら、どのみち情報はもう既に伝わっていて近々調査が来るのではないか。もしくはこれが調査。もしそうなら彼から少しでも怪しい動きか王宮の匂いがしたら即刻逃げなければならないけれど。
だけど、なにしろ今この目の前の男には金がある。高額な特別室に長期入院できるくらいの金があるのだ。
もしかしたら、何らかの隣国へ抜けるルートを買ってくれるかもしれない。




