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8. さすがの展開の早さです




ネアは、背後で繰り広げられるウィーム領主のてんやわんやに、このリーエンベルクに、うっかりとは言え見知らぬ男性をお待ち帰りしてしまった軽率さを恥じた。



なお、ディノと知り合いであるらしいこの男性は、あの枯れ木生物が出現した時は必要な人材であったが、安全なリーエンベルクに帰ってきた今はもう用済みである。


とても身勝手な人間は、上司が動揺してしまうので早くお帰りいただけないだろうかと考えていた。



「……………歌乞い?お前がか?」

「そのような事もあるだろう。まさか、君がこんなに近くにいるとは思わなかったな」

「俺が居たのは、本来はウィームとは重ならない筈の階層だ。本当にそれがお前の歌乞いだと言うなら、復路の保証はして貰うぞ」

「元いた場所に戻すのは構わないよ。…………ただ、丁度、君に会わなければと思っていたんだ。少し時間を取れるかい?」

「ほお、この状況でか?」



そう笑った男性に、ネアはひやりとした。


会話の様子からすると、知己であるというだけでなく、ディノと同じような階位の人物なのだろう。

手に持った杖をくるりと回した姿に、ネアは、この男性の髪色の白さに不安を覚える。



(…………白を持つ人は高位。それは、例えばこの人が魔物ではなくても、適用される事なのだろうか)



そして、ディノと顔見知りであるらしいこの男性が、もしも魔物なのだとしたらば。




「この状況と言うものが、私の歌乞いが君を捕らえた事を指すのであれば、私もまた、君を不愉快に思うかもしれないよ。…………歌乞いの魔物は、狭量なものらしいからね」

「どうだかな。…………そいつの可動域の低さは、惨憺たるものだぞ。お前を呼び落とせる訳がない」

「であるのなら、私こそがこの子を必要としたのかもしれない。……………アルテア、君が隠してしまったこの国への亡命者は、まだ残っているかい?」



(あ、……………!)



その問いかけに息を飲んだのは、ネアばかりではないだろう。


ディノがそんな質問をするのだとしたら、この目の前の男性はネア達が探っていた仮面の魔物だという事に他ならない。


こんなに早く当人に会えてしまうのかと驚いたが、ネア達の物語は本編ではないのだ。

となると、多少なり急展開でまかれるのかもしれなかった。



「万象ともあろうものが、人間どもの代理人か?あの男は、俺が育てた盤上の駒だ。使いようがある以上は残しておくが、その用途については、誰とも共有する必要はない」

「であれば、君の好きにすればいい。ただし、君がこの国に与えた懸念とは、私達も無関係ではなくなってしまった。今後、もしどこかで行き合ったとしても、私の歌乞いを損なわないようにしておくれ」

「それが、本当にお前の歌乞いならばな」

「おや、この子には指輪を渡してあるのだけれど、君は気付かなかったのだろうか」

「…………指輪だと?」



その一言で、アルテアの顔色が変わった。

ネアの方をまじまじと見つめ、信じられないものを見たかのように頭を振っている。



(…………ばんしょう?)



けれどもその時のネアは、魔物達を視界に収めながら、ディノがアルテアと呼んだ魔物が口にした、ディノの呼び方を反芻していた。


既存の言葉に当てはめるのなら、同一の響きを持つ言葉は幾つかある。

音を聞き違えているかもしれないし、ネアの知らない未知の言語が、この世界にはあるかもしれない。


そんな事を考えていると、アルテアと呼ばれた男性に声をかけられた。



「おい、手を見せてみろ。指輪のある方の手だ」

「…………ディノ、」

「構わないよ。彼に見せてやってくれるかい?」



仮面の魔物にぞんざいに声をかけられ、ネアはディノの判断を仰いだ。


確かに指輪を受け取っているが、これは、あくまでも仮のものに過ぎない。

素直に見せてしまっていいのだろうかと考えたのだが、安心させるように頷かれたので、問題なかったようだ。



抱き抱えられたままではと、ネアは一度ディノに地面に解放して貰い、指輪をはめている手を見せれば、アルテアは器用に片方の眉を持ち上げた。



一つ吐き出した溜め息は、どこか諦観に近しい。


小さく呻き、白い手袋に包まれた片手を、人外者らしい優雅な仕草で目元に当てる。



「よりにもよって、人間とはな…………」

「この指輪がなければ、彼女が君を捕まえる事は出来なかっただろうに。気付いていなかったのだね………」



ディノはそれをとても不思議そうに言い、アルテアは僅かに顔を顰める。

ネアは、それでこの魔物を捕まえられたのだなと、ふむふむと頷いた。


即ち、ネアの魂の天敵への盾となる魔物を捕まえるのに貢献した、とても良い指輪である。



「…………やれやれだな。俺とて、敢えて万象の指輪持ちに手を出す程に酔狂じゃない。…………それと、お前の歌乞いとやらが、妙な事をしているぞ」

「……………ネア?」



恐らく、とても困惑したのだろう。

無防備なほどに訝しげなアルテアの声に、ディノもこちらを見る。


誰も気付かない内にと孤独な戦いに身を投じていたネアは、ぎくりとして爪先をそっと引き戻した。



「……………か、悲しい事故が起きまして、うっかり、蝶さんを踏んでしまいました」

「うっかりどころか、狙って踏んだだろうが」

「ま、まさか!言い掛かりです!!」

「蝶を、…………踏んでしまったのかい?」



ぺそりと項垂れた魔物は、これ以上の蛮行を防ぐ為にか、ネアの両脇の下に手を入れて持ち上げると、すぐさま、地面の上でへしゃげている蝶から離した。


よく知らない魔物からの疑惑の目は無視出来たが、ディノに悲しげに見つめられると、さすがに言い訳も出来ない。



「………この蝶さんは、先程見たあの奇妙な行列の、前兆だという蝶さんと同じ種類のもののようです。またあの場所に連れて行かれては堪りませんので、近寄ってきたものを…………こう、くしゃりと」

「くしゃりと…………」

「いや、何で可動域のない奴が、それを踏めるんだよ」

「まぁ!私の可動域は、九もありますよ!」

「……………は?」



とても馬鹿にされたのでと低い声で訂正すれば、アルテアは赤紫色の瞳でこちらを見る。

その瞳を過ぎったのは、どこか途方に暮れたような無防備さであった。



「…………九十ごときの可動域があろうと、こいつの排他結界に弾かれるだろ」

「九です。私の上品さを勝手に改変してはなりません。少なくとも、こやつを踏めることは判明した、偉大な数字ですよ」

「…………は?」

「き、九はとても偉大な数字ですよ……………!」

「いや、おかしいだろ。その蝶の可動域は、六百はあるぞ」

「ろ、ろっぴゃく?!」



なんて不公平な世の中だろう。

洗濯をする必要があるネアの可動域は九で、洗濯など必要のない蝶は、六百もの可動域があるだなんて。


あまりにも無情な現実を突きつけられ、むしゃくしゃした人間ががすがすと地面を踏み荒らしていると、アルテアはとても訝しげな目をネアに向ける。



「…………なぁ、本当にこいつは人間なのか?レインカルの間違いだろ」

「ネアは人間だよ。そして、私の歌乞いに触れようとしないでくれるかい?」

「表層を引き剥がして調べてみろ。擬態が巧妙なだけで、人間じゃない可能性がある」

「引き剥がさないかな…………。アルテア、魔術表層を剥がすと、人間は死んでしまうだろうに………」




(れいんかる……………?)



また新しい単語が出てきたので、ネアは、それは何だろうと首を傾げた。

妖精や精霊のような、美しくて強い素敵なもののことかもしれない。



「…………ふむ。レインカルが世にも美しい生き物なら、吝かでもありません」

「レインカルは、小さいが獰猛で悪辣な、目つきの悪い太った灰色熊だな。一度暴れると手がつけられない」

「むぐるる!」

「………………本物かよ」



可憐な淑女に対し、あんまりな例えにネアが鋭く唸ると、アルテアはそう呟き天を仰いだ。



「………ネア、落ち着いて。アルテアの事は、私が後で叱っておこう。レインカルに似ていたとしても、君はとても可愛いよ?」

「そんな熊めには似ていません!」

「レインカルなら、可動域はお前の百倍近くあるがな」

「おのれ、この魔物はやはり世界の為にも滅ぼすしかないようです。ディノ、こやつは永遠に口を封じておき、その辺の沼にでも捨ててきましょう」

「アルテアを、沼に捨ててしまうのかい?」

「水が透明だと、魔物さんの不法投棄が見付かってしまいますからね」



そうふんすと胸を張れば、魔物達はとても困惑したようにネアを見る。


この人間が、思っていた以上に狡猾で邪悪だと気付いたのだろう。

しかし、人間は己の脆弱さを知る生き物なので、時としてとても残忍な事もするのだ。



「……………これ以上かかわってられるか。俺は帰るぞ。…………おい、今回の件は不問にしておいてやる。ただし、次にまた俺の時間を磨耗するようなら、………っ、」



だしんと音がして、アルテアは素早く後退した。


この魔物はやはり危険だと判断したネアが、少なくとも蝶は倒せると判断した靴底で、その爪先を踏み滅ぼそうとしたのだ。



「ネア!アルテアの爪先を踏もうとするだなんて……………。まだ私の事は踏まないのに…………」



しかしここで、ディノがとんでもない方向に荒ぶり出し、ネアはぎぎぎっと錆びついたような首を動かして、そちらに向ける。



「そのようなしゅみはありません…………」

「アルテアの爪先を踏むのは、やめようか。あまり踏むと、彼も君に懐いてしまうからね」

「…………魔物さんには、そんな習性が?」

「おい、やめろ。そんな訳あるか!」

「…………………魔物さんとは、踏まれたい系の生き物だったのですね」

「やめろ。その目でこっちを見るな……………」



ネアからの視線を嫌がり、アルテアは盛大に顔を顰めると、ここは退却だと判断したのだろうか。


魔術を使ったらしく、ふっと蝋燭の火を吹き消すように姿を消してしまった。



「…………消えてしまいました」



突然目の前の獲物が消えてしまい、ネアは慌てたが、ディノは、せっかく捕獲した仮面の魔物が逃げてしまっても気にした様子はない。



「ディノ、仮面の魔物めが逃げてしまいました…………」

「うん。それでいいんだよ。必要な事は聞いておいたからね。どうやら、探されていた人間は、諦めた方が良さそうだね」

「あの方をくしゃりとやれば、今後の心配もなくなるのではありませんか?」


ネアがそう提案したのは、与えられた任務の中に、仮面の魔物による被害を軽減するようなものの入手が含まれていたからだ。


しかし、ディノから、それは出来ないよと言われてしまう。



「ネア、彼は魔物の第三席だ。もし崩壊するような事があれば、この国一帯は、生き物が生きられないような土地になってしまうよ。世界の均衡としても良い事ではないからね」

「……………まぁ。そんなに偉い方だったのですね。でも、言われてみれば、白い髪の魔物さんともなれば、公爵様なのですよね。…………それくらいの席次でもおかしくはなさそうです……」



納得して頷いたネアを腕の中に収めつつ、ディノは、先程より離れた場所に避難していたエーダリア達を振り返った。



ネアもそちらを見れば、エーダリアを背後に庇った護衛騎士と、その騎士を庇うように立つ契約の魔物の姿がある。


魔物が自らの意思で歌乞いを守っているように見えるので、そちらの二人は、どこかぎこちない契約上の関係に見えるものの、しっかりとした絆で結ばれているようだ。


物語のあわいの影響ですぐにぼんやりしてしまうけれど、ネアは密かに、この二人とはもっと仲良くなってみたいと考えていた。


陽だまりのような柔らかな雰囲気の騎士に対し、青年姿の魔物は時折、父親に褒めて欲しい息子のような思慕の眼差しを向けている。


そんな二人の姿が微笑ましく、色々な問題もある契約だが、歌乞いは悪くない面も持つものなのだとネアに思わせてくれた二人だった。



「エーダリア。あれが仮面の魔物だよ。彼は魔物の第三席だ。だからこそ、その魔術による侵食や引き剥がしを防ぐ道具はあまりない。あったとしても、守るべき人間に使わせる事は難しい程の物になるだろう」

「…………………あ、あ。……………侯爵であるという予測の段階から、それも懸念していたのだ。私としては、要人が連れ去られた際に、追跡が出来るような魔術道具があると良いと以前から考えているのだが…………、グリムドールの鎖などは有用だろうか」



最初はぜいぜいしながらであったが、さすが魔術師の塔の長らしく、エーダリアの言葉にはすぐに落ち着きが戻った。


ただし、目線はネアが踏み滅ぼした白銀の蝶を見ているので、ネアは、もしかしてこの蝶の残骸が欲しいのかなと思ってどうぞと手のひらで示してみた。


微かではあったが、鳶色の瞳にぱっと閃いた喜色に、ネアは魔術師の気質について語られたディノの言葉を思い出す。


もしかしたら、元王子らしい振る舞いのエーダリアも、持って帰った蝶を使って楽しく実験や研究をするのかもしれない。



「そうだね。グリムドールの鎖であれば、失う訳にはいかない者を、繋いではおけるだろう。ただ、アルテアはとても慎重な魔物でもある。君達がそう考えたのであれば、グリムドールの鎖は、既にアルテアの所有となっていると思うよ」



エーダリアは、ディノの返答に僅かな落胆を見せたが、他の策を思案するような様子があるので方策は一つではないのだろうか。


なお、ディノを高位の魔物として敬いながらもエーダリアの言葉遣いがネアへのそれと大差ないのは、彼がウィームの領主だからであるらしい。


言葉の魔術で繋ぎを取られるこの世界では、エーダリアが、ウィーム領主だからこそ示せない敬意もある。


歌乞いの魔物が外部協力者であることを理解しつつも、その魔物に従うという様子を見せてはならないのだ。


そのような部分では魔術師長らしい抜かりのなさが見受けられ、ネアは、折を見て人外者というものに対しての接し方などを色々教えて貰いたいなと考えている。



「随分と慎重な方なのですね…………」

「私達が、人間がどのような道具までを有効な防壁として選ぶのかを予測するのは、本来はとても難しいことなんだ。けれど、アルテアは選択を司る者だから、それを可能としてしまう」

「むむ、仮面の魔物さんではなく?」

「それは通り名だね。人間がつけたのか、彼が敢えて広めたのかは分からないけれど」

「…………ディノ。そのように慎重な方が、自分のした事を知ってしまったディノを、傷付けたりするような事はないのでしょうか?」



ネアは、それが一番心配だった。

ディノがウィームにいて、仮面の魔物の問題にかかわっていることを、アルテアは知ってしまったのだ。


邪魔をされてはならないと、ディノを排除するような手を打つ可能性もある。



「ないとは言えないね。私の方が階位は高いけれど、彼はとても器用な魔物であるし、特別に関係が悪いという事はなくても、気紛れに私を損なおうとする事もあるだろう」

「…………お友達、という感じではないのでしょうか?」

「……………友達ではないかな」



その返答には僅かな逡巡が見えたので、友人に近しいくらいの関係なのか、もしかすると、本の外側のアルテアはディノの友達なのかもしれない。


ともかく、二人が互いの事をよく知っているらしいという事実は、ネア達に任された仕事の内容的にも大きな収穫となるだろう。



「……………ごめんなさい。私が捕まえてこなければ、もう少しいい接触の仕方もあったのでしょう………」


こんなに近くにいるとは思わなかったと話していたディノは、アルテアを探そうと思っていたのではないだろうか。

こんな状況でなければ、もっと上手く対処出来たかもしれない。



「そうかもしれないね」



こんな時、魔物はそんなことはないとは言わないようだ。

いつもは優しい魔物だが、さらりとそう認める姿には、魔物らしい価値観が窺える。


「何か、ここから取り戻せるような方策があれば良いのですが…………」

「亡命した人間が取り戻せないと知れたのだから、この後はもう一つの仕事に絞ってもいいのではないかな。ただ、対応策となる品物を得るのには、少し手間取るかもしれないね。アルテアが管理していないものがあるといいのだけれど…………」




(…………あの方は第三席、なのよね?)



ふと、ネアは、その部分は聞き流してはいけないような気がしたのだが、助けを求めるようにエーダリアの方を見ると、ウィーム領主はネアが踏み滅ぼした白銀の蝶をいそいそと回収しているところであった。


幸い、この蝶は死んでしまうと白銀の宝石になるらしく、昆虫が踏み潰されたような無残な感じにはなっていないらしい。



第三席の上となると、一と二しかないような気がするぞと首を傾げていたが、突き詰めても良いことはない気がする。


白色に纏わる階位の話など、庶民であるネアにとって荷が重い契約者なのは間違いないが、物語なのだと思うと不思議と気が楽になる。


(物語である事を寂しく思う部分もあるけれど、こうして、そのお陰で気負わずに済む要素もあるのだ…………)



もしここが、物語ではない世界でこれからも続き、そこまで高位の魔物を任されたとしたら、ネアは間違いなくその権利を放棄し、新しい契約を求めた筈だ。


ひとときのものだからこそ、ここにいたいと思う無責任さでは、責任のある爵位を持つ魔物を背負う覚悟など出来はしないだろう。

ネアの心の中にある天秤は、ちょっぴり現実的な測定基準である。



(でも、……………)



つんと澄ましてそんな風に空想上の可能性を突き飛ばしてみせても、指にきらきらと輝く指輪は、ネアが誰からも貰えなかった約束の眩さをしている。


だからもしかすると、本当にくれると言われたら、案外無茶をしてみたくなるかもしれない。



「……………今日は、ディノの指輪があって良かったです」

「うん。君には身を守る為の守護は与えてあったけれど、目に見える形で私の庇護を受けていると分かるものがあると便利だからね」

「……………そして、なぜに爪先が差し出されているのでしょうか?」

「踏むかい?」

「………………踏みません。それと、ディノは、もしかしてとても偉い魔物さんなのですか?」

「さて、どうだろう」

「…………ええと、その三つ編みも結構ですので、お引き取り下さい」



爪先も踏んで貰えず、三つ編みも手にして貰えなかった魔物は悲しげに項垂れた。


ネアは、仕方なく仮の契約者として歩み寄ってそんな魔物を撫でてやり、構って貰えたディノは嬉しそうに目元を染める。



(それにしても、魔物らしい酷薄さと、構って欲しい大型犬のギャップが激し過ぎる……………!)



ネアは、その差分に振り回されてしまうことに頭を抱えたくなったが、姿を消したネアを連れ戻してくれた事がちょっぴり嬉しかったので、まだ専門的で危険な要求はされていないご褒美の各種については、ひとまずは全面的な禁止措置は取らずにおいた。



一応、人間は三つ編みを引っ張るのではなく手を繋いだりするものだと教授したのだが、ディノから大胆過ぎると苦言を呈されてしまう。



(魔物とは……………)



こうも異種族間の共生は難解なのかと考えていたネアは、部屋に戻るなり、エーダリアから、昨晩からパーシュの小道の出現警報が出ていた事を失念していたと謝られた。


どうやら、昨夜に倒れてしまったことでネアに警戒を促す事が出来ず、そのまま今朝になって忘れてしまっていたらしい。



となると慰謝料などが貰えるのかなと考えた邪悪な人間は、そう言えば、お部屋に置かれているポットの紅茶が気に入ったので茶葉名と販売元を教えて欲しいと要求し、気を利かせたエーダリアから、お目当の紅茶を大缶で貰うことに成功した。



(これで、美味しい紅茶をたっぷり持って帰れる………!)



「…………お前は、そのようなものでいいのだな…………」

「まぁ!エーダリア様は、美味しいと思える事が、人の人生においてどれだけ大切なのかを知るべきですよ。私は、エーダリア様が手配して下さったポットの美味しい紅茶を飲むまで、最低でも八回は煮出したティーバッグを漬けただけの、微かな香りのお湯を飲んでいました」

「……………っ、…………すまない。お前にとっては大切なものなのだな」



はっとしたように顔を歪め、エーダリアは、冷ややかな端正さに見合わぬ誠実さで謝ってくれた。


ネアは、そんな不器用なウィーム領主にくすりと笑い、エーダリアが意識せずにくれた心遣いが、あの日のネアをどれだけ幸せにしてくれたのかを伝えておいた。



(だから、私はこれで、こちら側で手に入れた宝物を一つ、お土産に持って帰れるのだわ……………)



ディノ曰く、こちらで手に入れた物は、外側と二重存在になるなどの規則にひっかかって持ち帰れないものもあるが、茶葉などは問題ないと教えて貰っている。



ネアは、茶葉の入った円筒形の大きな缶を抱き締め、いつかこの紅茶を、ウィームで過ごした日々を懐かしく思い出しながら飲むのだろうなと、ほろ苦い喜びを噛み締めたのだった。





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