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2. 領主館に招かれました




おとぎ話の中に出てくるような美しい森を出たところで、ネアは、たいへんな事態に直面してしまった。



森の入り口のところに、数人の騎士を従えた男性が立っており、ネアと目が合うなり恭しくお辞儀をしたのだ。


話を聞けば、彼らはこの土地の領主と護衛の騎士達であるらしい。

数日前から、この森に国の歌乞いとなる迷い子が現れるという予言がなされていたらしく、森の入り口まで迎えに来ていたと言うのだ。



さすが物語のあわいで、物語の定番だと、真っ先にそう思った。

展開としてはさして珍しくはなく、残念ながら何冊かの本で読んだ事がある。



(…………しかも、こういう展開になると、とても嫌な予感しかしないような………)




ポケットの中のフルーツケーキが全財産であるネアにとって、いくら物語の中に落とされたらしいとは言え、この月並みな展開は歓迎し難いものであった。


魔王の目覚めが迫っていたり、世界の破滅が近付いていたりしたら、せっかく色々と割り切って楽しもうとした休暇気分が台無しではないか。


そんな危険があるかもしれない状況で、予言からのお迎えなど、同行を躊躇うのも当然だろう。



ウィームという名前だというこの土地の領主はエーダリアと名乗り、まずはネア達を、ウィーム領の領主館に招いてくれた。



絵のように美しい領主館は、白と水色、そして青磁の青に艶消しの淡い金色を基調とした素晴らしいもので、雪に覆われた森の中にひっそりと息づいているかのようだった。


正門の前には花びらのみっしり詰まったカップ咲きの薔薇が満開になっており、それを縁取るように白に近しい水色から鮮やかな青、そして淡く儚げなラベンダー色までの様々な花々が雪の中で咲き誇っている。


左右から枝を伸ばした大きな木も、雪を載せた枝葉の影までが美しい。

領主館と言うよりは宮殿だが、こちらの世界ではこのくらいの規模が当たり前なのだろうか。



(…………こんなに沢山の花が咲いているのに、ここは、冬の宮殿という感じがするのだわ。…………冷たい感じではなくて、うっとりする程に綺麗……………)



ああ、ここもおとぎ話の宮殿なのだと思いながら、ネアは、見目麗しい騎士達に囲まれて立派な正門をくぐった。



そうして今、通された客間の長椅子に座り、ウィーム領主だという男性と向き合っている。


領主がお付きの騎士と何かを話している隙に、ネアは、そろりと隣の魔物の方を見れば、おやっと目を瞠ってこちらを見た姿は、正面に座る領主よりも高貴な存在に見えた。

豪奢な部屋の中にゆったりと座っていると、まるでこの宮殿の王様のようだ。


なお、なぜかディノは、魔術による擬態というもので髪色を変えている。

こちらの世界では、身に持つ色で属性や階位が分かってしまうそうで、念の為に隠しているらしい。


今は、ネアの髪色に近い青みがかった灰色の髪にしていて、その色の姿もまた清廉で美しかった。




「ディノ、…………ここは、宮殿なのでしょうか?」



通された部屋を呆然と見回し、ネアは、真珠色の髪の男性こと、ディノにそう囁きかける。


隠すような会話でもないのでと、敢えて領主達の前でそう尋ねたのは、もし無作法があってもこの国の事をよく知らないのだと知って貰う為でもあった。



エーダリア達に出会う前、森の外で待っている領主達の動きを察したディノから、森を出る前に教えられた事を反芻する。



(まずは、ディノが魔物だということと、…………)



魔物だと聞かされた時にはとても驚いたが、やっぱり人間を齧るなどという事なく、この世界では様々なものを司る人ならざる者として、魔物と呼ばれる生き物がいるらしい。


信仰の対象となる事もあり、どちらかといえば教会の聖典が唯一の神様を示す前の神話の時代の神々の在り方に似ているのかもしれない。


魔物には悪しき者も良き者もいて、それは、他の種族である妖精や精霊、竜達にも同じ事が言えるのだそうだ。


その種族ごとに生態が違うのは勿論のこと、それぞれの系譜や資質でも気性が変わるので、こちらに呼び落とされたばかりのネアがその全てを理解するのは難しいだろうという事であった。



(特別に悪いものがいなくて、それぞれの資質と気質があるだけの世界…………)



ネアにとって、それはとても魅力的なことに思えた。

意識を今に戻せば、ディノが低く甘い声で、ネア達のいる領主館の説明をしてくれている。


「ここは元々、統一戦争の前まではウィームの王宮であったところだからね。冬狩りの離宮として造られたが、その美しさからいつしかここが王宮になり、周辺の土地が王都となった場所なんだよ」

「まぁ、…………王宮だったところなのですね。それならば、こんなに美しくて壮麗なのも頷けます…………」



高い天井には、雪灯りの結晶と星屑石を使った見事なシャンデリアがある。

足元には冬の満月の日に湖から切り出した、特別な石材が使われており、僅かに青がかった白灰色がなんとも美しい。


ネア達が通された部屋は、深い森に面していて、高貴な客人との対話を図る為に作られた客室という感じがした。


ちらりと隣に座る魔物を見上げれば、なぜかこの生き物は、ネアが凝視するともじもじしてしまうらしい。


けれど、そんな魔物の提案があったからこそ、ネアは向かいに座ったウィーム領主から粗雑に扱われずに済んでいるようだ。



「………あなたの契約の魔物は、リーエンベルクの事を知っているのか…………」



そう呟いた領主は、ネアと目が合うと静かな観察の気配をさり気なく消して、余所余所しい冷ややかさを纏った。



(領主様は、…………私の事が気に入らないのだろう…………)



そう考えると、胸の奥底がちくりと痛んだ。


迷い子というのは、自分には属さない場所に呼び落とされるだけの、望まれるべくの資質を持つ特等の人間を示す言葉だ。


それは常に、類稀なる美貌の持ち主だったり、有能な戦士や魔術師だったりするらしい。



つまり、この領主に対面して早々に可動域という魔術の素養がほぼ皆無に近いことが判明してしまったネアは、どう考えても残念さを振り切った規格外の迷い子なのだ。


広大な土地を治めるウィームの領主として、そして、継承権は放棄しているものの現王の息子である第二王子として、更には、国内最大の魔術師達の研究機関でもある白の塔の若き長として、エーダリアと名乗った男性がネアを受け入れ難いのは当然の事であった。


彼の所属は全て国家や領地に属するものであり、である以上、そんなエーダリアが迎えに来たネアは、国家や領地において何某かの恩恵を齎すものでなければならない。

個人の好き嫌いで、判断をしている訳でもないだろう。


それでも、突然そちらの都合で同行を願いながらも、あなたが迷い子なのかと残念なものを見る目でこちらを見たウィーム領主に、我が儘な人間はむしゃくしゃする。



そんなエーダリアがネアの評価をあらためたのは、ネアの隣にディノがいたからだった。



(ディノはきっと、私が……魔術可動域……とやらが低くて困った事になると分かっていたのだと思う………………)




森を出る前に、ディノから、仮の歌乞い契約をしようという提案があった。




(この世界には、歌乞いという職業があるらしい……………)



歌乞い契約とは、人間が魔物と契約を結ぶ職業の最たるものである。

唱歌で招いた魔物と契約をする人達をそう呼び、一般的にはこの歌乞いと魔物の契約では人間が命を削るのだとか。


幸いにもディノの階位では削らずに済むそうだが、そもそも召喚される事がない階位なのでそれは秘密なのだそうだ。


高位の魔物との契約者は国の要職に就き、下位の魔物との契約者は街で職人などもしているらしい。


人間にとってはそれが価値となり、魔物にとってはその人間が保証となると聞き、ネアは、仮の契約という部分をしっかりと確認の上、ディノと契約した。


と言うより、森の外に領主達が待ち構えていると知らされた以上、その契約をしてしまわなければ危険であると判断したのだ。



(これでまずは一つ、物語の通りに進められたという事なのかしら…………)



何しろ、ネア達が迷い込んだ物語は、森で出会った迷い子が歌乞いとなり、この地の領主の依頼を受けて仕事をするというものであるらしい。


そんな話を聞かされながら街に向かう途中で、森の外で領主達が待っているようだと言われれば要件は何となく察しがつくし、魔術の潤沢な土地であるというウィームの街では、前述の魔術の可動域がないと生活が不便だと言うのだ。


ネアの可動域だと、場合によっては低い可動域から魔術侵食という病を発症する可能性が高く、郊外にある隔離型療養施設に収監されてしまう事もあるらしい。


そこまでを説明してくれたディノは、領主達の話を聞くまででもいいので、仮契約を結び、その後であらためて話し合って今後の事を決めようと提案してくれたのだ。



(私が警戒するのを理解した上で契約をとても丁寧に提案してくれたお陰で、それを受け入れる事が出来た……………)



魔術の可動域が圧倒的に低いと言うことは、一目で判断出来てしまうらしい。

ネアを困惑の眼差しで見たエーダリアは、ネアが、ディノと契約していると話した途端、安堵の表情を見せた。

そんなエーダリアの反応を見ると、やはりこの魔物はなかなかの高位の生き物なのだろう。


そんなディノが、ネアが不自由をしないようにと、己の階位の高さを防壁にしてくれたからこそ、こうして歓迎されるに至っている。



「先程も話した通り、我々は、王都からの託宣に従い、禁足地の森に現れるという迷い子、そして歌乞いとなる人物を探していたのだ。既に契約の魔物が共にあるのであれば、こちらとしては有り難い。雇用と所属の条件については、納得のゆくものを話し合いで決めさせていただこう。それを受け入れるか否かはさて置き、ひとまず今夜はこちらに滞在していただけないだろうか」



そう告げたエーダリアは、ネアの知識の中にある貴族の装束よりは実用的な服装で、貴族の装いに魔術師風の何かを足したような装いであった。


淡い水色の服は、怜悧な美貌の持ち主の彼によく似合っていたが、領主という肩書の割には装飾を抑えた上着を見ていると、この人物は、ただのお飾り領主ではないのだろうなと思わせてもくれる。


このような交渉の場で、騎士の一人と彼が契約をしているという魔物を部屋に控えさせただけの姿は、自身が全ての判断を下せる人なりの自信の表れなのだろうか。



ネアには、政治のあれこれは分からない。


自分の身を守る為の交渉は頑張らなければならないが、政治的な駆け引きに不慣れなネアの為に、最初の場面であるここはディノが引き受けてくれるそうなので、まずは任せて様子を見る事にする。



(その間に私は、ここの人達を信頼していいのかどうかを知らなければいけないのだわ…………)



信用出来ないと判断した場合には、彼らを回避するような手段も見付けなければなるまい。

もしも、ディノすら信用ならないという結論が出てしまえば、かなり苦しい立場になる。


しっかりと見極めなければと見つめた先で、ディノは、魔物らしい老獪さを浮かべて微笑んだところであった。



「構わないよ。私達は、君達がこちらを必要としている事情を聞こう。その代わりに君達は、我々を貶めたり陥れたりしてはならないし、この子は人間だからね、過ごしやすい部屋ときちんとした食事などを用意してあげてくれるかい?」

「承知した。こちらの事情などについては、今この場で説明した方がいいだろうか。それとも、少し休まれて、それからの方がいいだろうか?」

「そうだね。………この子を少し休ませようかな。……………ネア、その後でもいいかい?」

「はい。では、そうさせていただきますね」



こちらを見たディノにそう尋ねられ、ネアも頷いた。



ただ、出来ればバスルームなどのある部屋に通してくれると有難いと重ねて伝えたネアに、エーダリアは、客間をそのまま開放するので寝室もあること、森を抜けるのに疲弊しているようであれば、晩餐の席までは仮眠を取ってくれても構わないことを伝えてくれる。


部屋に、簡単な軽食とお茶の支度などもしてくれるそうなので、この領主はネアをとても残念な迷い子だと考えている以外は、良識的で親切な人物であるらしかった。


権威を盾に横柄な物言いをしないし、紳士的で礼儀正しく接してくれる。


考えてみれば、森の入り口でディノを見た時にふらりと倒れそうになっていた以外は、ずっと落ち着いて話をしてくれていた。



(でも、この容姿で物語に出てくる殆どの人は、大抵の場合は実は悪役だったりするような…………)



しかし、とても失礼な人間はそんな事を考えていた。




艶やかな銀髪に鳶色の瞳の美貌を持つエーダリアは、元とはいえこの国の第二王子。


その上、ヴェルクレアという大国であるこの国の、王都にある魔術機関の長だというのだから、まず間違いなく国一番の魔術師とやらに違いない。



そんな人物が、物語の中だというこの中で、何の害もない一参加者の役どころを得るだろうか。


立ち上がって元王子らしい優雅さでお辞儀をしたエーダリアに見送られ、ネアは、そんなことを考えながら本日の宿となる客間に向かったのだった。






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