表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

12. 良くないものが現れたようです



ネアが物語のあわいに落とされて、四日目のことだった。


朝から雪は降り止んでおり、久し振りに雲間から覗く陽光が、美しいリーエンベルクの雪景色をきらきらと輝かせている。

僅かに霧は出ていたが、雪に覆われた森の向こうに陽光の筋が落ちる様に、ネアは、窓からの素晴らしい景色を楽しんでいた。


なお、午後には美味しいおやつも出るらしいので、物語の世界での生活は上々である。



その日は、歌乞いと契約の魔物としての、一般的な仕事をする事から始まった。

何しろ、一応ではあるものの、ディノは薬の魔物ということになっている。


引き続き仮面の魔物対策で幾つかの施策や議論はあるものの、外に出るような業務がない日には薬の魔物としても働こうぞということで、ネアは、漸く魔物の薬の精製現場を初めて見ることになった。


仕事といっても、ディノが何もないところからぽこんと綺麗な瓶に入った魔物の薬を作り出すだけのお仕事なので、ネアは、果たしてご主人様の存在価値はあるのだろうかと眉を下げたが、そんな魔物の管理者としての役割こそ大事なのだそうだ。


すぐに、机の上には青い小瓶が並び、それこそが魔物の薬と呼ばれる魔物にしか作れない魔術階位の高い水薬なのだとか。


雪景色の窓から差し込む光に煌めく薬瓶を、震える手で受け取ったエーダリアに提出すれば完了だった。


ネアに、魔物の仕事の監修についての大切さを教えてくれたエーダリアは、ディノが真珠色の魔物であることを、何とか受け入れてくれるようになったようだ。


今朝もまだ若干の挙動不審ではあったものの、ディノと普通に会話も出来ていたので、ネアはほっとする。




ネアが考えることなど、せいぜいそれくらいしかない程に穏やかな日だったのだ。



仮面の魔物対策の魔術道具を探す為に、封印庫から希少な魔術書が持ち込まれるとは聞いていたが、夜の系譜の魔術書のご機嫌を損ねないよう、それも夕刻からだ。



(だから、午前中の薬作りを終えてからお昼を食べて、その後はリーエンベルクの庭を歩いていただけなのに……………)



中庭を抜けて南門から外に出た後、正門から中に入ろうと戻って来ると、やけに門の辺りが騒がしい。


おやっと思ったネアが、近くにいた騎士に何があったのかと尋ねてみたところ、正門近くに祟りものが現れるらしく、その備えをしているのだと教えられた。


忙しい人を足止めしてもいけないので、ネアはそれ以上の説明の手間はかけさせず、擬態していないディノを近くで見てしまいふらふらと立ち去る騎士を見送ってから、少しだけディノの後ろに隠れる。



(たたりもの……………?)



それは、初めて聞く言葉だったが、あまり良い響きには聞こえなかった。

それどころか、ネアのあまり得意ではないホラー的な気配がしないだろうか。



「…………たたりものと言うからには、祟りの類なのですか?」

「そのような認識でいて構わないよ。害を及ぼさないような弱いものもいるけれど、憎しみや恨みから成るものだ」

「…………ホラーは苦手なのです。髪の毛の長い女性や、虚ろな目をした子供さんがいたりしたら…………」

「ほらー……、ではないかな。この気配だと、梟かもしれないね…………」

「………よ、良かったです。梟さんなら何とか…………!」



ネアが声をかけた騎士に教えて貰ったことによると、今はまだ、祟りものが現れるぞという予測の段階であるらしい。


先程、リーエンベルクの裏手にある禁足地の森に得体の知れない魔術証跡が発見された。


それを見付けた騎士の調べから、リーエンベルク前広場から並木道にかけてのどこかに、森の証跡から魔術を引き延ばした連鎖的な展開によって、祟りものが顕現するという魔術的な予測が出されたのだ。


魔術証跡から離れた場所に顕現する障りの類は、人為的なものである可能性が高いそうで、討伐の為に数人の騎士を向かわせるだけでは済まない。



何しろリーエンベルクは、ウィームの領主館なのだ。



それを呼び水とした襲撃に転ばぬよう、リーエンベルクはこれより厳戒態勢に入り、街の騎士団などにも連絡の上、並木道までの区画は現在立ち入り制限されているそうだ。


現場で指揮にあたるエーダリアから、ネア達はリーエンベルクを出ないようにという伝言も伝えられたので、それだけ切迫した状態なのだろうか。



「……………ディノ。もしかして、こんな事件も、物語の展開に必要なものだったりするのでしょうか?」

「……………どうだろうね。森に証跡があって広場のあたりに影響が出るとなると、そのようなものを誘導する事が出来る階位の者が絡んでいる可能性もあるかな」

「……………この前の仮面の魔物さんの仕業であれば、あの杖をへし折れば帰ります?」

「え……………」



アルテアの持っていた杖は、ただの紳士用の杖と言うよりは、手に取ろうとしたタイミングを見ていると魔法使いの杖のような役割のものなのだろう。


あれを粉々にすれば、弱体化するだろうと踏んだのだが、ディノは、思わぬ人間の獰猛さにふるふるしてしまう。



「ご主人様……………」

「まだ着任早々ですが、既に愛着が湧いていますので、この綺麗なリーエンベルクに何か悪さををしたら許しません………!」

「…………彼は、こうしたやり方はしない気がするよ。仕掛けを作るとしても、陽動でもない限りは、それが意図的なものだと気付かれないようにするだろう」



ふと、考え込む仕草を見せ、ディノは魔物らしい酷薄な表情で瞳を眇める。

そうすると、ひやりとするような美貌がどこか近寄りがたい色を帯びるのだ。



「……………そうなると、これは誰の手の内なのかな。…………ただ、アルテアも、私がここにいるからと敢えてやり方を変えた可能性もあるけれどね」

「……………エーダリア様達は、大丈夫でしょうか?」

「エーダリアには、優秀な代理妖精がいる。彼に危険がある場合は、現場から遠ざける筈だ。今の段階では問題ないのだろう」



この世界の為政者達には、代理妖精と呼ばれる補佐官がつくらしい。


どのような妖精かは、それぞれの職務や立場にもよるが、エーダリアはウィームにあるダリルダレンの書庫に暮らす、ダリルという名前の書架妖精がその任に就いている。


ヒルドではないのだなとしょんぼりしてしまうが、そのヒルドは第一王子の代理妖精の一人であるそうなので、何か事情があるのかもしれない。



「ダリルさんという方は、とても優秀な妖精さんなのですね…………」

「君が会ったヒルドの方が、階位は上だ。けれど、戦略や政治的な駆け引きにおいて、ダリル程に優秀な代理妖精は滅多にいないだろう。彼を選んだのは偶然のようだけれど、エーダリアはとても恵まれているよ」

「まぁ、そんな方がいてくれれば、とても心強いですね!」



ディノは、しきりに祟りものの方を気にしているようだったが、またはぐれないようにとディノの上着の袖に密かに掴まっていたネアを見ると、安心させるようにそっと頭を撫でてくれた。


しかし、騒ぎになっている正門とは違う門から中に入ろうと言いながら、ディノには、まだ考え込むような仕草がある。



「ディノ、これが必要な事であれば、私もそちらに行きますよ?」

「…………あまり、不確定な場所に君を連れてゆきたくないんだ。…………ただ、…………そうだね。これが物語の必然ならば、どのような属性のものが絡んで来ているのかが気になるから、屋内に入る前に門の方を見てきても構わないかい?」

「はい」



ここで、頷いたネアに淡く微笑むような表情を浮かべたディノが、僅かに眉を顰めると、どこか遠くを見るようにして瞳を揺らした。



「…………この時期となると、魔物か妖精かなと思っていたけれど、…………この薫香は、リーエンベルクのものだろうか」

「薫香、……………あら、確かに香木を焚くような独特の香りがしますね」

「妖精避けをしているにしても妙だね。リーエンベルクでこのような事をしているのを見た事がない。…………もしくは、そこまでして警戒するような妖精の影があったのかもしれないが…………」



その言葉に困惑したまま頷いたネアに、ディノは、ヒルドや先程の会話に上ったダリルのような代理妖精の中には、主人の密命を受けて暗殺紛いの事をする者達もいるのだと教えてくれる。


この国には五人の王子がおり、勿論、継承権や貴族達からの支持を巡っての派閥争いもある。


その中には、高位で残忍な気質の厄介な代理妖精を得ている者がいるのだそうだ。



(警戒している特定の妖精が現れたとなれば、リーエンベルクでも、普段は使わないような妖精避けを使うかもしれないということなのかな…………)



ネアは、その他の王子達の代理妖精を知らないし、政治的な思惑や場所に踏み込むつもりはない。

そのあたりの問題については、ここに滞在する時間の中では知り得る必要がないと考えている。


だが、ネアの先代にあたる前の国の歌乞いは、当初から国の改革を望み、政治的な意味合いの強い場所にも参加したり、様々な奉仕活動などを基盤に法案の改革などを精力的に訴えていた人物だったそうだ。


可憐な美少女で小鳥の死にも涙を流すような優しい歌乞いは、伯爵の魔物と契約を交わし、国境域の内乱で命を落とすまでは第三王子の婚約者であった。



(……………エーダリア様の対向派閥に過激な人達がいたとしたら、その時のことを懸念しない訳がない)



国の代表となる歌乞いは、この世界の信仰の対象である魔物が歌乞いの契約の魔物だったことから、教会からは聖人として扱われる。


先代の歌乞いについて語るエーダリアの口調には、個人の価値観で混乱を招いたと、珍しく批判的な響きがあった。


国家というものは綺麗事では養えないものなのに、綺麗事一つで国を傾けるかもしれないとても厄介な存在だったのだと伝えられたのだから、そこには、暗にそうなってはくれるなというメッセージも含まれていたのだろう。


エーダリアがネア達との限定的な契約に応じたのには、そうした傾向がないかどうかを見極める意味もあったのかもしれない。



(私がこちらに来てからまだ四日しか経っていないけれど、ヒルドさんが王都から遣わされたことといい、私の存在が伝わってしまってからは、四日も経っているのだ……………)



であれば、ディノの懸念も頷ける。

どのような意図で現れる祟りものなのかを確認しておけば、そこに隠された悪意にも気付けるだろう。


しかし、そう考えてきりりと背筋を伸ばしたネアの前で、ディノはふと足を止めた。




「ディノ……………?」

「……………ネア、やはり君は、騎士の誰かと一緒に他の門からリーエンベルクの中に入っていてくれるかい?」

「……………何か、良くないものがいるのでしょうか?」

「他の王子派の代理妖精の中には、私の事を知っている者もいる。……………彼女は、とても頭が良くて残忍な妖精で、エーダリア達との関係も良くないようだ。私と共にいる君の存在を、認識されないようにした方がいいかもしれない」

「……………そのような理由であれば、足手纏いにならないように避難しますが、既に私の存在は知られてしまっているのではないでしょうか?」



ネアがそう応えると、ディノは男性的な苦笑を滲ませた瞳でこちらを振り返る。

外を歩いたので髪色などは擬態しているものの、それでもやはり、惹き込まれそうな程に美しい。


整えられたような酷薄な表情に、ネアは、ああ、この魔物はこれから話そうとしていることを不快に思っているのだなと考えた。


少しずつではあるが、ディノの感情の動かし方が分かってきたのだ。



「君には私の指輪がある。それは、守護としても魔術の繋ぎとして必要なものだけれど、そのようなものを持つからこそと、君が標的にされる可能性もある。……………その妖精の場合はだけれどね」



(魔物の指輪は求婚の証で、その女性の気質をディノはよく知っている…………)



これだけの材料があって、含められた言葉を理解出来ない程に鈍感ではない。

恐らくその女性は、過去にディノと深い関係にあった者なのだろう。


魔物は随分と長生きだと聞いているし、ディノが生まれたての魔物だとも思わないので、そのような相手はごろごろいるだろうなと、特に気にすることもなくネアは頷く。


寧ろ、まだディノに執着を残しているかもしれない女性の目に、便宜上の関係とは言え今は歌乞いであるネアを触れさせないように配慮をしてくれた事に感謝した。



「……………何となく事情が見えました。そのような巻き込み事故はとても避けたいので、こちらに来る騎士さんに声をかけて、中に入っていますね。お部屋にいればいいですか?」

「うん。誰かがいるという意味では、会食堂でもいいかもしれないね。すぐに戻るよ」

「はい」



ネアは、リーエンベルク内にある騎士棟に向かうのか、ちょうどこちらに向かってきた騎士を呼び止め、ディノが門の方の様子を見に行くので足手纏いにならないように門の中に入りたいのだと伝えた。


幸いにもネアが出会った騎士は、見習い騎士や下級騎士ではなく、席次のある騎士であるらしい。



快く同行を引き受けてくれた騎士と共に、ネアはそこでディノと別れた。




その選択をすぐに後悔する事になるとは、勿論知る由もなかったのだ。











場面の分割がありましたので、

本日は、20:00頃にもう一話投稿させていただきます!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ