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歪む視界


 ニケの一団は、魔物退治の遠征を終え、国に帰還した。砦の門がゆっくりと開いていく。


「いつの間に戻っていたの?」


 茉麻がニケに尋ねると、ニケは茉麻の風に揺れる髪を目を細めて見ながら答えた。


「もともと、国周辺の魔物を倒すために、国の周りを一周するようなルートを辿っていたんだよ。マーサは途切れ途切れだから気付かなかったかもしれないけど、ほら」

「あ、」


 ニケが指差す先には、見覚えのある山があった。茉麻は頷く。あの山に沈む夕陽を、遠征の途中、二人で眺めた記憶がある。

 一団は入ったところで立ち止まる。しばらく待っていると、知っている尾羽の長い青い鳥が飛んできて、ひらりと手紙を落とした。手紙を空中で捕まえた、鷲の頭をした部隊長が、ニケと茉麻を振り返る。


「さあ、召喚術士ニケ様。そして召還獣マーサ様。お二人は先頭をお歩きください」

「え?」


 戸惑う茉麻の手を、ニケの柔らかな手が取った。


「……行こう、大丈夫だよ、マーサ」


 そういうニケも、尻尾が不安そうに丸まっている。茉麻は、ニケの手を握り返した。

 青い鳥が、色とりどりのリボンを咥えて二人の前を飛んで先導する。それについていけばいいのだと言われ、茉麻は、七色のリボンを追った。

 この街を、見下ろしたことはあるけど、こうして道を歩くのは始めてだな、と思いながら大通りに出た瞬間――歓声があがった。


「ありがとう!」

「ありがとう!」

「私達の街を守ってくれてありがとう!」


 舞い散る紙吹雪と、老若男女、様々な笑顔で手を振る人々。光に溢れた景色を、ニケと二人で見回しながら歩く。凱旋パレードだ、と理解するのに時間がかかった。

 声の中には、ニケを称える声も多い。


「僕達の国は守られた。国に押し寄せていた魔物はほとんど倒されて、平和になったんだよ」

「……ニケ、私」

「僕からも、お礼を謂わせて。ありがとう、マーサ」


 茉麻は頷いて、そして手を掲げた。軽く念じて、その掌から、花火をイメージして、光を打ち上げる。白く輝く光が上空で弾け、街中にいくつもこぼれ落ちる。人々は手の平に光を受けながら、平和と、美しい光景に見とれた。




 凱旋パレードの後、王様との謁見を終えた。謁見はあっさりしたもので、簡単に栄誉を称えられたニケと茉麻は小さな部屋に通された。


「……僕に気を遣ってくれたんだね。長くマーサを留めているから、疲れてるんじゃないかって」

「今のニケは……私のこと、だいぶ長く留めておけるけど……やっぱり、そろそろ辛いかな」


 ニケの顔色を気遣って茉麻が言うと、ニケは首を振った。


「単に疲れてるんだ。遠征が長くて、野営では、あまり眠れなくて……」

「そういえば私、ニケの寝ているところ知らないね。……寝てても、いいよ。傍にいてあげる」

「眠ったら、勿体ないじゃないか、マーサといられる、時間は限られてるんだから」


 そうは言いつつ、ニケの尻尾が揺れている。これは嘘をついているサインだと思ってじっと青い目を見つめると、ニケは観念したように言った。


「……集中しないといけないから。眠っている間もマーサを留めておくのは、無理だから……」


 ニケの声が小さくなってきた。やはり、もう負担が大きくなってきたらしい。茉麻はニケを横になるようにして休ませた。


 全ての召喚術士が、眠っている間に召還獣を呼び出せないわけではない。現に、茉麻は今回の旅で、他の召還術士が自分の眠る間の(ばん)をさせるために、召還獣を使っているのを見ていた。


 それはやはり、茉麻が伝説の召還獣だから――いずれは目を覚まし、現実に帰るから。


「おやすみ、ニケ。ゆっくり休んで」


 ニケは国の英雄だ。茉麻が消えた後も、放っておかれはしないだろう。

 優しく寝かしつけるように頭を撫でていると、ニケが目を閉じた。


「マーサの、寝顔も見たいな……きっと、とっても可愛いんだ……」

「ニケ……」


 茉麻の姿は白く光の粒子に溶け、またこの世界から離れることに寂しさと悲しさを覚える。


 誰かに感謝されるのも、可愛いなんて言われるのも、私の夢の願望だろうか。






 翌朝、ぼうっとする頭のまま出社した茉麻は、大量のメールに言葉を失った。何かの間違いではないかと確認のメールを返したが、返事はない。


「……こんなの、おかしいです」


 茉麻は上司のところに行き、自分に大量の仕事が、しかも今日までという期限で押し付けられていることに対して抗議した。


「昨日会社をサボったツケだろうが」

「え?」


 あまりの暴言に茉麻は言葉を失う。茉麻は昨日会社を休んだが、ちゃんと有給の申請を事前にしており、サボりと言われる筋合いはない。


「ちょっと待ってください! そんなはず……」

「じゃあ何で昨日会社に来なかった、言ってみろ」

「……え」

「ほら見ろ、サボりじゃないか、どうせ大した理由で休んだわけでもないんだろ」


 高圧的な物言いに頭が真っ白になり、言葉が出てこない。茉麻が呆然としていると、上司は鼻を鳴らして出ていった。


 おかしい。

 こんなの、どうして。


 まるで悪夢だ。


 ううん、違う、気持ち悪い、嫌なことばかりの、辛いことばかりの。

 こっちが、現実だ。


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