表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

心が望むもの


 茉麻は起きてすぐに、ベッドに入ったまま、ノートを引き寄せて夢の内容を記録した。


 ニケと草原で二人で話した。ニケは魔力の拡張……? が出来てきたのか、だいぶ落ち着いたみたいで、私も長い間、あの世界に留まっていられた。

 夢の中で、夢であることには気付いているけれど、だからといって目覚めることがなく、安定して物語の続く夢を楽しんでいられているのだ。


「……。いい夢だったな」


 穏やかで、美しい風景で。今も風がそよぐのを、草やニケの毛並みが揺れるのを、ひとつひとつ思い出せる気がする。


 そして茉麻は、ため息をついて現実に戻る。溜まっている仕事のことを思うと憂鬱になるが、体調はいつもよりいくらかいい。


「……それもそっか」


 体調がいいのは当たり前だ。昨晩は早く帰って、よく眠った。今までの茉麻は完全に睡眠不足だったのだ。だが、ここのところ夢の件があって積極的に眠るようになったから、具合がいい。それだけだ。


 テキパキと朝の用意をして、会社に向かう。満員電車に揺られながら、茉麻は考えた。


 よく考えたら、馬鹿馬鹿しい。睡眠時間を、自分の体を削ってまで、どうしてあんな会社に尽くしているのか。無論、給料を貰うためではあるが、それなら何故あんなにサービス残業を強いられているのか。定時間際に大量の仕事を命じられることも日常茶飯事だ。

 頑張らないわけではない。仕事はちゃんとする。だけど、それは本来必要とされる仕事だけで十分のはずだ。皆がやらない仕事を、他人のミスを、必死に茉麻がリカバリーする必要はない。


 うん。今日も早く帰ろう。

 帰って、あのファンタジー世界の、ニケの夢を見よう。どんな夢になるかはわからないけど、余裕があれば、あのふわふわの毛も、撫でさせてもらおう。


 そう思うと、今日も乗り切れる気がした。




 定時になる少し前からデスクを片付け始め、パソコンのデータを順次保存していく。そして茉麻は6時になると、すぐに職場を後にした。


 残業する同僚を置いて帰る茉麻に、ざわめきと明らかな舌打ちが聞こえたが、いつも茉麻が彼らにされていたことをしただけだ。第一、会社は残業するなと上から言う割に、仕事だけは増やす。気合と現場の工夫だけで乗り切れるなら、とっくにどうにかなっている。


 茉麻は真っ直ぐ家に帰ると、鯵の干物を焼いて味噌汁を作り、テレビやスマホをチェックすることなく、黙々と食べた。お風呂上がりに軽くストレッチをし、10時には布団に入った。






 知っている場所だ。茉麻はニケの部屋にいた。


「ニケ! ……と、お師匠さん」

「うん。マーサ、今日も、来てくれてありがとう」


 ニケの部屋の机の上に、リス師匠が座っていた。リス師匠は茉麻とニケを代わる代わる見比べて、ふむ、と言った。


「……確かに、どうやらだいぶ安定したようじゃな。未だに召喚のたびに魔力欠乏でぶっ倒れると聞いていたが、これならそうなる前に召喚獣を還すことで、戦場でもどうにかなるじゃろ」

「還す?」

「……なんでもないよ! い、いいですから、師匠! もう大丈夫ですから!」


 ニケは慌てて師匠を遮る。何でもないと言いながら、尻尾がせわしなく揺れるので、何か隠しているのは明らかだ。


「なんじゃまったく、弟子を心配してきてやったのに。まあ、この分なら今度の出兵も平気じゃろ」


 そう言ってリス師匠はどこからともなく、青い鳥を呼ぶ。召喚術士と、召喚獣は、お互いに唯一の存在という、ニケの言葉を思い出す。小柄な老人は、鳥に乗って窓から颯爽と出ていった。

 残された茉麻は、ニケを見る。


「……ねえ、ニケ。もしかしてニケは、私のこと、自分の意思で還せるの? なのに限界まで、私をここに留めておくから、あんなに辛そうにして倒れちゃうの?」

「う……」


 犬の顔だろうと、その表情はバレバレだ。耳もぺたんと垂れている。ニケは渋々言った。


「そうだけど……でもその方が魔力の拡張ができる。限界まで耐えた方が」

「でもニケは辛そうで……! それに、戦場で倒れたら危ないじゃない」

「君と、もっと長くいたいんだ。もっと長く一緒にいられるようになりたいんだ」

「え……?」


 茉麻がその意味を聞こうとしたら、ニケは茉麻から目を逸らした。そして話を変える。


「……あの、えっと。また、戦いに行くことになった。今度は遠いと思う。今までは攻め込まれるのを防ぐばっかりだったけど、この前の戦いで国への危機は去ったから……こっちから、魔物の大群のところまで、遠征に行くんだ」


 何日も何日もかけ、魔物の多くいる場所を巡るという。いよいよ、平和のために旅をするゲームのようだ。茉麻は頷いた。


「……うん。わかった。いつでも喚んで」

「マーサは、戦い、怖くなかった?」

「ううん。……最初はどんな敵だろうって思ってたけど、そんな怖くなかったよ。私の力で簡単に倒せるみたいだしね」


 今も多分、夢だと認識しているから、あの凄まじい攻撃魔法を放つくらいは、意識すれば簡単にできるんじゃないだろうか。


「それは、すごいことなんだけどね……」


 ニケは、マーサに一歩近付いた。


「マーサがいれば頼りになるけど……。この遠征も、マーサの力をあてにしたものだから、マーサに、ほぼ国の命運がかかってるっていっても過言じゃないけど……僕は、戦いの場で君を喚びたくないな……」

「え?」

「だって、マーサ、君は――女性じゃないか。最強なのは間違いないけれど、だけどこんなに華奢で……」


 ニケは腕を伸ばして茉麻を抱き寄せた。あ、ふわふわだ、と、茉麻は毛足の長い毛布みたいな柔らかさが心地よくて、ニケにされるがまま抱きしめられる。茉麻もニケに抱きつく。


 温かい。こんな幸せが――




 なんで、夢なんだろう。




 朝、夢のノートに記録をつけながら、茉麻は零した。独り言は、静かな部屋に吸い込まれる。


「私、寂しいのかな」


 夢は、茉麻の心の弱いところを映しているのだろうか。

 自嘲気味に思いながら、スマホを確認すれば、恋人からの連絡はない。いつもそうだ。茉麻は彼に会えないと寂しいが、彼にとってはそうではないらしく――茉麻と会ったり話したりを、半ば義務的にこなしているとさえ感じられる。


 仕事が充実しているんだろう、自分以外にも大切なものがたくさんある人なんだろうとわかっていても、茉麻だけが寂しい気持ちを抑え込んでいて、それは不公平だと思う。


 いっそ自分も、彼のことを無関心になれたらいいのにと思っても、できないままで。


「……っ」


 誰の名前を呼べばいいかもわからないまま、シーツごと自分の体をぐっと抱きしめる。

 召喚獣と召喚術士は、お互いに唯一の存在というのも、茉麻の夢がつくりだした都合のいいストーリーなのかもしれなかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ