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召喚獣の絆


 茉麻が手を振るたびに、魔物は光に飲み込まれて消える。戦場は混戦状態だったが、茉麻から発せられる光は、敵だけを飲み込んで消し、味方には影響を与えない。

 最初、茉麻の攻撃に巻き込まれないように逃げていた兵士達も、そのことに気付くと、真っ直ぐ魔物に向かっていった。


(なんだろう、あの魔物……どろどろした、黒いゲル状の……スライム、なのかな……)


 魔物といえばスライム。ただし、いくつかのゲームで出てくる、グミのような可愛らしい形ではなく、その姿は真っ黒な泥に近い。不定形で、絶えず波打って動いていた。

 しかし、茉麻が光を当てると、いとも簡単に消滅する。


 夢の中とはいえ、残虐な行為には抵抗がある。茉麻は、魔物が生き物らしくない、つまり、倒すのに罪悪感のない姿であることに安心した。


 大方の敵を倒したところで、茉麻は、自分の体がぼんやりと透け始めたことに気付いた。時間だ。

 もう戦いはほぼこちらの勝利だ。マーサは戦うのを止め、地面を蹴って、一直線にニケのところまで跳んだ。体は翼でもあるように軽く、ひと跳びでニケのところに飛ぶことができる。地面に手をついて、魔力の放出に耐えるニケの手を取って呼び掛けた。


「もう大丈夫。大丈夫だよニケ」

「マーサ……君は……大丈夫そうだね……良かった……。僕はもう、限界みたいだけど……」


 はあ、と息をついて傾いだニケを誰かに任せなければと、茉麻は周りを見渡す。自分はもうすぐ消えてしまうのだから、倒れた彼を安全な場所に連れていってくれるように頼まなければ。


「マーサ、ありがとう……ありがとう……本当に」

「ううん」


 繋いだ手が離れる。

 まだもう少し。夢をみていたい。




「きっとまた……」






 目覚まし時計の耳障りなアラームを止めて、月曜日の、殊更に重い心と体を引きずって、今日も茉麻は会社へ行く。




 出社してすぐ、茉麻は自分の上司からきつい口調で責められた。


「あの仕事はどうなってるんだ」

「はい、これは今週末までに……」

「いや、先週までと言った、まさかまだ出来てないのか?」

「えっ……」


 そんなわけないと、自分の手帳を見たが、確かに言われた仕事の締め切りは来週の金曜日と書いてあった。茉麻は困り果てた顔で上司に確認しようとした。


「ですが、そんなはずは……」

「ん?」

「……。申し訳、ありません」


 そんなはずはない、と思いつつも、圧力に押され、茉麻は頭を下げる。早くしろよ、と上司は舌打ちしながら歩いていった。


「……なんで」


 茉麻は頭が真っ白になっていた。こういうことがなぜか度々あるから、茉麻は仕事の期限は必ず確認してメモに残すようにしている。なのに、何故。

 茉麻は納得いかないまでも、急いで仕事に取り掛かる。そこに、同僚が近付いてきて小声で言った。


「あんまり気にしない方がいいですよ」

「え?」

「気付いてないんですか? あれリーダーの事務ミスのせいで、今月中納品にしないと書類上まずいって気付いて、締切を急に早めたんですよ」


 カレンダーを見ると、確かに明日から月が変わるところだった。


「そんな理由で……」


 いや、理由はまだいい。

 そういう事情があるのなら、正直に言ってもらえれば、茉麻だって仕事の順番を変えて対応するだけだ。それを、あんな。茉麻のミスのように。


「だから、気にしないでやればいいですよ」


 同僚はそう言って、机の上の煙草をポケットに入れて部屋を出ていった。




 結局、急にやることになった仕事を何とか大急ぎで片付けた。定時直前に仕上がった仕事を報告に行ったが上司は出張のち直帰となっていたので、メールで報告完了のメールを送った。


 これから、今日やる予定の仕事を片付けて……と思ったところで、急に馬鹿馬鹿しくなった。

 まだ明日に延ばせるのだから、明日にしよう。結局、リーダーの件を教えてくれた同僚も、茉麻の事情を知りながら手伝ってはくれなかった。こんなに必死に頑張っても、頑張れば頑張るだけ返ってくるのは理不尽な仕打ちだけだ。


 それより早く帰って、寝てしまおう。その方がずっといい。


 そう決めた茉麻は、さっさと会社を出て、いつもより早い電車に乗る。朝ほどではないが混んでいる電車に、普通のサラリーマンはみんなこれくらいに帰るんだなと実感する。

 食事を作るのも面倒だったから、スーパーでお惣菜を買って食べ、さっさと寝てしまうことにした。


「よし……」


 枕元に、夢ノートとボールペンを置き、読み返してから眠りについた。目を閉じて、ニケの顔を、声を、できるだけしっかりとイメージする。

 こうしたら、きっとまたあの夢が見られる。






 そこは草原だった。青々とした草が波打ち、よく晴れた明るい空があった。そして、見慣れた彼――ニケがいた。無事だった。


「ニケ!」

「マーサ、今日は君に話がしたくて喚んだんだ」


 ニケは普段通りのローブを着ていて、ゆったりと尻尾を揺らしていた。今日は一人らしい。

 茉麻はニケと並んで座った。


「話?」

「ありがとう……あの後、戦いは魔物を全滅させて終わったよ。街に向かって進んでいた魔物の大群が消滅して、ひとまずは安全だよ」

「そう……よかった」


 草原からは、街と城が見えた。茉麻はほんの短い時間でしかあの街を知らなかったが、魔物の進攻で危なかったらしい。

 達成感を感じながら街を見下ろす。見晴らしがいい景色をしばらく楽しんだ後、茉麻は尋ねた。


「ここって、初めて私が召喚された場所?」

「そうだよ。あの時は夜だったけれど」

「うん。星が綺麗だった」


 そう、あの、虹色の星が輝く幻想的な風景に、茉麻はここが夢の世界だと理解したのだ。

 今も、爽やかな緑の香りがする風が気持ちよくて、目を凝らせば、金色の粉が晴れた空から降りそそいでいた。


「ねえ、ニケ、どうして、初めてここで私を喚んだの……?」

「初めての召喚の時はね、どんな召喚獣が現れるか分からないから、広く人里から離れた場所に行くんだ。大きな獣を呼び出す場合があるからね」

「どんな召喚獣が現れるかわからない? ……もしかして、召喚獣は、選べないの?」

「そう。術者にとって召喚獣はひとつだけ。そして、ひとつの召喚獣は、たったひとりの術者にしか呼び出せない。その繋がりは、運命で決まっていると言われている」


 ニケはそういって茉麻を真っ直ぐ見た。茉麻もニケの青い瞳を吸い込まれるように見つめる。


「……今日は、どうしてここに?」

「うん。マーサを喚んで、わざと僕の魔力を使い切る。それで、僕の魔力の器を大きくする。少しずつだけど、君を長くここに留めておけるようになった。……繰り返していけば、もっと安定して君を喚べる」

「うん、ニケ、最初の頃と比べたら、だいぶ苦しそうじゃなくなった。よかった……」


 茉麻を、この世界に喚んでくれているのはニケだ。そのニケが苦しそうなのは、茉麻に責任がなくても心苦しい。


「あと……静かな場所で、マーサとゆっくり話したかった。僕はいつも、マーサに来てもらってるのに、マーサに心配してもらっているばかりで、全然話せないし」

「気にしなくていいのに」

「それに、マーサは、この世界のこと、何にも知らないみたいだから、教えておいた方がいいかなって」

「それは知りたいな。ここ、とっても綺麗な世界だよね」

「そう? それは――っ、!」


 突然、ニケが、発作を起こしたように胸を押さえる。同時に、茉麻の体も透けて、空中に溶けていく。魔力切れだ。ニケは体に残った力を絞り出すように、空に向かって叫んだ。


「マーサ、また、君を、喚ぶから! もっと、話したいことがあるんだ、だから……!」

「……うん!」




 私も、もっと君と話したいよ。

 君が、私の夢の中の住人だとしても。



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