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獣人の世界


 冷蔵庫からご飯のタッパーを取り出し、電子レンジで温める間に、夢のことを思い出していた。


 そういえば大学の時、サークルの友達が書いていた同人誌に、尻尾や耳の生えた人々……獣人の話があったはずだ。その時いくつか読ませてもらった話の中では、獣人というのは、人間と動物の間の姿を取っていて、身体能力は人間よりも勝っていて、そして何よりの特徴として、(つがい)と呼ぶ、運命を感じた相手と一生添い遂げる、という性質の種族であったと思う。

 

 獣人が好きな人のことを、ケモナーと呼ぶんだったか……。自分にそんな素養があったとは知らなかったなあ、と取りとめのないを考えながら、朝ごはんを食べた。その後は顔を洗って、軽く化粧をして、茉麻は通勤のバスに乗る。


 バスに揺られながら、久しく思い出すこともなかった友達のことを考える。

 その彼女は、今でも趣味で漫画を描いているんだろうか。大学卒業後、お互いに慣れない仕事に忙しくなるうちに、連絡を取らなくなってしまった。彼女だけでない、学生時代、友達と呼んでいた人達は皆、環境が変わるごとに連絡が絶えてしまっていた。

 通勤中、スマホを見たが、恋人からの連絡は今日もなかった。次の土日は空いてると、メッセージを送ったのは、既読になっていたのに。




 昨日、多少無理して仕事を進めておいたお陰で、今日は予定通り仕事ができた。時計を見ると、まだ夜八時を過ぎたところで、いつもの感覚からするとかなり早い。

 とはいえ、すぐにどうせ理不尽に急ぎの仕事を押し付けられる。だから、時間が空けば、急ぎではない仕事を前倒しで終わらせておくようにしている。茉麻なりに、大量の仕事をこなせるように、工夫をしているつもりだ。


 他にも、器具の洗浄やメンテナンス、掃除や廃棄書類の整理。こういった細々とした雑事は先にやっておかないと仕事の能率が下がってしまう。

 多くの人は仕事の合間合間に何となくこなしているようなのだが、茉麻は二つ以上のことを同時にこなせるほど器用ではないので、ついまとめて片付ける形になってしまう。


 気が付くと自分が最後だったので、部屋の戸締まりをして、茉麻は会社を出た。人がまばらになった電車に乗り込み、欠伸を漏らす。


 眠いな……。でも、いつもより早いんだから、大丈夫大丈夫……。






 茉麻が目を覚ますと、そこは、石造りの天井の高い建物で、西洋の城を思わせる場所だった。見たことのない場所で、茉麻は周囲を見回す。隣にはニケがいて、やや強張った顔をしていたが、今日はニケの他にも多くの人――獣人がいた。

 赤い縦断が敷かれた先に、獅子の頭を持ち、豪奢な杖を持った男性が座っている。また、ニケと自分の周りには、山羊、兎、鹿など、様々な獣の頭の人々が少し離れて立ち、一様にこちらを見ていた。


「ご覧の通りです。こちらが、僕が召喚に成功した、召喚獣のマーサです」

「なんと……信じがたいが、本当のようだな」


 ああ、また夢の続きだ。


 茉麻は、隣に立つニケにさりげなく近付くと、震えて苦しそうな体を支えた。はた、と箒みたいな尻尾が揺れる。それでも、隠しきれない様子で、息が荒くなっていく。

 そこに、周囲にいた、山羊の頭の男性が話しかけてきた。恰好からすると軍人のようで、声も低く威厳がある。


「しかし、ニケよ。……お前の魔力では、召喚獣を長く留めておくことは難しそうだ。いや、伝説の存在であれば、お前の師匠でも、叶わぬことかもしれないが……」

「っ……すみません、く、」


 そういう間にも、ニケは立っていられないのか、膝をつく。今までの話を聞いて察するに、ニケは、茉麻をここの世界に喚び出したことで苦しんでいるようだった。


「いかに伝説級といえど、ものの数分も持たぬのであれば、戦いの役には立つまい」

「ですが、伝説には、この世のどんな姿でもない聖なる獣は、奇跡の力で、一瞬のうちに数千の敵を蹴散らしたとも。それが本当ならば、数秒でも存在できれば十分なのでは」

「うむ……」

「……っ、」


 周囲の獣人達は色々と勝手に話していたが、ニケは苦しいのか、ついに崩れた。茉麻はニケと一緒に膝をつく。綺麗な青い目が、なにかを訴えるように、求めるように見つめてきた。

 途端、茉麻は顔を上げて叫んでいた。


「私はニケの力になれる! ニケが私を喚ぶ限り、私は――」

「マーサ……」


 ニケの口から、名前が呼ばれたその時。

 白い光が私の体から迸って、茉麻とニケを包み込む。風が渦を巻き、周りの人々はどよめきながら一歩下がった。


 ニケの表情の一つ一つが、わかる。表情をよみにくいはずの獣の顔だけれど、どうしてか茉麻には伝わる。――苦しそうに呻きながらも、目を細めて、優しい笑みで。


「マーサ……ありが、とう。僕の、召喚獣が、」




 ―――君でよかった。




 無機質なアラームの音を止めて、茉麻は体を起こした。朝だ。会社に行かなければいけないが、茉麻はまず、ノートを引っ張り出して、思い付く限りのことを書いた。


「また、あの夢だ…………」


 今もまだ、彼の声や、柔らかな毛の感触のひとつひとつを、はっきりと思い出せる。


 物語は、続いていた。そこは動物の姿をした人々の住むファンタジー世界であり、そこには魔法があって、ニケは茉麻を召喚した魔法使いであるらしい。

 あのライオンは、格好からしてきっと王様だろう。戦いと言っていたから、ニケのいる国は多分何かと戦っていて、茉麻を必要としている。茉麻はあの夢の中では、伝説のすごい存在のため、ニケは苦労してでも茉麻を喚ばないといけない……そんなストーリーが、組み上がる。


 ニケの姿も、しっかり思い出せる。毛はふわふわで……魔法使いのローブのような服を着ているけれど、触れた感じでは、多分体も毛皮で覆われてるんじゃ。手の感じも犬のそれに近い。背は茉麻と同じくらい。愛嬌のある顔だった。


 ノートに走り書きしたそれらの設定をみて、茉麻はふっと笑った。

 夢日記、か。こんなファンタジー溢れる夢の妄想を見られたら、恥ずかしくて死んじゃいそう。


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