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不思議な夢


 ――ピピピ、ピピピ、ピピピ…………


「う…………」


 茉麻(まあさ)は、枕元で鳴っている目覚ましを止めた。


 朝だ…………。


 常に寝起きの悪い茉麻は、汚泥のように重い体を引きずった。ただ、普段より気分はいくらかマシだ。

 朝起きると、会社に行きたくない、病気になって休みたい、でも行かなくちゃいけない……という、いつも同じ結論の鬱思考がぐるぐるするのだけど、今朝は、見ていた夢のことを考えていた。


(変な夢だったな)


 犬耳の生えた、いや、犬の顔をしているといった方がいいだろう青年が、夜の草原で、自分に話しかけているという夢だった。


『なんて、綺麗、だ……君は、一体……?』


 彼(?)は、呆然と呟いたかと思うと、がくりと膝をついて、ぜえぜえと荒い息をついた。それがあまりに苦しそうだったので慌てて駆け寄って支えると、彼は変なことを言い出す。


『そんな……まさか、だけどその姿は……! 駄目だ、魔力を持ってかれる……いや、それなら、名前……』

『……え? 名前……?』

『うっ……ぐっ、名前……名前を、教え、て、くれ』

『茉麻……、そんなことより、ねえ、大丈夫!?』


 彼の背中を撫でる。ゆったりとした服越しにも分かる柔らかな毛皮。そして、力なく垂れる尻尾……。病院に連れて行かなくてはと思い、獣医に診せるべきか考え直す。

 そもそも、彼は何者なんだろう、ここは何処なんだろう。空を見上げた。七色の星が輝いている。こんな、美しくて幻想的な空――




 ――――夢だ。




 そう気付いたところで、目が覚めたのだった。


「なんかファンタジーで、面白い夢だったな。すごくリアルだったし」


 あのケモノな青年を撫でた時の感触、ふわふわで、昔飼ってた犬にそっくりだった。今でも何となく手に残るようで、思い出せる気がする。

 いつもなら夢の記憶は、起きたら数分も経たないうちに薄れていくのに、茉麻が意識しているからか、会社について仕事に追われるまで、消えることはなかった。




 白浜(しらはま)茉麻は、ある大企業の研究所でデータ分析の仕事をしている。とだけ言うと、さもすごいキャリアを積んだ研究者に聞こえるが、実態はただの下請けの中小企業の社員で、仕事も決して華やかではない。


 送られて来る汚水のサンプルに含まれる金属や有害物質の濃度を測定しては結果を返す、というルーチンの仕事で、かつ体力的にも疲れる仕事だ。

 加えて、取引先に対して明らかに立場が弱いために、納期ぎりぎりでごり押しされる仕事を、毎日残業し、へとへとになってこなす日々だ。


「白浜さん、昨日お願いされたのどうなってる?」

「え、昨日……?」


 同僚に言われ、慌ててメールを見ると、確かに昨日、追加のサンプル分析の依頼が来ていた。が、昨日とはいっても、メールの受信時間はとっくに営業時間を過ぎている。


「いえ、これは……昨日の遅くだから、見てませんでした」

「でも白浜さんは遅くまで残ってたから、気付けなかった? まあこの時間じゃアレだけど、できるだけ急ぎでやっといてよ」

「……はい」


 そんな、いつも急に仕事を押し付けるなんて、と言いたいのをぐっとこらえて、茉麻は仕事の段取りを頭の中で組み立てていく。他に残っている仕事もあるから、今日も帰りは終電ギリギリだろう。まだ週の半ばなのにしんどいなあ、と思いながら、茉麻は今日の仕事に取り掛かった。




 ひどい顔だ……。

 金曜日の夜はともかく、普段の終電はそれほど混んでいない。へたりこむように椅子に座り、向かい側の電車の窓に映る自分の顔を見て、茉麻はため息をつく。

 目の下にはどす黒い隈ができている。毎日終電とはいわないが、通勤時間に片道1時間以上を要する茉麻には、残業ベースの生活は否応なく睡眠時間を削っていく。


 ふと、スマホを見るが、メッセージアプリの返信はなかった。付き合っているはずの恋人からの連絡がなかったことは、半分がっかり、半分予想通りで、どちらにしろ暗い気持ちになる。

 待ち受け画像にしている、柴犬の絵をぼーっと眺めているうちに、茉麻は今日の夢を思い出した。


(あの犬の青年、何かのアニメキャラか何かかなあ……そういえば、よく犬とか猫とかの耳が生えたキャラのゲームの広告を見てたし、それに影響されたのかな……)


 大学生の頃は、ゲームやラノベが好きだった茉麻だけれど、仕事に追われてからはそんな気力もない。

 夢を見たのさえ随分久しぶりだったような気がする。睡眠時間が四、五時間では、大した夢も見ようがないし。


 部屋に帰ってシャワーを浴びた茉麻は、早々にベッドに倒れ込んだ。






 意識がふっと浮かびあがり、……茉麻は、目を覚ました。

 目を開いた瞬間、犬の顔が真正面に迫ってきて、茉麻はひゃっと声をあげた。


「ぐっ……」

「え……? あれ? あなた……」


 この犬の顔の青年を、どこかで見た覚えがある。いや、違う、つい昨日見た顔だ。ええと。


「貴女の名は、……マーサ、で、合っている?」

「うん……」

「僕の名前はニケ……召喚術士。偉大なる名持ちの召喚獣であるマーサ。どうか僕に……僕に力を貸してくれ……!」


 息も絶え絶えに言いながら、彼、ニケは、真っすぐに茉麻を見つめてきた。犬――でも、どちらかといえばシベリアンハスキーのような、狼に近い風貌。銀灰色の毛並みに、ピンと立った耳。そして、青い瞳。


「力? 力って……」

「貴女みたいな召喚獣……魔法の力が弱い僕には、不釣り合いかもしれない、けれど……っ!」


 何? 召喚獣って、私のこと? 獣って、よっぽど君の方が獣っぽいよ。

 そう思って茉麻が自分の体を見下ろすと、茉麻は自分が見覚えのない真っ白なワンピースを着ていることに気が付いた。一枚の布を巻きつけたようなデザインは、まるでギリシャ神話の中の登場人物みたいだな、と思う。


 ああ、そっか。

 そうだった。

 これは――夢だ。また夢を見ているんだ、私。


 そう思った瞬間、急激に世界が霞んでいく。


「待って……待って、答えて! お願いだから! マーサ!」

「わかった。助けるよ。私のこと、また喚んで――」






「――ニケ」


 一人きりの小さなアパートの部屋に、茉麻の声が響いた。

 時刻は、目覚ましのアラームを設定した時間の少し前。茉麻は自分の声で目が覚めたらしかった。


(あの夢の続きだ。ニケ……ニケ、か)


 面白い夢だったな。召喚獣? 魔法? 本当にファンタジーだ。三十代手前にもなってこんな夢、笑われそうだけど、仕事に追われる夢なんかよりずっといい。

 また、あの夢の続きが見られたらいいな、と茉麻は笑いながら伸びをして、寝間着にしているジャージを脱ぎはじめた。



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