epilogue…後悔は遠く
最終話につき、2話同時更新しておりますので、最新話から飛んできた方はご注意ください。
血の流れが止まり、真っ白になった茉麻の遺体が発見されたのは、死後、推定4日程だった。
彼女の遺体は冬には似つかわしくない、白のノースリーブのよそ行きのワンピースを着て、ベッドに横たわっていたという。
部屋には荒らされた形跡がなく、むしろ、片付けられていた。傍らには、大量の睡眠薬の空き箱、それから本人が購入したらしいガス缶の容器があった。遺書らしいものは残されていなかった。唯一、部屋の痕跡で不可解だったのは、キッチンのコンロで燃やされたらしい一冊のノートだったが、完全に黒焦げになっており、読むことは不可能だった。
それらの状況と司法解剖の結果、自殺と断定された。
表情は穏やかで、ただ静かに眠っているようだったという。
事情が事情だったため、白浜茉麻の葬儀は、ごく僅かな親族だけで、静かに行われた。
「どうして……」
茉麻の恋人である高畑藤吾は、遺影の前で膝をついた。
藤吾を迎えてくれた茉麻の父親と妹が、憔悴した様子で首を振る。父親の目は充血していて真っ赤だった。母親はショックで人前に出られる状態ではないらしい。
藤吾は、茉麻が死んだことを知らなかったため、葬儀に出ていなかった。もとより、お互いの生活を尊重して、付き合っている恋人同士にしてはあまり連絡を取る方ではない。だが、さすがに一週間以上もメッセージに既読がつかないのは初めてのことで、電話もしたが、全く繋がらない。不安になった藤吾が茉麻の部屋に行った時には、全てが終わっていた。
「私達もずっと連絡を取っていなかったから、親なのに、あの子が何に苦しんでいたのか、わからないままで……」
「……。」
藤吾にもわからない。仕事で悩んでいたようなことは、聞いていた。だが、まさかそんな、自ら死を選ぶほど苦しんでいたのだろうか。
いや――今から思い返せば、最後に電話を受けた時、茉麻は切羽詰まった様子だったかもしれない。あの時、急ぎの仕事で忙しく、苛立っていた藤吾はろくに話を聞かなかったが――もし、救いを求めて伸ばされた手を取っていたら、何かが違ったのだろうか。
何かできたのだろうか。救えたのだろうか。
手を伸ばされていたことすら、気が付かなかった。
「……。なんで、なんでだ……!」
遺影に写るのは、まだ大学生だった時の茉麻。写真の彼女は柔らかく笑うだけで、床に額をついて慟哭する男に、何も答えてはくれなかった。
彼女は、目を開けた。
青い瞳が、自分を近くで見つめている。
その名前を呼ぼうとした時、彼女のお尻を何かが掠めた。
短く悲鳴をあげてお尻を押さえると、そこにはふわふわとした感覚。腰の下あたりに、柔らかな毛の、尻尾が生えていた。
彼女は目を丸くし、説明を求めて彼を見た。その瞳に、映るのは自分の顔だけれど、髪と同じ黒の毛に覆われた、三角の耳。頭の横を抑えれば、元あったところに耳はなく、頭の高いところにある獣の耳には、確かに自分のものである感触があった。
自分の体の変化に戸惑う彼女に、召喚士の狼の青年は不安そうに、大丈夫かと尋ねる。
すると、彼女――マーサは、彼に抱きついて笑った。これが嬉しいと、確かにこの世界に存在している証だと、マーサは笑う。
「それに、ニケとお揃い」
青年は照れながら笑い、愛する人を胸いっぱいに抱きしめた。
この話を書くにあたり、パワハラと自殺について、ネットで検索してみました。
すると出る出る。上司にパワハラで退職させられた。身内が自殺した。自殺の方法の質問の書き込み……うう、辛い。
程度はあれ、人間、死にたいと考えた人は少なくないのではないかと思います。私だって覚えがあります。
この話は、日々の生活に擦り切れた孤独な女性が、心を病んで死を選んだ話。もしくは、今世で不幸な人生、または不幸な人生の終わり方をした人間が、異世界で幸せになる話――ただし、選んで――の、死ぬまで。
でも、決して自殺を推奨したものではなくて。
あなたの大切な人が、今を諦めて、別の世界で幸せを見出す前に。
本当に大切なら、その手を引いてほしい。
――なんて、恥ずかしながら、言ってみる。
お読みいただき、ありがとうございました。




