ママ、こちらではオカン! 人間を造形できる作者
紅白Web小説合戦の作品が出そろってきましたよぅ!
どれも面白いです。Web小説の新しい可能性見つけたいですね^^
「秋文君ソバ好きですぅ?」
シアがそう聞くので、秋文は好物である事を伝える。
するとそうですかと嬉しそうに歩む。この大阪という街は東京新宿のように色んな恰好をしている人がいる……がどちらも若い女の子が私服に着物を着ているという話はあまり聞かない。
新成人か大学生の卒業シーズンでもない今は当然シアもその内である。
結果、彼女は浮いた。そして人種不明の美人とくれば男女ともに振り返る。そんなシアに声をかけるのは女子高生三人組。
「シアちゃんやん! 何してるん? 何その子、弟? めっちゃ可愛いやん!」
秋文は頭を下げるとスマホで一緒に撮影されたりとひとしきり遊ばれた。シアは困ってるやん。やめたりーなと軽くいなしてしまった。
「ごめんなー! JKはどこ行っても元気でよろしおすなぁ~」
「女子高生のお姉さん達ってなんかすごいですよね」
それは秋文によく知っている光景。なんというか彼女達はそういう人種なのだろう。短い三年間を生きる希少種。
「つきましたって、ここですえ」
『夕霧』と看板を掲げた蕎麦屋さん。見るからに高級な佇まいのそこに入ると鼻を刺激するのは柚子の香りだった。
ビニール袋一杯に入った柚子。ご自由にお持ち帰りくださいと書かれているのはどういう事なのか? 秋文は不思議でしかたがなった。
「帰りにもろて今日は柚子湯にしましょか?」
「お料理で使った後の柚子なんですか?」
「そうですえ。捨てるのはもったいないでしょ? だからこうやって持って帰って最後まで使ってくれる方が柚子としてもええんです」
二種類のソバを注文するとシアは秋文に聞く。
「秋文君がかっこええって言う石堂。取返しのつかん事してしまいましたな? それでも秋文君はかっこええと思います?」
所謂傷のなめ合いをしている酒場での席。
果たしてこのシーンを読む人々はどう考えるだろうか? ただただ不快に感じるかもしれないし、なんとなくこの状況を分かってしまうかもしれないし……もしかするとこの関係を羨ましいと思ってしまう人もいるのかもしれない。
「……僕は、石堂さんを許せないと……思います」
ほうじ茶を飲みながら秋文は裏切られたようなそんな気持ちでシアを見つめていた。小学生の秋文に読ませるには少しショッキングな内容だろう。ヒーローだと思っていた、アイドルだと思っていた存在が何か犯罪を起こしテレビで連日放送されている様子を想像してもらえればそれは分かり易いのではないだろうか?
熱狂的なファンであれば庇いたくなるかもしれないし、あるいは幻滅してしまうのかもしれない。
そして子供は正直だ。性善説、性悪説が正しいのかは分からないが子供の判断基準は至って真直ぐである。
もはや秋文には石堂を許す事は出来ないかもしれない。
「おまたせしました」
梅の風味がするソバ、そして小さな杯がある。さらにもう一つは柚子の香りがするソバ。どちらも盛りソバのようないでたち。
「こっちの梅の風味がお初ソバ、でこっちの柚子の皮が混ぜてあるのが夕霧そばですえ。お初ソバには梅酒がついてますけど、これは二十歳まで秋文さんは我慢です。かわりにシア姐さんが頂きますて、さぁ秋文さん、楽しんでください」
まさか盛りソバをシェアして食べる事になるとは秋文も思わなかった。
「はい。いただきます」
夕霧そばから食べ、珍しい口当たりに秋文も驚く。ソバそのものも相当良い物が使われているんだろう。柚子とそばつゆの合う事。シアは秋文が言葉には出さずともオススメのお店のソバを楽しんでくれている事に小さな杯に注がれた梅酒を飲む。
「お酒のお供は可愛い男の子に限りますなぁ……まぁ我がまま言うたら、もう少し金髪で挑発的な表情してくれはってたら理性失ったかもしれませんけど」
コトンと杯をシアは置くと飲酒のシーンについて語る。
「二人でビールの大ビン5本にお銚子6本。飲みすぎですなぁ……秋文さんはお酒飲めるようになってもこんな悪い飲み方したらあきませんて」
秋文はお酒を飲む自分について考えてみた。両親も嗜む程度には酒を飲んでいる。シャンパングラスで食前に一杯、食後に一杯くらいだろうか?
両親はそもそもあまりお酒が強い人たちではないし、そんなにしょっちゅう飲酒をする人たちでもない。
「僕は多分、お酒は飲まないと思います」
秋文はそう言う。
シアは梅の風味がするお初そばを食べると口の中の食べ物を全て飲み込んでからその回答に対して聞く。
「それはなんでなんです? 大学生になると新歓や打ち上げや、社会人になると付き合いの飲み会とか増えますよ」
実際、最近若者の飲酒は世界規模で減っている。半面いまだに悪いお酒の飲み方をして路上でうち倒れる人々は日本では後を絶たない。
そう言った姿を嫌悪する事か、あるいはファッションとして飲酒をしないという事なのか、秋文の答えはシアもお腹を痛める程度には健気な内容だった。
「セシャトさんがお酒を飲めないみたいですから、僕も飲みません」
セシャトどころか、トトもヘカもお酒はやらない。彼らは一応未成年としての世界のルールを守っている。古書店『ふしぎのくに』でお酒を飲むのは神様だけである。
「ふふふっ、秋文さんはえらい可愛いですなぁ~ふふ」
「わ、笑わないでください!」
「ごめんなさい。それ、そば交換しましょ!」
食べているそばを変えてお互い再び舌鼓を打ち楽しむ。いいお蕎麦は何故量があまりないのかとシアは一人思う。
「そばって庶民の食べ物でしたんやけど、いつしか高級な食べ物になりましたよね。いつしか、時代と共に変わっていく。それは人々の気持ちもそうなんかもしれませんね」
シアが何を言いたいのか秋文には測りかねていたが、食事が終わった事でお店を出る。その際にシアは柚子と揚げ玉ももらって帰った。
「今晩は柚子湯に天ぷらにしましょか? じゃあここから近いからお参り行きましょ」
「波多野さんがお婆さんに暴言吐いたところですか?」
中々ショッキングかつ少し笑えてしまうシーンである。それにシアは片目を開けてウィンクすると頷いた。
「そうそう。ついでに石堂がゲロ吐いたところですな」
この作品に合わせてか、シアも少々汚い言葉を使って秋文の言う事を肯定してくれる。何故かシアが少し汚い言葉を使ってもそれは不快に感じないのは何故だろうかと秋文は思う。これがもし、セシャトがこんな言葉を使ったとしたら少々引いてしまうだろう。
「ええかっこしいってカッコつけの事に使う言葉やねんけど、ここの波多野のセリフは中々どうしてカッコええと思わへん?」
はっきり言って波多野は最低な発言ではある。神社仏閣で戻している青年に対して注意をするお年を召した女性に対して、逆ギレの反応。
それには閉口してしまうかもしれない。
「僕は……」
秋文には理解できない。というよりこの表現は本当に一部の人間にしか理解できないだろう。これは大阪、そして一部京都の普通なのだ。このやりとりは今尚見る事が出来る。
されど、本作が扱っている地域は今や大都会として他地方の人が思う大阪とは言えなくなっているのだが……
「これな? ノリツッコミみたいなもんやねん。だいたい絡んでくるおじさんやおばさんがいてはってな? 大体暴言が帰ってくんねんけど、挨拶みたいなもんやねん。大丈夫か? の隠語みたいなもんです」
そうこう言っている間にお初天神へとたどり着いた。とたとたとシアは石柱に向かって走っていく。
「秋文さん、ここ見てみぃ! ここここ」
「なんですか?」
言われるところに秋文も駆けるとそこは一部分が何かで叩きつけたように壊れている。
「これな? むかーし戦争時代にアメリカの戦闘機の機銃跡やねんて」
確かにそれを記載した物が飾られてあり、秋文はスマホで撮影する。そして境内に上がり、五円玉を放り投げると二人はしばしお参りをする。
(神様と結婚できますよーに)
(……セシャトさんともっと沢山一緒にいれますように)
実は神社のお参りは心を無にして行うものであり、彼らのように煩悩を神々に押し付けるものではない。
「石堂、ヘタレになってしまいますやろ?」
「……うん」
まぁはっきり言ってカッコ悪い。
その極みと言えるかもしれない……が、これほどまでに人間を、それもリアルな人間を表現出来る作者はWeb小説には恐らく本作を除いてないだろう。
兄貴風を吹かせ、なんだか頼れてしまう石堂は実際、波多野に依存していた。
そう、彼もまた弱い人間であった。それを読者がやや不快に感じるレベルにまで落とし込むこの描写は、人生を長く生きている人であればある程に、所謂。
わかりみが深いのではないだろうか?
「これが人間なんよ? みんな綺麗な部分と汚い部分があるんです。それはウチもですし、まぁセシャトさんはあざといからねぇ。せやから、秋文さん。あんまり石堂の事嫌いにならんとたってくださいね!」
そう言ってシアは自然に秋文の手を握って帰路を歩む。セシャトよりも若く見えるシアだが、なんだかお母さんのようなそんな感じがして、秋文はやらかしてしまう。
「おかあ……じゃなくてシアさん」
「あらあら? 秋文さん、ウチの事お母さんって言い間違えはったん?」
「ち、違いますよぅ」
シアはぎゅっと秋文を抱きしめてからこう言った。
「ママですよぅ! あはは、セシャトさんのまねー」
秋文は間違えた恥ずかしさと、シアの可愛さに顔を真っ赤に染めて俯いた。
秋文さん、シアさんの事をお母さんって言っちゃいましたね^^
目を瞑りたくなる人間模様。それを手掛ける事が出来るのは、一重に手腕でしょう。
『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』は実に小説という意味で勉強になりますねぇ!
ちなみに今回、登場しましたお蕎麦屋さん。本当にあるお店ですので、大阪に行かれた際は是非ご賞味あれ!




