ジャンルにより教われる教訓やストレス
紅白歌合戦、出場する方が決まりましたねぇ! 私達の紅白Web小説合戦もどんどん出そろってきましたよぅ! 一体どうなる事でしょうね^^ 実に楽しみで、しかたがありません!
秋文は普段の自宅と違い目覚ましが鳴らないので寝過ごしていた。時間は午前の十時をまわろうとしている。
「あっ、秋文君起きはった? お寝坊さんやなぁ!」
「ごめんなさい……」
普段は朝7時には起きて學校に行く支度をしているのに、恥ずかしいやら情けないやらで俯く秋文にシアは言う。
「まぁ、あと三十分くらい寝とくのが秋文君の身体には一番ええんですけどね!」
本来成人で9時頃、学生は10時。お年を召した方でも8時頃まで寝ている方がいいと最近の研究結果で分かっている。
「そうなんですか?」
「ふふん、そうですよ! せやから、今くらいは身体に気遣ってあげてるといいんちゃいますか? さぁ朝ごはんもできてますから」
そう言われて秋文は朝の挨拶をする。
「おはようございます!」
「はい、おはようございますぅ!」
シアは袴に割烹着を着ている。普段着で和服を着る人をあまり見た事がない秋文はシアの綺麗さも相まってなんだか知りもしない大正ロマンを感じていた。
朝食は塩じゃけに味噌汁に生卵に五穀米のご飯。フォカッチャにバターにハムエッグと珈琲。
「どっちがいいか分かりませんでしたから、ブレックファーストと二つ用意しました。どっちがええやろか?」
秋文はここは日本食かなと思って「ご飯を頂きます」と言うと手を合わせる。シアも手を合わせていただきます。
「おいしい!」
味噌汁の味で驚く秋文。シアの料理の腕前は相当な物のようだった。たまに古書店『ふしぎのくに』でお昼をごちそうになる時があるが、おいしくとも家庭の味。完全にシアの作る食事は割烹のそれだった。
「ほんま出来た子ですね秋文君は」
「こんなに美味しいお味噌汁食べた事ないです」
「ふふん! 男の子はお腹から落とすというのは昔からなんですえ? そやそや朝食後はシア姐さんと少しお勉強しましょか?」
お勉強というのは当然、算数や国語等のアレである。学校を休んでいる秋文が遅れを取らないようにシアは提案し、秋文も元気よく「はい」と答えた
近所の紀伊国屋でシアは秋文の年齢にあった算数と国語のドリルを購入していた。それを出して二時間程机に向かう。
「波多野はえらく色んな科目を勉強してはるでしょ?」
「はい、僕も高校生になったらこんな感じで勉強するのかな」
「そうですね。波多野は勉強の仕方をよう知ってますから、こんな感じで進めれるんやと思いますよ? やり方一つで勉強の効率も変わりますからね。この作品、地の文を読む作品って事もう秋文君やったら気づいてますよね?」
『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』
本作は近い時代なのにもかかわらず知らない世界を読み想像する物語、そこにノストラジックさは存在しえない。
人は知らない古さにノストラジックさを覚え、なんとなく理解できる古さにダサさを感じる。それがこの作品の時代背景なのだ。決して経験したわけではないのにも関わらずなんとなく敬遠しがちな古さ。
どうだろう? 平成が終わりかけている時代。次は平成、この時代がこう思われるのかもしれない。だが、本作品から感じるこの時代は何処か息苦しさがなく、前に倣えでは無かったようなそんな雰囲気を感じないだろうか?
「内容が難しかったり、ちょっと分からない言葉や……その変な言葉もありますけど、勉強になります」
なんせこの作品は秋文達が一番近くで感じる作品に近い。国語の教科書に選ばれるような、一体何処の誰が書き、どの本に掲載されているのだという現代文。
いや、下手すれば国語の教科書に載っている作品よりもそれらしいのかもしれない。そしてシアは秋文がこの作品の楽しみ方をよくわかっているところでこう言った。
「秋文君、この作品な? ある要素を二つもっと強めたら、あるジャンルに変わるんですえ? でもその作品に昇華しようとすると小説家になろうの規約やと……バン!」
指を鉄砲みたいにしてシアは秋文を狙撃する。それに秋文はなんだろと思ってシアを見つめる。
「ここは秋文君、やーらーれーたーって倒れな!」
クスクスと笑うシア。この『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』は性描写ともうしばしの心情描写を加えたら近大作家の書く純文学調に変わるだろう。
恐らく本作の作者・桃山ボブ彦氏はその程度造作もなく書いて見せる腕を持っているが、小説家になろうの規約・規定内で本人の腕を振るった結果、現代文ヒューマンドラマに落ち着かせているのかもしれない。
「今から言う事はシア姐さんの独り言やと思って聞いてくださいね? 人ってね。捨てる生き物なんです。これをしたい、あれをしたい。こうなりたり、こうしたい。そういうのを子供の頃から不自由なく出来る人は一握りなんや。だから人はどうしても諦めたり、切り捨てて生きてるんです。何でも願いが叶うお話、それも勇気や希望をもらえて苦しい時はええかもしれへんね。でもね? この作品は後悔と期待と、そして現実と……それでも人は前に進むっていう気持ちを教えてもらえるんです。ええでっしゃろ?」
シアは優しく秋文に話す。しかしその表情は後悔と、そして秋文にはまだ分からない感情が入り混じった切ないものだった。
百の、千の言葉を持ってしても秋文がシアにかけあげれる一番いい言葉は分からないけれど、秋文は言う。
「シアさんもそんな事があったんですか?」
シアは少し遠い目をした。
「せやね。むかーしむかし、そんな事があったかもしれへんね。よう勉強したし、お昼前やけどちょっとお茶にしましょか?」
そう言ってシアはバツが悪くなったように席を立つ。秋文はあえて何も言わない。大人が何かを隠したい時、それを詮索するのは子供であってもそんな権利はない。だから自分は子供として気づかなかったフリに徹する事にした。
すぐにシアは戻って来る。
「なんやカルディで買うたお菓子やけど、味は悪くないと思いますえ」
シアは珈琲とオレンジジュースを用意。お菓子はローストした珈琲豆をチョコレートでコーティングしてある最近流行りのお菓子。それにスコーンとチョコレートケーキ。いずれも全国どこのカルディでも購入する事のできるポピュラーなお菓子。
「ほな休憩しましょか?」
シアはセシャトより幼く見えるが、話せば話す程、セシャトよりお姉さんというイメージが強くなる。どうしてアヌとバストはこのシアをあんなにも恐れているのか秋文には全然分からない。
「なぁ、秋文君。大親友が自分と同じ女の子好きやったらって話前にしましたやろ? あれ、ここ読んでからやとどう思う?」
作中屈指のストーリーラインである。『第十八回~昭和四十三年五月十二日「すてきなバレリ」(後)』ここは上手く行った夏目漱石の『こころ』である。主人公こと波多野とその親友石堂がおケイこと大貫恵子の事をお互い好きである事を認識し合う。そして清々しいくらいにどちらが射止めても恨みっこ無しであると、彼らは同じ女の子が好きでありながら、尚友情を深めるシーンは脱帽の読了感を与えてくれるだろう。
「僕は……僕はこの二人みたいにはなれないかもしれません。凄く嫌な気持ちになって、僕が嫌な人になるかもしれません」
ほんまにえぇ子やなとシアは思う。それこそが『こころ』なのかもしれない。恋は盲目になり、卑しくなるのもまた人間。そしてそんな自分を感じて不快感を感じている秋文は天然記念物みたいなピュアな子供だろうか。
「ええんちゃうかな? 人間の一生は一回きり、それもそんなに長くはないです。だから意中の女の子を射止める為に、少しくらい道を逸れてもウチは構わへんと思ってますえ」
シアは珈琲を啜りながらそう話すと秋文はスコーンを咀嚼して口の中に物がなくなってから答えた。
「でも僕は石堂さんみたいに、フェアでいたいです」
石堂、逆立ちしても僕こと波多野は彼の領域には立てないだろう。激しくカッコいいのだ。彼は今の時代でもその輝きを失わないヒーロー性を持っている。
「この前オススメした『坂道のアポロン』の仙太郎によぅ似てますやろ? せやけど仙太郎はこんなに素直じゃないんですけどね」
「うん似てます。でも僕は石堂さんの方が好きかな」
二人の共通点は友達想いの兄貴肌という事だろうか? 主役以上に主役気質であり恐らく万人に受け入れられるキャラクター。
まだ秋文は石堂の過ちを知らない。彼に対して信仰性のような物すら生まれていた。
「秋文君、お昼食べたらシア姐さんとデートしましょか?」
デートと聞いて少し秋文は赤くなるけど、このシアが自分をからかっている事くらいこの数日ですぐに分かった。
「もしかして、聖地巡礼ですか?」
パチンと指を鳴らすシア。それは正解という意味なんだろう。お初天神付近はこのシア達の古書店『おべりすく』からは非常に近い。
「難しい言葉よう知ってますねぇ!少し社会科の勉強もできますえ! 戦闘機の銃弾跡がこのお初天神さんの鳥居石柱に残ってますん。波多野と石堂二人の足取りを追いながら散歩しましょうか」
そう、次に散歩をしながら読み進めていく部分は恐らく秋文に少しばかりのストレスとトラウマを与えかねない。小学生の、まだ幼い子供である秋文にそれを読ませていいのかとセシャトなら躊躇するかもしれない。
だがシアは違う。この秋文を本当に読書が好きな一人の人間として認めていた。だから物語を読む事で感じる読み疲れもストレスも責任ですらも感じる権利を持つ読者だと確信していた。
全くお店に客がこないのでお昼の準備をしようとした時、お店に一人の来訪者。それが誰かという前にその人物は母屋へやってきた。
「秋文くーん、元気しとったかー!」
細い目を頑張って見開きながら余所行きの笑顔を頑張って作る三枚目アヌ。秋文の姿を見つめると抱きつきかねない勢いだったが、袴姿のシアを見て細い目をより細くする。
「あっ、店長お疲れ様ですぅ!」
「なんやのアヌ、アンタ今日もっと遅い時間からちゃうの?」
当然秋文がいるから早く来たのだが、シアによる当然の反応。
「丁度良かったわ。店番しぃ。今から秋文君と外で何か食べてデートして帰ってきます。まぁ月化粧でも買うて帰ってきてあげるさかい頑張りや」
秋文とデートをしたかったのはアヌだが、シアに睨みつけられ「はい、シア姐さんいってらっしゃいませ」と四十五度のお辞儀を見せた。
『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』
本作を読むとどっと読み疲れが起きます。そして同時に感じる読了感。まさに一般文芸のそれですね!
こんな作品を秋文さんに読ませるという事が私にはナンセンスですが、シアさんは私とは違う眼をお持ちですので、深いお考えがあるんでしょうね! ついに、秋文さんの心が裏切られます。あの事実をどう受け止められるのでしょうか^^
『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』を読み返し、まだの方はどうぞお読みいただきお楽しみ頂ければ嬉しいですよぅ!




