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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第十一章 『恋のほのお』著・ 桃山城ボブ彦
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三兄弟大阪を行く! 勉強になる作品

今年は暖冬らしいですが、皆さんはいかがお過ごしですか? 私達古書店『ふしぎのくに』はいくつかアップデート用の業務がわんさか待ってます。

賞品を用意する為に、あるコンペに参加も決定したそうですよぅ!

「秋文君、ホットケーキ食べにいかへんか?」



 アヌは子犬みたいに嬉しそうにそう言う。尻尾のかわりに後ろで括ってる髪の毛がブルンブルンと揺れる。

 これは断ったらダメなやつだなと秋文は思うと頭を縦に振った。



「食べたいです!」

「そかそか! じゃあいこか?」



 アヌはライダースを取るとそれに袖を通す。細い目をさらに細くして真顔で店番をしているバストに言う。



「おい、ばっすん! 飯や飯。店に休憩看板出していくで」

「ご飯すか?」

「おうよ! ホットケーキや! 東京の秋文君が腰抜かすような美味い店ばっすん紹介したってや!」



 パンケーキという言葉を聞いてバストは眠そうな顔から少し表情が緩む。彼は朝昼晩甘い物を食べる甘党。東のセシャトさん程ではないが相当な甘味狂いであった。

 とは言うものの、大阪観光地と東京観光地で展開している有名パンケーキ店はあまり変わらない。



「幸せのパンケーキ……は東京にもあるっすからね……ロカンダでも行きますか?」

「なんでもええって秋文君がうまーーい! って叫ぶやつ頼むでぇ」

「あはは、僕そんな事言いませんよ」



 アヌのテンションに呆れる秋文だったが、一生懸命もてなそうとしてくれているので邪見にもできない。三人は店を出るとアヌは秋文と手を繋ぐ。



「ばっすんも空いてる手握ってや! 大阪で迷子になったらもう二度と帰ってこれへんからな!」



 と笑うところなのだが、聞く人によれば笑えない冗談をかますアヌ。バストは秋文の空いている手を握り、年の離れた仲良し男三兄弟のように連なって歩く。



「この話でコーラ50円とか90円とか言ってるやろ? この頃消費税なかったからこれが売り値やってんで!」



 消費税が3%になるのはこの作品から数年後である。作品の時代背景から値段が安い。それは秋文も驚いた。



「50円でコーラが買えるなんてすごいですよね!」

「ところがぎっちょん! こちらをご覧ください」



 アヌが指さした自動販売機、大阪名物異常に安い自動販売機だった。下手すれば10円とか30円とかがあり、一番ポピュラーなのが50円から自販。



「ほいぽちっとな! 50円のコーラやで」



 そう言って秋文にそれを渡す。今はコーラを飲みたいわけでもないので秋文はコーラを鞄の中にしまった。



「この作品でな。ジュースとホットケーキの組み合わせ。これ当時は普通やってんで! 珈琲はなんか年寄りくさい飲み物みたいなイメージあってん。今はこ洒落たお茶やけどな。あとビートルズ禁止とかほんまに昔は学校であったみたいやで! 今でいうスマホ学校にもってきさらすなボケぇ! みたいな感じやな」



 アヌが一人で語るので秋文の頭を通り越してバストは言う。



「アヌさん、秋文さんが怯えるのでやめてくださいっす」



 ネタで言ったアヌの怒号。秋文は少し怖がっていた。それにアヌはごめんごめん。ほんまごめんなぁと何度も秋文に謝罪。



「アヌさんって凄いよくしゃべりますよね! さすがは大阪の人です」



 それに一瞬真顔になるアヌ。あらまとバストは思ってしまう。アヌの出身地は京都にして伏見。



「秋文くーん。大阪なんていやらしいところの地域とワシを一緒にしたらあかんでぇ!」



 異常なまでに大阪と京都はお互いの覇権争いに余念がない。さらに言えば、イメージの京都と違い本来の京都はガラが悪い。

 よくある大阪のイメージは大阪ミナミの地域と大半がこの京都である。

 そしてバストの出身は珈琲発祥の地であり、パンと洋食の街。兵庫県は神戸市、関西において一番我関せずを貫く地域でもあった。



「まぁ、シア店長やアヌさんみたいな人達が関西のイメージを悪くするんすけどね」



 とぼそっと言った。

 三人は有名な待ち合わせ場所であるヘップファイブ前を通過する。



「ここのでっかい観覧車あとで乗ろかぁ! おもろいでぇ」



 真っ赤な巨大観覧車。カップルで乗ると別れるなんて言われている曰く付きの観覧車である事をあまり知られていない。

 ただ歩くだけだと秋文に悪いのでバストは話す。



「ローリングストーンズとかビートルズって秋文さんは知ってるっすか?」



 作品で取り扱われる超有名なバンド、そして秋文は当たり前の返しをした。



「ビートルズは分かります。あの横断歩道を渡ってるやつですよね!」

「アビ・ロードっすね!」



 ちょうど大きな横断歩道に差し掛かったため、三人はならんでビートルズ張りの歩行を決めた。渡り切ると高校生くらいの男の子達が演奏をしている。友達かグルーピーの女の子がそれを眺める中、バストが通り過ぎた瞬間、その視線を全て持っていかれた。



「なんなんあの人、めっちゃかっこいいやん! 誰か話かけーや。遊んでくれるかもしれへんで」



 この反応に面白くないのはアヌ。



「ばっすん、ホットケーキ奢りな」

「え?」



 バストはこの昭和の追恋想を果たして秋文が楽しんでいるのか疑問で仕方がなかった。この物語を嗚呼懐かしいと思って読む世代は現在キャリアと言われるような、秋文の両親よりとも年上の人々だろう。そんなバストの考えを払拭させたのはアヌ。



「秋文君、レットイットビーって知ってるか? ビートルズの名曲やねんけどな」

「知りません」

「そかそか、英語の勉強とかする時にヒアリングで聞くかもな。これ映画にもなってねん。この曲がいかにして作られたかってな、今度リメイクされるから見に行くとええで」



 メモを取る秋文。

 どんな新しい物でもやがて古く淘汰され、失われていく。されど、誰かに話され、思い出され歌われれば永遠となる。

 秋文からすれば、既に歴史と呼べる時代の話なのかもしれない。秋文が中学生になり、高校生になり大人になっていく頃、セシャトとの出会いも自分達との出会いもやがては過去の事になるのだろう。


 アヌは忘れて欲しくないのだろう。

 こんな時代があった。そしてこんな愛の形があったという物語を……淘汰されてはならない物語。バスト達のボス、西日本の鬼姫たるシアが選んだ作品だ。

 間違い等あるハズがない。



「……秋文さん。ビートルズの曲じゃねーんすけど、ベン・E・キングって人が歌っているスタンドバイミー。これもビートルズのメンバーだったジョン・レノン さんが歌ってるのでオススメっすよ! あと映画もあるっす」



 昭和の終盤、あらゆる名作が存在する。その全てを紹介はできないが、星屑の一つでも秋文に共有してあげたかった。彼は熱心にアヌとバスト、おおよそ子供の面倒が下手くそな二人の話を真剣に聞いてくれる。

 そうこう話していると阪急のビルへと到着。バストがオススメする『ロカンダ』へと到着。ウェイトレスの女性にアヌはデレデレしながら指を三本立てて「三人やで」と言い席に案内される。

 お洒落な外国のオフィスのような店内、バストがオススメする苺がたっぷり乗ったパンケーキを三つ注文。



「ここはオーダーが入ってから作り出すからちょっと遅いんすけど、味は保証するっすよ」



 パンケーキがくるあいだムレスナの紅茶で乾杯。



「秋文君、この作品で泳ぎに行くって描写があるやん! 昔はな學校にプールがあらへんかったからその辺の海行って1キロとかの遠泳しとってんで、書いてる通り海が油で汚れてもて今は浸かれへんけどな。しっかし昔の人は凄いな。女の子に泳ぎに行きませんか? ワシなら七秒で連絡不通にされる自信あるわ」



 今と違い男性も女性ももう少し奥手ではなかったのもこの昭和終盤かもしれない。それは娯楽の少なさもあったのかもしれないが、代わりに後にする後悔は少なかったのかもしれない。



「しっかし、この作者。古さの演出が異常にうまいのぉー、他の作品で見たらアホちゃうかと思う会話文がこの作品で読むと、不自然さを感じんの」



 言葉の粗暴さに対して紅茶を上品に飲むアヌ、秋文はそのギャップが何だか面白かった。セシャト達もそうだが、彼らは作法に関しては完璧と言える。



「石堂さんってテンション高くてアヌさんみたいですね」

「十六歳いぇー! って? こら! 秋文君。ワシは古いロックやブルースで踊ったりせーへんど!」



 軽くぺしぺしと秋文の頭を叩き、秋文も「わー」と嬉しそうに笑う。バストの中で小さく、ゆっくりと目覚めたもの『嫉妬』このアヌに秋文が段々懐いている事。



「秋文さん、もし時間があったら日本橋の方を案内するっすよ! あそこはジャズ喫茶がまだあるハズなんで、作品の雰囲気を感じれるかもっす!」



 そのバストの言葉に秋文は目を輝かせる。



「ホントですかぁー! お父さんとお母さんに聞いて時間取ってみます」



 やった! というバストの満足した表情を見てアヌはカップを持つ手がプルプルと震える。顔は笑顔なものバストを見る目は笑っていない。



(こんのぉ、バストのどアホうが何さらしてくれとんじゃボケぇ! 秋文君のええぇ兄ちゃんはワシ一人で十分なんじゃ調子のりくさるなカスが……あっ、せや!)


 手をポンと叩くとアヌは言う。



「この時代の人らってやたら色々踊れんねん。今の子らみたいにブレイクダンスとかちゃうねんけどな! ツイストやら、タップやらとにかく恥ずかしさを知らんねん」



 へぇと反応している時に、バストの最終兵器ともいえる。『ロカンダ』のパンケーキが運ばれてきた。恐らくセシャトが見れば、はっひゃー!と反応するだろうそれに秋文も嬉しそうな顔をする。



「御兄弟ですか? 弟さん可愛がってるんですね」



 若い女の子の店員はそう話しかける。

 秋文はぎょっと! するが店員がばりばり話しかけてくるのは大阪のお店ではよくある光景でもある。それに対してアヌは「そうですねん! ウチの秋文君かわいいでっしゃろ!」と言うので女の子の店員と話が続く。秋文は可愛らしい顔をしている。黒い髪の毛もサラサラ艶々、同い年の女の子にあと数年もすればモテるだろうなとバストは思って見ていた。

 そして、もふもふと三人でパンケーキをしばし味わって「ほぅ!」と同時に至福の声を上げる。



「この作品の時代にベトナム戦争してたんすね。これから日本が例外的にベトナムからの難民受け入れしたんすよね」



 そう、どれだけ世界から難民受け入れ指示があっても断固として断っていた日本というお堅い国がこの時ばかりは難民受け入れを認めた国際的な出来事でもある。



「まぁ、当時はしゃーなかったんかもしれんけどな。今は色々ありよるの」



 そしてこの言葉を聞いた秋文は聞く。作品内で石堂は自分だけが平和ならそれでいいのかと、まさかの倫理的な話が展開される。



「アヌさんは、ここをどう思いますか? 僕には分かりません」



 下手な事を言えないこの展開、バストはどうしようかと思っていたが、アヌはばっさりと言い切った。



「そういう事を考えるのはえぇ事やで! でもな? ワシはこう思うねん。他の国のいざこざなんか知った事かってな! もちろん、この考えはアカン! っていう人もおるかもしれんけど、今この日本はご飯がまともに食べられんで餓死する人がおるねん。文字が書けなかったり、読めなかったりする人がおんねん。昭和の初期でも明治でもない。この平成が終わろうとしてる今やで! そやったら、他の外国にはごめんなさいして今は自分の国をしゃんとせなアカンのちゃうかなってワシは思うで」



 アヌは責任を全て自分で持った。子供は大人の言う言葉に影響される。そして知らなくてもいい事実を秋文に伝えた。東京のセシャトさんに激怒されるかもしれないし、シア姐さんに爪を剥がされるかもしれない。



「それでも僕は戦争をしている世界で苦しんでいる人たちに何かしてあげたい。それに日本で苦しんでいる人たちも」



 自分なりの答えを出した秋文の頭にアヌは手を乗せて笑う。



「そか! 秋文君は偉いの!」

「僕。『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』こんなWeb小説読んだ事ない……」



 本当の意味で綺麗な物や汚い物を考えられるWeb小説は多くない。

 ヒロイン、大貫の描き方一つとっても、人間らしさを前面に出し媚びない。されど彼女の魅力を伝える文章力。



「確かにすげー話っすよね! ただの昭和終盤の物語のハズなのに小説そのものとして懐かしく、それでいてWeb小説故に斬新で、読ませるだけの展開力ではなく単純な文章力があるんすからね」



 パンケーキに再びナイフを入れるバスト。アヌも無言でぱくぱくとパンケーキを食べる中、秋文が一番答えにくい質問をする。



「大貫さんにバレないように局所冷却が必要ってどういう事なんですか? ハタ坊さんは病気なのかな?」



 生理現象やで! といい顔でアヌが言ってくれないかとバストはちらりと見るが、「そら……アカンやろ。バン確やろ」と言って役に立たないのでバストはこう言う。



「さ! 秋文さんもパンケーキ食べて、食べて」

『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』

本作は、文章説明力に関してはダントツの作品の一つでしょうね^^

汚い物も見たくない物も包み隠さず表現する。Web小説では少し畑が違うかもしれません。

だからこそ、Web小説を書かれる方には読んで頂きたい作品です!

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