おぼこいお客さん
珈琲が実に美味しい時期になりましたね! そしてこの時期はアイスクリームが主役になる時期ともいえるでしょう! ふふふのふ^^ 炬燵に入りながらアイスクリームを食べる。
最高の贅沢を最高の珈琲と共に楽しみたいですね^^
古書店『おべりすく』はいつも閑古鳥が鳴いている。
異様にマニア向けの書籍しか置いていない事が大きな問題であるが、店主のシアがわざわざ仕入れてくる本は実に読む者を選ぶ。
そんな古書店『おべりすく』にて長身の男性は店の外を掃除し、中肉中背の男性は店の売り上げを計算して頭を抱える。
「ばっすん、もう上がってええで、やる事ないやろ? わざわざ東京からありがとうな!」
ばっすんと言われた長身の男性はレジでリラックスぱいぽを咥える男に頭を下げた。
「はぁ、じゃあお言葉に甘えて上がります」
長身の男性はエプロンを綺麗に畳むと鞄に入れる。彼はこの『おべりすく』のアルバイトだが、最近は東京で一人暮らしをして古書店『ふしぎのくに』のライターをしているバスト。
古書店『ふしぎのくに』を含めて三件程仕事の依頼が溜まっていた。そんな折、『おべりすく』の店長、シアが盲腸で入院した。忙しくなるからとわざわざバストを呼び出したのだが、彼がいなくとも店を回せてしまう。
店長代理として現在お店をまわしているのはアヌ。
「今日向こう帰るんか?」
「はぁ……まぁ」
曖昧な言葉を並べて店を出ようとしたバスト。そこに一人の男の子が入店してきた。育ちのよさそうな男の子。
「いらっしゃい! ここはボクが読むような本ないかもしれんな?」
優しくアヌがそう言うと男の子は目を輝かせてアヌに言う。
「ここって、古書店『ふしぎのくに』の系列のお店ですよね!」
アヌとバストは見つめ合う。そしてバストはぼーっとした表情、アヌは大げさに「マジでかぁ!」とおどけてみせる。
「君、セシャトさんのお店知ってるんかいな? 東京の子か? なんか言われてみたら品があんの!」
アヌのこういうところが、関西の品が悪く見聞きしてしまう印象である。アヌのこの態度に物怖じしない少年。
「僕は倉田秋文っていいます」
彼は倉田秋文、セシャトさんのお店において最初のお客さんである。セシャトさんのお客さんという事でアヌは笑って秋文の頭を撫でる。
「おい、ばっすん店番せいや! ちょっとワシはこの秋文君とお話するからの」
「はぁ……え?」
「えぇから立っとけ」
「はぁ」
ふんふんふんと鼻歌を歌いながらアヌはピンク色の箱を取り出す。これは『赤福』というお伊勢さんのお土産である。大阪のお土産ではないが、新大阪で一番メジャーなお土産故、関西人は大阪のお土産と勘違いしている者が多い。
「こんなんしかないけど、食べて行ってや! 秋文君は何飲む? ジュースか? それとも珈琲か?」
秋文は物凄い素早さで母屋に連れていかれた。古書店『ふしぎのくに』と作りが逆になっていて、洋室の『ふしぎのくに』に対して『おべりすく』は全てが和ティスト。
母屋も畳に座布団。
「アヌさんが店長さんですか?」
「ちゃうちゃう、どえらい女が店長やっとるけど、今はおらへんねん。秋文君は運がえぇで! で何しにきはったん?」
アヌのテンションにやや引いてしまっていたが、秋文は是非ともここに来てみたかった話をした。セシャトに言われていた『西のWeb小説』紹介は面白いですよぅ! という話。それを言うとアヌは頭を抱える。
「あんな。向こうの人のな、関西の人間は面白いでぇ! というハードル上げ、あれ兵器やからな。セシャトさんみたいにワシら上手に教えられへんけど、せっかく来てくれたらなんか、話しましょか」
スマホを取り出すとアヌはどこぞへと電話をかける。
「あっ、シア姐さん! 加減はどないでっか? ほんまか、でな? セシャトさんところの上客さんが来てるんやけど、おススメのWeb小説ってある?」
友達に電話をするようにアヌは電話を切ると17インチの大型ノートパソコンを持ってきた。
「どうせから、関西に関わる話聞いて行ってもらおか! 『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』ぱんぱかぱーん! えっ? ほんにこれで行くんかいな! こんなん絶対成人向けやろ」
一人で言ってアヌはツッコむ。もうそれだけで秋文はクスクスと笑っていた。
「これな! なろうではかなり珍しい作品やねん。昭和四十五年、とにかく日本がいい意味で狂ってた時代が舞台や……魔法とかチートとか出てきーへんけど大丈夫かな?」
本作、『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』は先に言っておくが、何故小説家になろうで掲載されてるのか疑問に思う作品である。
面白くないのか?
否。先に名作であると述べよう。
しかし、小説家になろうの読者には高確率で色が合わないともいえる。その硬派な作風や、近代文学を感じさせる。
さらに言えばいかに小説好きとはいえ、小学生の秋文には難しいかもしれない。何故シアはこの作品を選んだのかアヌには分からなかった。
そして秋文の返答。
「僕、読んでみたいです」
静かに序章を読む秋文。内容としては高校生の教科書に載っていてもおかしくないそれを読んで秋文は一旦「ほぅ」とため息をつく。
アヌが入れた濃いめのカルピスを無意識にごくりと飲んで続きを読む。そして一度読むの止めた。
「これって本当の地名が出てきてるのかな?」
地域の説明が全くない、一応補足すると兵庫県西宮市が舞台となる。それは何処か?
という事になるだろう。あの甲子園球場がある地域というべきか、『涼宮ハルヒの憂鬱』の舞台といえば分かり易いかもしれない。
「僕、甲子園球場って大阪にあるんだと思ってた」
秋文の言葉にアヌは笑う。
「さよか、この作品に出てくる阪神タイガースも実は西宮の球団やねんで! 優勝するとパレード大阪でしよるから実はあんま知られてへんねんけどな。この作品に問題があるとしたら、地域の説明がほんまに近所の奴しか分からん事やな」
作風は昭和を知らない人でも昭和の空気を感じる出来になっているだろう。ただし、時折でてくる地名から全く場所の想像がつかない。
香櫨園は阪神沿線、甲東園は阪急沿線であり、実は全く場所が違う。本作を読み手が最初に引っ掛かる点であり、これは説明できる人間が横付けしていないと確かに分からない。
「なる程、シア姐さんがこれを言いたかったんか……なーるほどな。秋文君、ギターとか出てくるやろ? この70年代があったから日本の音楽は今のレベルにまで水準が上がっとんねんで! 今と違ってカラオケもメジャーやなかったから歌もクソ下手でな! おもろかった時代やねん」
という語りをするアヌはその時代を知らない。あらゆる作品から70年代の情報を持っているだけである。「そや!」とアヌは言うと、奥で店番をしているバストを呼ぶ。
「おい、ばっすん! ちょーこいや!」
しばらくしてバストがやってくると、アヌは古いギターをバストに手渡す。
「え? なんすか?」
「なんかそれで弾いたって、ばっすん何か弾けるやろ? 知らんけど」
「はぁ……禁じられた遊びとかなら」
バストはエレアコのギターを電気を使わずに弾いてみせた。そんなバストにアヌは「はいストップ!」
と叫び「秋文君、これがG#や! んでギター買った奴が絶望するバレーコード、ばっすん!」
所謂Fコードを抑える。長く細いバストの指は綺麗にコードを抑えているが、アヌはやや指が短くカポという道具を使わないとうまくはできなかった。
「ばっすんさん?」
「バストっす……こんちわっす」
「バストさん、カッコいいです」
バストはぼけーっとしているが見てくれはいい。アヌが開く合コンでもいつも女子の視線を集める。
「あー、もうええよばっすん店番もどってんか」
「ういっす……あぁ、恋のほのおっすか? ファミリーランド懐かしいっすね」
宝塚に昔存在していた遊園地の名前を言うとバストは頭を掻きながら店に出る。この小説を読んでいて恐らく読者が知っている可能性が高い地名は『阪神競馬場』くらいだろう。
これは所謂、ご当地物の作品ともいえる。文字の情報量に対して、場面が中々想像できないかもしれない。
古書店『おべりすく』は本作で登場する地域としては『梅田』大阪の中心地となる。そして、この舞台へは電車で十五分程の為、秋文さえよければ聖地巡礼させてやれるなとアヌは思っていた。
「阪急ってタイガース?」
「あー、ちゃうねん! 昔な、阪急ブレイブスって球団があったんや。昔は阪神の甲子園と阪急の球場で西宮は二つ球場もっとってん。秋文君は野球の好きな球団あるか?」
秋文は野球は全く興味がないので首を横に振る。「そかそか」と優しくアヌは笑って見せた。
「競馬ってさ、面白いの? 賭け事ですよね?」
一応国が認めているギャンブルとも言える競馬。タバコに酒にギャンブルにと……本当に小学生に読ませて大丈夫かとアヌは思ったが、シアの言葉を思い出す。
『なろうで掲載されてる作品は、基本的には問題ありませんえ』
逆に言えば、こういう描写を知らずして大人になっていくというのも寂しいものかとアヌは考え直した。これは、回顧録のなのだ。少し前に某アニメ映画で喫煙が問題になったが、今の規制は異常とも思える。臭い物に蓋をする作品に名作等生まれるはずもない。
「しっかし、作者さん。もうちょい地名の説明せなあかんで……あとさすがやな。全く関西弁が不自然ちゃうわ。秋文君、ワシ等の使う言葉より、若干この作品の関西弁の方が神戸よりやねん。でもワシのイントネーションで大体おかしないやろ?」
さすがに地方ネタの作品なだけあり、古書店『おべりすく』としてもなんら問題がないと言える。
本作は音楽の描写も中々に古めかしさを与えてくれる。
補足をするとニューポート・フォーク・フェス等、今でいう野外フェス等で一気に海外音楽の熱量は日本人のソウルに届いた。
「アヌさん、ドーナツ盤って何かな?」
(きたでぇー!)
アヌはニコニコと笑って、秋文に説明する。DJがよくまわしているあれであると、すぐに納得した秋文にアヌはリラックスパイポを咥えると渋い顔で言った。
「秋文君、聞いてみるか? ドーナッツ盤」
「えっ! 聞きたい!」
準備をするとアヌは針を置いて音楽をかけた。そして秋文はアヌに尊敬のまなざしを向けて聞く。
「何の曲なんですか?」
「宇多田ヒカル」
「えっ!」
最近、今の現役アーティストのドーナッツ盤が販売されているケースがある。宇多田ヒカルははっきり言って天才だろう。だが、秋文が聞きたかったのは何だかこれじゃない感じで天才の歌を耳にした。
大阪、古書店『おべりすく』にやってきた秋文さん、そこには古書店『ふしぎのくに』よりも少し年上のお兄さん達が、秋文さんはお二人とどんな風に『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』を読まれるのでしょうか?
本作は、実にWeb小説らしくないです。近代小説と言ってもいいかもしれません。さらに言えば、これは……これ以上は止めておきましょうか^^
実は、私も古書店『おべりすく』の方々に説明されながら読んではじめて全ての理解ができました。
今月はWeb小説ではなく、無料公開されている最高レベルの小説を読みませんか?
ポイントの低く、閲覧が少なく尖った作品、どれも面白く総じてレベルが非常に高かったです。
そんな中で『恋のほのお 著・桃山城ボブ彦』は一度読んで頂きたい作品となりますよぅ!




