探偵という者と天才論
考えます。洋菓子や和菓子など、人が叡智を持って生み出したお菓子を食べるべきか……この時期だからこそ焼くだけで至高のお菓子になりうるサツマイモを食べようか、ええい! 考えるのは野暮ですねぇ!
どうせなら、全部食べましょう!
セシャトは帰ってきたかなめを見てすこぶる嬉しそうな顔をする。それは弟や妹に母を取られて拗ねていた子供のように……
「はて、神様は何処へ行かれたんでしょうか?」
「さぁ、老人会に行くとか言ってたわね」
「またお菓子をたかりに行ってますねぇ……もう神様……では母屋の方へ」
そう言ったセシャトに背を向けてかなめは小さな店内を見渡す。
「御手洗潔って探偵を知ってるかしら?」
セシャトは前に実写ドラマ化もされていたなと頷く。セシャトが知っている事でかなめは話を続けた。本作、『探偵と助手の日常 著・藤島紫』の作者も影響を受けているという島田荘司の画く名探偵。確かに、清明と彼、御手洗潔は少し似ているところがあるかもしれない。
「探偵と言っているけど、本人にそのつもりはないの……何故なら彼は犯人を見つけてはいけない事件もあるとそう言うのよ」
セシャトもその一節は知っていた。推理小説の探偵がそれを言ってしまう者は恐らくいない。本紹介作品の清明でさえ必ず真実を導く。
だが、時としてあらゆる事件を解決する探偵は人でなしに近い犯人捜しをしてしまう事があるだろう。そういう事なのだ。シャーロックホームズをただの麻薬中毒者と言ってのける御手洗潔は文章作品における天才の描写表現と言えるだろう。
「でも清明さんは、違いますよね。彼は探偵という事ですか?」
「そう! そうなのよ。セシャトちゃんは本屋さんだから、読んでほしい本を進めるわよね!」
「はい、そうですね」
一体何が言いたいのか、かなめは動物園で殺人事件があったという場面を読みながらセシャトに現実の話を混ぜてみた。
「探偵って人に恨まれやすい仕事なのよ。実際は、人を調べて証拠を嗅ぎまわるの。ハゲタカが狙った獲物が死ぬのを待つようにじっくりとね。ずーっと昔は清明さんやホームズ、御手洗潔さんみたいな探偵がいたらしいわよ! 警察が今程捜査をする力がなかったから、科学的にまた論理的に事件に関われる人はいたみたい。でもね? いつの時代も探偵という職業は人の不安を取り除き、そして恨まれる仕事なの……だから清明さんは態度と発言でまず依頼者の不安を解いてあげるのね。もうこの時点で半分は完了よ」
何が言いたい? セシャトはかなめの考えている思考が読めない。清明は端正なルックスとモデル並みの身長、スタイル。それでいて紳士な態度、極めつけは作法も身に付けている。
「自分の武器をよく知っているキャラクターね! セシャトちゃんのあざとさといい勝負かもしれないわね! ふふ」
成程、そういう事か……自分の良さ、長所、もっている才能それらを有用性と限界を清明は知っている。
「所謂天才理論ですね! 天才は何でもできる人ではなく、自分の限界を知っている人……って私があざといって心外ですっ!」
腰を手に人差し指を天井に向けて中腰でプンプンと怒るセシャトのその姿のあざとい事。かなめはシンプルにやってのけるセシャトを見てクスクスと笑う。
「あら、キリンの出産だなんて珍しいわね。チョイスが面白いわ……でも本当に面白いのは事件の証言をする三枝君のお友達ね」
推理小説における王道のシーンである。実に韻を踏んでいるというべきか? このシーンは推理小説において一番大事なシーンである。
証言を聞いて、まとめて推理して、おかしなところを探偵は見つけていくのだ。
「といいますと?」
「私が警察なら、こんなに状況を把握している人がいたら、まず容疑者ね。だいたい警察とかは、貴方は何処で何をしていましたか? とちゃんとアリバイを聞くの……たまにその証言をしている人が犯人だったり、また無関係だったりするのよね」
だいたいかなめの言う通りだろう。それが推理小説のよくある一パターンなのだ。むしろそれらギミックがなければ物語は進まない。
「私なら前の日の夕食のメニューだって忘れているのに、凄いものね。この類の登場人物っていつ頃から出て来たのかしら? これだけ記憶力があれば……これは野暮ね」
不自然さに気づくだろう。そして犯人の割り出しもある程度できる思考回路が備わっていそうだとかなめは言おうとしてやめた。何やらセシャトが聞きたそうな顔をしている。
「どうかしたのかしら?」
「清明さんが、自身をかっこよく見せる角度、これにお友達のニシさんはツッコミますよね? ここが私にはよくわからなくて……はははっ、学校と呼べるものに行った事がありませんので」
早ければ中学生、遅くとも高校くらいで男子はだいたい一度色気づく、女子よりもお洒落という物への抵抗があるらしく、幼女からおマセちゃんと言う感じで身だしなみに気を付けるのは女子の方が圧倒的に早い。ディズニーのプリンセスシリーズが人気なのもその要因かもしれない。そして男子が色気づくとだいたいナルシストよりになる。日がな一日お手洗いで髪を触り、美容院でオススメされたワックスを塗りたくる。
「そうねぇ……ニシさんの言葉を借りるとただただヤバいわね!こればかりはセシャトちゃんに説明が難しいわね。ぜんざいをカレーに入れて食べるくらいやばいわ」
セシャトはそれはそれで美味しそうだなとか思ってしまっているので、学園におけるナルシスト男子のヤバさは恐らくセシャトには永遠に分からないだろう。
清明はカッコいい男子として支持があったかもしれないが、何故か女子は同級生男子を蔑む傾向があるので案外引かれていたかもしれない。
「セシャトちゃん、ここ名言ね! 実に面白いわ」
「どれどれ、あぁそうですね」
美を語るのに常に言葉は足りない。これ上手く言ったものである。やたらと難しく詩的な文章で美を表現する作品があるが、そういう事なのだ。例えようがない故に美。
しかしかなめはタダでは起き上がらない。
「一言で女の子に美を表現する言葉があるのよ」
セシャトはそんな反語みたいな回答とはこれ如何に? と思っているとセシャトの頭をかなめは撫でた。
「セシャトちゃんは、可愛いわねぇ」
可愛いは正義。女性はどの年代でも美を表現するにてっとり早い言葉。
可愛い。無敵の単語でもある。
そして面白いシーンをかなめは見つける。それは清明がこじらしてた頃のオーダー方法。指を鳴らして店員を呼ぶ。
「セシャトちゃん、これどう思うかしら?」
「非常に、カッコよくはないですか? 私も一度してみたいものですねぇ」
かなめは苦笑する。この子はこう言ってしまうのだろうと予想していた通りだった。現実世界の痛さを知らない。
殺害された男性の為に手作りの料理を持って行く女性陣。これに関してもセシャトは全く考えが及ばないんだろうかとかなめは問うた。
「セシャトちゃんは男の子の為に料理をする事なんてあるのかしら? ふふっ、少し失礼だったかもしれないわね」
セシャトはトトからお菓子作りと料理をある程度教わっている。そしてセシャトが料理を作った事がある男性。二人程いたかなと思い出す。
「そうですねぇ! 恥ずかしながら運動会のお弁当を作った事がありますねぇ」
「お菓子は……さっき頂いたパイとかかしら? バレンタインとかは何かあげないの?」
セシャトは少し考えてから答える。
「実はですね。お菓子はプレゼントで差し上げるには少々難しい食べ物なんですよ」
「あらなんで?」
「皆さん、お店のお菓子で舌が肥えていらっしゃいますよね? ですので火力が足りない家庭用のオーブンや、パティシエではない私の技量で作った物ですと、ご迷惑をかける可能性があります。ですの、もし手作りのお菓子をプレゼントする場合は……生チョコですねぇ!」
そう言ってセシャトは母屋に入ると冷蔵庫で冷やしてある生チョコを持って戻ってきた。
「これは材料を溶かして混ぜるだけですので、良い物を使えば実に美味しいですよぅ! ですのでバレンタインはこちらを差し上げるようにしてますねぇ。ふふっ、でもいいですねぇ! 三枝さんは清明さんといると毎日が楽しいでしょうね。そういえば作品もオヤツタイムに入ったようですねぇ。カプチーノでもいかがですか?」
食事を取る暇がない時に飲むカプチーノ、時と場合によっては失礼にあたる珈琲である。もし、食後に何か珈琲が飲みたくなったらエスプレッソを頼む事をオススメしたい。
「コナコーヒーとか飲めるかしら? もう随分飲んでいないから」
地域によってはコナコーヒーは上澄みを飲むという何とも不思議な物もある。簡単に感想を述べればインスタントとレギュラーコーヒーの間にあるような不思議な珈琲。
ブルマンやキリマンジャロと並ぶ三大コーヒーと言えば聞こえはいいが、口当たりがよく飲みやすい珈琲と考えてもらえばいいんじゃないだろうか?
かなめ、彼女がコナ・コーヒーを選んだ理由はラテが飲みたくなったのだろう。セシャトは湯とミルクを温めると激甘のアイランド・ラテを作って差し出した。
「あら、私が飲みたい珈琲がよく分かったわね」
アイランド・ラテはフレーバーをきかせ糖度が高い。珈琲が苦手という人にはオススメのラテではある。
このオヤツ時に珈琲一杯で済ませてしまおうというかなめの楽しみ方。目の前にある生チョコには目もくれずマグカップに口をつける。
「むぅ……ロイズの生チョコでも用意しておけばよかったでしょうか……」
北海道の生チョコ名店ロイズ。セシャトは冬のシーズンになると取り寄せて一人夜な夜な珈琲のお供にしているお菓子である。
これならかなめをもうならせる事ができるかもしれないなと思っていたら、かなめは清明の考えが大体まとまったあたりで疑似小説文庫を閉じた。
その時、セシャトは気づく。
「かなめさん! そういえばその疑似小説文庫は……」
神様がかなめに渡した物なんだろう。その話をしようとした時にかなめはセシャトをじっと見つめる。
「セシャトちゃん、私何歳に見えるかしら?」
まさかこれを聞かれるとはとセシャトは考える。十代か? 二十代か? はたまた三十代? さすがにないかと思ってセシャトは見た目より少し高めに答えてみた。
「二十一歳……とかでしょうか?」
セシャトの答えにくすっと笑う。
「私ね。来年の年号が変わるまで生きてたら5つの時代を生きて来た事になるの」
ひぃふぅみぃ……と数えてセシャトはあっと驚く。
「生まれは明治時代ですか?」
にっこりとかなめは笑った。明治の最後に生まれたとすれば百七歳くらいだろう。たしかに可能ではあるかもしれないが……あまりにも信じられない。
探偵は恨まれる職業、そして依頼者の悩みを取り除く職業。実際そうなのかもしれませんねぇ^^
それは現実でも物語の中でも、ですが探偵さんがいなければ止められない涙もあるのかもしれませんね!!
さてさて、天才論。興味深いですねぇ!! 手の届く範囲の事をしっかりできる人が天才らしいですね^^
『探偵と助手の日常 著・藤島紫』まだお読みなければ、そんな天才的な探偵が出るお話はいかがでしょうか?




