食欲の秋・読書の秋・摩訶不思議な秋
最近、金木犀の香りが街中でしませんか?
秋がやってきましたね! 秋は色んな事に挑戦するのに適した季節だと言います。
今回私は不思議な方がお店にご来店されました。この秋が何やらお菓子な……いえ、おかしな物語と共にやってきたようです!
黒いスーツを来た女性は地図を見渡して古書店『ふしぎのくに』の前で立ち止まる。何度もそれを見返した後にドンドンと戸を叩いた。
扉が開くと褐色に銀髪、深いエメラルドグリーンの瞳をした外国の女性が出迎えた。
「あら、異人さん」
「ふふふのふ、店主のセシャトです。いらっしゃいませ!」
明るい笑顔でセシャトが言うので、女性もお辞儀をする。
「始めまして、小岩井かなめと申します」
綺麗な人だなとセシャトはその女性を見る。一体何歳くらいなんだろうかと思う。あまりにも落ち着きはらった態度は成人しているようにも見えるし、童顔故か、成人していないようにも見える。
「可愛い異人のお嬢さん。どうかしたかしら?」
「いえ、失礼しました。何かお探し物でしょうか?」
女性はクスりと上品に笑うと鞄から鍵のついた箱を取り出した。そしてそれをセシャトに見せる。
「これを、開けて欲しいのだけれど、昔ここに私みたいな女の子が来たってお話聞いた事ないかしら? その子がこの箱を開ける鍵をこのお店に預けたと思うのだけれど、分かるかしら?」
ん? セシャトの印象はまた変わった方がご来店されたなというものだった。この店は元々別の店主がいた事はセシャトも知っているが、前の店主の持ち物等は何一つない。
「申し訳ありません。私の代になり、お店の中はガラリと変わってしまっているので……その……あっ! 金の鍵は?」
セシャトは首にかけてある鍵を取り出して箱の鍵穴に合わせるが、残念ながらその鍵ではないようだった。
「困ったわねぇ」
女性が苦悶の表情を浮かべるので、セシャトもまた悲しくなってきた。そして少しでも元気になってくれないかとオヤツを誘う。
「もしよければ、母屋でお茶でもいかがですか?」
「あら、悪くないかしら?」
「構いませんよぅ! ささっ、どうぞ!」
そう言ってセシャトは母屋へとかなめを招く。そこにはセシャトの手作りオヤツが用意されていた。大きなお皿にナイフとフォークが置かれる。
「ふっふっふ! シルクスイートのパイですよぅ!」
セシャトはそれを切り分けて、紅茶と珈琲と緑茶、どれがいいか聞くとかなめは緑茶を所望した。
「セシャトちゃんは読書にオヤツが大好きなのね?」
「はい! かなめさんもですか?」
セシャトはワクワクとした表情でかなめの返事を待つのでかなめは苦笑して頷いた。
「もちろんよ!」
セシャトは八女の最高級玉露を淹れるとかなめにそっと出す。かなめは懐かしむように母屋を見渡してセシャトに聞いた。
「今は何を読んでるのかしら?」
おや、自分が呼んでいる本の事かと、セシャトはいくつかの本を思い出した上で、ノートパソコンを指差して見せた。
「このシーズンになると読みたく物語があるんです。推理小説ですよぅ!」
「乱歩かしら?」
「それもいいですねぇ! 怪人二十面相シリーズなんて何度読んだ事か! ですが、オヤツを食べたくなる推理小説。『和菓子のアン 著・坂木 司』光文社文庫。ともう一つ!」
セシャトが見せる画面をかなめはゆっくりと読んだ。
「『探偵と助手の日常 著・藤島紫』知らない作家さんね」
「別名、パープルシュガーさんです! 本作は少し空いた時間に楽しめる短編推理小説風の作品です! どちらかといえばキャラクター物、タイトル通り日常物として楽しむ作品かもしれませんね! 面白い事に日常のミステリーがスパイスになる作品です! そしてこの作品を読むともれなく太ってしまうという曰く付きの作品です!」
セシャトが声のトーンを低くして語るのでかなめはふふっとウケる。じと目のセシャトを見る事は珍しい。本作はとにかく食べ物の描写が素晴らしい。
それ故、この食欲の秋に読むのはそれ相応の覚悟が必要なのだ。
「あら川越芋なんて久しぶりに聞いたわね」
「サツマイモですよね?」
「サツマイモは鹿児島の秘術だったのよ? 絶対に外には出してはいけない。でもある飢饉の時にそれを日本全国に分布したの」
「ナイス飢饉ですねぇ!」
もし、その飢饉が無ければこうやってお芋のお菓子を食べられなかったのかとセシャトはとんでもない飛躍した事を考えて震える。
「三枝さんって可愛い方ね」
かなめの意見にセシャトはもふもふとシルクスイートパイを頬張りながら肯定する。
「そぉなんでふぉ! でも可愛いのは三枝さんだけじゃないんですよぉ!」
それは本作のもう一人の主人公・紗川清明。長身どころか巨人ともいえる身長189センチで寝起きが悪い探偵である。
「日本人も大きな子が育つようになったのね」
かなめの言葉に。「いえ、物語ですから!」 とセシャトが突っ込まないのは彼女が作品を楽しんでいるからである。かなめは母屋の店内を見渡す。そこには珈琲豆と紅茶の茶葉が並べられている。恐らく作品内に出てくる珈琲を探しているのだろう。
「ふっふっふ! 私はWeb小説と同じくらい好きな物に甘いお菓子がありますが、その次くらいに愛している物が珈琲です! 作品内にあるアチェのスーパーグレードでもカイナムのスクリーン2AでもグアテマラのSHBでもご興味があれば何でもお出ししますよぅ!」
目を輝かせるセシャトにかなめは所望した。
「セシャトちゃん、水出しは飲めるかしら?」
おや、通でしょうか?と思うセシャトは普段飲んでいるコスタリカのダークローストと、もう一つスターバックスで売られているフレンチローストの二つを持ってきてかなめに選んでもらう。
「こっちのフレンチローストでお願いできるかしら?」
「かしこまりましたっ!」
水タバコでも吸うような本格的な装置を見てもかなめは驚かない。ただ、セシャトの耳が正しければ「懐かしいわね」とそう聞こえたような気がする。それはそうとセシャトは少々驚いた。水出しで飲むならスターバックスのコーヒー豆は実に美味しい。ホットで飲むとなるとやや他のコーヒー豆に一歩譲らざる負えないが、それを香りだけでかなめは感じ取った。
氷をピックで削って差し出すと、かなめはシロップと、塩を一振りアイスコーヒーに入れる。おやおや、これはいけませんねぇというのがセシャトの気持ち。
「何処かで喫茶店とかをされていたんでしょうか?」
「違うわよっ! 下手の横好き!」
手を猫のように振る仕草は完全におばちゃんだが、見るからにかなめは若い。そしてこのくらいの年齢なら作品に出てくるマンデリンのグレード1を飲みたいと言ってもいいんじゃないかと思ったが、まさかの水出しフレンチロースト。
珈琲のお話をと思ったが、かなめは作品の中に今ハマっている。天真爛漫というべきか、唯我独尊なのか、彼女の行動は読めない。
「セシャトちゃん、女の武器は若さと身体だと思うかしら?」
本作最初の依頼、俊夫の妻の話だろうと理解してから「どうでしょう?」と曖昧な答えを返してみる。セシャトとしては女性として見られた事はないと思っている。
再び話が変わる。
「ミニクーパーってご存知かしら?」
「え、えぇ! よく道路とか走ってる小さい外国の車ですよね?」
セシャトの知識はそんな物である。それにかなめは懐かしそうな表情を再び見せる。アイスコーヒーを一口飲むと運転をするようなポーズをとっていった。
「ミニミニ大作戦っていう映画が昔あったのよ。ミニクーパーで金塊を盗むって映画なんだけど、少し前にリメイクされてたわね!」
当然知らない。セシャトの中で車の映画といえば、タクシーかトランスポーターかと言ったところである。知らないという顔を見せるセシャトにかなめは笑うとこう言った。
「あの車、見た目の可愛さと違って普通車だから力も凄いのよ!」
「お車詳しいんですねぇ」
セシャトはミニミニ大作戦は面白そうだなと今度ツタヤに行ってみようかと考えていた。しかし、車という一言にかなめは目を輝かせる。
「車はいいわよセシャトちゃん。私の頃は女が免許を取るなんて! なんて言われたけどね。この作品の清明さんが乗っているシルビア、製造台数が多くて部品も凄く沢山あるのよ! 走り屋なんて呼ばれる坊や達に人気があって、よく壊して、180の部品を流用したワンビアやシルエティなんてキメラマシーンが走ってたものね!」
そういう方面の知識はセシャトには豆腐屋さんくらいしかないので、全くついていけない。むしろこの作品からかなめの広げる世界はついていけない。
困ったセシャトはこう聞いた。
「かなめさんは何か乗られているんですか?」
「私? もう随分前に手放しちゃったけど。ダルマって言う可愛い車に乗ってたのよ!」
そうなんですねぇとセシャトは話を合わせながらアイスコーヒーのお替りを淹れる。一息車の興奮が収まったかと思ったらセシャトちゃんセシャトちゃんとかなめは呼ぶ。
「なんですか?」
「ここみて、マンデリンのスーパーグレード、100g1400円って安すぎないかしら?」
「いえ、わりと高い方ですよ?」
「……そうかしら、おかしいわねぇ。一杯1000円くらいしたと思ったけど」
セシャトにもその知識は小説知識で存在していた。新宿の喫茶店でそのくらいの価格で飲めたG1の珈琲。時代背景は戦後立ち直った日本。
「それよりも、かなめさん作品を……」
「ふふっ、セシャトちゃんまだまだね。この作品。こうやって思考がズレてもすぐに戻れるくらいにライトな物語でなくて?」
これはセシャトがびしっと言おうとしていた言葉。今までにないお客さん。完全にペースを持っていかれる。
「セシャトちゃん、アポロって月に行っていないのよ!」
一体何の話なのか……いよいよセシャトも頭がこんがらがってきた。アポロは確実に月に行ったのではないのか? それがセシャトの智識。
「月まで38万キロ。今の技術でも難しいのに、いけるわけないじゃない。それに感化されて行けるハズのない月に日本もテストパイロットを送り出したって知ってたかしら?」
これはあれだ。作品内で俊夫の依頼内容を打ち消すように俊夫の妻からの依頼。混乱してしまう。セシャトは想像の中で、清明の車内にいる事を想像する。運転席に清明、ナビシートに紬。そして後部座席にセシャト。優雅にそれでいてクールにこの場を解決する。
セシャトの想像程、シルビアの後部座席は広くない。冷静になったところでセシャトはかなめに聞いた。
「貴女は何者でしょうか?」
さて、はじまりました!
10月はミステリー作品です! どっぷり重すぎず! かといってしっかりミステリーをしている当方紹介作品『探偵と助手の日常 著・藤島紫』。ミステリーは苦手だなぁ!という方にも本作の魅力的なキャラクター達を是非とも楽しんで頂きたいです! 本作を私がオススメしている小岩井かなめさん。一体何者なんでしょうね!




