プロとアマの差 アンサンブル・キャスト・ザアルター
アイスボックスがメーカー欠品をしているという悲報に打ちひしがれていましたが、夏は暑いものです^^
それを楽しむのもまた風情ですよね^^ 暑い時は熱いお風呂に少し長めに入ってお風呂上りのアイスコーヒーを飲むのがいいですよぅ!! 珈琲は体を冷やす作用があるらしいですからね!
「ガレットですか……実に素敵ですねぇ」
アリアが持ってきたお菓子は手作りだが実に上手く作られており、ハチミツのてかり具合といい、目で見ても楽しめるそれにセシャトは幸せそうな表情を見せる。
「私のベビーシッターが作ってくれたのよ。味は保障しますわ」
セシャトは手ごろなお皿を用意すると、ガレットを並べていく。さらにセシャトはアリアの為に面白い物を用意してみせた。
「アリアさん、どうせなら自由研究の宿題も終わらせませんか? 作品の比較も大変面白いですけどねぇ」
アリアは当初なんの事かと思っていたが、自分は読書感想文に読む児童文庫と『誰が為の黄昏 ~蝶と死に損ない共の物語~ 著・雨宮葵』というWeb小説の比較をするという名目でここに通っている。その実、セシャトさんの弱点を探りにきたのだが、いつのまにか女子会よろしくお茶をする間柄になっていた。
「え、えぇ。でも自由研究ってなんですの?」
「『誰が為の黄昏 ~蝶と死に損ない共の物語~ 著・雨宮葵』内でサンドイッチを作るシーンがありましたよね? 海外の質の良いバターを使っていると、実に食欲をそそるシーンです」
アリアは確かにそんなシーンがタイトル付きであったなと思いだす。
「苺サンドに餡子を入れるというのはどうかと思いますわ」
「ふふふのふ! フルーツ餡サンドと言いまして、じわじわ最近人気のあるサンドイッチなんですよぅ! 大変、おしいんです! なんなら今度おつくりしましょうか?」
苦笑するとアリアは「結構ですわ」と丁重にお断りをする。実際に苺大福も初めて出た時はゲテモノ扱いを受けた事がある。また、アリアは所謂まともな料理をまともに食べてきている為、新しい食べ物への冒険心は低い。
「小説の内容で話が脱線するのは、とても素敵な事ですよねぇ! ではではお話を戻しまして、作品の中で使われているバターを再現してみませんか?」
セシャトは市販されている泡立てて使う生クリームと塩、そしてシェイカーをアリアの前にトンと置く。
「なんのつもりかしら?」
(これは、もしかすると秋文君を骨抜きにしたやらしい実験?)
「まず、生クリームを泡立てずにシェイカーに入れます! そして塩を入れてシェイカーの蓋を締めますよう! あとは……アリアさん、シェイクしてください!」
「えっ?」
セシャトが不適な笑みを見せるので、アリアは「いいわ。受けて立ちます」と立ち上がり、顔を真っ赤にして振る。それを微笑ましくみるセシャト、アリアの容姿も愛らしい為セシャトは表情を緩ませている。
それにアリアはハッ! と気づいた。
(セシャトさん、私に恋している目? 誰でもいいの? もしかしてあのカミサマさんも? いいわ、貴女のその性癖。私が白日の下に晒してあげる)
「おや、アリアさん、いい感じですよぅ!」
「えっ? あぁ遠心分離ね」
シェイカーの中でクリームと水分が分離する。その水分を出すとシェイカーの中にはバターのような物が残っていた。
「これでフレッシュバターの出来上がりですよぅ! これを塗ってガレットを頂きましょう! もう一つお飲み物を用意しますねぇ!」
セシャトが何をするのかと思うと、セシャトはアイスコーヒーを二杯持って戻って来る。そしてバターを作る際に出た薄い牛乳のような水分をそこに注ぐ。それはやや黒が強いカフェオレのような物。
「それ飲めるの?」
「生クリームは食べれますからね! 生クリームから出た水分も飲めますよぅ!」
理屈としては正しいのだが、アリアはこのセシャトという女の事がますますわからなくなった。しかたがないので、持ってきたガレットを即席フレッシュバターにつけて食べる。上品に咀嚼し、アリアは正直な感想を述べた。
「とっても美味しいですわ」
「ふふふのふ、でしょう? さぁ、アイスコーヒーもどうぞ!」
これは少し勇気が行ったが飲んでみると何とも言えない酸味があり、実に美味しい。言うなればどちらも一般的な家庭で出てくるような物より、少しお高めのカフェで出される味に近いとそうアリアは感じる。
「実に不思議なお店ね? この味なら古書店じゃなくて純喫茶でも初めてはどうかしら? それともブックカフェ?」
アリアの言葉にセシャトは褒められた事に照れながらガレットを一つ食べて頬を緩ませる。そしてアリアに微笑んでこう言った。
「実はですねぇ、私のお知り合いがブックカフェを営んでおりますので、私は古書店なんですよ! そのお店に本を卸したりしてるんですよぅ! なので、私はこのお店なんです」
成程、それでこの明らかに売れなさそうなお店でもやっていけるというわけかとアリアは理解した。アリアは食べる手を止めてセシャトに言う。
「また内容が変わったわ。この瞬間疲れるわね」
ふぅと一息つくアリアにセシャトは彼女が持つ疑似小説文庫を覗く。章としは『その場所side千里アリス』が始まるところ、その前の章ではサンドイッチを食べながら実に普通の日常が展開されていた。
「ふむふむ、本作はこの場面切り替えが今後も連続して行われますよ。本作の展開としてこの小説内で主人公以外の視点移動が行われる事が特徴的ですね」
当然章ごとに区切ってはあるのだが、全く違う物語が展開していると言っても過言ではない。この手法ここ最近ではほどほどに人気も出てきた。
「一種の群像劇かしら? 小説全体で行われる形からして少し違うのかもしれないけれど」
「ふふっ、そうですね。しかしアリアさん、群像劇なんかも読まれるんですね?」
「伊坂幸太郎さんの作品なんかはいくつか読んだわね」
独特な文章表現と展開、どれだけ伏線を張っても回収をする作風にファンも多いだろう。セシャトは成程、それで神様はこのアリアに『誰が為の黄昏 ~蝶と死に損ない共の物語~ 著・雨宮葵』を薦めたのかと納得していた。
群像劇なのか? と聞かれるとセシャトもはっきりとそうだと答えられる程の材料はないが、間違いなくこの作品はその色を持っている。
そこでセシャトはこのアリアに聞いてみる事にした。
「たとえばですが、この作品のジャンルを考えるとしたらアリアさんはどうお考えでしょうか?」
間違いなく小学生の女子に聞く質問ではない。されど、このアリアは明らかに超小学生級の知識を保有している。言うなればセシャト達側のようなそんな気がしてならなかった。
「このジャンルですか? そうですね。今の時点であればアンサンブル・キャスト・ザアルターといったところかしら?」
面白い事をアリアは言ってのけた。『群像劇の代わり』と。どちらかといえば群像劇みたいな物と彼女は表現したかったのかもしれない。
「ほほう、それは中々面白い名称ですねぇ。ではではこの群像劇のような物と感じる章に関してはどう思いますか?」
アリアはこの章に関して何度か高速に瞳が動いていた。何度か読み直しをしている証拠、それもセシャトと同等かそれ以上の速度で彼女は読んでいる。
「この場合は良いところ悪いところを述べればいいのかしら?」
このアリアという少女、実は頭脳は大人で体は何らかの組織によって投薬された物で子供になった何者かではないかと本気でセシャトは疑い始めていた。
Web小説の楽しみ方としてまず作品の面白いところを探す、そしてその作品の秀でている部分を考え、最後にその作品の弱点も考える。
既に個人的な感想が出来上がっているという事もさる事ながら、必要でなければ短所は答えないというスタンスもわきまえている。
「ではどちらも教えていただけますか?」
上品にアイスコーヒーを啜るとアリアは答え始めた。
「まず、この『その場所side千里アリス』に関して言うと、初見では何をやっているのか全く分からないわ。頭に入ってこないのではなくて、理解できないの。恐らく、作者の頭の中で完結してしまっている部分がいくつかあるんでしょうね」
中々シビアな感想を述べるアリアだが、このWeb小説においてはどうしてもこう感じる部分がどの作品にも細かく探せば見つかる事が多い。それもプロではないから……というよりは校閲や編集が間に入らない差だろう。
逆に言えばプロとアマの作品の違いは殆どこの部分で決まる。当然描写力など細かい話をすればいくらでも出てくるのだが、掲載サイトに公開されている作品においては作者外の研磨が皆無である事の大きな弱点と言えるのかもしれない。
「なるほど、確かに仰る事は分かります。では良いところはどうでしょうか?」
ペラペラと疑似小説文庫を開きながら少し優しい表情を見せるアリアは、一節を声に出して読んで見せた。
「『先程ここまで進むために私は靴で道を"作りながら"、物を蹴り飛ばして"避よけながら"歩いてきた。何が言いたいかと言うと、この場所は文字通り足の踏み場がない。』なんて文学的ね。ここ以外も何故かこの章の1と2は文学的表現、あるいは詩的表現のような物が多くでてきてますわ。そのどれも素敵な表現ですわね。この表現が逆に理解を遠ざけているのかもしれないですけれど……三人称から一人称に突然変わる部分は……ふふっ、愛嬌かしらね。あとイタリアの描写が良かったわ」
セシャトはあまり遠出をした事がないので恐らく永久にアリアの考えている事は理解できないのだが、イタリアは女性が一人でいるとひっきりなしに男性が話しかけてくる。これはそういう文化なのだ。海外で長いバケーションを過ごす事の多いアリアにはこの文章は目を瞑れば想像できる程度にはリアルだと思えたのである。
「この双子の描写は実に興味を惹かれるわね。作品において双子という物は基本的に同一でない事が多いのに、本作はより同一に見せようとしているのかしら?」
おやっ? とセシャトはここに関してアリアに突っ込んで見せようかと思った。恐らくこの双子にはモデルがいる。それも実に有名な作品においての物である。何処にも明言されていないが、恐らくはあのイカれた双子がモチーフになっているんだろう。
そして、エンタメ作品における双子は基本的に同一個体のように描写される事が多い。そこから導き出される答えは、アリアはエンタメ作品に対しては知識が疎い事になる。
「まぁ、あの作品をアリアさんが読まれていてもちょっと嫌ですけどね!」
「何を独り言を言ってるんですか?」
「ふふふのふ、実は双子を同一人物のように表現するのは、こういったWeb小説作品等では定番なんですよ!」
それを聞いたアリアはぶつぶつと何かを反復してから言う。
「そうなのね! 勉強になったわ」
実に素直であるアリアをセシャトは抱きしめたい衝動にかられたが、アリアの小さなポーチから着信音が流れる。スマートフォンではないガラケーを取り出し電話の相手に応答するとアリアは門限が過ぎかかっている事を告げ古書店『ふしぎのくに』を後にした。
高校球児が暑い夏に熱い涙と汗を流す今日この頃、アリアの夏休みは本番に入る。
アリアさん、凄い小学生女子ですねぇ^^ 『誰が為の黄昏~魔法と死に損ない共の物語~ 著・雨宮葵』本作を完全に読み切るのは高校生以上の教育を受けている方の方がいいかもしれませんねぇ^^
でもでも、それ以下のご年齢の方々も長い夏休みに挑戦してほしいですねぇ!




