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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第一章 『琥珀』著・FELLOW
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この時の作者の気持ちを述べよ

前回お出しできなかったシルクスイートを焼く為の機械を家電量販店で買いました。

そして、今回お茶は少し秋文さんには苦いかもしれませんね。

是非是非、シルクスイートの焼き芋と高級玉露で寒い冬の読書を楽しんでみてください。

 翌日に来た秋文は少し元気がなかった。

 その理由をセシャトは分かっているつもりだった。今から秋文が読む『琥珀』こそがこの物語の本編と言っても過言ではない。


「その顔は、だいたい半分を超えたあたりまで読まれたという事ですね?」


 少し苦めの緑茶、今回九州は八女の玉露を用意する。

 「うん」と頷く秋文は、セシャトの出したお茶を少し飲むと眉間に少し皺が寄ったように見えた。子供には少し難しいかもしれないうま味。


「では、ここでもう一度私は秋文さんに聞きます。『琥珀』を最後まで読みますか? それともここで止めておきますか?」


 セシャトは心の中でごめんなさいFELLOWさんと思いながら同時に小学生に読ませるには少し刺激が強いものだったと自分を戒める。


「僕は最後まで読むよ。霧島さんによくなってほしいから」

「……そうですか、分かりました」


 セシャトはすぐにいつもの笑顔に戻ると、石焼き芋メーカーを取り出し、その中にシルクスイートを入れた。

 最高級の玉露に糖度の高い最高の製法で作った焼き芋、これほど至高の組み合わせはないだろうとセシャトは焼き芋メーカーを見つめてニヤけた。


「では今日は何か質問や感想はありますか?」


 いつもオヤツを食べながらだが、焼き芋はやはりハフハフと食べる事に集中したいものである。

 その為、少し頭を使った後で焼き芋を楽しむという趣向に今回は変えてみた。

 楽しみは最後に取っておくという事でセシャトは若干そわそわしていた。


「あのね? 算数と数学ってどう違うの? 中学生から僕も数学を勉強するんだよね?」


 これまた奥の深そうな質問だなとセシャトは思う。


「恐らく、霧島さんが空太くんに答えがある数学だって嫌いじゃないかという一節について疑問に思われたんですよね?」

「うん、算数は答えがないから、違うんだなと思ったの」


 算数は答えがない。これはセシャトとしては斜め上からのヒントであった。少し考えてみたが秋文の言わんとしている事が分からないから素直にセシャトは秋文にどういう事か尋ねた。


「えっとね」


 秋文は学校のノートに鉛筆で簡単な算数の式を書いて見せた。2+5は7。そこに答えだけ7を書いた物を用意する。


「セシャトお姉ちゃん、これ何+何だ?」

「それって、2+5、いえ3+4、1+6、またそれらの逆でもいけますね……あっ! そういう事ですね」


 セシャトがちゃんとした学校教育を受けた事がないので、この回答が正しいのかこれもまたWeb小説知識をフル動員させる。


「かつて、算数は算術と言われていました。計算をする方法を学ぶ事が算数なんですよ。まずその基礎を身に着けた上でどうしてその計算になるのかを勉強する学問が数学なんじゃないでしょうか?」


 習字と書道の違いにも似たような物かもしれない。書を習い、はじめてその道に入る事ができるという非常に難しい質問である。


「あーあ、そっか、先生が答えより式が大事だよってたまに言うのがそうなのかな?」


 中々に秋文は賢い子なんだろう。

 身なりもいいし、言葉遣いも年齢によりずっとしっかりしている。セシャトは自分の頭ではもしかするともう何年かしたら秋文に何かを教えてあげるのは難しくなるかもしれないなと苦笑して、焼き芋メーカーの具合を確認しにいく。


「あら! いい感じですよ秋文さん!」


 ぱかりと半分に割ったシルクスイート、糖度としては普通のサツマイモよりちょっと甘いくらいなのだが、その口どけ。


「ではではいただきまーす!」


 セシャトはシルクスイートを咀嚼し喉の奥に流し込む。そしてそれを秋文にも手渡した。


「秋文さんもどうぞどうぞ」

「あっ、うん」


 秋文はあんまり気乗りしない様子でそれを受け取ってパクりと食べる。そして驚いたような目をして口元を手で押さえた。


「お菓子みたい」

「ふっふっふ、そうなんです。このシルクスイートは糖度こそ紅はるかや安納芋に劣るんですが、このスイートポテトみたいな食感がやみつきになるのでふ」


 二人してひと時ハフハフとスイートポテトに舌鼓を打ち、渋い緑茶で喉を潤した。


「このお茶、さっき飲んだ時はすごい苦いなって思ったけど、今飲んだら凄い美味しい。いい匂いだし」

「八女茶は八女茶でも星野村の物ですからね。凄い偉い方にも献上されるらしいですよ? 文学作品にもたまに出てきますしね」


 グラム数千円するお茶である事は恐らく秋文は長い事知る事はないだろうが、美味しく飲んでくれてセシャトは満足だった。


「そういえば、算数とかが理系で、国語とかが文系なんだよね?」

「恐らくそういう事になるでしょうね」

「空太くんが答えの定義が分からないって言ってる文系って難しいのかな? 僕は国語とか得意なんだけど」


 秋文は勉強というより高校生というものに凄い興味を示している。それだけ高校生という存在が大人に感じるんだろうとセシャトは微笑ましく思えた。


「昔こんな事があったらしいですよ? この文章を書いた時の作者の気持ちを答えなさいという国語の問題。これを見たその文章を書かれた作家の娘さんが、作者であるお父さんにその時の気持ちを聞いたそうなんです。するとお父さんは締め切りの事を考えていたと娘さんに伝え、それを書いて提出したら×をつけられてしまったという物ですね。実際作者の気持ちではなく、一般的にどんな気持ちが読み取れるのかという事を聞きたかったんだと思うのですが、それこそ人それぞれなので一概に答えがない。空太くんはそういうところが難しいと言っているんじゃないでしょうか?」


 セシャトの説明を聞いて秋文は少し考えて理解したのか、セシャトを見つめた。


「そっか、算数みたいに計算したらいいだけじゃないもんね。そう考えたらすごい難しいや。セシャトお姉ちゃんは凄いね。なんでも知ってる」


 たははとセシャトは笑う。案外一杯一杯で秋文と話をしているのだ。セシャトは物語についてはよく知っているが、世間一般の事は知らない事の方が多い。


「秋文さんは、その……霧島さんが校舎から飛び降りたところまで読みましたか?」


 自殺という言葉を使わなかったのは、やはりこの物語の中での衝撃的なシーンの一つであり、小学生に読ましていいものなのかという葛藤からだった。


「うん、凄い涙が出そうになったけど、霧島さん死ななかったよね。凄く僕は安心した。空太君が病院で不安そうに待っている時の気持ちが僕もよくわかった」


 これだけ文学にシンクロできる秋文は感受性が強いんだろうなとセシャトは嬉しく思う。空になった湯呑にお茶を注ぎセシャトは秋文の話を聞いた。


「あのね。セシャトお姉ちゃん、霧島さんのお母さん変だよね? 自分の娘なのに諦めちゃったんだよ?」


 この物語のキーワードとなる病『サスペクトバシー』これに感染していると霧島さんが診断されたのだ。

 この病気は緩やかに人の精神を壊し、終わりへと進行していく。治療法も見つかってはいないという設定がある。

 秋文は少し声をあらげて、絶対におかしいよとある種物語に対して否定的な態度を取った。これはまさに最高の作品評価と言ってもいいだろう。

 秋文が落ち着いたところでセシャトは秋文にこう言った。


「霧島さんのお母さんは確かにドライな方ですよね。でも、私はあの自分の言う事を聞かなくなった娘が娘じゃないと言っているお母さんから、やさしさのような物を感じていました」


 まさか、そんなという秋文の反応。

 何でも言う事を聞く自慢の娘、その娘を否定し、切り捨てるような事を主人公の空太に言ってのけた彼女からやさしさなんて微塵も感じなかった。


「そうですよね。恐らくこれは私が勝手に感じてるだけです。自分の娘である霧島さんの過去を思い出したり、そしてドライなりに、自分の娘を好いてくれている空太君にお礼を言ったり、私は凄い深読みをしてしまいました。お母さんはもう治らない病気になった霧島さんを受け入れて覚悟を決めたんだなって」


 これには秋文は理解できなかった。

 何故セシャトはそんなにもこのシーンで清々しい顔が出来るのかと……

 そしてそれは秋文にも覚えがあった。

 あれだけ、霧島さんの母親に怒りをあらわにしていた空太が、霧島さんの病名を知った時、時が止まったかのように動かなくなった事。

 ほんの少しなんだろうが、彼は母親の態度について理解したのだという事。でも、秋文は認めたくなかった。あれだけ霧島さんの味方であるハズだった空太が黙ってしまった事。


「セシャトお姉ちゃん、霧島さんは何で飛び降り自殺をしたんだろう?」


 この時の読者の気持ちを述べよ。

 である。

 これは難しい。読み取り方によってはいくらでも考察がつくが、セシャトは秋文の持つ本を開いてその一節を頭に入れる。


「そうですね。まず、それを考えるには、物語の第七話と、霧島さんの書いた詩から読み取っていくのはいかがでしょうか? 『私は琥珀になりたい』彼女は、死にたいわけじゃなかったのかもしれません。もちろん、自分が不安で不安で仕方がなかったという心境もあったのかもしれませんが」

「僕もそう思うんだ。霧島さんは死にたくなかったと思うんだ。空太君がいるのに……いつか未来に結婚……とか」


 まだ恋愛、結婚という事が少し恥ずかしいのか、言葉が詰まる秋文にセシャトは頷く。


「秋文さんはここ最近で楽しかった事はありますか? とても楽しくて、もうその時間が終わってしまうのが寂しくなるような事です」


 秋文は少し思い出すとセシャトに言った。


「この前、学校のみんなで行った遠足かな大きな水族館に行ったんだけど、凄く楽しかった」

「良かったですね」

「うん」


 パタンとセシャトは本を閉じて、それを秋文に返す。


「霧島さんはそんな楽しい時間のまま止めたかったんじゃないでしょうか? これからの未来に今より楽しい事があるか、もう分からない。ならば一層。時間を止めてしまえれば、それが『私は琥珀になりたい』という事なんじゃないかと私は思います」


 セシャトの話を聞いて、秋文は少し泣きそうな顔をしていた。霧島さんがどれだけ思いつめていたのか、それをセシャトの説明を元に再度考え直す。


「僕は、琥珀になんかなりたくないよ。僕は……今が凄い楽しい。セシャトお姉ちゃんに出会って、『琥珀』という物語に出会えて、でももし今で終わってしまったら、僕はこれ以上に楽しい事や、楽しい本に出会えないから、ありがとうセシャトお姉ちゃん、もう少し自分一人で読み直してみるよ」


 その日はそう言って秋文は古書店「ふしぎのくに」を後にした。秋文がいなくなった古書店でセシャトは新しい茶葉に変えた八女の玉露を再び口にした。


「苦いですね」

フォロワー様が300名となりました。フォロワー様が増えればイベントをどんどん開始していきたいと思います。

そして『琥珀』の紹介もついに折り返し地点になりました。秋文さんはどう受け止めるでしょう?

もし、『琥珀』をお読みでなければ、読んでみてください。とても綺麗で悲しいお話です。

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