作者層の厚さと評価難易度
最近アイスクリームからかき氷を食べる事が多くなりました。夏がやってきたんですねぇとしみじみ思います! でも最近のかき氷ですが、アイスクリームみたいな触感の物も増えてきて一体人類は何処まで行くんでしょうね! いつかの未来はミレーヌさんの住んでいる世界みたいなところなんでしょうか?
すかーすかーとヘカの寝息が聞こえる中、欄はコトンとミレーヌの手元にインスタントコーヒーを置いた。
「……ありがとう……これって珈琲なのか?」
「そうっすよ! インスタントっすけどまぁまぁゴールドは美味いっすよ」
「僕、珈琲って飲んだ事なくて……ははっ」
欄はミレーヌの服装を上から下まで見る。秋葉原あたりからやってきたコスプレ少女か何かだと思っていたが、どうやら違うようだなとなんとなく感じ取っていた。このミレーヌもまた、Web小説という蜜に吸い付てきた本来ここにいてはいけない存在なのではないだろうかと……自分と同じで。
「それ、『ヤドリギ 著・いといろ』だったっすか? おもしれーすか?」
「めちゃくちゃ面白いよ。タタリギっていう正体不明の存在が、兵器や死体にとりついて人間を襲うみたいな、ちょっと怖い話だね。 それと対抗する力をもった人々ヤドリギってのがいるんだ!」
「……ふーん、そういうゲームあるっすね」
「ゲーム……ってチェスとか?」
「いや、テレビゲームっすよ。やった事ねーすか?」
首を縦に振るミレーヌに、欄はどう答えたらいいものかと思って少し古い携帯ゲーム機であるプレイステーションポータブルをミレーヌに渡した。
「そんな感じのっす。自分はWeb小説よりゲームの方が詳しいっすからね。まぁベタな設定すね。その考えそのものがこの国らしいっちゃらしいっすけど」
欄の言葉に、ミレーヌは耳を傾けつつも、ベルがタタリギに襲われ、その力を持った者達に助けられた瞬間とその挿絵を見て心音が高鳴る自分を感じていた。
タタリギとやり合う者達、ヤドリギ、ベルの兄もまたヤドリギとしてタタリギと交戦、そして行方不明となる。恐らくもうダメなんだろうとミレーヌも思っていた。
「ほうほう、バンナムの人気ゲームに似たようなのがあるっすけど、よかったら持って来るっす? 初代から最新の物まで一応一通り持ってるっすよ」
欄の話しかける言葉をスルーして、ミレーヌは一人の名前を呟く「斑鳩 暁? 違うな」
この違うというのは探しているWeb小説のキャラクターとは違っているという事なんだろうと欄は理解する。ヘカの手助けを期待したが、大口を開けてイビキをかいているヘカが起きそうもない。
「斑鳩ってのは、スズメの事っすよ。その辺にいる茶色のじゃねーすけど」
「スズメ?」
これも知らないのかと欄はどうやって説明しようかと思って考えるのを止めた。今、ミレーヌが使っているアップルのラップトップで調べればいいだけだと画像検索をしてミレーヌにそれを見せた。
「日本にいる鳥なんで、その暁君は日本人なんでしょうね。日本人ってのはこの国の人種の事っすよ!」
さすがにこれは馬鹿にしたように思われるかと思ったが、ミレーヌはほぉと感心したように頷く。ミレーヌが小説家になろうのページに戻した時、その斑鳩 暁の一枚絵が表示されていた。
「へぇ、男前っすね……というか週刊少年ジャンプとかで通用しそうなイラストっすね……あぁ、それはコミックの事っす」
「Web小説って、誰が書いてるの? こういうお仕事してる人?」
ミレーヌの質問に対して欄は腕を組むといよいよ困ってきた。自分が自分の知識程度で適当な事を言っていいものかと……
「プロもいるっすよ。逆にヘカ先生みたいなアマチュアもいるっす。この作品は小説以外にイラストも自分で描いてるんすね。ひょっとするとプロの人かもしれねーっすね」
現在、作者のいといろ氏としてはプロ活動の話は耳にしないが、ペンネーム違い等複数のパターンが存在するのでプロかもしれないという欄の考えは当たらずも遠からずと言ったところだろう。いといろ氏の作品は今の流行に乗っている、さらに言えばそのイラストもまた時代に合っている。この作品は確実に5年早ければ即書籍化だっただろう。
但し……
群雄割拠の創作時代、いといろ氏と並ぶ者、また特定の部分において超える者も五万と存在し、それらがひしめき合っている。作家層の厚さは比例し倍率の高さと言えるのかもしれない。
欄はそれをミレーヌに共有できないから独り言としてこう言った。
「まぁ、なんというか難しい時代なんすね」
それ故に、このレベルの作品が無料で読めるといえるのかもしれないが……ミレーヌはヤドリギ世界でやどりぎ達のバイタルをチョーカーで測るという物に驚く。
何故なら、ミレーヌの首元にもICチップが埋め込まれている。それで精神的にも肉体的にもバイタルを常に本部コンピュータに送られていた。
それと同じような物が物語のキャラクター達にも適用されている事に胸が高鳴る。
「欄さん、もしかしてこの時代でも既に首元にICチップを埋め込んでるの?」
「は? 私は掌に埋め込んでたっすけど、身元バレるとヤバイので取り出したっすよ。てか、体にIC入れる人なんてこの世界には一割もいねーっすよ」
欄の無理やり取り出したであろう痛々しい傷跡を見ながら、この世界の標準ではない事が画かれた物語……それは未来の予測のようで……
「ふ、ふぃい!」
ミレーヌは興奮で鼻血を出してぶっ倒れた。
「ミレーヌさん、大丈夫っすか?」
ミレーヌは遠いところに行った意識の中考えていた。自分は管理世界では異端な存在なんだろうと思っていた。だが、過去の人々を見て、出会ってミレーヌは一つの答え導きだしていた。
(管理世界のシステムは人間を化物に変えるタタリギだ)
システムにたたき出されたとおりの仕事をして、選ばれた中の嗜好品と趣味を強制的に充てられてアイデンティティを失っていく。
普通の精神を持つ人は機械に支配される事に嫌気をさし自ら命を落とす、そうならない人は完全に機械に管理された世界で人間としての尊厳を失っていく。
「欄さん、もしだよ? もし自分のやりたい事全てが決められたような生活だったらどうする?」
欄はミレーヌに唐突にそう言われて少し考える。欄は今まで諜報……所謂スパイとして生きてきた経歴の持ち主。
「そうっすね。まぁ今みたいに安全なところで子分やってるっすかね。、自分別に生き方を固定されてもなんの苦痛も感じねぇすから」
欄の生き方は特殊すぎるのでミレーヌは聞く相手を間違えたが、そういうものかと少しがっかりした。
この世界の人々なら……もしかすると……
「は? ヘカの生き方を無理やり邪魔するなら叩き潰すん! 斑鳩やローレッタちゃん達がどんな環境でも協力してタタリギを倒すみたいなもんなん」
ミレーヌが心から聞きたかった言葉をヘカは言ってのけた。睡眠後のエナジードリンクを片手にそう言うヘカを欄は死んだような目で見つめていたが、ミレーヌはさながら王の杯でも持って美酒を口にしているように美化されていた。
「へ、ヘカ先生!」
「えっと誰なん?」
「み、ミレーヌだよ!」
少し考えて自分がラップトップを渡した少女だったかと思い出すと手をポンと叩いた。
「ミレーヌちゃん、『ヤドリギ・著いといろ』何処まで読んだん?」
ヘカのあらゆる方向に飛び跳ねているくせ毛がピンピンと動く。その厚い隈の虚ろな瞳でヘカは笑う。
まぁまぁ不気味なヘカであるが、慣れるとそれも愛嬌であり、ミレーヌからすれば神々しいWeb小説家の先生の仕事をしてきた姿に感動すら覚えていた。
「何処まで読んだん?」
少しイラついているヘカに、ミレーヌは慌ててマックのラップトップの画面を見せる。
斑鳩達が失踪したヤドリギの捜索、あるいはタタリギ化している者の排除、そして電波中継局の設営の項。
序章にして第一話が終わるあたりだった。ヘカには自分が寝ていた間、数時間はあったハズだが、このミレーヌは読むのが極端に遅いと思った。
「それだけしか読んでないん?」
少しミレーヌは恥ずかしそうにすると頭を掻いて言った。
「あの……ネット小説を生まれてはじめて読んで……嬉しくて、楽しくて何回も同じところを読んじゃって……」
その言葉を聞いてヘカと欄は顔を見合わせる。これは、ヘカと欄にも同じ経験がある。というか、ほぼ毎週このやりとりを行っていた。
欄の場合は週刊誌の漫画、一週間同じ物を何度も読みふけっては次の週を待つ、ヘカの場合はまさにWeb小説。
先の物語があるというのにミレーヌは1話1話を何度も楽しめる素質を持っている。但し、この極度の勿体ない症候群、Web小説においては諸刃である。
「なるほどなん、ミレーヌちゃんのその作品への愛はよくわかったん! でも、それは二周目でいいん。Web小説は生き物なんよ?」
「生き物なの?」
うんうんとヘカは頷く、その姿をまたしても欄は死んだような目で見ていた。これは恐らくセシャトさんの受け売りだろう。
というか、欄もセシャトさんからこの言葉を聞いた事があった。Web小説の作品は書籍化起因であったり、問題ワードによるアカウント削除であったり、作者理由であったり、突如読めなくなるかもしれないものなのだ。
それを知ったミレーヌは少し暗い顔をする。
「そう……だよね」
「ミレーヌちゃん、どうしたん?」
「僕の世界ではもう、このネット小説はどれも読む事ができないんだ。僕は管理世界……ヘカ先生や欄さん達よりずっと未来からやってきた未来人なんだ」
それを聞いてヘカはうんうんと頷くと欄に言う。
「欄ちゃん、ジャングルマン」
スコールなどで有名なチェリオのライフガード、その強炭酸・強カフェイン飲料ジャングルマン、それを欄より受け取って一口ヘカは飲む。
「ミレーヌちゃん、君が未来から来た事、見抜いてたんよ!」
驚愕するミレーヌ、そして呆れる欄、今完全にヘカは知ったかぶりをしたんだなと確信していた。早くセシャトが戻ってこないかと胃がキリキリする欄、そして尚尊敬のまなざしを向けるミレーヌ。
ジャングルマンご存知でしょうか? 古書店『ふしぎのくに』でミーティングが行われる時、ボルビックと一緒に配られるエナジードリンクと炭酸飲料のあいの子みたいな飲み物です! 今回のお話ですが、中々の凸凹な三人がしっかり『ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動> 著いといろ』を紹介できるのかとっても不安です! 皆さんもヤドリギを読んで、夏本番を待ちませんか^^




