今は無き作品を求めて
ついに7月作品がはじまりましたね!
7月作品はいといろさんの ヤドリギ<此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動>
そして、Re:Birth Arkadiaという作品を求める物語です^^ 今回は上半期最終回という事で、随分変わった物語の展開になるようですねぇ!
「ない、ポータルにもやっぱりログが存在しない」
ミレーヌは管理世界エイジスの娯楽に飽き飽きしていた。
幸福度、人間資質、教養を養えないと判断された者は全て排除される。人間の犯罪率は極端に低下したが、自殺率は例をみない高さで向上している。このままいけば千年後には人類は相当数いなくなるのではないかとさえ言われている。
これこそが、機械による人間の支配なのではないかと、この管理世界の住みにくさと違和感を感じていたミレーヌは思っていた。ミレーヌは小説が好きだった。小説は選ばれた作品であればいくらでも閲覧する事ができたが、有害図書と判断された物は全て廃番となる。ミレーヌは以前、古来の人間がネット上に自由に物語を書いては投稿をしていた時代があったいう話を聞いた。その文章を紙にコピーされていた物を読み、ミレーヌは何とも言えない幸福感を感じていた。それを全て読みたいと管理世界の大型終端装置のある部屋に侵入し、そこの過去の記録を調べるが、Web上にアップされていた小説は全てサーバーごと破壊されたようだった。
どうしても読みたい。その気持ちがが大きくなりミレーヌは決心する。
「過去に……りーぶする……」
時間逆行は大きな犯罪である。そもそも、タイムマシンは未来演算の為に機械のみが覗き見できるような代物。そんなところにミレーヌはやってきた。人間がこの時間逆行の中に入ったという事例は今のところない。
「もし、これが自殺になるなら、こんなクールな死に方はないよね!」
装置を稼働させる。なんともいえない極彩色の光の中、多分ここに飛び込むのはまぁまぁ意識の高い自殺で間違いないだろうとミレーヌは思った。
ミレーヌが侵入した事で各種警報機が鳴り響く、あと十分もしない内に警備機械がやってきて自分はハチの巣にされるだろう。
「じゃあ、逝こっかな」
ミレーヌはほんの少しの期待とやっと楽になれるという安堵を胸に極彩色の光の中に飛び込んだ。時間逆行が出来ない理由、巻き戻りは自分自身の存在の喪失につながるからである。
タイムパラドクスは起きないようにできている。
ミレーヌの体は原子分解されていくように消滅し、何も無かった事になるのである。そこに痛みはない。
その死に方はきっと天国に行く事もないのだろう。天国がもしあったとしてそれが同じような管理社会だったら次は本当に逃げ出せない。
(まぁ、いいやなんだか気持ちいいし)
ミレーヌがゆっくりと目を開くと、そこは人が四方から向かってくる。
「わわっ! なんだこの人たち」
日本一有名な交差点、渋谷スクランブル交差点。ミレーヌはここの知識がなかった。さらに言えば完全管理された社会において自分以外の人間と関わる事も殆どない。
目をつぶるミレーヌを怪訝な表情で見つめる通行人達、それにはっとミレーヌは思い出す。
「僕は……過去にきたんだぁ!」
それは喜び、道行く人にミレーヌは尋ねた。
「すみません! Re:Birth Arkadiaというネット小説知りませんか? ねぇ! 誰か!」
ミレーヌの言葉に反応する人は誰一人としていない。ミレーヌは他の人間と生活してきたわけではないが、それなりのコミュニケーション能力を見せた……が、場所と時間が不味かった事を彼女は理解できない。
東京の人は冷たい。
これは実のところ、東京の人が冷たいのではなく東京に多くいる一部地域の人々が異様に保守的なのである。
所謂東京の人とは江戸っ子というあれで、本来世話焼きなのである。何故なら実は元々別の地域の職人を江戸に連れて行っている背景があるので、案外冷たい東京の人という表現は間違っている。
だがしかし、ミレーヌはその所謂東京の人は冷たいの洗礼を受けたのである。人に冷たくされる事の精神的ダメージは計り知れない。
「……話くらい聞いてくれてもいいじゃんかよぅ」
完全に心が折れ、もう既に管理世界の方がマシなんじゃないかと思い始めていていたミレーヌの口元にいい匂いのする食べ物が向けられる。
「喰うっすか?」
それは長い髪をした少女、ヘッドフォンをして赤縁の眼鏡をかけている少女。見てくれはそんなに悪くはないのだが、紙袋一杯に入った何かの食べ物、そして手にもそれを持っている。 それをミレーヌに差し出してきたのである。
「な、なにそれ?」
「アメリカンドックっすよ。アメリカンとかいうけど、日本の食い物みたいっすけどね。ぶっちゃけスゲーうまいっすよ」
とてもいい匂い。普段出されている食事には絶対に出てこなさそうな栄養バランスの悪そうな食べ物だった。
それをミレーヌは本能に任せてかぶりついた。アメリカンドックは糖と油、所謂中毒性のある食べ物なのである。
「う、うめぇ! なんだこれっ!」
「いや、だからアメリカンドックっすよ。ほんとこの国とこの街には変な人ばっかりいるっすね」
少女はそう言って去ろうとした時、ミレーヌが少女に思い切って質問をする。次無視されたらどうしようという気持ちもあったが、もうこの少女しか頼れる人物がいなかった。
「あのさ、Re:Birth Arkadiaっていうネット小説しらない?」
「しらねーっすね!」
彼女の希望の火が消えるのにかかった時間は過去の世界にきて僅か三十分少々だった。過去の世界はアメリカンドックがとても美味しいというどうでもいい情報だけがミレーヌに残った。
「あー、でもセシャトさんとかなら知ってるかもしれねーっすね。セシャトさん、今旅行中でいねーすけど」
ミレーヌにとってそれは天より垂らされた蜘蛛の糸だった。ミレーヌは少女の足にしがみつくという。
「その人に会わせて! 僕はその小説を読む為だけにここまで来たんだよぅ!」
「うわっ! なんなんすかこの人……分かったっす! 分かったっすから」
少女に連れられて公園のベンチに腰を下ろすミレーヌと少女。
「自分は欄って名乗ってるっす。まぁ色々あって命を狙われてるので、変装して買い物をしていたところ、変な人に関わってしまったっす」
「僕は変な人じゃないよぅ! ミレーヌ、とあるネット小説を探しにきたんだ」
「それは聞いたっすよ。でも、セシャトさんは今ここにはいないので、ちょっと私が厄介になってる先生を紹介するっすよ! あの人もあれでいて結構Web小説に関して詳しいので力になってくれるかもっす」
先生という言葉を聞いてミレーヌは萎縮する。言葉には聞いた事があるが、ミレーヌは先生という存在を知らない。
「先生って学校とかの?」
「あー、そんないいもんじゃねーすよ。ヘカ先生はWeb小説書いてる人っす。とにかく頭おかしい人なので、ミレーヌさんドン引きするかもしれねーすけど」
後半の言葉は全くミレーヌには届いていなかった。
Web小説を書く作家に会えるという事に胸をときめかせていた。欄に連れられて来た場所はとあるマンションの一室。
「ヘカ先生、帰ったっすよー」
「お、お邪魔します」
部屋に入るとキチンと片付き、ゴミ一つ落ちていない。こんな高潔な場所で物語は紡がれる物なのかとミレーヌは感心する。
これは実のところ欄が住み着いているので、ゴミの分別を行い不要な物は全て捨ててきた為守れている秩序であった。
「ぐ、め、飯なん」
「はいはいっす」
欄は突然現れた黒髪の不健康的な生き物にアメリカンドックを食べさせる。それをハグハグと食べてその生物は再び奥に戻っていく。
「な、なんだよあの生き物!」
「あれがヘカ先生っす。多分三徹くらいしてるんじゃないすかね? あの人化物なんで多分寝なくても死なないんじゃないすか?」
先生というわりには欄はえらくヘカを蔑ろに扱っているようにも思える。だが、ミレーヌはWeb小説を書いているであろうヘカの後ろからそっと眺める。そこには何本ものエナジードリンク、管理世界では有害飲料としてその名前だけ勉強をした事がある物が机に転がっていた。死んだような瞳でモニターを前に文字を紡ぐヘカ。
「凄い、物語を書いてる……」
物語を書くという事を許されない世界、そしてそれをしようともミレーヌは思わなかった。辛そうにしながらヘカは一文字一文字タイプしていく。ふぅと一息ついたところで、ヘカはユンケルを飲む。
「あのぉ! ヘカ先生」
「あ? うおっ! 誰なん? 欄ちゃん、知らない人がおるん!」
「すみませんっす。なんか、Web小説探してるらしいんですけど、セシャトさんがいないんでとりあえずヘカ先生の所に連れてきたんですが不味いですか?」
「あれなん? ヘカの書いた優しい神隠し読みにきたん?」
「あっ、違います。Re:Birth Arkadiaって小説なんだけど」
その名前を聞いてヘカは首をかしげる。どうやら彼女にも知らない作品。欄が「やっぱりセシャトさんじゃないとわかんねーすかね」とかいうので、ヘカはジョッキに強強打破とモンスターエンジンをカクテルした物をがぶ飲みする。
「それ、どんな内容なん?」
「えっと、終わりゆく世界の中でそれに対抗する男女の物語だったと思うけど……いかんせん一回読んだけだから」
ケプっと赤ん坊のようなゲップをしたヘカは、作業をしているウィンドウズの自作PCとは別の資料表示用のマックブックを片手でタイプする。そこでいくつかのWeb小説を表示させた。
「悔しいけど、ヘカも知らないん。だから、セシャトさんが帰ってくるまで色々読んで待ってるん。そうねん。ヘカが大好きな作品を一つ紹介するん『ヤドリギ 著。いといろ』」
プロ顔負けのイラストが表示されるそのWeb小説にヘカはうっとりとした表情を見せてミレーヌにノートパソコンを渡す。
「そのラップトップ貸してあげるん。ヘカは執筆が忙しいからそこで大人しく読むん」
「は、はい! ヘカ先生ぇ」
欄以外からヘカ先生とか言われて全力テンションを上げているヘカだったが、カフェインと糖分の取りすぎで一時間後にぶっ倒れる事になる。
私が旅行に行っている間に、ヘカさんは何だか楽しそうな事を始めてますねぇ。今月はヘカさんが大好きな『ヤドリギ <此の黒い枝葉の先、其処で奏でる少女の鼓動> 著・いといろ』です。さて、この物語について私は語るのは野暮かもしれませんねぇ^^ いつか枯れ朽ち果てるまで、タタリギを討つ彼らの物語。
人類は生存競争に勝てるんでしょうか^^




