さらば、愛しき偽りの日々
さて、気が付けば6月紹介作品最後の物語となります。この物語は実は『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語・著 言詠 紅華』作者様 言詠 紅華をリサーチさせて頂き、何度か改稿をした上で作らせて頂きました^^
最後の偽りは本文に記載があります^^ 何故、和さんがあんなにもディスっていたのか、それには意味があったんですねぇ^^
「和也、和也」
和は本来の自分をゆする。和也と呼ぶ本来の自分はゆっくりと目を覚ます。和也は怪訝そうに和を見つめる。
「お前誰?」
和也は和を見てそう言う、それに和は少し寂しそうな顔を見せる。そして和は和也に言った。
「馬鹿野郎、自殺なんてしやがって、僕が助けなければ本当に死んでたんだぞ! 感謝しろよな」
和也は少し考えて自分が自殺をした事を思い出し頷く。そして和を見て和也は小さく呟いた。
「お前、なごみなのか?」
「そうだよ。和也が幼少の頃、一人遊びの友達として生み出してくれた和だよ。僕を生み出してくれてありがとう。君を、僕の一番の友人を救う事ができた」
「そっか、助けてくれてありがとう。ところでその手に持っている本は?」
和は自分が手に持っている本を和也に見せる。そこには『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語・著 言詠 紅華』と書かれた疑似小説。
「これは、始まりと繋がりの記憶かな?」
「なんだよそれ」
そう言う和也に和は本の中身を読む、その内容を聞いて「三国志?」と不思議そうにつぶやく。さらに続きを読むと和也は和に言った。
「えらく気の強い女の子だな。伯言って孫権の部下だろう」
伯言に薙瑠が柊は自分達の味方である事を強く宣言するシーン。今までの薙瑠とは違う確かに強く感じるシーンだろう。
本来の薙瑠はもう少々大人しい女の子であるが、このシーンから入った和也には随分違う印象を受けただろう。
そして……
「鬼? 一体この物語はなんなんだ? 呂蒙? 本当に和は何を読んでるんだよ……」
そこで和は涙を流した。
「僕と和也の物語だよ」
そこで薙瑠が蒼燕と同一人物であるという事を知る。和也にはなんのことやらと怪訝な顔する。薙瑠と蒼燕、和と和也、同一の存在。ここまで物語を読んできた和だからわかるこの結末。どちらかは消える宿命にあるのだ。
幼い子元が救う事のできなかった少女、蒼燕、彼女は自分自身である薙瑠を救った。それは何かに追われる毎日に嫌気がさし電車に飛び込んだ和也を守った和のように……
「やっと……僕の歯車が廻り始めた」
緩やかに薙瑠の最期を感じさせる一節と、確実に終わりに向かっている自分を重ねて和は胸がつまりそうになった。
子元は薙瑠と出会い。愛を知った。誰かといる喜びを知った。そして寂しさを知ったのだ。和は自分と和也との関係を思い返す。
友達のできない和也は寂しくて、友情を知らず、誰かといたいと願い、架空の友達を生み出した。しかし、成長するにつれて和也は沢山の友人に恵まれ、和は和也の心にある奥底へと身を秘めていく、高校三年生。
想像以上にまわりの友人が進路を決めていく中、自分は何もしてこなかった。その焦りが……その苦しみが和也を追い詰めた。
「しっかし、面白い物語だな。なんというか、少年漫画みたいな展開だ。うん、三国志ネタが入っていて俺好きだわ」
そうか、和也という男はそういう奴なのだ。和はこの作品を当初随分下に見ていた。文学作品としてはどうだろうと……
そうか、和也が好きな作風だからか……
「そうかい? 僕もだよ」
嘘をついた。
正確には嘘だった事をついた。今はこの作品の虜と言ってもいい。
「いいなぁ、俺もこんな女の子とデートしたいなぁ、二次元の女の子ってなんでこんなに魅力的なんだろうな?」
それは和には分からなかった。薙瑠は確かに素敵な女の子だが、別段恋愛対象にはならない。物語の上で素晴らしいキャラクターであるとリスペクトできるくらいか? その実、男性が書いた女性キャラクター、また女性が書いた男性キャラクターという物は異性から見た魅力という物、理想という物が書き込まれているからそう感じるのではないかと思われるが、当然和にはそれは分からない。
いつもと違う様子の子元と薙瑠、二人はそのいつもと違う感じを楽しみ意識する。二人にとってこのささやかな時間はなんとも尊いものなのだろう。
和は目を細めて読んでいたが、自分の手が少しばかり薄くなっている事に気が付いた。
成程、これが空蝉が終わる時なのかと、他人事のように思っていた。
「蒼燕は人間だった頃の薙瑠なのか、本当にこの物語は時々読みにくいな」
それは愚痴のように聞こえるが、自分の愛読書への癖を愉しんでいる和の表情、それに和也は含んだような笑みを見せて目を瞑る。
偽りの世界に少し触れ……子元と薙瑠は何かをなさなければならない。そう、それは至極簡単な事である。
大小あれど、人間は自然の摂理から離れた存在。
何かを成すために生まれてきて、そして死んでいく。無理やり自然の摂理に戻ろうとするその動きに二人は乗るのだ。
「世界系の物語なんだ。続き気になるなぁ」
和はクスクスと笑った。
自分があの時に目覚め、和也を救った事は、無駄ではなかった。これは本当につまらない呼び水なのかもしれない。
彼を生きようとさせる事ができた。
カンカンカンカンカン!
「えっここは?」
和也が驚くのも無理はない。和也は寝ていたハズだったが、今や和と一緒に電車のホームに立っているのだ。
「和也、この物語は今休載に入っている。君が僕と出会った全ての記憶を失ったとしても、何処かでこの物語を知り、そうだな。ツイッターがいい。お菓子好きのWeb小説を紹介するふざけた女性ならきっと君にこの物語を薦めてくれる。そして最新話に追いつくチャンスだ!」
「何言ってるんだよ和」
「和也、君は僕に頼りすぎだ。十八にもなって架空の友達に頼るな! 君は、今を生きているんだろう? これから君はもっと辛い目に遭うぞ? それは大学生活かもしれない、それとも就職活動かもしれない? その度に僕を呼ぶのか? そんなのは御免だよ! 僕は君の代わりにここに僕の魂を置いていく」
和也の後ろには丁度停車をしている電車が扉をぱかっと開いている。それに和は和也の胸を強く押した。
「頑張れ和也!」
「和まて! 話を」
和に押され電車の中に入っていく瞬間、和は満面の笑みで和也を送る。そして和也の思考に今まで和が見てきた物が流れ込んでいき、そしてそれがどんどん消えていく。
和という幼少の頃に自分が作り上げた最古の友達の記憶をも全てが消える。
「和也!」
目が覚めた時、和也は泣いている両親、そして相当叱られ、彼は意識不明から生還した。何か長い夢でも見ていたかのように……一つ何か大事な物を失ったようなそんな心残りだけが彼を支配していた。
一年留年し、志望大学へと進学した和也は教員としての道を歩む事になる。その間、同じゼミ生たちがこぞって行っていたSNSに見向きもせず、教員過程の実習で小学校へと彼は配属される。
「はじめまして、宮藤和也です! 夢は皆さん達と一緒に小学校で勉強ができるように先生になる事です」
小学校の教師は大変だ。国語、算数、理科、社会に体育、音楽。あらゆる科目を網羅しなければならない。
そして小学生の体力は無限と言っても過言ではない。何処をどうしたらここまで元気なのかと和也は苦笑する。和也の一日が終わる放課後、日直の男の子が黒板を消して簡単に掃除をしていた。妙に達観したような雰囲気を放つ彼に和也は声をかける。
「倉田秋文君だったね。まだ帰らないのかな?」
「あっ、宮藤先生。今日は少し寄る所がありますのでちょっと時間つぶしに教室の掃除をしてました」
なんてできた小学生なんだと思っていた和也だったが、小学生と話すような話題は持っていなかった。そこで出た和也の言葉。
「倉田君はよく本を読んでるね? 読書が好きなのかな?」
「はい! 大好きです」
「へぇ、凄いな。先生が子供の頃には全然本なんか読まなかったよ。どんなのが好きなんだい?」
秋文は少し考えると和也に聞く。
「先生、スマホ持ってますか?」
「あ、ああ持ってるよ」
「僕はWeb小説が好きなんです。調べてみてください。最近、セシャトさん。セシャトさんっていうのは近所の古書店の店主さんなんですけど、お薦めしてもらった小説があるんです。『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語・著 言詠 紅華』っていう作品なんですけど」
その名前を聞いて和也は何か頭の奥がちくりと痛む。それをブラウザを開いて検索し、少し読む。勘違いだったかと随分離れた場所を開いて文章に目を滑らせた。
「……あぁ……和。お帰り」
嗚咽を漏らす和也に秋文はどうしたのかと声をかけた。
「先生、何処か痛いの? 泣いてる」
秋文が驚きながらそう言うと和也はにっこりと笑って見せた。
「始まりと繋がりの記憶、偽りの先生……いや、懐かしい友達を思い出したんだ。倉田君ありがとう。もう遅いから帰りなさい」
「はい、先生さようなら」
和也は秋文が下校していく姿を見ながら、無性に甘い物が食べたくなった。二人分買って帰ろうかなと暮れる夕日を見ながら少し黄昏る自分、その時間に身を委ねてみようかとそう和也は思った。
これにて、6月作品『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語・著 言詠 紅華』の紹介作品を一先ず終了させて頂きます。私は偽りという負のイメージのある言葉がこれほど綺麗な物だなと知りました^^ また何処かで本作を紹介させて頂く機会があれば、また私がセシャトである時がいいなと意味深な事を残して結びとしたいと思います!! 7月の紹介作品も凄いですよぅ^^




