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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第六章『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語』著 言詠 紅華
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生き物としてのWeb小説 始まりと終わりの来訪

そろそろ梅雨がはじまりますねぇ^^

セシャトのWeb小説文庫も開設して丁度半年となります。どんどん新しいイベントを開始していきますので是非是非ご参加くださいね!

 ガタンガタンと電車が行くホームに一人の少年が佇んでいた。彼は来年に受験を控えている県立の高校三年生、宮藤和(みやふじなごみ)。彼はこの駅に来ると動機が激しくなり、身動きが取れなくなる。いてもたってもいられなくなり、入った改札から出してもらう。これは今回が初めてではなかった。今月に入っても5回は同じ事を繰り返していた。駅員もまたかと彼の行動には触れないようにしている。

 三か月前、彼の友人がここで亡くなった。それもその瞬間を目の当たりにしたのである。和はこの改札から電車に乗る事ができなければ、自分はここにずっと捕らわれるとそう思い込んでいた。



「今日もダメだった……」



 和もこんな事をしている場合ではないと頭の何処かでは理解していた。だが、和にとってあのホームで亡くなった友人に許してもらわらないと、あの電車に乗らないと、自分は自分を始める事ができないとそう強く思えば思う程、和は進めなくなった。

 志望校は難関というわけではないが、そこそこ偏差値は高く比例して倍率も高い。もう意味がないかもしれないが、参考書の一つでも買って帰ろうかと和は近くを闊歩する。古くからありそうなパン屋さんを見つけ、小腹がすいたのでメロンパンを一つと一口サイズのクロワッサンを少しばかり購入。メロンパンを食べながら近くに古書店の看板を見つける。



「こんなところに古本屋なんてあったっけ? 『ふしぎのくに』いかがわしさ100%だな。まぁいいや」



 戸を開けると小さめの店内に広い感覚で本棚が並んでいる。天井は妙に高いなと、和は居心地は思ったより悪くない事にぐるりと中を探索する。絵本、児童文学、翻訳版の洋書、外国語表記の児童書、ライトノベル、有名な文学シリーズ、物凄く少ない範囲で漫画本が置かれており、参考書の類はここにはない事に少しばかりがっかりする。古本屋に参考書を探しにくるのもおかしな話かと和は店を出ようとした時、奥から店主の声が聞こえた。



「いらっしゃいませぇ!」



 奥から出てきたのは褐色に銀髪の女性、そして透き通るようなエメラルドグリーンの瞳、和はこの女性にえも知れぬ恐怖を感じた。こんな人間が存在するのかと……その女性は和に微笑む。



「お店の方ですか?」

「はい! 店主のセシャトです。何かお探しでも?」

「受験生なんで参考書をと……でもないみたいなんで、失礼します」



 セシャトがカウンターに立つとノートパソコンを立ち上げる。そのパソコンを見て和は呟いた。



「あいつのと同じパソコンだ」



 リンゴを齧ったようなマークとうっすぺらいノートパソコン、某珈琲のチェーン店ではこのパソコンしか持ち込んではいけないのかというくらい作業をしている人を見かけるメーカーの品。



「ふふふのふ! 新調したのですよ! 薄い、速い、重い!」

「重い?」



 そう、このメーカーのマシンは見た目のコンパクトさに反してわりと重量がある。和も持ってみて「ほんとだ」と理解する。

 ふと画面を見た時に和はこう呟いた。



「漢文?」



 和の反応にセシャトは目を瞑りふふふと笑う。和は不気味な人ではなくおかしな人なのかと少し引いていたらセシャトは目をカッ! と見開いて和に詰め寄った。



「そうなんですよ! 中華系和風ファンタジー『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語・著 言詠 紅華』どうでしょう? 勉強の息抜き読まれてみては?」



 和は見せられたWeb小説を少し読みクスりと笑う。



「青い色の髪をした人間が何処にいるんですか? 僕はこういう非現実的な物語はあまり好みません……ですが、文章は確かに上手いですね」



 和は率直な意見を述べた。それにセシャトの顔が段々と緩くなっていく、さっと身を隠したかと思うと、戻ってきた手にはお盆、そこには大きなロールケーキ。



「アンテノールさんのケーキを買っていたんです! 良ければ一緒に食べませんか?」

「あー、伊勢丹の中にあるケーキですか?」



 和は意外と甘い物が好きだった。今回セシャトが用意したケーキも何度か食べた事があった。しかし、一つ質問がある。



「ここって古書店ですよね?」

「あ、はい! Web小説を紹介するという裏の仕事もあるんですよぉ!」



 小さい声で言うが別にそんなに悪い事でもないし、内緒話で言うような事でもない。しかし、この一挙一動コミカルなこの美人を見ていると思い詰めていた自分が馬鹿らしくなってきた。それ故に和はこの戯言に付き合ってみようかと思えた。セシャトについて母屋へと向かうと、そこには家庭用のコーヒーサイフォンが容易されている。このセシャトは相当な嗜好品への趣味があるようで、珈琲と紅茶が沢山並べられている棚が見られる。



「ふふふのふ! カルディさんで新しい珈琲が出ていましたので丁度、普段飲む珈琲を変えましたよぅ! バードフレンドリーダークローストです! ちょっと濃いめですが、美味しいですよぅ! お砂糖は入れますか?」

「いえ、ブラックで」



 セシャトは何やら鼻歌を歌いながらマッチで火をつけて珈琲を淹れる。ぷーんと匂う燐に少しだけ和の心が和らぐ。



「本作はなんで最初に漢文があるんですかね? ぶっちゃけこれっていりますか?」



 ロールケーキを切り分けて和の手元に置く、和は会釈してそれを受け取ると「どうぞ」と手を差し出すセシャトに言われてそれを食べる。甘すぎないクリームがフルーツを引き立ててくれる。この上品なロールケーキは何度食べても飽きはしなかった。



「この漢文は、単純にカッコいいじゃないですか! ちょいちょい物語の核心を晒しながら見せる手法なんですが、ここに漢文を持ってくるというのはちょっとした工夫です! 小説を見て楽しむ手法を本作『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語・著 言詠 紅華』は演出しているんですよ」



 和はひねくれものではない。そう言われて読むと確かにそうなのだろうと瞬時に理解する。確かに読みやすい物語であると思う。がその反面理解がしにくい。



「先ほど、文章は上手いと仰いましたよね?」

「え、えぇ」

「他の作家の方と書き方というものはそこまで相違ないんですよ。しかし、本作がいやに読みやすく感じるところが直接表現の中に、たまに否定をいれる。必要なところに句読点が入っている。本当に、ただ文章ルールという物を守られているんでしょう。この文章は本当に読んでもらう為に考えて文章を書かれているのか……あるいは作者様に恐ろしい才能があるのかのどちらかでしょうね」



 小説という物の書き方にルールという物は基本的にはないだろう。本作も随分自由に書かれている。そんな中で、しっかりと文章を考えて書かれているという事の強みは読んでみると感じる。物語が面白いか、面白くないかそれ以前に非常に文章が上手いと感じるとそれだけで作品の質は一段上がるであろう。世の中にあるWeb小説はどれも実に面白い、そして実に素晴らしい発想でできあがっている。しかしながら、詩的表現や難しい言葉を連呼する事で、実際意味が分からない文章という物も多々存在する。

 そんな中で本作は小説以前に文章の基本に忠実であると言えるかもしれない。それ故にセシャトはこうも和に言う。



「本作はWeb小説向きではないですね」

「Web小説向きとは?」



 和が随分乗ってくれたのでセシャトは嬉しくてたまらない。和は頭の良い人物なのだろうとセシャトは理解する。彼は気になった事は知識に入れておきたいと頭を切り替えている。何故なら、スマホを取り出して本作『三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語・著 言詠 紅華』を自ら読んでいるからだ。



「テンポが遅いんですよね。Web小説という物は生き物なんです。読者さんが面白いと感じても、それを毎回持続させなければいけません。本作は数話読んで面白さを実感できる作りになっています。これは4月に私が紹介した作品にも言えますね」



 和はセシャトの言っている事がいまいち理解できなかったようで首をかしげる。彼は今まで様々な文学作品を読んできた。本屋大賞や芥川賞を受賞したような物もである。



「それって別にいいんじゃないですか? 普通に物語として楽しめれば……」

「和さん、第一話あたりを読んだ時に、物語があまり入ってこなくなかったですか?」



 図星であった。文章は上手いが、何処となく置いてきぼりのような、説明が不足していると率直に感じた。



「えぇ、確かに。ですが、数話読めばその疑問は消えましたよ?」

「その数話がWeb小説では読まれないんですよ。第一話はかなり重要ですし、逆に言えば大きくファンをつけてしまえば、あとはどんな展開に持って行っても楽しませる事ができるでしょう」



 和は何か反論しようかと思ったが、単純に違いを理解してしまった。自分が買った本や借りた本であればその意思決定は自分にあり、とりあえず読み進めもするかもしれない。Web小説は一般公開されている事もあり、表示形式も一話完結で次の画面に進むようになっている。

 特に興味がなければそこでブラウザを閉じかねない。それも、これだけのネットに膨大な量のWeb小説があれば二度と同じ物を読む事もないかもしれない。



「二話、序章も含めると三話にしてはじめてキーワードである『櫻の鬼』こと薙瑠さんの正体が分かります。これは最高、絶妙のタイミングといえるかもしれません……が、ここまでにページを閉じられる可能性があります。例えば、お帰りになろうとしたお客様のように」



 痛いところを突かれた。漢文に興味をもっただけ、キャラクターの設定がいかにも子供向けだと感じた事で読むのを辞め、帰ろうとしたのは事実。



「ふぅ、僕は宮藤、宮藤和です。この作品を読んでたら、現国の読解問題には役に立ちそうですね。僕は読みますよ。いまだにまだ物語の理解ができませんし、『空間変化』とやらがどんな力なのか気になりますしね」



 和はそういうと腕時計を見て帰る事を告げる。スマホで彼は読む事ができるので、ここにはもう来ないかなとセシャトは心の中で思っていたが、和は帰りにこう聞いた。



「また来ていいですか? ケーキのお礼をしたいので」



 ぱっと華が開いたように笑顔を取り戻すセシャト。



「はい! 是非」

6月作品は外れがないと言われている和風ファンタジーにおいて、恐らく読者層を相当選びそうな一作となります。実は安定的な一作と決選投票を制した本作、そこはやはり読みやすさという地味なれど強力な武器をお持ちだという事なんでしょうね^^

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