デットストック症候群 挿絵の威力
さて、五月ですねぇ。少しずつ気温が高くなってきましたけど、まだ過ごしやすいですね!このGWが終わると本格的に夏の準備が始まりそうです。今回の5月ですが、推薦された作品という少し変わった趣向を取らしていただきました。だいたい一票ずつの推薦の中、三票を獲得されました。これは完結作よりも連載作の方が推薦しやすいのかもしれませんね^^ 今月の作品も面白いですよぉ!
「師尚父、お会いできて光栄です」
随分使い古した皮の鎧を纏った若い兵に声をかけられた男。彼はその熱意に溢れた若い兵をちらりと見るとまたこの眼差しかと少々うんざりしていた。そして、師尚父と呼ばれた男はまわりに誰もいない事を知ると、金属で縫った衣服を若い兵に渡した。
「その無意味な皮の鎧にこれを着ておきなさい」
「これ……は? あぁ! やはり師尚父は偉大です。今までの奇策といい、大国殷をここまで追い詰めたのも師尚父のその戦才によるものですね」
(違う。私が優れているわけではない……この時代にそんな鎖帷子なんてものは本来ないのだ)
「此度の戦で、あの愚王を討ち、殷を終わらせる。よいな?」
師尚父と呼ばれた男は心にもない事を言い若い兵の士気を上げると席を外した。男は古代中国に生きる唯の雑草だったのかもしれない。元々仕えていた国を気が付けば討とうとしているのだ。
それには、男の特異体質と言うべきか? 彼は突如眠くなり、意識を数分失う病を患っていた。それを親家族、友人達は何かの呪いではないかと言われ続けてきた。
「ナルコレプシーというらしい」
平成の世でもいまだ解明されていない病名。それを口にした師尚父、いや太公望と記せばより多くの人が知っているかもしれない。病名が確定する三千年も前に彼はその名前を知っていた。
何故か?
色んな事があった。そう少し考えていた瞬間、太公望は再び短く浅い……されど、遠く重い時間を過ごす事になる。
「ここは?」
男は木でできた椅子に座って居眠りをしていたようだった。自分の獲物は短刀だけかと少々心もとないと思いながら辺りを見渡す。
「お目覚めですか?」
ぎょっとした。
自分の目の前には異民族のように肌と髪の色が特殊な女がいる。彼女はご存知、古書店『ふしぎのくに』店主のセシャト。
「女主人、ここは何処だ? 書蔵庫か……いや、本屋というやつか?」
「はい! ここは古書店です! 私は店主のセシャトです。……お客様は、突然私がオヤツを取りに行って戻ってきたらこちらでお休みになられており……」
紀元前千年以上前から、西暦二千年以上先、男は三千年の時を越えてきたのである。そして男はこう呟いた。
「嗚呼、またか」
男にとってこれは初めての出来事ではなかった。最初こそわけもわからず牙を向いた事もあったが、大抵の未来は自分の知る世界とは違い穏やかで戦争等殆ど行われていないという夢を見ていた。
だから、彼には分る。これも……夢。ならばこの夢からも何かを得ようかとそう思った。
「ふむ、時にセシャト殿、私は姜と申します。一つ貴女に伺いたい。殷という国を知ってはいますか?」
男のこの質問に対してセシャトは少し深く考える。セシャトは世界史はおろか、日本史の智識は皆無である。
但し、Web小説に記載されている物であればそれが正しいかは置いておいてほぼ頭の中に年表が入っていた。
「そうですねぇ。最古の王朝、神と言われた夏の国を滅ぼしたとWeb小説で読んだ事がありますねぇ。ところで姜さんは、中国の方という事で宜しいのでしょうか?」
姜は自分の国が後に中国と呼ばれる事をいくつかの夢で聞き知っていた。四千年の歴史等と言われているが、実のところ中国の建国はまだ百年程しか経っていない。夢とは分かっているが、これが事実であれば後の世には殷も……自分が仕える周という国も存在しない事になる。
「ほう、では殷はどのようにして滅ぶのか?」
喜々としてその答えを聞こうとしている姜にセシャトは頭を下げて謝罪した。彼女にはその知識は無かった。
「申し訳ございません。私にはそのあたりの事を知ってはいないんです。私が姜さんにお伝えできる事があるとしたら、それはWeb小説についてオススメをする事でしょうか?」
姜はまたしても聞いた事のない言葉、されどその言葉の意味と使い方が分かればそれが戦において実用的である可能性がある。
「そのうぇぶ小説という物はいったい?」
姜のその言葉にセシャトは水を得た魚のように目を輝かせて、カウンターのノートパソコンを持ってきた。姜はそれが、情報を得る為の道具である事をいくつか前の夢で見知っていたが、こんなにも薄くて小さくなっている事に未来の速度という物に身震いした。セシャトが見せてくれた画面には何やら文字が並んでいる。
「書物……なのだろうか?」
「ですねぇ、それも物語ですよぅ! これは姜さんにとってはとってもオススメの作品になりますからねぇ!」
物語、それに姜も心が震えた。未来の物語から得られる技術や知識という物は馬鹿にできない。セシャトが姜に見せようとしている物の内容について姜はゆっくりとセシャトに尋ねた。
「それは興味深い! どんな物語なのでしょう? ここよりもはるか遠い未来を語った物等であれば嬉しいですな」
先ほどまでダウナーだった姜がテンションを高めにそういうので、セシャトはにっこりとほほ笑むと姜にこう言った。
「ふふふのふ、実は三千年くらい前の殷について書かれた物語になります! いやはや、本作をこんなにも早くご紹介させて頂くことが来るとは思いませんでしたね」
光の速さでテンションを上げるセシャトに反比例して姜は恐ろしく乗り気ではない表情をセシャトに見せる。
「……お気持ちは嬉しいのですが、何故殷の話を?」
「姜さんは、殷の最期についてお知りになりたかったようです。ですが、先ほど申した通り私にはそれを姜さんにお伝えする事はできません、であれば逆に殷の成り立ちに触れるというのはどうかと思ったのですが、本作は時代的には中後期の物語となります」
姜からすれば、それは激しくどうでもよい事だった。断ろうとしたその時、セシャトが見せている画面を見て姜は思わずこう呟いた。
「美しいですな」
それはセシャトが開いてたWeb小説の序章に飾られたイラスト、それに姜は目をとめた。セシャトはそれにクックックと悪者みたいな笑い声をあげる。
「そうなんです! 本作はこの耽美なイラストもまた目が離せないんですよぅ! 頭の冒頭だけでもお読みしますよ! 『婦好戦記 〜古代殷王朝の戦う王妃と乙女だけの巫女軍〜 著・佳穂一二三』」
この物語の面白いところは実在した人物を取り上げた歴史ファンタジーに位置する物語である。文字を女性が学ぶ事を忌とした世界、文字を学んだ主人公サクが婦好の年代史を軍師となり書き記していくという物語。
「このサクという者、ただの娘でありながら軍師にまでなったと……女だけの軍……そんなもの私がいた時の殷には……なかったな」
セシャトは姜の大いなる独り言を気にもせずに続きを読もうとしたが、その前にオヤツをとセシャトは再び母屋に向かう。
「本日はチーズケーキをと考えていましたが、ここは雰囲気をだしましょう!」
セシャトは蒸し器を取り出すと、桃の形をしたお饅頭、桃包を持って姜のいる店内へと戻ったが、彼の姿は何処にもありはしなかった。
「あら、お帰りになられてしまったのでしょうか?」
きょろきょろとあたりを見渡すと、セシャトの視界に金色の髪をした小柄な少年、あるいは少女の姿が見える。
「セシャト、とんでもない奴を店に招き入れよったな。私も物語でしか名前は知らんが、あやつ太公望と呼ばれておる名軍師だ」
いつからいたのかとセシャトは神様を見つめ、そして太公望という名前を頭の中で半数し、セシャトの瞳の瞳孔が開いた。
「えっと、神様、あの太公望さん?」
釣り名人というイメージが一番強いのではないだろうか? 神話の時代の有名人、時に神として、時に軍師として、時に妖怪、仙人として彼の出演作品は多岐にわたる。セシャトも度々読んできた書物やWeb小説において彼と出会ってきたが、全くセシャトが物語を通じて知った太公望とは違っていた。
自分に自信がなく、やる気もあまり感じられない。そんな人が、太公望なのかと疑問を感じざる負えなかった。
「セシャト、お前。あやつが太公望だと思えんのだな? 太公望とは言わば肩書だ。大公が望んだ人物。それが奴よ。あ奴、デットストック症候群なのだな。これで、奴が神格化された意味も少しわかった気がした」
「神様、デットストック症候群ってなんですか?」
「知らんのか? 遠い過去から未来に来てしまう体質を持った者だ。この体質はわりと限られた人間には発症しているようだの。特に歴史を動かす連中は……あやつらが何を何処で見て、歴史を動かしたのか……とな?」
デットストック症候群なんて聞いた事がない。セシャトは茫然と神様の話を聞いていると神様は桃包をじっと見つめている。
「中華饅頭、中身は小豆の餡子か?」
「は、はい! そうですよぅ! 姜さんが喜んでくれるかなと思ったんですが、もういらっしゃらないので」
「貴様は馬鹿だの。太公望の時代に中華饅頭があるわけなかろう。それに小豆の餡子なんぞ、奴がくったらゲシュタルト崩壊を起こして死ぬぞ、という事でそれは私が処理してやろう」
ひょいと桃包を一つとると神様はぱぁくりとそれにかぶりつき、美味しそうな表情を浮かべた。そしてセシャトが開きっぱなしの『婦好戦記 〜古代殷王朝の戦う王妃と乙女だけの巫女軍〜 著・佳穂一二三』を見る。手についた餡子をペロリと舐めて神様は喉が渇いた事をセシャトに目で合図する。
「この者の作品を太公望に薦めたのか、セシャト、お前は案外残酷かもしれんの」
「えっ?」
セシャトは後の太公望、姜子牙が元々殷に仕えていたという事を知らない。神様はハァとため息をついてセシャトにこういった。
「あの太公望、また来よるぞ! あ奴のデットストック症候群は『婦好戦記』を読む為に発症したのかもしれん。あと、あれだ! 私にパピコをくれたこの作者に何かお返しを考えておけ! よいな? 私は腹が満たされたので昼寝でもするよ。ふぁーあ」
言いたい事だけ言って神様は奥の仮眠室へと消えていくので、セシャトは片付けをして、一つ余っている桃包を頂いた。
「はぁ……日中のハイブリットお菓子、たまりませんねぇ!」
なんと、古書店『ふしぎのくに』にとても昔の方が来てしまいましたね。もしかすると、昔の方が来られたのではなく、古書店『ふしぎのくに』が過去に行ってしまったのかもしれません。一か月間、姜さんと私が『婦好戦記 〜古代殷王朝の戦う王妃と乙女だけの巫女軍〜 著・佳穂一二三』を読んでいきますが、まだお読みでない方は是非お読みいただいてからと存じます。本紹介作品より中国の歴史や文化等に関して詳細に書かれていますよぉ!




