それは、一つの答え
まさか、本作の完結に1年以上の月日がかかるとは思いませんでした^^ それだけこの『惑星の詩 作者不明』という物に関して当方も扱いを慎重になっておりました。この作品ですが、小説と呼べるものなのかは難しいです。ですが、実に惹かれる表現と技法が散りばめられており、現在のweb小説とは一線を画す作品であるという事だけお伝えしておきますね!
二人はお台場にある大江戸温泉に来ていた。そのまま一泊してしまうか、あるいは温泉にだけ浸かって帰るか気分で決めてしまおうとセシャトに言われ、欄は押し切られてしまった。
「ふひひっ、わたし……こういうところでお風呂に入るの……はじめてです」
ちゃぷんと広い大浴場で二人して並んで表情をふやけさせていた。欄は気が抜けた顔を見せながら、セシャトが首からネックレスのように金色の鍵をぶらさげているのを見て、コーラの王冠を外し、これの事かと納得する。
「ではここで、最後の考察と行きましょうか? 欄さんはこの作品を書いた方の年齢はおいくつくらいだと思いますか? 私には大人なのか、子供なのか検討もつきません。ですが、公開されていた場所は子供が集まる場所だったと言われています。という事は子供なんでしょうか?」
それに、欄は静かにこう呟いた。
「これは。多分実験作品だと私は思います。美味しい食べ物は子供が美味しいと言った物という風に子供が面白いと思えるかどうかという事調べる為の作品だったのでは?」
どもらない欄、それにセシャトは気づかず、逆に欄の考えについて非常に納得ができた。この作品が公開されていた頃、小説投稿サイトは存在していなかった。
「あー、成程です! でも少し違うかもですよね」
欄が言いたい事は、この作品はもしかすると、今主流となっているweb小説投稿サイトが根付くかの実験的な事を行われていたのではないかという、少しばかり飛躍した考えだった。それはさすがにないだろうとセシャトも訂正しようと思ったが、そもそも自分はその時代にはまだ存在していなかった。
「ふひひっ、そこで子供達が……夢中になることで製作が進んだかも……ははっ」
セシャトもその時代の事はネットやweb小説からしか知らない。
だが、現行の主流のオタク層の年齢よりもさらに下の十代前半あるいは小学生くらいまでのホビーに力を入れていた時代でもある。もし、web小説投稿サイトが小学生くらいからをターゲットに考えられていたとすれば……
「もし、もしですよ? 欄さんが仰っている通りだとすれば、この作品を書かれた作者さんは天才と言っていいでしょう。子供達の心を鷲掴みにしているのですから……」
欄は他と比べる程の知識を持っていないので何とも言えなかったが、このセシャトがここまで言うのであればそうなのだろうと思い、自身としても相当レベルの高い作品であろうとは感じていた。
「さすが、欄さんですね」
「はひっ?」
「本作品は当方の写本でしかない物です。出来る限り投稿されていた情報を基に当方も復元を行いましたが、当時物とは恐らくかなりかけ離れているでしょう。ですが、この内容と当時の環境からここまで読み込んでしまうなんて、欄さんは何処かの国の諜報員でしょうか?」
セシャトには何でもお見通しかと欄は苦笑する。確かにセシャトの言う通り、欄はこの少ない情報と内容からこの作品を割り出した。恐ろしく地味であり、確実な方法で当時の子供達の心を掴むというこの作品のシーンに感嘆を覚えた。
「だいたいゲームとかだと……ふひひっ、すぐに広まるんですが……ははっ、どうなんでしょうね、でもよく……考えましたね……子供の人気を小説で得る方法」
文章作品はいずれ無くなっていくと少し前から言われてきたが、現在も問題なく存在している。それは作中でも少し触れられているが、文章を読む事より視覚から精製されている情報媒体が新しいエンタメの正体であるとその作品ではは有力視されている。されど、あえてその逆を行く小説という形式……詳しくは書けないがある子供達が興奮する手法が取られている。
……さらに言えば、日本国においては小説もどきをこの時代から執筆するのが実は流行っていた。ブログが流行るもっと前からである。時代は変われど、小説家という職業に憧れを持つ人が一定数存在していたのだろう。そして、今の時代としては邪道、あるいは前衛的な手法が目立つ。欄はあえてセシャトにその事を聞かなかった。
「あらあら! それは凄いですね!」
湯舟から立ち上がったセシャトの裸体を見て、欄は顔を半分沈めてからこうセシャトに冗談をふっかけてみた。
「セシャトさん……ふひひっ、脱ぐと……凄いんですね」
「あら? 毎日乳製品を取ってるからでしょうか?」
冗談の通じなかったセシャトに欄は自分の貧相な体と見比べた上で指摘をしてみる事にした。
「そこは……へへっ、欄さんのえっちー、とかが相場ではないかと……ふひひっ」
少し考えてからセシャトは口元を手で隠して、欄の遊びにのっかった。
「欄さん、女の子同士でダメですよ! めっ! です!」
欄は恥ずかしがりもせず、こんな恥ずかしい事を言うセシャトに尊敬の念にも等しい物を感じ謝罪してみた。
「ご、ごめんなさい」
「はい、では素直にごめんなさいが出来た欄さんには特別に良い物を見せてあげます」
先ほどまでいたハズの周囲の客の姿が見えない。欄は虚ろな瞳でセシャトを見ていると、セシャトは金の鍵を持って何やら聞いた事のない言語を語る。
『мувифкусунов(web小説映像化)』
セシャトと欄の前に、巨大なソリッドビジョンのような物が広がる。それは、今まさに話をしていた『惑星の詩 作者不明』の映像。
「……なんすか、これ?」
欄はあまりの出来事に素になり、セシャトを見つめる。セシャトはほほ笑んで、欄に今の状況を説明した。
「私は、Web小説を広める為に神様に生み出された存在です。そしてこれはWeb小説、映像化です。これで最後の感動を一緒に楽しみましょう!」
奇跡、こんな事がありえるわけがない、そう欄は頭では理解しながらも、自分がファンとして愛した作品が映像化されてしまっているこの現状。それはセシャトと考察している余裕等なかった。ただ食い入るように目の前の映像を観客として見ていた。
そして、この世界の本質を知った欄は湯舟の中で茫然としていた。さすがにここは予測していなかった……
「呪いのビデオ、リングという有名な書籍をご存知でしょうか?」
セシャトの声を音として聞き、簡単に頷く欄、セシャトは金の鍵を振ると、目の前の映像が消え、先ほどまでの人が沢山いる温泉施設に戻っていた。
「あの呪いのビデオというのは、実はコンピュータウィルスという事をご存知でしょうか?」
様々なホラー物とコラボし、単純なホラー作品と思われがちだが、あれは仮想世界の同化ウィルスの作品である事はあまり、知られてはいない。
「あれを読んだ時と、全く同じ衝撃が本作にもありますよね。本作の主人公さんが最後の最後に天上の頂に何者かがいるという事に気づくんですが、残念ながら彼らの知識の遠く及ばない存在なんですよね」
途中から欄はセシャトの話を完全に聞いていなかった。なんだこの物語はと、怒りが込み上げてきた。
「こんな話ないっすよ……」
「どうしました?」
「『惑星の詩 作者不明』本作は子供達に何かを伝えたかったんすよね? それが、こんな……意味なんてないような終わり方……バットエンドよりひどいじゃねーすか!」
欄の本性を見たセシャトは何も驚かずに優しく欄を抱きしめた。回りの顧客は何があったのかと二人を見ているが、次第に興味を持たれなくなり、欄が落ち着いたところでセシャトはこう言った。
「怒りによる感動、はじめてみましたよ。作品を愛しすぎて、物語の流れ、さらには作者さんにも一時的とはいえ憎悪を向けてしまいましたね? それは欄さんがこの物語を本当に好きだからそう思える素敵な事なんですよ」
欄はセシャトと話していて気が付いた。彼女もまた、自分とは同じ領域ではないもっと高いところ、それこそ宇宙から自分を見下ろしているのではないかとそう思って感情に意識と体をゆだねることにした。
自分はまだ、まともな人間の感情が残っていたという事への驚きと喜び、いつからか経歴も名前も何もかも嘘で塗り固められてきた自分が誰とも知らないネットの中に無数とある小説の一つに救われたような気がした。子供が泣く事で自分の存在意義を周囲に知らしめるように、欄は声にならない声をあげてセシャトの腕の中でわんわんと泣いた。
欄が落ち着きを取り戻すのにはしばらく時間を要した。泊って行こうというセシャトの申し出を仕事があると言って申し出を断った。
「もしもし、ボスっすか? すみませんっす、失敗したっす。古書店『ふしぎのくに』相手は自分にはちょっと荷が重いっすよ……はい、覚悟はできてるっす」
表情を殺し、口を強く閉じた欄は電話を切るとスマートフォンを地面にたたきつけた。中身が見える程破損したスマホを見て、欄は歩き出す。
「もし、セシャトさんと一緒に泊まっていたらもっと沢山の面白い小説の話……できたんすかね?」
そんな夢物語を呟く欄の元に、目を吊り上げた黒髪、目に隈さえなければ美少女が立っていた。
その少女を見て欄は面白そうに笑うと持っていたペットボトルのポカリスエットを投げる。
「インフルエンザ治ったんすね? 調子どうですか?」
「セシャトさんに何の用なん?」
開封済みのポカリスエットをごきゅごきゅと少女は飲み干した。
(人の飲みかけを普通に飲むんすね……確か、ヘカさん?)
そう彼女は欄にインフルエンザを感染させられたヘカ、本来であればまだ寝込んでいないといけないハズなのにヘカは気だるさを感じさせない。
「答えるん。何の用なん?」
「さぁ、今回のボスがセシャトさんの情報と金の鍵を欲しがったから、その仕事を請け負っただけなんすけど、『惑星の詩 作者不明』の話をしてたら、面白すぎて仕事の事、忘れちゃってたっす」
へらへらしている欄をヘカは睨みつけるとこう言った。
「その作品を知らない方がおかしいん。今回は、ヘカをインフルにした件も含めて目を瞑るん。でも、次セシャトさんに何かするなら、ヘカは許さないん」
欄は月の光に照らされるヘカの影を見て、少し驚いた。九つの首がうねっている何か、人ではない影。
「ふひひっ、ヘカさんを私の持つ知識と技術で攻略してみても面白そうっすけど……自分は危険な事はしない主義なんで、守るっすよ。ヘカさんって惑星の詩が擬人化した姿なんすか?」
宵闇に二つの影が交差し、別々の路を歩んでいく。欄はなんと面白い連中がこの世界にはいるんだろうかとそう思って、もしかしたら自分もどちらかといえば人間側ではない世界に住んでしまっているのかと苦笑した。
パス!
それは乾いた音、嗚呼そうかと欄は理解した。所詮は自分はただの人間、人ならざる者達に関わった代償を今払ったのだなとゆっくりと重力に従った。
「……れ?」
自分を覗き込むのは不健康そうな少女、ヘカ。
「鉛玉ぶち込まれて死なないん、人間なん?」
あたりを見ると汚い部屋のベットの上にいるようだった。ここは恐らくヘカの家なんだろうと欄は理解する。
「あれ? 助けてくれたんすか?」
「助けたん」
このヘカは自分にかなりの怒りを向けていたハズ、それなのに何故と思ったが、すぐにそのわけは分かった。
「ごめんなさいっす」
「分かればいいん。セシャトさんが悲しむん、代わりにほとぼりが冷めるまでヘカの助手するん! いいねん?」
助手ときた。
欄はこのヘカが即売会用の本を作っていた事を思い出し、小説の助手をするという事なんだろうと頷いた。
「で? ヘカ先生の何を手伝ったらいいんすか?」
「ヘカ先生! いいねんそれ、もっと呼ぶん!」
なんどかヘカ先生という魔法の言葉を連呼した後に、ヘカはSFとファンタジーのハイブリット作をかくと言い出した。
「ヘカは、『惑星の詩 作者不明』の作品を越えるん! 子供達に人気のある内容で今のラノベ好きを唸らせる要素を入れた作品なん!」
それを聞いた欄は呆れた顔をヘカに見せてこう言った。
「ヘカ先生、それってただのパクリなんじゃないすか?」
テンション高く怒るヘカとダウナーにそれを処理する欄。二人の騒動は朝方まで続き、近所迷惑を通報されて大家にヘカがこっぴどく叱られる事になる事をまだ二人は知らない。
『惑星の詩 作者不明』の完結作品となります。恐らく意味が理解できない部分も多々あると思いますよぅ! ですが、この状態で公開をしたいという事で、対応させていただきました。そして、やっとヘカさんと欄さんの出会いのお話をお伝えする事ができました^^ ここからあの二人は仲良しになられたんですねぇ! 長らくお待たせし、申し訳ありませんでした!




