伏線という物を立てない作品
さて、最近『ワリカタの挑戦』というイベントがカクヨムさん行っています。なろう版では読めない素敵な物語群を紹介するイベント作品ですが、よろしければそちらにも参加してみてくださいね^^
日差しが随分穏やかになってきた夕方前、この即売会イベントも残すところあと二時間となった。まわりを見渡すと完売と書かれたプレートを出しているサークルや、人気の大手なんかは集まって談笑している。それをセシャトと欄は苦笑しながら眺め、目があった彼女達は大量の本を前にしているセシャト達を気まずそうに見つめると再び談笑に戻った。
彼女達はこの後にお洒落なスイーツでも食べに行くのかもしれない、いわば勝ち組のひと時なのだろう。残り時間も少ない中セシャトは欄の方に振り返った。
「一冊くらいは売れたらいいですねぇ」
希望的観測だろう。
だがしかし、セシャトと欄は『惑星の詩 著・作者不明』という特殊な作品を楽しむ事で、大手サークルに引けを取らないような盛り上がりを見せていた。周囲からすれば何をそんなに楽しんでいるのかと稀有な視線を向けられている。
「本作の凄いところは、作者さんが物語を先に考えて書く事ができない事なんですよね! 募集をかけた人達に対して物語を展開していますから」
現在のWeb小説の基本という物がなに一つ通じない作品であり、セシャトも聞き知った事でしかないのだが、毎日募集をかけて毎日更新をしていたという。それは今のWeb小説を書かれる作者達ではちょっと真似のできない芸当である。何故なら、プロットをつくり、ストーリーを練って、書き上げ、そして推敲作業。
普通はそうやぅて作品を作り上げていくのだろうが、本作においては募集をかけて募集が集まったらそのままの勢いで物語を書き、掲示板に投稿する。
セシャトにも理解のできない領域の筆力を持ち、構想力、創作力と人間のそれとは思えない。
「ふふふのふ、このWeb小説は二度と書き上げる事ができないという事の希少性が凄いですよねぇ」
「ふひひっのひ、ですよねー レギュラーの……ふふっ外し方が、本当に逸品で……ははっ」
リアルタイムでどういった募集があったのかまでは分からないが、主人公ではなかったのかと思える存在が突如としてリストラされるような描写が多々存在する。キャラクターの扱いが決して雑というわけではない。されど、これも今のWeb小説家には絶対に真似が出来ない芸当だろう。自分が愛情を込めて書き上げた主人公を次の話で平然と使い潰すという事が出来る作者はいないと言っても過言ではないだろう。
セシャトは無意識に唇の端を噛んでいた。この作品は古書店『ふしぎのくに』先代が残した遺産である。
「ここは、驚くというよりさすがですね欄さん。そうなんですやや感情移入していたキャラクターさんの方々の一斉退去、そうですね。これを私が持てる知識で表現するとしたら、第二章、あるいは同じ世界感での別作品の展開というようなものでしょうか?」
セシャトはまだ半分程残っている瓶コーラを一口飲むと、自分を律するように欄の意見を待った。欄はドーナッツを小さくちぎって食べると欄はこれまたセシャトの予想を裏切る事を言ってのける。
「この『惑星の詩 著・作者不明』……ふふっ、もしかすると、個人ではないとか……ふひっ、一人でこれだけのキャラクターを……ふひひっ操り切れるものなんでしょうか? ここまで読むとどのキャラクターも……ふふっ、安心して読めないという新鮮さを感じますし」
最初何を言っているのかセシャトには分からなかったが、この物語を書いている人物はスパコンみたいな処理を行っているが、紛れもない現実世界の作者であり、現実世界からこの作品のをこの速度で書くとなれば当然……複数人と予測を欄はしたのだろう。
「それはあまりにも深読みのような気もしますが……確かに合点が合うところもありますねぇ……『惑星の詩 著・作者不明』この物語がいかにこの世に存在していたという事が信じられないと感じる所以になりますねぇ」
この第二章とセシャtが勝手に表現をしている同じ世界感での別の物語が展開される事に関して欄がもう一つ評価している点。
「……この作品ですが、読み手の年齢を鑑みて……ふふっ、造形されているような? 見事ですね。ははっ」
「おや? そこを評価されますか、通ですね! 実は私もこの場面はオススメポイントなんですよ。恐らくは小学生から中学生の男子をメインターゲットにしている本作で、作者さんは、募集をかけたキャラクターをどれだけ凄いキャラクターだったかというそこを説明しているかどうかで、読者ウケが随分変わります」
本作『惑星の詩 著・作者不明』において、驚くべき事としてはあきらかに即興で書かれた物語でありながら、読者の事を考えてあり、しっかりとした一本の物語が展開されている事なのである。
欄はそこを深く読み取っていた。考える余裕も修正をかける余裕も恐らくはないであろうこの物語においてキャラクターが生き生きと世界の中を生きているという描写を感じる事が出来る。
読者がこんなキャラクターにしてほしいと言ったものの造形として、自分の作品に対して妥協せず、読者の希望を何処まで引き出しているのか……セシャトはこの物語を初めて読んだ時の戦慄を今再び思い出していた。この物語は人類にはまだ早すぎる。
しかし、欄はそれを目を凝らして文章を読んでいた。
「では、大幅な主要メンバーの入れ替えの中で、物語の展開が一切ブレない事に関してはどうお考えですか?」
この作品には一貫して一つの目的が存在する。本作の内容を諸事情で明かせない事もあるが、本来であればメインキャラクターがいなくなった事でその伏線回収難度が高くなるようなキーワードである。
「ふひひっ、主要ポストの入れ替え……」
「そうですね。ここで王道を用いられています」
この『惑星の詩 著・作者不明』という作品は小説そのものが一つの世界となっている。欄が読み取ったのは主要なキャラクターのリストラはイコールとして時代の移り変わりを意味しているという事に彼女は気が付いた。セシャトもそれを理解していたので、欄がここまで物語を読み取る力がある事にセシャトは感動を覚えていた。
「あ、あと……伏線の回収」
小説の伏線というと、何やら示唆していた事を後程公開するというあの伏線なのだが、本作においても大きく一点伏線が書き込まれている。それも大々的に、されど恐らくは殆どの読者がその伏線の事を忘れているのではないだろうかとセシャトは睨んでいた。特に捻ったわけでもないそれだが、いざ回収される時に、「あっ!」と少し驚く。
「……そ、そうです! 私もふひひっ、びっくり……しました」
『惑星の詩 著・作者不明』
この作品のタイトルである。セシャトがやっと到達した理解の領域に欄は近づきつつあった。それにはセシャトも少々驚きながらほほ笑んで見せる。この作品の名称が何故『惑星の詩 著・作者不明』というタイトルだったのか……
この作品は人間目線の時間の進み方ではないのだ。
「最初に示唆されていた時は何か伏線があるのかなと思ってたんですけどねぇ! 物語に飲まれている内に忘れてしまっていませんでしたか?」
こくこくと頷く欄、広く張り巡らされた回収させるのが難しそうな伏線と違い、普通に物語の中に登場する。それを作品を読ませる事で忘れさせ、いとも簡単なタイトルによる伏線回収をさせる事は脱帽せざる負えない。
「ふひひっ、それに……人間の体内時計と……惑星の自転への狂いも……」
この物語を単純な思考で読むと、ただの多分に感じないか、下手な日常系として読む事になるだろう。何故なら、読者をオムニバス形式で登場させては殺すか、今後姿を現わさなくなるという表現と展開を多用している。それ故、主人公だと思っていたキャラクターが突如として物語から蹴られ。
否応なしにも期待せざる負えない。
「ふふふのふ。ここではキャラクター募集をかけた時の同時期の人は恐らく同じ世界を生きている人たちで、募集された日が別であると、それはもう随分時間軸が違う同じ世界感の物語になっているんだと思い明日」
この物語を語る上で、二人はなんどリアルという単語を使ったのだろうか、細かい描写描写に唯関心をする。それは古書店を営んでいるセシャトだから、アルバイトとはいえ、どこぞの会社のシステムを触る仕事をしている欄、社会人として仕事に関わっていればいるほどに感じるその現実感。
「一つ、この物語がファンタジーで良かったなと思えるのは、これが本当に惑星の動きだしたらとても悲しいですね」
「……ふぃ? どういう? ははっ」
欄はこれに関しては理解が及ばなかった。人間を天然自然の物として考えて惑星がそれらの命を慈しみ、その過程と結果をこの物語で表現されているのであれば、この『惑星の詩 著・作者不明』は人類……いや、この地球の生末を予言している物語と言っても過言ではないのだ。それをセシャトは気づいてしまった。そしてこの作者がそんな事を書こうとは毛頭考えてはいない事も重々承知した上で、この物語が独り歩きしてしまうとそれ程恐ろしい事はないとセシャトは考える。Web小説を越えてしまった預言書になりかねない。
「人間の体内時計と地球の自転が微妙に誤差があるという事は少し前のオカルト情報雑誌などではメジャーでした。でもこれは体内時計が多めに時間を持っているのは、どんな環境でもそれに合わせる事ができるからというのがベタな見解だったみたいです。そうなってくると少し興ざめしてしまうところですが、この物語は惑星によって人間の人生や歴史も管理されてしまっていると読み取れませんか?」
セシャトの話からすると、利口な欄には彼女が何を言いたいのか分かってしまっていた。『惑星の詩 著・作者不明』という物語は人間を管理している惑星の存在、恐らくは地球があるという物語なのである。それの意味する事としては惑星そのものも何ものかによって……
「……その……事実は小説より奇なり」
「はぁ……あっ!」
セシャトも欄が言いたい事に気が付いた。この物語は作者によって好き勝手に改変される物語なのである。そして読者はこの作品の中の登場人物として自分の架空の人生を体験するというアトラクションにも似たWeb小説なのではないかという欄の読みにセシャトはただただ感嘆せざる負えなかった。このWeb小説、どういう発端で書き始められたのか、もはや掲示板がない故にセシャトにも欄にも分からない。
しかし、出てくるキャラクターの総勢が常軌を逸脱している人数が書き込まれている。この作品は小中学生の子供が考える。
僕の考えた最強の怪獣を作者に委ねて楽しむいわば、ボードゲームのようなそういった楽しみ方をするようなものなのではないかとセシャトも納得しかけたところで、セシャトは首からぶらさげている金の鍵に振れた。
「果たして、先代さんがそんな物を志向の名作として残すでしょうか? いえ、全然ありうるといえばありうるんでしょうけど……」
「この作品、ふふっ……荒らしも気に入ってたってメモがありますよね?」
そう、本作はWeb荒らしがうじゃうじゃいた時代にそれらからも高評価だったとメモが残っているのだ。単純に欄はそこに目を止める。
そう、どんな読者でも満足させられる物語というものは存在しないと言われている。だが、この『惑星の詩 著・作者不明』はそれに王手をかけていたのかもしれない。
「くぅ! 欄さん、凄いですよぅ!」
目を瞑ってセシャトは体全体で喜びを表現して見せた。セシャトと欄がテンションを高めに小説考察をしていて気づかなかったが前方からの声かけで現実世界に戻ってくる事になる。
「あのぉ、すみません」
欄のブースの前に二人組の女の子が立っていた。何故か? 欄の作った本に興味を持ったからである。
「……は、はひっ?」
「読んでもいいですか?」
欄はぶんぶんと頭を前後し、数分自分の作った本を眺めている少女達を穴でも開きそうなくらい眺める。
「これください」
お金を受け取った欄は一瞬気が動転したのか、違う世界にトリップしたのか……セシャトにからだをゆすられて我に返った。
「欄さん、おめでとうございます。お祝いに、閉館後大江戸温泉物語で汗を流しませんか?」
欄の同人誌、売れましたねぇ^^
さて、作家さんは伏線を作られると思いますが、凝った伏線というものの回収は難しいです^^
そもそもその伏線を立てずに書かれている作品という物、それがこの『惑星の詩 著・作者不明』となります。不思議な作品ですねぇ!




