魔法消耗を疑似体験する方法 いい意味でキャラクターが動かされている
えっと、皆さんはキッザニアをご存知でしょうか? 中学生までのお子様達が職業体験を行う施設なのですが、もしそれに参加される方、また参加される方の保護者の方は、ケーキ屋さんにはお気をつけください。私の神様は指導員さんの説明を殆ど聞かずに独創的な物を作られました……ちゃんと指導員さんの言う事を聞いて作ればそれはそれは美味しそうなケーキができますので!
セシャトはオヤツに買っていたコンビニのみたらし団子を欄におすそ分けして、水筒に入れてもってきていたほうじ茶で喉を潤していた。
「時に欄さん、ファンタジー世界で魔法力を失った時という物を疑似的に体感する方法があるのをご存知でしょうか?」
欄は美味しそうにみたらし団子に舌鼓を打っている中、セシャトにわけのわからない事を聞かれている事について考えてみていた。
牙のような八重歯を覗かせて、舌足らずな感じであうぅと欄は思考のループの中にハマっていく。目を回しそうになっている欄に慌ててほうじ茶を渡してセシャトは答えを言ってのけた。
「ふふふのふ、プールで一日遊んだ後の倦怠感なんてそんな感じなんじゃないかなと私は勝手に思っていたりするのですよ」
水泳という物は普段使わない体全体を使う地味に激しい運動なのだ。学生時代であれば次の授業中に居眠りをしてしまう生徒も後を絶たない程体力を使う。しばし、魔法力を使い切った魔法使い達はヘロヘロになる描写を使われる事が多い。
本作『ソフトウェア魔法VS影の王 著・くら智一』でも魔法弾を撃ち切った後に疲れ果てる描写がある。その事についてセシャトは欄に話を振ったのだが、欄は首をかしげてこう言った。
「あの、ふふ、その私、中高と水泳部だったので……あまり疲れたという事は……ふひひ、なくてですね」
セシャトは一本取られてしまった。欄はきっと無駄のない綺麗なフォームで泳ぐのだろう。無駄な動きがなければその分疲れないのだろう。
「そうですか、私は生まれてはじめて市民プールに行った時、帰りの電車で居眠りをしてしまいましたよぅ、もう今まで感じた事のないくらい疲れてしまいまして、その日はケーキをワンホール食べましたねぇ!」
嬉しそうにそのホールケーキを思い出して悦に入るセシャト、そんなセシャトを見て欄も楽しそうな表情をして、なんと彼女からセシャトに質問を行った。
「あの、ふふ、セシャトさんなら、どんなソフトウェア魔法を……使いますか? ふひひ、というか作りますか?」
ソフトウェア魔法の中で最初に成功した物が、砲台役の魔法使いに対して他の魔法使い達は力を送る役目となる。直列で一気に大きな効果を発揮する攻撃魔法を生み出す事になる。セシャトはソフトウェアを組める程パソコンの知識があるわけではない。なので、VBAやミニマクロでの簡単な自動化程度の事しかできない。
それ故にセシャトが欄に答えてあげれる事は少なかった。
「そうですねぇ、砲台役の方への魔法供給に関して別のアルゴリズムを持たせた方法を生み出して発射までの時短くらいでしょうか?」
それはセシャトの古書店である『ふしぎのくに』の在庫情報に関してデータベースを作っていた時に、ワンボタンでどのジャンルが何処にあるのかを調べるイベントボタンを作った時の記憶をもとにしている。セシャトのつたない知識を欄は一生懸命うんうんと聞いてくれている。しかし、自分より多くの知識を持っている欄の前で何も特殊技能を持っていない事に少々恥ずかしくなってきたセシャト。
「で、では欄さんならどんなソフトウェア魔法をお作りになられますか?」
それはセシャトのなんとなくの質問だった。それに対して欄は水を得た魚のように鋭い目になり、スマホの画面を見つめていた。
「レッドベース先輩が作った物は、二次元配列のポインタなんだと思います。私なら、影の子を調べ上げた上で、それを蒸発させる魔法を自動的に組み込み発動するヒューリスティックエンジンみたいな物を作りますね。それを大量に生み出せば影の王の隔離殲滅させる確率は大幅に上がるのではないかと」
全くもってどもらず、それでいてやや攻撃的に欄はそういう。殆ど言っている意味が分からないセシャトはぽかんとしていたので、欄は段々顔を真っ赤に染めていく。
「ひゃぁああ! ご、ごめんなさい。気持ち悪かったですよね? ふひひ、専門用語ばっかり使うとかふふ。ありえない……みたいな」
そう言ってうつむいてしまった欄にセシャトは慌ててダウナーな彼女に詰め寄って叫んだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
今まさに欄は物語を読み込んでいた。こんな素晴らしいタイミングを逃してはならないとセシャトは最後の一本のみたらし団子を泣く泣く差し出してこう言った。
「わ、私のオヤツを差し上げますから、是非そのお話をお伺いさせてください!」
セシャトの勢いに負けてみたらし団子を受け取ったものの、別にそこまで欲しいわけではないし、セシャトが自分の話を聞いてくれるならと欄はぎこちなく笑う。
「ふひひ、あの……みたらし団子はお返しします。ふふ……えっとこの世界では四属性がベースとなっているので、影の子を倒せる魔法と影の王を比較して、その時に一番効果的な魔法が発生するようにしたら、ふひひ。効率がいいなって、へへ……わかりやすく言うと、ふふ。ウィルスバスターとかノートンセキュリティみたいなコンピュータウィルス除去ソフトの動きをですね……っふひひ」
セシャトはポンと手をたたく。自分のパソコンにもそう言った類のソフトが入っている事を思い出す。それらは確かにパソコン内を検索し、パターンファイルと同じ動きをするプログラムを隔離削除するような動きを持っていたように思える。
「なるほど、それなら影の子も一網打尽ですねぇ!」
セシャトは返されたみたらし団子をパクりと飲み込むように食べて欄の言った事に感嘆の声を上げた。
「……ふひひ」
欄は地味だがわりと可愛い顔をしている。この独特の笑い方も可愛いは正義、愛嬌のように思えてきた。セシャトが偶然覗き込んだ欄のスマホには『影の王攻略戦 (魔法歴94年)』前編をちょうど読み終えたところだったようだ。
「とても盛り上がるところまで読まれましたね」
セシャトにそう言われて欄はぎこちない表情を見せる。これは、おやおや? 何やら不穏な空気を感じますねとセシャトは思っていたら欄が感想を述べる。
「影の王……ついに現れましたね……ふひっ、でもこれじゃあ……ダメかな? なんて」
魔法兵団は当初とはくらべものにならない程の力量と魔法を手に入れた。さらに最高の魔法の才能を持ったティータによる魔法兵団集団最強術式、その名も大砲弓。108個分の魔法弾をエネルギーとして放たれる集束砲撃。
その破壊力やいかほどかは分からないが、人ひとりで化物を消し去る魔法弾108個分を集めて打ち出すわけで、戦艦の主砲並みの破壊力くらいは約束されるのではないだろうかとセシャトは思っていた。
現実世界の空港を一撃で吹き飛ばす破壊力をティータは持っていたと仮定しよう。それに対して欄はダメだと思うと言う。
当然、物語はまだ続くのだが欄が何故そう思ったのか、セシャトは気になって仕方がなかった。
「おや? どうして欄さんはそのように思われますか?」
目が泳ぐ欄をセシャトはじっと見つめ、彼女が話し出すまでしばらく待っていると欄は窓の外から入る太陽の光に向けて指を向けた。
「人に太陽は……ふひひっ……操れないし……倒せないかと」
確かに影の王は天体と表現されてはいるが、実際の天体とはまた違うハズなのだが……確かに地球上の最強の兵器として水爆があげられる。これを太陽にぶつけたとしてその効果やいかほどか?
恐らくは流れる川に向けて水鉄砲を撃ち込むような物ではないだろうか? あの屈強な魔法兵団たちを欄は焼け石に水ではないだろうかと感じている。
「それは……素晴らしい考察ですね」
欄はやはり作家なのだなとセシャトはそう考えた。物語を楽しみながら、自分ならこの物語をこう捉えるという一つの考えを持っていた。
「ティータさんの大砲弓をも欄さんは無意味な物とお考えなんですか?」
三章時点では最強の魔法である。それが歯牙にもかけないとなると待っているものは絶望以外の何物でもない。
「この作品のタイトルが……ふひひ、ソフトウェア魔法だから……力のごり押しじゃ……勝てないんじゃないかなって……へへっ」
欄の言わんとしている事がセシャトには残念ながら分からなかった。なんという偶然か『ソフトウェア魔法VS影の王 著・くら智一』という作品に関して欄は数少ない理解者なのかもしれない。作者のくら智一氏は元々ゲームプログラマーの職についていたらしい、それ故、専門的な内容がどうしてもいくらか顔を見せる。欄はゲームプログラマーではないが、アプリ開発のアルバイトを行っている事もあり、くら智一氏が何を表現したいのか、その点に関してそれら知識がない読者より共感できたのだろう。
「これは……プログラムの手引書を物語で読んでるみたいです」
どもらない欄。
彼女は仕事の時はこんな顔をしているのだろうかとセシャトは少しばかりドキドキしていた。戦う時になると本来の力を発揮する主人公のように、欄も自分の得意分野を話す時、人が変わったかのような冷静さを見せる。
「プログラムの手引書ですか?」
できる〇〇シリーズをたまに本屋で見る事がある。中でもセシャトもエクセルとワードに関しては中古の本を購入していた。セシャトにはとても面白いSFファンタジーにしか受け取れないが、欄にはそう読み取れるらしい。
「物語を楽しみながら、プログラムの根幹を簡単に学べる。子供達が職業訓練をするキッザニア……セシャトさんはご存知ですか?」
キッザニアとはアメリカで生まれたエンターテイメント施設、さまざま職業を子供が体験し、そこで使用できる通貨を稼ぐ事ができる画期的な施設で、日本でも東京都と兵庫県に二店舗存在する。セシャトは一度、お客さんにチケットをもらい、神様と一緒に行った事があった。
キッザニアには中学生までの子供のみが利用できる為、見た目子供である神様が職業体験をしたわけだ。神様が作ったぐちゃぐちゃのケーキをセシャトは食べさせられたのを思い出す。
「ははっ、そういえばありますね……大人気ですよね」
「ふひっ? ド……どうしたんですか?」
セシャトの思い出など知らない欄はいつも通りの挙動不審なテンションに戻る。しかし、欄が言いたかった事エンターテイメント性を作品内で魅せたい。これはどの作者にも心の片隅で考えている事だと思うが、確かにこのくら智一氏は顕著に感じさせる。いい意味でキャラクターが動かされているのだ。
ご都合主義でいいように動かされているのではなく、役割を全うしようとする動きはさながら日本のサラリーマンたちを見ているよう。読者というゲストに対して、作品は舞台、キャラクターはキャストとして迎えてくれる。
この作品は一種のアトラクションであると欄は言いたいのか? しかし、彼女はもじもじと恥ずかしそうに俯いている。
これからの盛り上がりでセシャトは自分もキャストとして欄を楽しませようかと不適にほほ笑んだ。
市民プールで浮き輪をお借りしたんですが、一つ分かった事があります。私はカナヅチではなかったようです。犬かきと呼ばれる泳法をどうやらマスターしていたようです^^
今度は海にも行ってみたいですね!




