スキル故の独りよがり 想像しやすい映像作品
さてさて、即売会のあまりの売れなさに少しばかり鬱になってきましたよぅ^^
このヘカさんの小説、本当に売れるんでしょうか? 欄さんは相当な数の小説をお読みになられたようですねぇ^^ 私の古書店「ふしぎのくに」でも同人誌企画が進行しているんですよぅ^^
セシャトはブースに戻ってくると、隣のブースに座る欄を見つめて質問をした。このヘカの書籍もそうなのだが、実際いくらくらいのコストがかかっているのか? 妙に気になった。
「欄さんのお創りになられた製本っておいくらくらいするものなんでしょうか?」
一冊千円で販売しており、恐らく百冊程刷ってある。という事は十万以内に製本していなければ元は取れないわけだが……
「ふひっ……えっと大体十二万円くらい……でしょうか?」
全部売り切ったとしても赤字である。当然こういった即売会において儲けを重視してはいけないというものだが、これにはセシャトもはてなと思う。何故なら自分の目の前に積んであるヘカの同人誌に至っては欄が作っている物より一層お金をかけて作ってありそうだからだ。
「それって製作費用を考えると……」
「赤字ですね……でも、誰かに見てもらうなら……しっかりしたのが」
欄の小説への熱意は十分にセシャトにも伝わった。いつか、古書店『ふしぎのくに』でも本の製作を予定しているのでそこは大いに参考にさせてもらおうと心にとめた。
「セシャトさん、ふふっ、これ時間が……」
欄がセシャトに画面を見せながら言わんとしている事は、『ソフトウェア魔法VS影の王 著・くら智一』の第二章にあたる「少年老い易く」という項について、数年の期間が既に立っているのである。
「戦記物?」
「欄さん! いいところに目をつけましたね! そうなんです。この物語はSFであり、ファンタジーであり、そして戦記物でもあるのです。キャラクターに感情移入を第一章でしてしまっているので、十年後の約束の日には一体何歳にという少々ショッキングな事がここで分かるですよね」
セシャトの話をうんうんと聞きながら欄は小説家になろうのページを眺めている。主人公のアキムは学生時代は変わり者で済んでいたが、大人になり段々と孤立していくアキム。ここはある意味では読みたくない描写と言っても過言ではないだろう。
「……ここ、好きです」
異邦人の書物に触れ、奇天烈な事を言うアキムは、影の王の眷属が発生する日、影の日の対策に早期の防衛を示唆した。
それは読者としては当然であり、物語の住人達にとっては異常な考えであり、アキムは影の王との関係者として投獄される事になる。どちらかといえばWeb小説は主人公と読者はシンクロしやすい、そういう意味では主人公が不条理に流される展開を好む読者は少ない。それを好きだと言ってのける欄は、神の視点で物語を楽しんでいる。あるいは、物語全体を通して楽しんでいるようだった。
「欄さんはどちらかというと紙媒体の小説読みさんですねぇ」
「ふひぃ? それって?」
セシャトはヘカの作った同人誌に触れながらそれをとても愛しむように眺める。同じ女性の欄でも妙に色っぽいセシャトに見とれているとセシャトは欄を見つめて言った。
「出版されている小説とWeb小説、読者層が少しばかり違うんです。もちろんどちらも読むという方もいれば、どちらかしか読まない方もいます。欄さんは紙媒体の読者であり、この作品『ソフトウェア魔法VS影の王 著・くら智一』もまたそちらの層をターゲットにされているか、作者さんがWeb小説時代の年代の方ではないかのどちらかでしょう。簡単に言うと、この作品と欄さんの相性は素晴らしくいいという事です」
主人公が不潔な場所で不潔に染まり、謂れの無い罵声を浴びせられる日々、なんという理不尽。綺麗な物だけを求める読者には到底受け入れられない描写であろう。されど、リアルを意識したこの章に関して、セシャトは相当な評価をしている。
「とても印象的なのは、軟禁状態に戻った時に、幼馴染の女性ティータと会うシーンですね。これは私がアキムさんになった気分で恥ずかしさと情けなさでページを閉じたくなりましたよ」
セシャトに頷く欄。
「ですけど、このシーンがなければこの物語の悲壮感と壮絶感は伝わってこない……です。ですから、私はティータと会うシーン、とても安心しました。ふひひっ」
心なしか欄のどもりのような変な笑いが会話の中から消えていた。欄は当初、セシャトと話すネタにこの物語を読んでいたのだが、今やセシャトとは違う方向性で物語を楽しみだしている。
「魔法の発現に関して、使用時の理論はわかっているのに、その力の源は何故か解明されていないという事に関して欄さんはどう思いますか?」
欄にとってはあまり得意ではないファンタジーの世界の質問、それに関して欄は少し考えると笑って見せた。
「ふひひっ、分からないです」
照れるようなそんな可愛らしい表情を見せる欄。セシャトはその表情を見て嬉しくなった。純粋に物語を楽しんでくれている。
「しかし、手に取ってくれる人も来ませんねぇ」
現実に戻れば、自分達は即売会にて本を売ろうとしているのだ。もちろん、誰一人としてその本は見向きもされないのだが、最初程二人は暗い顔はしていない。
「結構、ヘカさんの本面白いと思うんですけどねぇ……当然欄さんの物も」
「……で、ですよねー」
そんな負け惜しみを言ってももちろん欄とヘカの同人誌が売れる事はない。売れる物というのは作品以外の部分も含めて人気なのである。
「セシャトさん、そのふひひっ、あの、『ソフトウェア魔法VS影の王 著・くら智一』ですが『戦国自衛隊 著・半村良』を思い出しますね……ふふっ、見当違いかもですけど」
平成になって各種メディアでリメイクもされた『戦国自衛隊 著・半村良』。いわば最近流行りの架空戦記の基盤となった作品ともいえよう。戦国時代に自衛隊の一部隊がタイムスリップし、武田軍に力を貸し圧倒的な力で他武将の兵をなぎ倒していくのだが、結局自衛隊の力を恐れた武田信玄が自衛隊の抹殺を命じ、時代の闇に葬られるという昭和後期にして最高のエンターテイメントの一つであった。セシャトは何処かで実写映画を見た事があったので欄の言わんとしている事が分かる。
「恐らく欄さんがそうお思いになられたのは聖弓魔法兵団のくだりについてという事でよろしいのでしょうか?」
セシャトの問いかけにコクリと欄は頷いた。
新しい理論に基づき生み出された魔法を使うレジスタ共和国の専門部隊。その力は他国の十倍の兵力を一撃の元に蒸発させる程の力を持っていた。圧倒的な異次元の技術、制圧力を実際に目で見て理解するのに『戦国自衛隊 著・半村良』はとてもよい資料であると言える。随分若い欄がこの作品を知っている事にも驚いたが、この『ソフトウェア魔法VS影の王 著・くら智一』もまた架空戦記物と言える。
「確かに仰る通り、分かりやすい題材ですね。オーバーテクノロジーと思えるその圧倒的な戦力。アキムさんが投獄から戻ってきて自身が思い描いていた物が形になりつつある事への喜びもよく感じられますよね。但し……」
そう、それは欄もまた同じ気持ちでいたのだろう。彼女は当然の如く頷く。そして笑っているのか微妙な表情でセシャトに答えた。
「ふふ、異様な……その、不安をへへっ、感じますね。なんというか、だいたいこれじゃダメになってしまうというか……」
こうも上手く行ってよいのだろうか? 所謂王道の展開という物である。物語初期に比べ、百倍近い戦力増強ができたのかもしれない。
だが、それで『影の王』を屠る事ができるのであれば、なんともリアルなお話である。逆に言えば物語としては味気がなさすぎる。
そしてそれは当然の如くアキムに降りかかる。彼女が想いを寄せている幼馴染のティータ、彼女はアキムを救う為に、人体実験に近い協力を行っていた事に気づく。条件を得てアキムの今がある事に彼は気づく事になる。
「なんとも歯がゆいシーンでありますね。こういった部分のストレスが続く上でやはりなろう向きの小説とは言いがたいです。戦記物としてもSFとしても、ファンタジーとしても一般文学。それも高い位置にあるでしょう。それ故に、一度欄さんにお伺いしたいのですが、この小説の欠点とはなんでしょうか?」
もしかするとこの小説においては自分以上に理解があるのではないかとセシャトは欄に対して思っていた。欄は恐らくこういった相手の欠点を探すという事には慣れてはいない。それは様々な人と交流してきたセシャトとしてはよく分かっていた。
「……一人よがりな事?」
これはWeb小説の大半において言える事がある。読者がついていけない部位が色濃く感じる事。特に専門知識を持つ作者であるとそれはなお強い。例えば、それがコンビニやファミレス等、誰しもがよく使用する物であれば容易に想像もしやすいかもしれない。
がしかし本作品はやや専門的すぎるところが諸刃の刃ともいえよう。当然、そこを気にしなくとも読めなくはない。
現在2018年3月現在において、ストレスのかかりすぎる作品は本サイトに受けが悪い。小説の出来と、人気は比例しない場合がある。
「御名答、それがWeb小説です。ですが、分かる人が読めば、相当に面白いのも確かですよね。私は敵の首魁である『影の王』、この据え方においても評価しています。謎の存在であり、この力量を測るにおいて眷属である影の子しか情報がないという点ですね。物語の動かし方においてここまで汎用性を高くしたラスボスも珍しいですね」
これに関しては欄は頭に疑問符を並べた。彼女はあまりバトル物を読まないのか、セシャトの話をいまいち理解してはいなかった。
少し考えてセシャトはたとえ話をして見せた。
「そうですね。ではここにミサイルが落ちるのと、宇宙から飛来した未確認の物質が落ちる違いとでもいえばいいでしょうか?」
欄は少し考えて小さく頷く。ミサイルの破壊力自体一般人のセシャトも欄も知る由はないが、大体どんな事になるか予想ができる。逆に未知の物体だった場合、一体何が起きるのか予想だにできない。
ある意味これは想像できない恐怖と畏怖を感じさせる。それがこの『影の王』の逸品たる表情であった。
もちろん、レジスタ共和国の人たちもその謎多き脅威に対して万全の状態で立ち向かおうとするが、その計算が果たして正しいのか、読ませる展開を持ってきているのだ。
『ソフトウェア魔法VS影の王 著・くら智一』
本作ですが、一気読みに適していると私は個人的に思っています。一話一話を楽しむというよりは全体を通じて楽しんで頂きたいですね! 本作でも少し触れましたが、架空戦記を勉強するなら映像作品を用いるのもまたいいかもしれませんね^^ 次回も宜しくお願い致します!




