キリエ・エレイソン
三月は去る、どの紹介作品もとても面白く読み終わる時、その時間が終わる事に少し寂しくなりますねぇ。第三章の主人公である梨花さん、実はモデルがいます。誰でも読める、いつでも読めるWeb小説。されど、小説。そんな普通の作品が読みきれなかった人もいます。なので、気になった作品はできる限り早く読んでしまいましょう^^
「セシャト、茶はまだかー!」
「はい、ただいま!」
神様の目の前にあるテーブルには沢山の洋生が並ぶ。そんなケーキを神様はカレー用のスプーンですくって食べる。小さな体で一口が異様に大きい。そんな神様の手元にセシャトはミルクティーを用意した。
「ほう、苺のフレーバーティーでミルクティーを入れたのか?」
香りをかいで神様はショートケーキの苺をパクりと食べる。物の良し悪しの判断は神様故、セシャトより遥かに長けているのだが、見た目と言動の幼さとのギャップにセシャトはどうも子供扱いしてしまう。
「お砂糖足りませんでしたか?」
「馬鹿かセシャトよ。そこは神様、違いの分かるジンベイザメですね! とか気の利いた事は言えんのか? ヘカにしても訪ねると朝昼晩三食インスタントのサッポロラーメン塩が出てきおったし、貴様等もしかして私の事を蔑ろにしておるのか?」
それを聞くとセシャトはやはりヘカの普段の食生活を何とか正さないといけないなと確信する。目を吊り上げて怒っている神様にはなんと言って機嫌を直してもらおうかと思っていたが、そんな時にお店に誰かが入店した音が響く。
カラカランと小さな鐘がぶつかり合って奏でる音色に神様の獣の耳みたいになっている寝ぐせがピクピクと反応した。
「存外早かったな」
「はい?」
「残り二話の話を聞きに来た私の客人だ。私が出迎えよう」
口の周りをクリームでいっぱい汚している神様がそのまま店に出ようとするので、セシャトは片膝をつくと微笑んで言う。
「神様、お客様にそそのなようにこちらをお使いください」
ハンカチを取り出すセシャトを見て「むぅ……」と何かを言おうとしてからセシャトの前に立った。
「では失礼致します」
口の周りを綺麗にふき取り、セシャトは胸ポケットから手櫛を取り出すと神様の寝ぐせをといていく。髪型を綺麗に整えるとセシャトは片手を後ろに回し神様をお店に送り出す。
「ご苦労、セシャト、パソコンで『なろう』のサイトを開いておけ、時を越えて読了をさせに来た者の来店だ」
セシャトは神様が何を言っているのかさっぱり分からなかったが、神様は自分とは比べ物にならない程の奇跡を起こす存在なので冗談を言っているわけではないのだろうと考えて神様の後を続いて店に出た。
「ご、ごめんください」
ベレー帽をかぶりガーリッシュな服装の少女が戸惑いながら声をかける。それに自然に反応したセシャトの前に手を出した神様は少女の元へとてくてくと歩いていく。
少女の身長は神様より頭一個分高い。それに神様は頬を膨らませて背伸びしようとして足がプルプルと震えてきたので無駄な対抗を止めた。
「久しいの梨花……では今はないんだよな?」
少女は不思議そうな瞳で目の前の年下の少年あるいは少女、神様を見つめていると神様に答えた。
「私は楠 理沙、ボク、何処かで会った事があるかな?」
「ぼ……ぼくだとう? 私は神様だ!」
神様のその言葉を聞き、理沙は何か頭の片隅で引っかかる物を感じ、神様を見つめる。神様は八重歯を見せて笑って見せた。
「お帰り」
「……なんでだろう? 君を見ていると胸が熱くなるよぉ。なんでこんなに嬉しいんだろう?」
理沙はポロポロと自分から流れる涙に懐かしみ。神様は「セシャト」と一言声をかけセシャトから新品のハンカチを受け取ると、それを理沙に渡した。
「長い事待たせおって、私をこんな姿のままにしたのはお前なんだからな!」
「えっ?」
「まぁそれはいい。私の望んだ事だしな。さて、この日に為に最高の茶菓子と茶をあのセシャトに用意させた」
セシャトの事を見ずにセシャトの方にびしっと指を指す。
涙を拭き、失礼な態度を取る子供だなと理沙は思いながら彼のお姉さんであろうセシャトも甘やかしすぎではないかとこう神様に言った。
「君、人に指を指すのは失礼だよ」
「あれは私の……」
「年上の人にあれなんて言っちゃダメ!」
理沙に怒られる神様は「だ、だってぇ」と説明をしようとするが理沙は厳しく神様を叱咤した。
「だってじゃないよ。お姉さんに謝って! さぁ」
下唇を噛み神様は物凄く小さな声で「ごめんなさい」とセシャトに言う。セシャトは神様が謝罪している事に「あら」と驚き母屋へと戻った。
「これでよいだろう? 続きを読むぞ」
「続き?」
「生前……いや、生まれ変わる前のお前が読めなかったラスト二話だ。『礼装の小箱 著・九藤朋』」
カウンターにあるノートパソコンをくるりと回してぎこちない手つきでタイプをし、該当のページ開いた。
「読んでみろ」
「これ? なんで?」
「いいから」
神様はそう言って椅子を差し出した。それに自然に座るとパソコンの画面を凝視している理沙。
理沙が座った時、スゥイーティーの香水がふわりと香る。ラスト二話は十分、いや五分あれば読み切れる程度の文量しかない。
それなのに理沙はゆっくりと一字一字それをかみしめるように読んでいた。母屋からセシャトが紅茶を二人分トレーにのせて戻ってくる。
「あの……」
「黙れセシャト、神聖な読了前だ」
神様の言葉を聞き、セシャトは足音も消して神様の隣に並ぶ。カウンターにあるノートパソコンを見ながら小さな嗚咽を漏らしている理沙の声が聞こえる。
「『礼装の小箱 著・九藤朋』ですか?」
「あぁ」
「神様のお客様は中学生くらいでしょうか? この作品は正統派の純文学と呼べるでしょう。小説投稿サイト、『小説家になろう』においては徒花のような作品です。それ故、ファンも多く人気も高いです。ですが、こう言うと失礼な話になりますが、さすがにご年齢的は難しいのではないかと……」
フンと神様は鼻を鳴らした。
「誰が、どんな小説を読もうと自由ではないか」
「それはそうですが……」
セシャトとしてもそれはわかっている。秋文の時が良い例だが、そういう意味ではなくオススメする小説としてはもう少し段階をえた物にした方がというのが正直な気持ちだった。
「お前の言いたい事はわかる。だがこの娘は生涯のほとんどを読書に費やしてきた。それ故に私が勧めたのだ」
「??? はぁ……?」
セシャトは神様と生まれ変わる前の彼女が出会っていた事なんて事は知らないし、生まれ変わりが存在する事も知らない。
「まぁ、奴は『礼装の小箱 著・九藤朋』の最高の読者の一人だって事は間違いない。お前たちを生み出した私が言うんだ。それでよかろう」
読了し、余韻に浸っている理沙に神様はコトンと苺のフレーバーティーを置いた。それに気づいた理沙は鼻声で「ありがと」と声を出した。
「お前は小説は読むのか?」
「ううん、あんまり本って読まないかな。でもこの物語、とっても懐かしかった。何か心にぽっかりと空いた穴が塞がっていくような。優しい気持ちになれたよ」
「そうか、九藤朋という小説書きだ。癖のある文章だが他の作品も中々良い。絵も描くようだ。根っからの芸術肌というやつなんだろう。良ければ他の作品も読んでみるといい」
紅茶に口をつける理沙にそう言い聞かせると神様は自分も紅茶を飲んだ。
「これからは小説だけじゃない。お前は自由にやりたい事をして、ことある事に喜び、謂れのない事に怒り、仕方のない事に哀しみ、くだらない事に楽しんでいけるんだ」
もう涙は枯れたハズなのに、理沙の中に知らないハズの記憶がうっすらと浮かぶ。自分の知らないハズの少女がこの少年、あるいは少女と共に病室で過ごした日々。
「ありがとう」
なんのお礼なのか理沙には分からなかった。だけど、この言葉を言わなければならないんじゃないかと自分の本能がそう叫びたがっていた。
それを聞き、神様は自分の頭につけていた金魚の髪留めを外して理沙に手渡した。それに理沙は当然のようにポシェットから出したジンベイザメの髪留めを神様の頭につけてあげる。この髪留め、いつ手に入れたのか物心ついた時から持っていた。そしてそれを返す時が今だという事を知らない記憶が理沙に教える。
「これからは、もう何もしてやれんからな。短い人間の一生を精一杯生きてゆけ」
理沙は神様を見て笑った。
神様は何で笑われたのか分からないという顔を見せていると理沙は神様の鼻をツンとつついた。
「何言ってんだか! あなたお名前は?」
「私か? 先ほども言ったろう? 神様だ」
冗談ではなく自分の事を神と名乗る少年、あるいは少女。セシャトと呼ばれた女性に目線を動かすと彼女も頷くのでそういう名前なのだろうと理沙も理解した。
「そう神様なの? 私に小説をオススメしてくれる本の神様?」
「全書全読の神様だっ!」
『時間よ止まれ』
理沙はこの心地よくて楽しい時間が少しでも長く続けばいいなとそう思った。
第三章『礼装の小箱 著・九藤朋』紹介作品、いかがだったでしょうか? 今作は人を選びます。ただし、間という事に関しては相当なレベルのWeb小説ではないかと思われます。それ故、私では力量不足でした^^ 神様にその責をお任せし、見守らせて頂きました。梨花さんもとい、理沙さんはこれから沢山の小説やWeb小説を読んでいくのでしょうか? それが描かれる事は恐らくないでしょう。
そして、本作でもしご興味を持たれたのであれば『礼装の小箱 著・九藤朋』ご拝読頂ければ至極嬉しく思います。第四章でまたお会い致しましょう!




