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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第三章 『礼装の小箱』著・九藤朋
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世界の天井で愛を叫んだ神様 アネモネの花言葉

3月紹介作品『礼装の小箱 著・九藤朋』の物語ですが、あと二話となります。ですがある意味では今回のお話が神様と梨花さんの紡いだ物語の最終話となります。三月は去るという事から今回は少し重く悲しいお話となりました。紹介作品のタイトルにかけているという事はそろそろお気づきかもしれませんね!


 梨花が意識を失って二時間、医者と看護師は必至の施術を続けていた。そして、誰もこない手術室で、静かに施術は中止され、梨花に医師と看護師達は頭を下げた。



「あれ? もしかして私」

「死んだよ」



 梨花は自分が手術されていた姿を横から見つめていた。声がする方に梨花は振り返るとそこには神様の姿があった。梨花は神様を見つけるやいなや神様の頬っぺたをむぎゅっと抓った。



「痛い!」

「神様、会いたかったよ」



 抓っていた手で神様の頬を撫でる。梨花がこの世に体を残して旅立った時間、それは日付が変わる僅か五分前だった。



「十六にはなれなかったね。残念だったな! 私みたいな可愛い子と結婚できなくて」

「あぁ、そうだな」



 冗談を言ったつもりだったが、素で返されたので梨花は段々と恥ずかしくなる。一人で恥ずかしがっている梨花だったが、神様は真顔で見つめているので一人恥ずかしがっている自分が馬鹿々々しく思えてきた。神様は病室でその魂の抜けた梨花を見ているのでそれに梨花もつられて視線を自分の亡骸に移した。死んだ自分を横から見つめるなんて今後二度とできない経験だろうと思いながら、もう自分に次はないのかと少し可笑しくなった。



「ねぇ、神様私これからどうなるの? 神様がいるなら本当に閻魔様もいたりすの?」

「わからんっ!」



 いつも通りの神様の返答。それが妙に懐かしくて、そして優しく感じた。では今からどうすればいいのか神様に尋ねようとした時、神様が話し出した。



「では、いくか!」

「えっ? 何処に?」



 神様に手を引かれて天井をふわりと抜ける。屋上にたどり着くと、空より船が下りてくる。あの夜の銀河鉄道(?)のように、屋形船のようなそれに乗るように神様に促されると梨花は戸惑いながらも船に乗船した。



「さて、では最後の『礼装の小箱 著・九藤朋』を読もうじゃないか。好きな物を好きにやってくれて構わんっ!」



 テーブルには古今東西のスイーツが並んでいる。それには梨花は手をつけず最初に用意されていたほうじ茶を一口飲んでこう言った。



「神様、読んで」



 答えるかわりに神様はすっと息を吸うと栞が挟んであるページを開き神様は奏でるように物語を読みだした。

 何処まで神は華夜理と晶に試練を与えるのか、院内感染で肺炎をもらってきた華夜理

正真正銘のクライマックス、二人はどうなるのか梨花は神様の読む物語に意識をシンクロさせながらもこのリアルさの感想を実体験を元に語った。



「院内感染、馬鹿にできないわよね。小児科で川崎病を患った体の弱った子供に水疱瘡が感染した時、全身から血を吹いて亡くなった子がいたわ」



 作者も何処か同じような事を経験したのか聞き知った事なのか、この描写はこの物語を読み解く事ができる読者であれば、それだけ現実に引き戻す力を持っている。

 作中では身体の弱い華夜理の肺炎で生死をさまよっている。それを死した梨花が見守り神様の朗読を聞いているのは何とも滑稽な状況ではあった。

 目の前にある数々のお菓子の中から梨花は金平糖を一粒手に取ると無造作にポイと口に放り込んだ。



「和三盆かな」



 半分正解で半分は間違いだった。和三盆とは本来和菓子の名称の事である。これは知らない人も多い。その和三盆の砂糖で作られた金平糖。この高カロリーな甘いお菓子達は梨花を餓鬼道へ落とさない為の神様なりの供養のつもりか、それとも彼の単純な好みなのか……



「後者かな」



 そう言ってもう一口金平糖を梨花は口に入れると、目を瞑って神様の朗読に意識を集中させる事にした。



「華夜理、死んではダメよ。貴女には待っている人がいるんだから……私が代わりに閻魔様に挨拶してきてあげるから」



 晶の思いの丈を神様の声で代弁される。梨花は自分が死んではじめて命の、生の尊さを知った。世の中には死を美化するものもいる。生きている事への意味を感じない者もいる。だったら、その命を私に頂戴と心から梨花は思った。



「……ない……私、神様死にたくない。なんで私は生まれてきたの?」



 華夜理が柘榴の実のような赤い球に歯を入れたところで神様は本を閉じると初めて悔しそうな顔を見せた。そして一言……



「すまん」



 全書全読の神は全知全能ではない。はっきりいって無能に等しい神だった。あと少しで十六になるハズだった人間の命一つ救う事ができない。

 泣きじゃくる少女に神様がかけてやれる言葉は一つしかなかった。



「もし、生まれ変わりを信じるなら、私の時間をくれてやる」



 神様の唐突の一言は人間の少女一人を泣き止ませるには十分だった。この幼い風貌の神様は一体何を言ったのかと梨花は目をぱちくりし、愛らしい姿の神様をまじまじと見つめた。ジンベイザメの模様をした服を着て、自分が交換した金魚の髪留めをつけた南国にいそうな健康的な褐色の肌をした金髪に自然界には存在しない紫の瞳をした少年かあるいは少女姿の神様。



「今、なんて言ったの?」

「私の時間をくれてやると言ったのだ」



 お前の残り時間をくれというプロポーズはよく使い古されてきた常套句だったが、自分の時間をあげるというのはいかに? 梨花の頭には疑問符が並ぶ。



「私にはお前を生かせてやる事も、生き返られせてやる事もできない。だから、せめて梨花、お前をまた人間に生まれ変わらせてやる。私の時間をどれだけ使おうともこれだけは約束してやる」



 生まれ変わりなんてものが存在するとは梨花は思ってはいなかった。人口は増え続けているのだ、そして神様の一言『人間に』という言葉で理解できた。そういう事かと、何も人間に生まれ変わるのは人間だけではない。

 ならば人がまた人に生まれ変われる確率というのは恐ろしい低確率なのだろう。それを神様はどうにかしてそれを曲げるつもりなのだ。



「時間を使うってどういう?」



 神様は本や物語に関わること以外には何もできはしない。そう神様自身が言っていた。その神様が奇跡を起こそうとしている。それには何かしらの副作用がないわけがない。



「私も神とは言え存在するには限りがある。その時間をお前の為に使う。そして神が一人の人間に干渉する事で何かしらの罰程度は受けるだろうな」



 神様がただ偶然会っただけの梨花に自分の寿命を使い、さらには何かの罰も受けようとしている。

 梨花は少し考えると笑った。

 そこまでこの神様に迷惑をかけるわけにはいかない。

(嗚呼、華夜理はいつもこんな気持ちだったのかな)

 梨花はそう思うと最高の笑顔を作って見せた。



「そんな事、大好きな神様にできるわけないじゃない。でもありがとう。私の為にそこまで考えてくれて、私もう死んで消えていくのが全然怖くないわ」



 神様は梨花をまっすぐに見つめると鈴のような可愛い声で梨花にこう言い返して見せた。



「自分の巫女だった者に私が自分の時間を使って何が悪い? お前は死ぬには惜しい。これほどまでに物語を愛し、読み込み、浸れる人間がどの程度他におるか、お前が逝くのは小説、いや物語全てにおいての損失と私は考える。ならば無能な神のワガママ一つくらい貫きとおさせよ」



 十六になれなかったハズだった。それなのに神様は梨花の事を巫女という。神様にとっては梨花の死は関係なかったのだ。



「馬鹿ね。神様、君は本当に馬鹿よ」

「よく言われる。もう慣れたっ!」



 こんなに無邪気に言われるのであれば梨花は何が何でも生まれ変わり、再び神様の元に戻ってこようとそう思った。



「神様、私また君の元に戻ってくるから待っててくれる?」

「あぁ、戻ってこい。その時にお前に取られた髪留めを返しにこい。私は変わりにこの金魚とかいうこまい魚の髪留めをつけておいてやる。さて、もうあまり時間がないからな。残り二話聞いていけぃ!」



 そう言って明るい表情を向ける神様に梨花は神様の前までくると神様を抱きしめ神様のおでこにキスをしてからその申し出を断った。



「神様、華夜理と晶がどうなったのか自分で、生まれ変わった時に読ませてもらうわ」



 それは神様にとっても嬉しい言葉だった。梨花と神様を乗せた屋形船はついに何処かに停泊した。

 恐らくこれは神様との別れを意味するのだろう。まだもう少しだけこの柔らかい神様を抱きしめていたいなと思ったが、そういうわけにもいかないだろうとゆっくりと神様から離れた。



「そうか」

「少し、不安かな。自分じゃなくなるんだもんね」

「なんでもそうだ。はじまりはいつも不安なものだ」



 神様は空に手を伸ばすと大きな花束を取り出した。それは神様の瞳の色と同じ紫色のアネモネの花だった。

 アネモネの花束は『礼装の小箱 著・九藤朋』の登場人物である龍もヒロイン華夜理に送った曰くつきの物である。作中では儚い恋、恋の苦しみ、見捨てられたという意味を持ち龍にとっての覚悟を見せるアイテムだった。

 元々、絶望や終わる等中々に縁起の悪い花言葉の多いアネモネだが、色によっては逆の意味を持つ物もある。

 それを梨花は膨大な読書量から知っていた。



「意気な事をしてくれるじゃない神様」



 紫のアネモネの花言葉。

 それは……



「全く、これも知っておったか……梨花、お前を信じて私は待っている」



 梨花は神様に背を向け、自分を包む光の先へと進んでいった。初めて神様と会った日の事を思い出し、あの時とは違う心持で彼女はこう願った。



『時間よ。進め』

さて、神様が勝手なお約束をされているみたいですねぇ。なにわともあれ梨花さんは空に記憶を還し、旅立っていかれました。ただただ私は祈ります。良き旅を!

次回は3月紹介作品『礼装の小箱 著・九藤朋』終章 「キリエエレイソン 読了」

最後までお楽しみ頂ければ嬉しいです!

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