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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第三章 『礼装の小箱』著・九藤朋
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ジンベイザメの詩 主人公よりも記憶に残る造形

突然、神様が子供の姿で私のお店に尋ねてきたと思ったら、何かお菓子を作るように私に申し付けました。

話を聞くと、材料を用意して、いざお菓子作りをと思ったらなんとなんと神様も手伝うというんです。

一体何があったんでしょうね^^

「インベーダー、私のところに来たのは愛らしいインベーダーで良かったわ。少なくとも華夜理よりは安心していられるし」



 これは皮肉なんだろうなと神様は思いながら、看護師が切ってくれたであろうリンゴをしゃりしゃり食べる。



「私しか来ない事が寂しいか?」



 図星を突かれた事に、梨花は反論しようとしてやめた。それではあまりにも自分が愚かで、みじめではないかと……ここは素直に認める方がいくらか見栄えがいい。



「そうね。でも貴方がいてくれる。たまにはテレビでも見る?」



 神様が病院内をうろついていると、一般病棟の老人たちはカードをテレビに指して視聴していたが、梨花の病室にある大きなテレビにはそんな物は不要のようだった。特に興味もなく電源を入れたテレビでは韓国で行われている冬季オリンピックが映し出されていた。

 ダイジェストでオリンピックで活躍したヒーロー達の笑顔が眩しい。

 男子フィギュアで今回のオリンピック日本初の金メダルを取った羽生弓弦選手の笑顔を二人して眺めていると梨花が神様に話しかける。



「この選手知ってる?」

「知らん!」



 二人して彼の演技のVTRを見る。氷上の芸術、もともとはただ綺麗な円を描く為の競技だったらしいが、よくここまで人間は別物に育て上げた物だと神様は思っていた。神秘的で、それでいて人間的で、まさに美しい。

 芸術といよりは、美術と言った方がいいかもしれない。そんな冬季オリンピックに出ていてる選手達は泣き笑い。

 希望に満ち溢れていた。神様も彼らの顔を見ているだけで元気が湧いてくるような気持ちになる。

 そんな時、梨花はテレビの電源を消した。



「おっ?」

「四年後……彼らにはあるのね。それに少し嫉妬したわ」



 ぶっちゃけもう少し見ていたい気もしたが、神様は梨花の機嫌がこれ以上悪くなるのも面白くはないかと最後のリンゴにつまようじを刺して、梨花の顔色をうかがった。



「食べていいわよ」

「そうか、では遠慮なく」



 ぶすりと楊枝を刺したリンゴを口に放り込み、シャクシャクと味わう。そんな様子を見て梨花はクスクスと笑った。



「禁断の果実を神様が人間に食べさせない理由もわかるわ。そのリンゴ、おいしいものね。でもそれを食べても何の知識も得られないのに」

「少なくとも喰えば、美味いという事は得られるよ」



 リンゴで喜ぶ子供がこの日本にどれくらいいるだろうかと梨花は考える。リンゴだけではない。神様は何かを食べる時、それはそれは美味しそうな表情を見せる。それは味だけではなく食べるという行動その物に喜んでいるように……



「神様はハデスに会った事があるの?」

「ないよ。ハデスはおろか、ゼウスにだって会った事はない」

「そうなんだ。もし神様が知っていたらペルセポネはどんな気持ちだったのか教えて欲しかったな。実際はどう思っていたのか」



 リンゴで汚れた手を神様は舐めようとするので、無言で梨花はウェットティッシュを差し出す。それで手を拭くと神様は少し考えるように目を瞑ってこう言った。



「ニュクスとか言う偉そうな小娘には会った事があったけどの。そもそも神という存在自体が人間の願望が顕現したものだし、より強く願い思った姿で現れるんだ。だから、梨花の前にペルセポネが現れたら梨花の思っていた回答を答えてくれるだろうよ」



 なんともつまらない回答だったが、梨花は神様がニュクスに会った事があるという言葉を聞き逃さなかった。



「夜の女王、ニュクスってどんな人?」

「そうだなぁ、私が実態をもっていなかった時なので、アレだが小娘の姿をしたババアだな。聞きたくもないつまらん話を拭いて回るつまらん奴よ。されど、いつも楽しそうにしておった。あいつなら梨花の質問に答えれるかもしれないな」



 梨花は今まで自ら『礼装の小箱 著・九藤朋』の疑似小説を読もうとはしなかったが、リンゴを食べている間神様がポンと置いていたそれに目を通していた。



「華夜理は汚されたの?」

「どうだろうな。気になるのであれば読み進めればよいではないか、しかし何か食べる物はないのか? 出来れば甘い物がいいのだが」



 この遠慮のしない感じが梨花はとてつもなく愛らしく感じていたが、たまにはいじめてやろうかと『礼装の小箱 著・九藤朋』の中内容を一つ選んでみた。



「私はこれでも病人よ? たまには神様は私にお見舞いの品の一つでも持ってきてくれてもバチは当たらないんじゃない?」



 人差し指を咥える神様、今すぐにでも抱きしめてやりたいなと思う梨花だったが、神様は頷いてこういった。



「全く、神様に使いをさせるなんてそれ自体が罰当たり者であると知れ、といってもたまには手土産を持ってくるのもまた礼儀だな。ではそれでも読んで待っておれ」



 神様がどんなお土産を持ってくるのか少し楽しみにしながら梨花は『礼装の小箱 著・九藤朋』の疑似文庫を開く。



「ふふっ、瑞穂みたいな女の子が来たら私、七秒で発狂しそう。でも、意外と面白いかもしれないわね」



 華夜理の身の危険を案じた浅葱がクラスメイトの少女、瑞穂の同居をお願いしたあたりの物語は実に面白いと梨花は思っていた。

『グスコーブドリの伝記』このアニメ映画のDVDが何処かにあったように思う梨花はそれをBGMにこの物語を読むのも一興かと思ったが、残念な事に手元に見つからないので止めた。彼女は思った事をすんなり進めれなければすぐに止めてしまう。面倒くさがりなのではなく、時間の無駄になる事はしない主義なのだ。

 自分の活動時間はもうあまり残っていない、そんな中で物を探す時間なんてものに割ける程余裕はないのである。



「しかし、みんな宮沢賢治が好きなのね」

『注文の多い料理店』『銀河鉄道の夜』これらの作品名を知らない日本人は限りなく少ないであろう。ただし、『銀河鉄道の夜』が未完の作品であるという事を知っている者はその中の半数以下になるだろう。

 造語の多さ、宗教観、死を感じさせる表現の多い作家であり、日本のルイスキャロルと言っても良いかもしれない。

『銀河鉄道の夜』は未完故にあらゆる解釈から装飾され、果たして作者が思う結果の作品になったのだろうか?



「私が死んだら、聞いてみようかな」



 華夜理の貞操が奪われてはいなかった事に安堵する梨花、そして自分は経験する事はないだろが、男女の関係になるというのはどんな物だろうかと夢想する。



「馬鹿ね。それにしても成金の描き方の上手いこと」



 この物語において梨花が実に興味を持っている事として、本作の悪女であり、キーパーソンであろう大脇役。晶の母親である栄子について、彼女をより細かく描写する事で、読者にいかに彼女が小洒落れていて、自分にお金を使う人物であるのかを、結果として主人公である華夜理や晶よりも印象深いキャラクターとして作中で動いている。

 もう梨花も認めざる負えない、この作品に自分は惹き込まれているという事、華夜理に馬鹿な決断をしてほしくないと思いながら本をベットに置いた。

 梨花はナースコールを押すと足早にやってきた看護師にシャワーを使いたい事を伝えて準備をさせた。



「子供相手に様付けって……まぁいいけど」



 病院のシャワーは梨花は大嫌いだった。狭くて、落ち着けない。こんなところで身体を清めていては治る病気も治らないのではないかと思っていた。

 梨花の病気は治らない方だが……



「ふぅ……」



 暖かい雫に身体を打たれる気持ちよさに関しては何処も同じ事だけが救いだった。備え付けの物ではない目に入っても痛くない高価なシャンプーを用意させそれでゆっくりと自分を洗う。

 どれだけ適温に室内の温度が保たれていようと、人間の体は汚れ、匂う。そんな普通な自分が嫌で、気持ち悪いと思った事もあった。

 それで潔癖のようになった自分もいたが、そうしたい自分がいただけであると気づいてしまった。

 今は、手土産を持って戻ってくるであろう神様の為に、レディとして恥ずかしくない程度のたしなみの為、シャワーを浴びているのだ。



「私は、華夜理程強くはないから、神様を開放するなんてできないわ」



 初めてできた最初で最後の友達である。

 それはもしかしたら、自分の生み出した妄想かもしれない、あるいは自分の命を狩り取りにきた人ならざる者なのかもしれない。

 だがしかし、自分を孤独から救ってくれた紛れもない存在である事は確かなのだ。だから、彼が何の手土産を持っていなかったとしても、とてもつまらない物を持ってきても大いに喜ぼうとそう決めていた。

 シャワーが終わると、病衣ではなく、私服に着替えると神様が好きそうな甘いホットチョコレートを売店で買った。



「戻ってこないじゃん」



 その日の夜になっても神様は戻ってこなかった。そのままベットの上で神様を待っていたが、いつのまにかやってきた睡魔には梨花が打ち勝つ事もなく、眠りにつく。



「!」



 自分が眠ってしまっていた事に気づき時間を見る。時間は七時は二十の分を刻んでいた。やはり神様はいな……



「おはよう梨花」



 いた。

 窓際に腰掛けるように、そしてその手には何か包を持っていた。神様は何かのメロディを口ずさんでいる。それは、なんとも心地よく、海を想像させるものだった。 

 そんな幻想的な鼻歌より、梨花は神様がこのまま二度と自分の前に現れないんじゃないかと思って梨花は牙を抜かれたように答えた。



「お、おはよう。神様」

お気づきかもしれませんが、今回第三章のタイトルは全部、各種著名な小説のタイトルをもじらせてもらっております。神様ですからね^^ 基本はWeb小説を紹介する私ですが、作家さんが影響されていたりオススメの一作だったりするとその本も! と出会っていけば色んなページが開けるんじゃないかなって思います。

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