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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第三章 『礼装の小箱』著・九藤朋
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神様電鉄の夢 小物の意味の持たせ方

この前、ジンベイザメを見てきました。あれは危険ですね。見ているだけでα波が出ているようで気が付くと一時間以上時間が立っていました。物凄く大きいのですが、恐ろしく可愛いです。

一度機会があれば皆さんもご覧になってください。

「ねぇ、神様は金魚って生で見た事がある?」

「ない!」



 当然神様は最近身体を作った為あらゆる事に関してリアルに体験した事も見た事もない。そんな神様に微笑むと梨花は神様がつけているジンベイザメの髪留めを取った。



「おっ?」

「神様は小さいからこっちにしなよ」



 手鏡を見せてくれると先ほどまで青いジンベイザメがいたところに赤い金魚の髪留めが神様の金色の髪を泳いでいた。



「あー! 返せ!」

「いいじゃん! それの方が可愛いよ。私は金魚っていい思い出ないけどね」

「そんな物神様の頭につけたのか? 罰当たりな奴だな。しかし金魚の思い出なんて梨花にはあるのだな。聞いてもよいか?」

「小さいころ、一度だけ外に出かけた事があるの。お父さんとお母さんと近所のお祭りに行った時にお父さんに金魚をすくってもらったの」

「ほう、良い思い出じゃないか」

「その金魚ね。すぐ死んじゃった」



 出店の金魚は掬われは水槽に戻される事を繰り返しているので弱っている事が多い。所謂外れを引いたのだろう。



「……なんでそんな縁起の悪い魚の髪留め持っておるんだ?」

「ふふふ、内緒。ねぇ、続き読んでよ」



 梨花にベットに入るように神様は促すと掛布団を優しくかける。神様はなんだかしっくりこない金魚の髪留めに触れながら天井に手を伸ばすと何処からともなく文庫本を取り出した。

 その様子を見て梨花は聞いた。



「その手品どうやってするの?」

「奇跡と言え」

「はいはい、奇跡奇跡」



 なんとも納得のいかない表情を見せる神様に梨花は目線で『礼装の小箱 著・九藤朋』を読むようにせがむ。

 神様は梨花に障らない程度の風が入るように窓を開け、前髪をふわふわと揺らしながら文字に目を滑らせた。

 具合の悪い華夜理を労わろうとしない叔母、そして二心抱いているであろう華夜理の叔母をよしとみていない浅葱とのやり取り。神様は声色を変えて朗読する様子を梨花は満足そうにして目を瞑って楽しんでいた。

 華夜理の持つ莫大な遺産を狙って、叔母が進めようとしているお見合い。まさに政略結婚のくだりを神様が読んでいると、梨花はベットから起き上がる。



「ねぇ、神様。もし、私が十六まで生きられたら結婚しましょうか?」



 唐突の告白。

 それに今まで文字の海の中で戯れていた意識を現実に戻すと、神様は目線を梨花に向けてパタンと本を閉じる。



「私の巫女にでもなるつもりか?」

「あら、それは面白そう。神様は色んなお話を私にしてくれるんでしょ? そんな信託なら願ってもないわ」



 神様はピンと来た。

 彼女は純文学の世界の主人公の気分でいるのだ。文学少女らしい反応、神様の力を持ってすれば銀河鉄道に彼女を乗車させ、星々の海を眺める事もたやすい。

 だが、今彼女が望んでいる事はそんなファンタジーな事じゃない。

 リアルなのだ。



「今いくつなのだ?」

「十五よ。あと二か月と少しで十六になるわ。でも神様は見たところ子供だから結婚できないか」

「よい、ならば十六になると私と結婚するか? アートアクアリウムとやらでも飾らせて」



 ケケケと笑って神様が梨花を見る。



「あーあ、華夜理はイケてる男の子達にちやほやされて羨ましいな。私は病院生活だから年上のオジサン先生か、ちんちくりんの神様しか男がいないわ」



 そういう梨花に神様は頬を膨らませて怒りをあらわにする。梨花は神と呼ばれる者は傲慢でプライドが高いというのは強ち間違ってはいないのだなと可笑しくなる。



「でもいいわ。そのちんちくりんの神様で我慢してあげる」

「吹かしよったな! 梨花の理想の男像はどんな者だ?」



 意外なるカウンターパンチ。

 よくよく考えれば恋愛等考えた事もなかった。いつしか終わる事への恐怖が快感と変わり、そこに進む自分を美化し残りの時間を楽しむ。

 醜さをすべて消し去った破滅願望のような物を満たすために文学を読み妄想にふけっていた自分がいた。

 もしかするとこの神様も自分の妄想の産物か?



「そうに違いない!」

「痛い! 痛いぞ。やめろ!」



 神様の頬っぺたを思いっきり抓ったのだ。痛がる神様を見て、このしつこい妄想の化身に梨花は言った。



「そうね。あなたより四十センチは身長が高くて、髪の毛も長い。だけど不潔じゃない。声はもう少し低めで……って何言わせるのよ!」



 再び神様のお餅みたいに柔らかい頬っぺたを抓る。それに神様は涙目になりながら全力で痛がった。



「トルコアイスみたいに私のほっぺが伸びたらどうしてくれる?」

「美味しく食べてあげるわ」



 痛がる神様に笑いながら梨花は優しく神様のほっぺを撫でる。いまだにギンと梨花を睨んでいる神様に梨花はこう言った。



「はい、あーん」



 いわれるがままに口を開けた神様の口の中に梨花はシンプルで高価な箱に入ったGODIVAのトリュフを入れた。



「おぉ! 口の中で溶けよるわ!」



 そう言って喜ぶ神様を次は後ろから抱きしめた。梨花の心音が神様に伝わる。それを聞いて神様は少し悲しそうな表情をしたが、それを梨花が見る事はない。

(あまり時間がないな)



「ねぇ、華夜理の飼っている金魚は大変な目にあったのに死ななかったわよね」

「うん」

「それが運命なんでしょうね。私の金魚は死んだわ。そしてこの病室は礼装の小箱ではなく、魂の牢獄なの。気が付けば神様なんて名乗るちんちくりんまで住み着いちゃうし」



 ちんちくりんという言葉に反応して閉口する神様だったが、物語を朗読する事で無理やりこの空気をリセットさせた。

 物語の序盤で、礼装の小箱の意味が分かる。それは外見は美しい物の、実のところ中身はツギハギだらけのハリボテのような不安定な物なのだ。

 そして当事者達は事を起こすにはあまりにも幼すぎる。無力とその優しさが物語を加速させていく。

 神様に梨花は中々に上手いことを言ってのけた。皮肉交じりに自分の今の環境は魂の牢獄であると、とくに何をするわけでもない梨花がこの広い病室にポツンといる。

 神様は数日この病室にいるが、検査と食事以外で誰かがここに訪れるところを見た事がない。彼女の言う通り、彼女は生きながらにしてもう殺されているのかもしれない。

 されど生きている為、体という棺桶から魂が抜けだせず何の希望も持たずに終焉を待っているのだ。

 神様が華夜理と晶のデートをしている部分を朗読していると、キリのいいところで梨花は再び起き上がり神様を見つめた。



「やっぱり華夜理はずるいわね。とっても大事にされている」

「まぁ、しかたがなかろう。体が弱い上に、心も随分衰弱しているからな、みんな戦々恐々としているんだろう。過去のフラッシュバックがひどいとそれでショック死してしまう者もいるらしいからな」

「ふふっ、この物語の大事なファクターに、金魚とアートアクアリウムという小物がどう絡んでいくのか、あるいは礼装の小箱をかけているのか、どちらかかしら?」

「一概には言えないが、物語は最後まで……だろ?」



 神様のしてやったりな表情に対してつまらなさそうにしている梨花は、神様に向かってこう言ってのけた。



「神様、今日の夜プラネタリウムとは言わないけれど、屋上で夜空を見ましょう。私たちも物語の再現をするの」



 成程、それはいいなと神様は思った。

 しかし、一つ思う懸念。



「梨花の体は?」

「どの道もうじき止まる壊れた時計みたいな体よ。無理させたって誰も文句は言えないんじゃないかしら?」



 確かにそれはそうであるが、神様的には少しばかりこの自分を大切にしない梨花の行動にも閉口するものがあった。



「もし、具合が悪くなったらすぐに戻るという事でよいか? 私も梨花に見せてやりたい物があってな」



 そう神様の言葉を聞くと梨花は少し頬を赤らめて頷いた。その日の食事の時になると神様は姿を消し、誰もいなくなると再び戻ってくる。

 梨花としては神様が何処に行っているのか気にははるが、何かしら食べながら戻ってくるのでさしずめ、老人の入院している病室にでも行ってお見舞いの品をもらっているのだろうと考えていた。



「消灯時間は夜の二十二時だから、まだ少し時間があるから続きを読んでよ」



 物語も気になるが、神様の朗読する声の神秘さがとても梨花はお気に入りだった。それを聞き、うとうとしてきた梨花は意識がなくなる直前に神様に伝えた。



「夜空の下でも、読んでよね」



 そして梨花はゆっくりと睡魔に身を任せる。沈んでいくようなこの感覚は死と似ているのかとそう梨花は考えていた。

 目を開けた梨花は病院の屋上。先ほどまで自分は寝ていたハズだが? ……成程これは夢かと梨花は確信する。自分の足元に線路があるのだ。

 それは空へと延びている。蒸気機関車ではなく、一般的な各駅停車の電車の姿が空より見える。そして梨花の目の前にくると入り口をぱかりと開けた。

『銀河鉄道の夜 著・宮沢賢治』のような世界に、いや自分の夢の中にいるのである。適当な座席に座っていると電車は動き出した。

 空へと昇っていく銀河鉄道ならる銀河電鉄? 雲を突き抜け、地球の姿を見下ろす高度まで来た時、車掌の恰好をした神様が手に文庫本を持って現れた。



「どうだ? 中々に気に入るシチュエーションではないか? プラネタリウムは知らんが、ここになら私はお前を連れてこれる」



 着ているというよりは着せられていると言った方が過言ではないその神様の恰好に梨花は噴出した。



「素敵な夢ね。ここで読んでくれるんでしょ?」



 お互い悪戯小僧のような笑みを見せて、どちらがというわけでもなく、梨花は目を閉じ、神様はその管楽器のような洗練された声で物語の読む。

銀河鉄道の夜 これはある意味文学作品で扱うにはやや難しい作品となります。何故かというと圧倒的に銀河鉄道の夜を扱う作品が多く、どういうアプローチをするのかという事と銀河鉄道の夜自体が様々な解釈がありどう読み取るのか、しかしこの作品の大作性は言わずもがな。一度は触れてみたいものですね。

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