神様失格 人を選ぶが故の駄作?
神様が顕現されてから、世界が広がりだしました。今回は梨花さんと神様が物語の読みやすさについてお話をするような? しないような? 私も『礼装の小箱 著・九藤朋』を読んで予習をしていきたいと思います!
「昭和から明治の大衆小説に影響を受けているような作風ね」
片目を閉じて、梨花を見る神様。興味なさそうに聞いている姿が逆に神様が朗読した物語に興味を持っている証拠だなと気づく。
「近代文学を支えてきた作品は今の人間たちは少なからず出会っているだろうし、影響もされているだろうな。そう言った物を同人誌と呼ぶそうだ」
神様の言葉を聞いた梨花は神様を馬鹿にするような表情を見せて、電気ポットから紅茶を淹れると神様に差し出した。
「神様もそんな言葉を知っているのね。同人誌って言うと欲望に忠実に描かれた物を指している事が多いからあまり使わない方がいいわよ」
いわゆるエロ同人誌という物だろう。
確かに今同人誌という言葉を聞くとそう言った成人向けの物が最初に頭に思いつくだろう。だが、実際の同人誌という物はもう少し尊い物だったりする。
どうやらこの梨花はそれを知っているようで、神様はそれ以上の事は説明しなかった。共感した物、感動した物に対して人間が取る行動は大きく分けて二つ。
余韻に浸り静かになるか、その感動を共有したくなる。
そして、梨花はどちらかといえば後者だった。おそらくは長い闘病生活でここまで誰かと話しをする事はなかったからかもしれない。
「華夜理、少し私と被るところがあるわよね? それで、神様はこの物語を私に対するあてつけのつもり?」
華夜理は『礼装の小箱 著・九藤朋』における主人公である。身体が生まれつき弱い。されど学問やその他技能において精通したところがあるという造形の美少女。
「梨花は勉強ができるのか? 才色兼備には見えないが?」
「私がブスだって言いたいの?」
「いいや美しいよ。人間は皆美しい。だが、勉強できるのやらとな」
その神様の言葉にふふんと笑う。美しいと褒められた事で機嫌をよくしたのか、何かをごそごそと取り出してそれを神様に渡した。それは大量のプリント、随分乱雑に扱っている事が見て取れる。
「ほぉ、才色兼備だったか」
神様はそのプリントが何らかの学力検査であり、なかなかの数値をたたき出している事が書かれていた事に感嘆する。
「学校の勉強ならもう高校卒業レベルには達しているわ。その高校にまではいけないから、全部無駄だけどね」
諦め。
彼女の表情からはそれがにじみ出ていた。時間は日付を変えようとしていたので神様は一旦ここで梨花に休むように言った。
「神様は寝ないの?」
神様は窓の格子に腰掛けると月を眺めながら「寝るよ」とそう言った。よく考えれば神様なんているわけないし、この子はこんな時間に何しているんだと梨花は思ったが、妙に眠気が襲ってきたので寝落ちする前に「おやすみ神様」と呟いてから睡魔に身を任せた。
「街は星が見にくいな。プラネタリウムに梨花を連れて行ってやれれば喜ぶかな? プラネタリウムがどんなか知らんけど」
神様が『礼装の小箱 著・九藤朋』の疑似小説を開くと病室ががらりと変わる。そこは明治時代によく建てられた洋館調の応接間。
そこに用意されたイングリッシュスタイルのティーセット。そのハーブティーはカモミールだったかと神様は思う。
急性の気管支炎であれば珈琲の方が即効性があると自分の生み出した娘なら言うだろうかと考える。体の弱い少女と珈琲は作品には合わないし、身体を温めるという意味ではやはり紅茶である。
「茶など飲んでも梨花の時間は伸びはしないが、ゆっくりと感じれるかもしれんな。愛と哀は紙一重か……」
幼い恋心を宿す華夜理と晶、それは同時に何かに対する恐れを含んでいる。例えば、生の影には必ず死の匂いが寄り添っているように……神様はこの小説ならあるいは梨花の身体がこの世界と別れを告げてもあるいは心、魂と言うべきか? そんな物はこの世界の事を覚えておく事ができるんじゃないかと思っていた。
「人間とは不憫な生き物だな。体は成長しても心は退行する者もいれば、生きる事そのものを剥奪された者もいる。運命……という物を何かが操っているのであればそれは残酷だな」
梨花は自分と華夜理が少し似ていると言ったが、神様からすれば真逆の存在に思えてならなかった。
生を許されている者とそうでない者。
愛し愛される存在がいる者といない者。
彼女はこの物語の主人公であるヒロインが羨ましくて仕方がないのではないか、華夜理は体は弱くとも約束された終わりが待っているわけではない。
同じ量の砂を手ですくうのと水を手ですくうのは全く違うのだ。
自分よりも年上なのに自分より幼く少しばかりワガママな華夜理。そんな存在に自分もなりたかった。
そう考えているのかと神様は仮定を立てた。病室とは思えない洋館の部屋で、神様はそこにある紅茶のカップを手に取る。
「……苦いな。む……かるたか」
神様はゆっくりと夜が明けるのを待った。朝焼け、日光が体に良いと言われている事が事実か分からない。
仮に事実だったとしてもそんな物で梨花の容体がよくなる事はないが、ようは気持ちの部分の切り替えくらいにはなるのではないかと、ゆっくりと神様はカーテンを開く。
「何してるの?」
ぎょっとした神様は振り返ると梨花は今目覚めたという表情で神様を見つめていた。そして自分が入院している病室ではない風景の辺りを見渡してからこう続けた。
「まだ夢でも見てるのかしら?」
「だとしたら、私のつまらない遊びに付き合わないか?」
「神々の遊び?」
不適に笑う梨花に神様は苦笑して頷いた。
「別に禁じられてはおらん方のな。立てるのか?」
「えぇ、運動はできないけど問題ないわ」
運動ができない。
それに関して神様は残念そうな顔をして百人一首を後ろに隠した。その姿があまりにも滑稽でいて可愛かった為、梨花はクスっと笑ってしまう。
「笑うな! お前とかるたでもしながら、茶でもなと思ったんだ!」
それは『礼装の小箱 著・九藤朋』のワンシーンを再現しようとした事で、それを梨花も重々承知していた。
「聞かせてよ」
「ん?」
「神様とかるたはできないけど、神様が読むかるたを聞きながらお茶を飲んでまったりしたいわ。それって結構贅沢じゃない?」
そう言って普段あるハズのない豪華なテーブル席に向かう梨花、そこには今淹れられたばかりの宇治の玉露が用意されている。
「同じ玉露なら八女の物が良かったわ」
「……むぅ、それで我慢せい」
音を立てずに行儀よくお茶を読む梨花、付け合わせの上生に楊枝をさして口元を隠した。彼女も彼女なりに世界感に合わせてくれている事に神様は気づいた。
ならば、それ相応の舞台で舞うのが神の務め、神様は心が無くなってしまったかのように空虚なところを眺める。
蓮華微笑。
その表情からは生も死すらも存在していないような神秘的であり、梨花もくぎ付けになった。そんな蓮の花びらのような神様の口が小さく開く。
それはそんな音を出す装置のように……
「長からむぅ、こころも知らず。くろかみのぉ、みだれてけさは、ものをこそおもぇ」
五分程の余韻の後に神様は幼い子供の表情に戻った。それと同時に梨花はコトンと湯飲みを置いてパチパチと拍手で神様を称える。
「神様ってさ。とっても綺麗な声してるよね? 今のはちょっとときめいちゃいそうになったよ。心を見透かされているような……なんて言うと笑っちゃうかな?」
神様は自分の声が褒められた事に顔を真っ赤に染めた。そう単純に照れているのである。もじもじとしながら神様はよどみのない瞳で言った。
「も、もっと私の読む詩が聞きたいか?」
「うん」
弟がみょうに張り切っているようで可愛らしく、そして可笑しくてしばらく梨花は神様が読む俳句をBGMに朝の緑茶を楽しんだ。
機嫌よく梨花が『礼装の小箱 著・九藤朋』の続きを聞きたいというので神様は何もないところから手品のように疑似文庫をポンと出す。
それはもちろん手品ではなく、奇跡なのだが、そんな物を見ても二回目の梨花は表情一つ変えない。
「物語の中に出てくる子供の精神年齢は高いわよね」
「それ相応の大人が書いているからな、物語である以上ある程度の判断力を持っている事は前提条件だしの」
分かるようで分からない神様の説明にふーんと聞き流す梨花。フルーツの盛り合わせのバスケットを持ってくると、がっかりしたような顔を見せる。
「桃があれば切って食べたんだけど。水蜜桃って言葉を聞くと無性に食べたくなっちゃった。神様は食べた事ある?」
「うん、水蜜桃で酒を漬けようとして腐らせたバカを知っておるわ。もっと固い桃で漬けよと言ったんだがな」
果実酒の話。
さすがにあまり梨花も詳しくないが神様がとても美味しそうな顔を見せるのでなんだか悔しくてこう言ってやった。
「未成年がお酒なんてダメだから」
「わたしは……もういいわ。ここでの水蜜桃は恥ずかしいとか、恋心についての意味も含まれているのかもしれないけどな」
「でしょうね。ここまで言葉をよく理解している作者だもの」
これは神様の中でもとっておきの一つだったが、まさか知っているのかという事に神様は胸がすくような気持ちと共に笑顔を見せる。
そんな神様を見て梨花も笑い返す。
「さくら、それが見れる頃にはもう私はいないわね。この物語は駄作だわ」
「ほう、完璧な物とは私も思ってはいないが、駄作とはまた何故そう思った?」
梨花は見下ろすように神様を見ては一呼吸おく。
「神様の朗読で聞いているからかもしれないけれど、十分にレベルの高い小説である事は認めるわ。でもそれでいて読者を選びすぎる。私は偶然にも殆ど理解できているけれど、いくつか分からない言葉ももちろんある。この小説を読んでいて知識が追い付かない人には苦行よ。だから、読み手の事を考えていない駄作」
ぺらりとページをめくり神様は詩を読むように梨花に言う。
「この小説は作者が作者の為に書いた物だから、これが梨花が今まで読んできた小説との根本的な違いだよ。九藤朋本人が書きたい世界を思いのままに描いた作品がこの『礼装の小箱』だとしたら、梨花はどう考える?」
神様と見つめ合う梨花は根負けしたのかため息をついてから神様を見つめなおした。もちろんこの小説は面白い。
それは最初の数話で気づいていた。
「物語は最後まで読んで感想を言うものじゃない?」
神様は何でこの梨花さんにここまで親身になっているんでしょうか? もしかするとそれは私やヘカさんのような存在と関係しているんでしょうか? 次回もお楽しみ!




