小さなお客様
https://ncode.syosetu.com/n9253dg/ 第一回の紹介作品は『琥珀』作者様はFELLOW様
2000年初頭に流行ったリアルさを求めたライトノベルに近い物があります。「半分の月が〇〇」と言ったあれらの流れを感じます。とても考えさせられる内容となり、私は最初の紹介作品にこちらを選ばせていただきました。
セシャトは殆ど人の来ない古書店の中を掃除する。
はたきをかけ、一冊数百円で売り出す本棚の補充をすると、お茶を淹れた。
そして、お楽しみのおやつと読書タイム。
「続き、続きっと……『猫の住処へようこそ 作者・陸髪レラ』、あれ? 無くなってしまいました。日の目に出る事ができたんですね。さようなら、そしておめでとうございます」
また一冊、一つのweb小説がここから消えていく。
それは喜ばしい事であるのだが、同時に物悲しさもこみあげてくる。
日の目を見る事が出来た本の記憶は自分の中からいずれ消えていくのだ。
否Web小説時代とは少し違った物語として世に旅立っていく。
「でも、いつかまた会えますよね?」
二杯目のお茶をこぽこぽと淹れて、何か茶菓子がないかと戸棚を探っていると、人の出入りが殆どない古書店に身なりのよい老紳士が入店する。
「お姉ぇ……セシャトさん、お久しぶりです」
セシャトは胡麻煎餅を咥えながら、老紳士を見て思考を働かせる。しかし、誰だかわからない。
「はれへひたは(誰でしたか)?」
バリンと煎餅を齧ると、口を押えてそれをあまり咀嚼せずに飲み込む。
喉に突っかかりお茶で流し込む。
「けほけほ、すみません。御見苦しいところを……お客様、当店へのご利用ははじめてですか?」
老紳士はクスクスと笑う。
「変わりないですね。今日はこれを返しに来ました。中々お店が見つからなかったので遅くなりましたが」
老紳士がセシャトに手渡した本、そのタイトルを見て、セシャトはこの老紳士が誰なのか理解した。
「貴方は……それにこれは、『琥珀 著FELLOW』懐かしいですね。お茶でもどうですか? お茶菓子胡麻煎餅しかないですが!」
「いえ、この後用事がありますので、それとお土産にこれを」
焼き駄菓子『厚焼き黒糖』。
セシャトは目を輝かせてそれを受け取る。
「うわぁ、ありがとうございます!」
「それじゃあね。セシャトさん、お元気で」
「あっ……!」
そう言って老紳士はキザに指でジェスチャーをすると、古書店を後にする。
彼が出ていく瞬間、一人の少年が店内に入ってくる。
老紳士は少年をちらりと見て、口元が緩んでいたように思える。
それにセシャトも笑い、老紳士の背中に小さく手を振った。
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
少しセシャトを見て恥ずかしそうにしている少年はセシャトに百五十円を手渡す。
それを丁寧に受け取ると、セシャトは何だろうと少年が話し出すのを待った。
「これで、何か面白い本を売ってください。読書感想文、書くから……」
「はい、少々お待ちください。そうですね。グリム童話なんていかがでしょうか?」
そう言ってセシャトは文字の大きなサイズのグリム童話をいくつか用意して少年に見せる。少年はぱらぱらとそれらを目を通して首を横に振った。
「これじゃあ、ダメなの」
「困りました……」
少し考えたセシャトは、少年を母屋に通す。
そこで砂糖を少し多めに淹れたフレーバーティーを、そしてお皿に厚焼き黒糖を乗せた物をお茶菓子として少年に差し出した。
「あ、ありがとう。僕は倉田秋文、お姉ちゃんは?」
「ご丁寧にありがとうございます。私はセシャトです」
「外人さん?」
「……そう……なりますかね?」
「????」
少年は不思議そうにセシャトの事を見つめるので、セシャトは慌てて秋文にお茶とお茶菓子を進めた。
「そんな事よりおやつをどうぞ」
「う、うん」
秋文は厚焼き黒糖をぱくりと齧り、紅茶で喉を通す。
子供の味覚という物をセシャトはあまり分からないが、甘めにしているので大丈夫かなと秋文を見つめる。
「美味しい」
「それは良かったです! その厚焼き黒糖は私も大好きなお菓子なんですよぉ、紅茶はムレスナの紅茶を甲子園の本店で仕入れた物です」
饒舌に語るセシャトの言葉に再び秋文はいくつかの?を頭に並べていたので、これもセシャトは豪快にお茶菓子と紅茶を飲む姿を見せる事で流した。
そんな事より本題である。
「先ほどのグリム童話ではダメなんですよね?」
恥ずかしそうに秋文は一枚の紙をセシャトに見せる。
そこには課題図書と書かれた本が書いてある。
「この本でないとダメなんでしょうか?」
それにも首をぶんぶんと秋文は振った。
いよいよセシャトには分からなくなってきた。
プリントに書かれている本は比較的新しく、セシャトの古書店には置いていない。
「学校の図書室や図書館等で借りるのはどうでしょうか?」
それも首を横に振る秋文。
どうやら同じ事を考えている生徒達がもう既に借りてしまっているようだった。
さてどうした物かとセシャトは思う。
「秋文さんには何か特別な本にしないといけない理由があるんですか?」
「お母さんが帰ってくる時に、読書感想文の賞状を見せたいの……」
再びセシャトは秋文の持ってきたプリントに目を通す。
どうやらこの読書感想文とやらは宿題という単純な物ではなく、何処かの賞に出す物らしい。
「成る程、秋文さんは小さな作家さんなんですね。その為により面白い資料が必要であると、そしてその入賞をお母さまに見てご報告したい。こういう事でよろしいでしょうか?」
ぶんぶんと次は縦に首を振る。
今こそ、自分の使命を全うする時なのではないかとセシャトは小さく頷く。
そして秋文にこう言った。
「ではどうでしょう? Web小説等はいかがですか?」
「うぇぶ小説って?」
セシャトはデスクのノートパソコンの画面を見せる。
外部モニターにも別のタブに表示させてあるブラウザを表示。
小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタとりあえず有名どころを四つ表示させる。
「このように、インターネットのサイトに沢山の場所から、作家さんがご自身のオリジナルの小説を投降しているんですよ」
それに興味を持つ秋文、セシャトの横から覗き込み、それを読む。
「何だか僕の知っている本と少し違う気がする」
ムレスナの紅茶を一口飲むとセシャトは微笑む。
「そうですね。これらWeb小説を書かれる方は大半がライトノベルと呼ばれるジャンルに分類されます。ただし、この定義も曖昧なので秋文さんは面白そうだと思う物を選んで読んでみてはいかがでしょうか?」
「うん、でも僕家にパソコンないから……」
セシャトはそれを聞いて秋文に微笑む。
秋文はそんなセシャトを見て少しドキりと顔を赤らめて俯いた。
「例えば先ほどお返しいただいた本なんですが」
金色の鍵を取り出すと本棚の中にそれを差し込む。
「хуxотоxунихуxакутоxуноберу(Web小説物質化)」
「外国語?」
秋文は聞いた事のない言葉を口にするセシャトを見つめる。セシャトは棚から一冊の光り輝く本を引き抜いた。
「何それ?」
「本来、本という実在の姿を持っていないWeb小説を一冊の疑似文庫本にする力を私は持っています。もし気に入ったweb小説があれば……あっ」
セシャトの手からその疑似文庫本となった本を秋文は取るとこう言った。
「僕、この本を読んでみたい」
「それは、少し秋文さんには早いかもしれませんが……」
「ダメ?」
Web小説を沢山の人に読ませる事がセシャトの使命、それを無碍にするのも気が引ける。
しかし、少々小学生の男の子が読むにはショッキングな内容もこの『琥珀』にはあるので少し考えてセシャトは言った。
「では、一日お貸しますので明日感想を教えてもらえますか? 秋文さんの素直な感想で構いません。少し大人向けの内容もありますので、秋文さんが読めそうならそのまま読書感想文の本にしていただいて構いません」
秋文は大事そうに本を抱えると満面の笑みを見せた。
「うん、明日もここに来るね!」
「えぇ、お待ちしています」
私と秋文さんとの最初の出会いとなります。小学生の秋文さんにはややショッキングな内容で、少し躊躇します。Web小説が読書感想文に使われる時代がくれば面白いなと思います。