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セシャトのWeb小説文庫2018  作者: セシャト
第三章 『礼装の小箱』著・九藤朋
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吾輩は神様である。名前は神様だ!

三月ですねぇ^^ 皆さんのおかげで3月3日に私たちを作ってくれた神様が顕現する事ができました。

そして、三月は私に代わり神様がストーリーテラーとして活躍してくれますよぅ^^

少し、悲しいお話になるかもしれません。

『時間よ進め』



 少女は病室から街の明かりに侵された星空をぼんやりと眺めていた。近い未来自分もあの星の一つになる。

 なら早く……



「死神がいるなら私の命を、稲穂を刈るように、無造作に無作法に無感情に私の命を狩り取ればいい。その大鎌で、無責任に……」



 意味なんて全くないその呟き、それは現代医学では治せない自分が飼っている病魔に対して自分ができる最大の抵抗。

 そんな事を言っても空しくなるだけなのはわかっている。少しばかり気が晴れたような気がしたので少女はいくつかお気に入りの本を読もうかと手を伸ばす。



「海が読みたいな」



 少女のお気に入りの小説の一つである『白鯨』何度この本の文章に目をなぞらせただろうか? 英語版も表紙が薄くなる程読んできた。

 少女は最も好きな一節を目を瞑って朗読……するハズだった。



「お前がいる限り、私は先に進めない。だったか?」



 精錬された管楽器のような透き通った声。

 だが、そんな声が聞こえるわけがないのだ。この病室は最上階の一人部屋。少女は信じられない状況の中で、冷静に闇に向かって問う。



「誰?」



 一人で最期を待つにはやや広すぎるその病室の一角が月の光で照らされた。そこには月と同じ金色(こんじき)の短い髪を揺らし、紫焔色の強い瞳を持った少年? あるいは少女がそこに立っていた。



「あなた誰?」



 少女は一片も恐れることなくその人物に問うた。少年、あるいは少女はジンベイザメの髪留めにジンベイザメの模様が入ったパーカーを着ている。



「私か? 神様だ」



 成程、神……と名乗るかと少女はこの自称神を見つめる。カラーコンタクトでもなければこんな色の瞳はありえないだろう。されど褐色の肌と異様に整った顔がこの子供は人ならざる何かであろうと説得力があった。



「そう神様なの? 私の命を狩り取りにきた死神?」



 神様は目を細めて少女を見る。そしてなんとも言えない表情を神様は少女に見せた。それを蓮華微笑という物だと少女も神様も知る由はなかった。



「娘」

「梨花、葛葉梨花(くずはりか)よ」

「そうか、病んでいるのは胸か? あと三か月といったところだな?」



 この自称神は梨花の余命をだいたい言い当てた。



「お医者さんと看護婦さんが話しているのを聞いたのでは半年らしいけどね。ねぇ、もし死神なら私の時間を終わらせてよ」

「残念だが私は死神ではないし、死神という者は人間の創作物でしか見た事がないな」



 梨花は神様のその言葉にがっかりするとこう次は言ってみた。



「じゃあ私の病気治してみせてよ」

「無理だな。私は神は神でも全書全読の神だからな」



 全書全読の神。

 全知全能ではない。そんな神様聞いたことがない。梨花はこの悪戯っ子になんと言ってやろうかと考えてたが、神様はふとお腹を押さえてこう言った。



「梨花、何か食べ物をもっていないか?」

「えっ? は? えっと……お見舞いで頂いたドーナッツならあるけど」



 そう言って全く手をつけていないクリスピークリームドーナッツを神様の目の前に置くと、神様は涎をたらして食べていいのかと梨花に聞く。



「どうぞ」

「はっひゃー、人間たちめ! こんな浅ましい物を食べよって」



 両手にドーナッツを持ってパクパクと食べる神様。最初こそ唖然としたが、梨花は段々この愛らしい生き物に興味を持ち始めていた。



「あなたお名前は?」

「だから神様だと言っているだろう」



 自らを神と名乗る事を止めない。ならば梨花は少しいじめてやろうかと思った。その全書全読の神とやらが一体何をしにきたのか?



「なら神様は何をしにこんなところに来たの?」

「それがな。このあたりに私が生み出した者が古書店を営んでおるハズなんだが、何処か分からなくなってしまってな? そんなところ、楽しそうに本を読む梨花の波長を感じたのだ。その年で『白鯨』とはまた渋い。賛否両論あり、今のWeb小説とも通じるところがあるような作品だな」



 見たところ十二、三歳に見える神様が『白鯨』を知っている事の方が驚きだったが、少女はそれ以上にWeb小説という名前を聞いて少し顔をしかめた。



「Web小説って『小説家になろう』とか?」



 神様は梨花がWeb小説に関しての知識があった事についてうんうんと頷いてそして可愛く微笑んで見せた。



「そうだっ!」

「私あのサイト嫌い」



 梨花くらいの年なら小説家になろうに投稿されている小説を好んでもおかしくはない。それにそこに投稿だってしてそうだと思ってが神様はアテが外れた。



「川端康成『雪国』。夏目漱石『こころ』。野上弥生子『海神丸』。石川啄木『銀河鉄道の夜』と、なんとも文学少女と言ったところか、しかしそのどれも『命』にかかわるような物語ばかり、川端康成に至ってはその生涯に興味を持ったのか?」

「違う!」

「分かってる。梨花が本当に小説が好きだって事くらい私にはね。嫌だったんだな? ご都合主義に彩られた物語が、とても羨ましくて、悔しかったんだな?」



 小説家になろうにおいて投稿されている小説の多くは中高生を意識したライトノベルが多い。それは希望に満ち溢れ、とても元気で甘美で、こんな主人公として自分も冒険したい、学園生活を送りたいと思えるまさに陽の世界。

 だが、希望なんて考えるだけ無駄だと思える人間にはその世界の光は強すぎた。身を焦がすほどの熱量は憎悪に変わる。



「そんな梨花に読んでもらいたい物語があるぞ」

「読まない」

「そう言うな。神様がオススメするんだぞ?」



 神様が胸を張ってそういってみせるが、梨花はプイと顔を背けてやはり聞く耳を持とうとしない。



「ならばそこで聞いていろ。こんなサービス中々せんのだからな! 私が朗読してやる。鶺鴒(せきれい)のように私と小説は切っても切れんからな。癖になるぞ」



 少し声のトーンを高くした神様はスマートフォンを取り出すとその画面に手を突っ込み、そこから古めかしい文庫本を取り出した。



「!」



 声を上げる事もなく驚く梨花を見て神様はしめしめと、掴みはいい感じだったんじゃないかと考える。

 そして何とも言えない心地よい声色で神様は本のページを開いた。



「中々に良い文章を書く作家だ。著・九藤朋『礼装の小箱』」



                     ◆◇◆◇◆◇




 神様が梨花に出会う数時間前、神様は自分の生み出したセシャト達が上手くやっているのか気になりすぎてパソコンの電源を入れる事すら忘れていた。



「よし行こう」



 神様は自分の姿を持ってはいない。そんな神様は自分の依り代を何か用意しなければならなかった。



「私は神様だし、大きな生物がいいなぁ。海の生き物ならなおさら」



 神様は意識を海にシンクロさせる。その雄大で海そのもののようなその姿。神様はその生物の姿を模倣する。

 目を開くとそこはガラス張りの大きな水槽の前にいた。水槽の中には多数の魚が悠々と回遊している。



「貴様、『じんべいざめ』というのか? 気に入った。この大きさなら海洋生物最大の大きさを誇ってもいよう。クジラという奴の別名か? しかし私の姿は人間の童か? むぅ、小さいな。まぁいい。あやつら驚くだろうな。まさか私が会いに来るのだから! ふふふのふ」



 スキップでもしながら神様は大きな水族館を後にする。物語の中でしか海洋生物を知らない神様にとって初めて見たジンベイザメの巨体さは感動的であり、これより大きな生き物など存在しないという固定観念を植え付けた。



「そうだな。服と髪留めはお前と同じ柄か、気に入った。水玉のようで中々モダンではないか。さて、セシャトの店はどこぞ?」



 閉館時間を過ぎた巨大な水族館から神様は出ていくと、人間世界の広さに困り果てた。文学への想いを辿ればセシャト、あるいはヘカの元へ行く事は簡単だろうと思っていたが、そこら中から文学作品を愛する気持ちが伝わってくる。



「む?」



 そんな中、今にも消えそうなくらい激しい想いを感じ取った。それは燃え尽きる前の蝋燭が強く炎を燃え上がらせるように……。

 ハーマンメルヴィルの代表作『白鯨』を朗読する声が神様の頭の中に直接届いた。セシャト達の場所も分からないし、少し回り道するかと口元を緩ませて神様は夜の闇に溶けた。

神様は私の古書店「ふしぎのくに」へたどり着く事はできるのでしょうか?

梨花さんの心を開く事はできるのでしょうか?

三月は『恋愛小説』です。今月の紹介作品『礼装の小箱 著・九藤朋』現実を考えるという意味では人を選ぶかもしれません。但し、小説という大ジャンルにおいてはこれほどまでに完成度の高い作品は中々お目にかかれないかもしれません。是非、ご拝読頂ければと存じます^^

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