邪神話より愛をこめて~作品の一番のファン~
2月最終日に2月月間紹介作品『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ 箸・ユーチューバー・イレーナー』最終話となります。WEB小説世界に数多とある異世界ファンタジーの中で本作を選ばせて頂き大いに楽しませてもらいました。あえてディスるという趣向を使わせて頂きながら物語を進める事も本作ならではの懐の広さではないかと思います。それでは最終話はじまります!
「結構駆け足で進みましたね」
セシャトが扉を開くと、ワーグナー『ワルキューレの騎行』が響き渡る。これには男も何が出てくるのかなんとなく理解していた。
「ブリュンヒルデたんか」
「ヴァルキリーの長として描かれる事が多いこのブリュンヒルデさん。実在したといわれている人物がモデルになっているんですよね。神格を与えられた元人……というと私と同じ、いえ。この物語とはあまり関係はありませんね」
もう少しその話を聞いていたいような気もしたが、今からの盛り上がりを映像として見れる事が男のその疑問に打ち勝った。
民衆を虐殺し、それを生ける屍という名の特攻兵士として使おうとするわけだ。ここまで来るとカノン達の無双っぷりに慣れた読者としてはどんな相手が来ても危機的状況を楽しむという事は少ないであろう。
ただし、なりふり構わず向かってくる相手をどのようにこの異常な連中が叩き潰すのであろうかとわくわくしてくるのだ。
そして、男はファンである読者が誰しもが一度は思う事。
それを映像で見てみたい。
そんな奇跡ともいえる状況に今身を置いているのだ。そんな彼の脳内はまさに脳細胞を破壊しつくさん勢いでダイノルフィンが分泌されていた。
次、次の光景へと男は扉に手を触れる。
「ダメですよ。それ以上は物語が存在していません。更新されるのを待たなければいけませんよ!」
男は渋い顔を見せる。そして呟くようにセシャトに言う。
「俺、この世界にこのままいちゃいけないかな?」
「いけませんね」
男は現実世界ではタバコやアルコール、ましてや麻薬ですら感じる事の出来ない程の快楽を感じてしまっていた。
この世界にいれば常にこの感覚でいられるのではないかと、それを体と心が求めていた。当然セシャトはこうなる事を分かっていた。
「ここにいれば、確かに素晴らしいキャラクターと、世界感が貴方に次々に新しい経験をさせてくれるかもしれません。ですが、貴方がここに居座るという事は、この物語はここで終わるという事です。よろしいですか?」
男は、喉まで「構わない」と声がでかかった。今まで自分の欲望に忠実にそう生きてきたハズだった。
だが、その言葉はギリギリで止まる。脳汁と呼ばれる快楽物質に脳が犯されながらも彼はその快楽に身をゆだねなかった。
「マジか、我絶対この男は負けると思っていたぞ」
セシャトの胸ポケットからまさかの邪神アザートスことマグロが登場する。マグロとセシャトは笑い合い。
「言った通りでしょう? 貴女達の創造主は貴女達を裏切る事なんてできないんです。私には最初からわかっていましたよ。お店に来た時、とっても本を大事にしてくださいました」
不適に嗤うマグロはセシャトにもらったのか、駄菓子の『小桜餅』を両手で持って牙を入れていた。
「これ美味だな」
「でしょでしょ? 日本では子供の頃に一度は遠足のオヤツとして食べた事があるものらしいですよ。実は昔に比べて数が減っているんですが……」
もっちもっちと自分の手と同じくらいの大きさの小桜餅を食べていくマグロは、「ほぉ」と理解しているハズもないのだが、相槌をうつ。
そんな和やかな空気の中、わけもわからず茫然としている男はセシャトとマグロを見つめて一体これはどういう事なのかと蕩けかかっていた頭を動かして叫んだ。
「なんだこれは?」
「初めて我がお前を見た時、のん様と同じ匂いを感じてな。まさかとは思ってこのセシャトに問うた。この者一体何者ぞ? とな。そこでこの男は我達の物語を愛する者だとセシャトは言う。おかしい、それにしては我にも似ている。いや、この世界におる全ての神々、人々どれもこやつと同じ空気を感じる。なら、それは我達を作った存在ではないのか?」
マグロがこんな事を考え、言うわけがない。男は考えた。こんなマグロは存在するハズがない。
ならば男の考える答えはこれだった。
「そう、のん様に言われたのか? マグロちゃん」
男にそう言われたマグロは顔が段々と真っ赤に染まっていく。そしてじたばたと手足を振って泣き叫んだ。
「ちがうしぃいいい! 我がちょっとおかしいと思ったからのん様に言ったら、のん様と我の考えが奇跡的にも一致しただけだし、我なんか最初から貴様らが来た時から気づいてたしぃ!」
見ていると哀れに思うマグロの言葉にセシャトは空気を読んであげてくださいという目線を送りゆっくりと男は頷いた。
「あぁ、さすがは大邪神あざーとすさまだなぁ……すごいなぁ。信仰不可避だわー! すっごーい!」
段々と機嫌がよくなっていくマグロを見てなんとか胸を撫でおろす男にマグロは可愛らしく笑って見せた。
「信仰不可避なら、早くお前の世界に帰って続きをかけと……のん様と我が」
男は気づいた。
セシャトは恐らくほとんど初めから自分の存在に気づいていたのであろうという事。そして、それを知ってこの世界に連れてきてくれたという事。
「適わないな」
男が苦笑してそういう表情にマグロもセシャトも一瞬心が奪われた。彼こそが、現役JKを名乗る。
この『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』を書いている作者。ユーチューバー・イレーナ氏であるのだ。
この狂れそれでいて好れた物語を生み出した創造主。
「さて、それではそろそろ私たちの世界に帰りませんか? マグロさん達にもっと活躍してもらわないといけませんしね!」
セシャトがそう言って黄金の扉を無から生み出した。おそらくこの扉を通れば元の世界に戻る事になるのだろう。
苦しい事ばかりで、物語の世界のように快楽などとは程遠い皆無の世界。そんなところに今は早く戻りたかった。
もちろん、この世界が名残惜しい気持ちもないわけではない。物語は終わらなければ完成しないのである。
「あぁ、行こうかセシャトさん」
セシャトは扉に鍵を刺し、それを回す。すると世界が一瞬で消えていく。これが物語と現実世界の境界なのかと男は思う。
なんともカオスであり、趣があり、奇妙であり、美しい。そこに取り残されているマグロはへっと笑いながら二人を見送る。
「我をもっと活躍……」
何か言っている言葉ももはや聞こえはしない。男が気づいた時にはそこはセシャトが店主として働く『古書店ふしぎのくに』の母屋であった。
「あれ?」
「目覚めましたか? サイゼリヤからお戻りになられて、お酒の飲みすぎだったのか、倒れられてしまったので心配してました」
まさか……男の動機が早くなる。先ほどまでの事は全て……
「夢? いや、ありえないだろう! セシャトさん、先ほどまで俺と『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』の世界にいましたよね?」
セシャトの頭には疑問符が並ぶ。こいつ一体何言ってるんだ? 頭大丈夫か、いや元々ダメかとかそんな失礼な事を考えてそうな顔で男を見つめる。
「えっと、まだ気持ち悪いですか?」
よくよく考えれば男も分かる事だった。ありえはしない、分かっていた。だから自分は創作しているのだ。そんな不思議でわくわくする世界を創造する為に。
「いえ、混乱してたみたいです。雨止みましたね」
男は起き上がるとセシャトが用意してくれたお茶を飲んで上着を着た。さて、映画でも見に行くつもりだったかと男は今なお興奮している脳を気遣いながらセシャトにそろそろおいとまする事を告げた。
「なんか色々迷惑かけちゃってごめんなさい」
「いえいえ」
男にセシャトは笑顔を見せて、小さな駄菓子を手渡した。それは男もよく知っている真っ黒いイナズマ。
「ブラックサンダー?」
「はい、そちら若い女性に人気と書かれていますので」
確かにブラックサンダーのキャッチフレーズはそうだ。若い女性に大人気と本当かどうかはさだかではないキャッチフレーズが売りである。
「はぁ、俺は男だけど?」
「JKなんですよね? 『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』作者のユーチューバー・イレーナさんは。良ければお渡ししてくださいな」
さて、これはどういう事か?
男はそれを聞くのは野暮かと駄菓子を受け取って『古書店ふしぎのくに』を後にした。最近アニメを見たりYOUTUBEを見たりで執筆活動が滞っていた事もあった。
もしかすると自分の愛している作品のキャラクター達がもっと暴れさせろという意思表示をしていたのではないかとファンタジーな事に妄想を働かせる。
何故なら、もう一度セシャトと話しをしたいなと『古書店ふしぎのくに』を探してはみたものの、何処にもそれらしきお店は見当たらなかった。
されど、まぁいつかまた、『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』のキャラクター共々会えるんじゃないかと、彼はパソコンの電源を入れ、執筆を開始する。
WEB小説の最大のファンは作者であるという事が伝わっていただければ二月度の紹介も万々歳です^^
そんな事は当然分かっているよ! セシャトさん! と思われる方もいるかもしれません。その方々に私からお礼を申し上げます。自分の作品を愛してくれてありがとうございます。
そして、もし少しでも本作を読んで『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』に興味を持たれたらお読みいただければと存じます。三月の紹介作品もどうぞよろしくお願い致します!