異世界転生ならぬ、Web小説世界疑似転生と作品の隠れたテーマ
Web小説の世界に行く時に気を付ける事を再度確認しておきましょう!
①小説世界の人たちと関わらない事!
②オヤツは300円分までです。
ちなみにバナナは果物で、地域によっては主食ですので、オヤツには含まれません。
「さんざんな目にあいました」
物凄く怒りを露にしているセシャトに男はなんとかセシャトを諫めようと、帰りに立ち寄ったミスタードーナッツをかたっぱしから買った物を献上した。
「これをお納めください」
「黄金色のお菓子のつもりですか?」
セシャトはもちろんドーナッツも大好きであり、先ほどの怒りなどどこ吹く風かと言ったところだ。
「珈琲にされますか? それとも紅茶ですか?」
「俺は牛乳でお願いします」
これは中々に通だとセシャトは頷き、自分用の珈琲と男の為に牛乳をグラスに入れて母屋に運んだ。
「ではドーナッツでも頂きながら、『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』の世界を少し覗き見しに行きましょうか?」
男はセシャトがあまりにも自然にそう言ってのけるので、先ほどの仕返しかと苦笑する。サイゼリアでも小説の世界の中に入れると言っていたセシャトだったが、彼女の余興に付き合う事にした。
「じゃあセシャトさん、おねしゃす!」
「はい!」
セシャトは微笑むと胸元にネックレスのように下げている金の鍵を取り出した。
男はセシャトの下着がチラリと見えた事に無表情で内心眼福と思っていたが、セシャトがカウンターで使っているノートパソコンのモニターにセシャトはその金の鍵を突っ込んだ。
「セシャトさん!」
液晶が割れる事もなく、セシャトは部屋の扉の鍵を開けるかのようにそれを回してこう大きな声で言い放った。
「хуxоториxтупунобеннсённзу(Web小説世界疑似転生)」
光がセシャトと男を包む。
「うわああああ!」
その強烈な光に目を開けられないでいるなか、男の視界が段々と慣れてくる。そこではカノンとその仲間たちが孤児院を建てて慈善事業をする名目で、カノンの英雄譚を刷り込むという話をしている最中だった。
「二章に入るつもりがどうやら幕間に入ってしまったようですね」
遠くでわいのわいと騒いでいる人々を見て、男は茫然としながら、そこに近づこうとする。
「ほんものだ! 本物ののん様が、ローズが……」
「ダメですよ! 私たちはこの物語には存在しえないんです。Web小説はとてもデリケートで脆いものなんです。遠くから眺めているだけであれば我々は描写される事はありませんし、物語が変わる事もないです。万が一主要なキャラクターが近づいてきても、向こうからアクションを取られない限りは無視を決め込んでおいてください」
男にWeb小説の世界についてのルールを簡単に説明した。それに渋々従うと男は手をポンと叩く。
「セシャトさんって金色の鍵でこんな事ができるわけじゃない? なら……」
「私はWeb小説に関する事はできても物語の改変とかはできませんよ。ちなみに私は刺されたら一回で死ぬくらいのタフネスしかありません」
セシャトはただのWeb小説布教者であり、奇跡を起こす力もなければ何の異能力も持ち合わせてはいない。
「映画を特等席で見れていると思って諦めてください」
「ちょっと! セシャトさん、ガングレル! 『裁将・ガングレル』がいる! こっち見ないかな? おーい!」
両手を挙げて自分をアピールする男の口を押えるセシャト、この男の頭の中はスライムか何かなのかと本気で考える。
先ほど数分前に言った事を瞬殺で忘れているのである。このままここにいると男が何をしでかすかわかったものではないのでセシャトは鍵を使いページを飛ぶ。
「カノン様さいこー!」
ぷんぷんと匂う質の悪いアルコール臭。そして歓喜するガタイのいい男たち。ここは物語の世界における情報が行きかう酒場。男はもちろん迎え酒なんかを煽ろうとしているので、セシャトは手を引いてその場を離れる。
「うひょー、セシャトさん、あれ酒場だよね? ドラクエからはじまり異世界物ではぜぇーったい存在する荒くれもの達のオアシス」
「ソウデスネー」
小さい子の面倒をみているよりも疲れる。そう、悪ガキがそのまま大きくなってしまった感じと表現すればいいだろうか?
男の手を引いてセシャトは画面を切り替える。
「二章前半はなんといっても、元詐欺師のハールさんを追うのがオツではないしょうか?」
カノンを陥れる為に派遣されたハールだが、あまりのひっちゃかめっちゃかぶりに、ついていけなくなる。
そんな中詐欺師は、カノンという超がつく程のペテン師と出会い、その底は浅いかもしれないが、広すぎる器に驚愕し、篭絡されるまでがなんとも清々しい。
「あちらでローズマリアさんが新兵の教育してますよ……って! だから行っちゃダメですって!」
両手を大きく振って魔宝具を全力で振りまいている訓練という名の戦場へ飛び込んでいく。そこは火や風や雷やと、恐ろしくカオスな空間内。
「何も喋らずじっとしていてください。じゃないと、死にますよ?」
トーンの低いセシャトの声と表情を見て、男もさすがに頷く。
それはそれは、訓練の真っただ中でその光景を傍観するのは絶景だった。男とセシャトはモブ1、2として文章に書かれる事もない背景と化す事に尽力する。
一体どれくらい経っただろうか? 模擬戦の攻防が止む。
それこそがここから離れる千載一遇のチャンス。
「今の内です!」
「ああん、ロマ子ぉおおお!」
男の叫び声、それは確実にローズマリアの意識をそらさせた、必死で逃げようとするセシャトと、ローズマリアをガン見する男と、ローズマリアは目が合った。
「何者だ!」
「ひぃぃぃ! 見つかった」
セシャトは金の鍵を使って、ページを飛ぶ。それはもうギリギリでローズマリアの剣の錆にならずに済んだのである。
「もう、ほんといい加減にしてくださいよ! もし、私たちが主要メンバーと絡み、物語が改変されたらどうするんですか?」
男は涼しい顔をして嗤う。
「別にいんじゃないの? そういう物語だし……ここ何処?」
「船……の上ですね。多分、あっちで不自然な金色を放っているのはノーデンスさんではないでしょうか?」
二人はガレー船のような物に乗っている。これは背景描写にしか存在しない船なのだろう。セシャトは金の鍵で双眼鏡を生み出すとそれでノーデンスを確認した後にそれを男に渡した。
「どうぞ、ここならどれだけ声を上げてもあの人たちに聞こえる事はないでしょう」
遠くでドンパチが始まる。
それを男は食い入るように見つめ、そして叫んだ。
「うおぉ! マグロちゃん、マグロちゃんがいるよぅ!」
「えぇ、おいくらでも気が済むまでお叫びください」
そこで男は双眼鏡を見るのをやめた。
何を見たのか、セシャトは理解する。それは小説に書かれない情景。
”『そして訪れる結末は……もはや、語るまでもないことだろう。』”
読者は想像するしかないはずの場面を、本来なら文章で想像するしかないはずの男は光景としてそれを眼から脳に刻んだ。
「もう、元の……貴方達の世界に帰りますか?」
男はセシャトが私たちと言わない事に気づきながら、首を横にふった。確かに彼は畏怖するような物を見たハズだった。
だが、その目はより輝きを増す。
死体に火薬を仕込んだ。お土産グレネードのような残酷な物を喜々としてみる男。そしてセシャトもまた平然とその光景を見つめている。
「この作品はギャグの嵐でオブラートに包まれていますが、評価に値するくらいには残酷な描写が多いですよね。そして、よく考えると差別という作品の中では言及されていない重いテーマ。これを現役の女子高生が書いているとなると、本当に末恐ろしいお話です」
男は汗を拭きながら話題を変える。
残酷な物を見てもセシャトはわりと顔色一つ変えない事。もう少し悲鳴を上げてふくよかな二つのお山を自分にすりつけてきてくれてもいいんじゃないかとか考える。
「おもいっきり、声が漏れてますよ。まぁ、私の場合はここに来ていてもWeb小説を読んでいても同じ光景が見えますから、一度目は恐れ戦きましたが、二回目ですのでそこまでの衝撃はありませんね」
血肉が飛び散るそこで、セシャトは何かをモグモグと食べている。こんな戦場で食べれる物なんてあるのか男にははたはた疑問であった。
「セシャトさん、何食べてるんです?」
「えっ? 帝国兵のほし肉ですけど? いりますか?」
「いらないよ! セシャトさん、そんなの食べる人なの?」
クスクスと笑うセシャト。
「冗談ですよ! これです! 『かば焼きさん太郎』ですよぅ!」
昔からある十円くらいで買える駄菓子である。男も酒のおつまみに何度か食べた事があったが、そんな物をなんでセシャトは持っているのか?
「遠足には三百円分のオヤツを持って行くのは普通じゃありませんか?」
あぁ、この異国の女の子もどこかネジがぶっ飛んでいるんだと男は今初めて気が付いた。この銀髪の少女は礼儀正しくまともな部類の人間だとばかり思いこんでいた。
しかし、この子は何処か自分達一般人とは対極のところにいる。
そう……
男はこう感じだ。
「セシャトさんは物語のキャラクターみたいだ」
当然、この男性は私の言う事は聞いてくれません。
『邪神転生バビロニアリバース・オブ・ナイアルラ』
の世界は想像以上にハードモードのようです。
そんな中、私たちは気づかれてしまうようです。ちなみに秋文さんの小学校はオヤツを学校側が用意してくれるそうです。自分で選ぶ楽しみもまた遠足の醍醐味なんですけどね^^