厨二設定の扱い方とサイゼリヤの真の姿
一人でお酒のボトルを開けてしまうという描写が物語にはたまにありますが、あれは良いお酒の飲み方とはいいがたいですね。お酒は量を飲むのではなく、質を楽しんで頂きたいものです。
それは小説もまた同じです。沢山読むことも素敵ですが、ご自身のオンリーワンを見つけていただくのもまた良いかなと思います。
ニコニコと笑いながらセシャトはスプーンでジェラートをすくって食べる。一口食べる毎に頬に触れて顔を緩めるセシャト。
「よければ俺の分もどうぞ」
男はこれほどおいしく食べてくれるならジェラートも本望だろうと自分のジェラートをすっと差し出した。
「! いいんですか?」
「あー、うん」
それはそれは嬉しそうな顔をするので、男はセシャトさんって意外とチョロインなんじゃないかとか思っていたらセシャトは珍妙な表情を見せる。
またこの子は何にそんな顔をしているのかと齧られたリンゴマークのスマートフォンの裏側を見つめる。
「あー、のん様にアルマの攻撃が全く通らないところね。むしろそこ笑うところなくない? 結構カッコいい奴らみたいな展開じゃん!」
「いえ、魔宝具シンデレラなんですが、作者さんならサンドリヨンとかにしなかったのかなと、ここは女子高生さんなんだなと思ってかわいらしくなりまして」
ふふふと笑うセシャトに男は苦笑する。そしてセシャトはある事に気づき興奮して言った。
「おぉ、なるほど。戦闘シーンにおいてカノンさんではなく、一般的には敵とみなすべき相手の視線で物語が進行していくんですね。勢いで臨場感を感じれるのもまた面白いですぅ!」
溶けはじめている男からの献上品であるジェラートをすくいそれを口に入れては目を瞑りおいしいという事を周囲に知らしめるセシャト。
セシャトはトゥハンドの将軍アルマが、初めて出会ったイレギュラーな脅威カノン。
そんな彼にあらゆる事をすべて捨て、カノンを滅する一撃を放った時、カノンの策に落ち、内部炸裂という惨い方法で敗れた事に感慨深そうな表情をする。
「いやぁ、実にいいです! アルマさんという美少年を簡単に使い潰してしまう事、物語を盛り上がらせる為の当然の選択ですが、これが中々Web小説では出来なかったりするんですよね。そして、胸躍るボスラッシュ! 持っていた宝具の神様が顕現するというこれまた使い古された展開なのに、なんとも期待に添えてくれるのでしょう! いわば、プリンと一緒についてきてくれるティラミスのような物です」
セシャトはそう言ってメニューのデザートを指さして、頬を赤く染める。
そんなに食べたければ頼めばいいじゃないかと男は再び呼び鈴を鳴らした。
先ほど煽られた事もあってか、店員は速足にやってくる。その姿にセシャトは心底申し訳なさそうに上目遣いに見つめていると男は、『プリンのティラミスの盛り合わせ』をしれっと頼む。
「かしこまりました」
一礼して去っていく若い男の子の店員の尻を見て「ありか? いや無しか」と男は意味深な事を呟いた。
「このイチイの神弓のくだりは読んでいて痺れないかい? 邪神に神々の力の片鱗たる宝具が凌辱されるというところがさぁ!」
テンションマックスでそうやや卑猥な事を叫ぶ男。
周囲の客の視線を集めるが、ここはWeb小説の話の最中、セシャトも何も気にせずに話を返す。
「イチイという物が弓として日本人に広く伝わったのは語源ではないんですよね。あれはとあるゲームでイチイバルの弓という物があり、そこから弓として使われる事が多いんです」
「えっ? そうなの?」
セシャトは子供向けとは思えない難解な間違い探しを見ながら視線を少し逸らすと男に微笑んで見せた。
男は少しドキりと心音の高まりを感じながら、セシャトの言葉を待つが、イチイの説明がそれ以上なされる事はなく、それよりもセシャトはほっとして呟く。
「アルマさん、死ななかったんですね。いえ、消えれなかったと言うべきですか? ここでおしまいという展開もまた素敵でしたが、これはこれで読者が求めていたものですね。カノンさんの眷属? という事でこれから活躍していくのでしょうか、だまし合いでは智将を数枚上回るカノンさんですが、確かに国を治める事は難しいでしょうし、でもそこまで見据えているのが小賢しいのか賢しいのか、とても魅力的な主人公です」
完全にデザートも食べ切ったところでセシャトはふぅと一息つき、目の前の男を見る。すると男はいつ頼んだのか、マグナムボトルで赤を煽っていた。
男は少し顔を赤らめてセシャトを見つめる。
「セシャトしゃん」
「はい?」
「俺の女にならないか? 俺はいずれ書籍作家になり、数多の女をはべらす運命にあるのだぁー! その本妻に……どうだ?」
「あらあら、カノンさんみたいな事を言ってしまって、飲みすぎですよ?」
男は口元を緩ませてグラスをセシャトに向ける。
そして高い位置から血のような赤をどぶどぶと注いで見せた。それはなかなかの手腕。セシャトとしてもやはりこの人は器用なんだなと思いグラスに手を添えてほほ笑んだ。
「形だけ頂きますね! 私は下戸なので、もしかして第一章の雰囲気作りの為にこんなにお酒を飲んで頂いたんですか?」
男はちょっと待ってと手のひらを見せて少し呼吸を整える。やはり無理していたのだろう。一リットルの赤ワインを半分程がぶ飲みしているのである。
良い酒の飲み方とはまず言えない。
「大丈夫ですか? ちょっとお店の迷惑になるので出ましょう!」
「なーんちゃって」
男はセシャトに心配させるだけさせて再び残りのワインを水でも飲むように処理してみせた。
残り小さなグラス一杯分を残して。
「主人公以外の世界観とかセシャトさん的にはどうなの?」
「世界感ですか……ふむ、ほぼ終始厨二病全力全開ですね」
ガンと男はテーブルに頭を伏してぶつける。わなわなと震える男はセシャトに恐る恐る問いただした。
「つまりは? そのあんまり?」
「そうですね。やはり驚きます。はっきり言って単発だけだと、恐ろしく恥ずかしい物語といえるでしょう」
ガン!
再び男はテーブルに頭を伏し、たんこぶが二段に出来上がる。もはや男のライフはゼロと言っても過言ではないかもしれない。
「人はいい言葉がありますよね。一人殺せば犯罪者。十人殺せば英雄だと……まさにこの『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』はそれです。もう恥ずかしいを通り越して崇拝したくなるくらいですね。厨二演出による厨二演出、そして少し齧った程度ではない本格的な各種設定の盛り込み方」
男はがばっと起き上がる。
顔はツヤツヤと輝き、呼び鈴を鳴らすと共に指をはじいた。
パチン!
先ほどオーダーを取りに来てくれた男の子の店員がやや面倒臭そうな顔をしてテーブルにやってくる。
「ご注文は」
男は呟くようにこう言った。
「カローロ」
「はい?」
男の子の店員は聞き返し、セシャトは男がお酒に酔ってわけのわからない冗談を言って店員を困らせていると思う。
「ちょっと……」
「ごめんね。メニューに載ってないワインリストもらえるかな? ちょっと嬉しい事があったから良いワインが飲みたくてね」
およ? セシャトは男が酔っているわけでも冗談を言っているわけでもないらしい。男の子は少し厨房に戻ると一枚の用紙を持ってきた。
「こちらでよろしいでしょうか?」
「うん、ありがとう。これねカローロ」
男が指をさすワイン、それを見てセシャトは一度目を瞑りもう一度目を開けた。サイゼリヤとは庶民の味方であり、ワンコインあれば満足のいく食事ができるイタリアンファミレスである。
というのがセシャトの認識。
「それ、ミラノ風ドリアが二十五杯も食べれますよ! なんですかその闇メニューみたいなものは……まさか何か力を使ったのですか?」
セシャトは男に何か特殊な力、『邪神転生バビロニア リバース・オブ・ナイアルラ』で言うところの魔宝具や霊装等と言ったそれら……
お酒を飲まないセシャトでもそれが中々に良い物であると分かる粘度と香りを持つ赤い雫、小さな小皿にはその瓶を封じていたであろうコルクが控え目に添えられていた。
男はコルクの香りを上品にかぐと、先ほどの安物の赤の時とは違い、白いハンケチーフでグラスを覆う。
そして少し回すとそれを口に含んだ。
「さよう! これが我が力、悪食の覇王」
「……ガストームブリンガー……」
セシャトが動けずにいる中、男はそれを飲み干し余韻に浸る。シロップのようにグラスの中でゆっくりと底に向かう赤い雫を見ながら男は詩でも詠むように言った。
「セシャトさんは、本当に騙されやすい人なんだなぁー サイゼリヤはファミレスだけじゃなくてワインバルとしても使えるように、高級ワインも置いてるんだよ」
縮こまって、セシャトは異能の力におののいていたが、段々とだまされていた事に気づくと顔が真っ赤に染まっていく。
「あれ? お酒を飲んでないのに酔いましたかぁ?」
「あなたが……!」
こうなってしまってはセシャトはただただ男が良いワインを堪能し終わるまでただただ恥ずかしさをこらえて待つしかなかった。
まさか、サイゼリヤのお支払いが五桁を越える事になるとは私も思いませんでした。
そして、次回はいよいよ異世界改め、小説の世界にダイブしますよ!